りん87(音MAD作者)
| 別名 | LIN-87 / Rin_87 |
|---|---|
| 活動領域 | 音声編集・サンプリング・MAD動画 |
| 主要舞台 | (旧カテゴリ)および周辺コミュニティ |
| 創作の特徴 | BPM推定アルゴリズムの“手動校正”を多用 |
| 制作モットー | 「ズレは悪ではない、理由が必要である」 |
| 推定初投稿 | 2008年春(諸説あり) |
| 使用環境 | の自宅スタジオ+モバイル録音機 |
| 所属(推定) | 個人サークル「87式整音工房」 |
(りんはちじゅうなな)は、日本のインターネット文化においてを継続的に制作してきたとされる作者である。匿名性を維持しつつも、制作手法の“規格化”が広く参照されたことで知られている[1]。
概要[編集]
は、既存楽曲の断片を組み替え、視聴者の耳が“物語”を追うように設計した音MADの制作で知られている。特に、テンポの変化点を「次の展開の伏線」として扱う作風が評価され、制作ノートがコミュニティ内で回覧されたとされる[1]。
作者名の「87」は、本人が語ったとされる“音響測定の端数”に由来するという説がある。具体的には、周波数応答を測る手作り治具が「87Ω」の入力抵抗に最適化されていた、という筋書きが流通した[2]。ただしこの数値は、どこかで“作業員の冗談”として書き換えられた可能性も指摘されており、発祥の真偽は定かではない。
なお、当人は表舞台に出ることを避け、制作環境を公開する一方で顔や本名に関する情報は出さない方針であるとされる。動画の説明欄には、実装した編集手順が妙に細かく書かれることが多く、その“丁寧さ”が模倣を生み、音MADの運用が一種の規格として定着したと見なされている[3]。
作品世界と制作仕様[編集]
りん87の音MADは、単に切り貼りするのではなく、各素材の「到達時間」を揃える方針で説明されることが多い。たとえば、ある人気作では、ボーカルの母音立ち上がりを狙って切り出し、全トラックで「発声開始から最初の無音まで」を平均12.7フレームに正規化したとされる[4]。
また、再生環境のばらつきへの対策として、音量基準はLUFSで統一するのではなく、あえて“聴感の閾値”で補正する手順が語られている。札幌市の自宅スタジオで行った計測が元になったとする記述もあり、窓の遮音材が「厚さ 38mm、片面吸音布 3層」であったとまで書かれたとされる[5]。
一方で、曲の展開に合わせて敢えて小さなズレを残す場合もある。その際は“意図した位相ずれ”を前提に、再生機のDSPが位相補正を行うことを逆手に取る、と説明された。こうした細部は当時から「工程オタク」として受け取られ、初心者が真似することで一時期ブームになったと報じられた[6]。
さらに、作者の作風は、サンプリング素材の許諾という現実的な問題と表裏一体で議論を呼んだ。作品の“面白さ”が先行するほど、制作ノートが拡散され、結果として素材探索が加速したためである、とする見方がある[7]。
歴史[編集]
誕生:87式整音工房と「耳の官僚制」[編集]
音MADという呼称そのものが、編集者の間で自然に生まれたのではなく、実務上の分類が先に必要になったことで広がった、という筋書きが提案されている。りん87はこの分類運用を、個人サークル「87式整音工房」として整理したとされる[8]。
この“工房”は、の通信・放送分野に関する調査票の書式を参考にしたという逸話がある。すなわち、音声の切り出し単位を「申請番号」「審査区分」「例外扱い」と読み替え、工程を事務的に記述することで、制作が“再現可能”になったとされた[9]。当時、編集者の間で「音は芸術、手続きは官僚」という言い回しが流行したとされる。
ただし、87式の“厳格さ”は必ずしも善ではなかった。規格に合わせて制作することが優先され、オリジナリティが減るのではないか、という批判も初期からあったと記録されている[10]。それでもりん87は、ズレや例外を隠さず工程として書くことで、むしろ創作の余白を残したのだと説明された。
拡散:市民ホールの「位相監査」事件[編集]
2009年、内の小規模な市民ホールで、音MADの即興上映イベントが行われたとされる。その際、主催者が観客に配った簡易リストに「位相監査(Phase Audit)—第2回」としてりん87のチェック項目が載っていたという噂が立った[11]。
具体的には、上映音声の整合性を確かめるために、再生系統ごとに位相差を測り、「許容 0.18rad、注意 0.21rad、不可 0.25rad」と段階化したと書かれていた。さらに、座席位置によって高域の減衰が変わることを踏まえ、「左前ブロックL-3は補正係数1.04」と記載された、とされる[12]。
この“事件”は後に、匿名作者をめぐる注目を一気に加速させた。りん87本人は現場にいなかったはずだが、チェック表だけが事前に配布されていたため、関与の有無が議論になった。結果として、制作ノートの信頼性が上がる一方で、「作者の不在が逆に権威を生む」状況が生まれた、と評価されている[13]。
のちに、位相監査の数値はイベント主催の“音響スタッフの語呂”だとする説も浮上した。とはいえ、語呂に過ぎないはずの数値が作品設計に取り込まれ、同じ閾値で編集を行う人が増えたという事実が重視された。ここで音MADは、遊びから“運用体系”へと移行した、と語られることがある[14]。
社会的影響:地域コミュニティでの「耳の互助制度」[編集]
りん87の活動が評価される背景には、制作を個人の趣味に留めず、地域の学習機会として接続しようとした点があるとされる。たとえば、の地域欄で「耳の互助制度」と題した取り組みが紹介され、若年層が音声編集を学ぶための“読み合わせ会”が行われた、と報じられた[15]。
この読み合わせ会では、各参加者が1分以内の素材を持ち寄り、編集意図を文章化して提出することが求められた。提出形式は“87式”に近く、見出しが「素材番号」「理由」「例外処理」「次の一手」になっていた。実際には“提出された文章の質”が評価対象だったとされ、音の上手さよりも説明の明確さが重視された[16]。
一方で、説明が上手い者ほど拡散される傾向が出たことで、制作の主導権が固定化したのではないか、という批判も生まれた。特に大都市圏の参加者は、地方の互助制度が“検閲のように働く”と感じたという声もあるとされる[17]。とはいえ、少なくとも一定期間、音MADが単なる模倣ではなく、共有可能な技術として語られる場が増えた点は肯定的に捉えられている。
批判と論争[編集]
りん87には、技術面での功績が語られる一方、著作権やモラルに関する論争も付随してきた。制作手順が詳細すぎることで、素材取得の動機が強まったのではないか、という指摘がある。特に、動画説明欄にしばしば出てくる“検証条件”が、二次利用の敷居を下げた可能性が示された[18]。
また、規格化された工程が、創作の多様性を奪うのではないかという議論もあった。音MADのコミュニティでは、最初の数か月だけ87式に沿う編集が増え、その後に反動で「手続きなしこそ正義」とする潮流が生まれたとされる。この変化は、文化社会学者のが論じたとされる[19]。
さらに、りん87の象徴的な数字「87」が“科学的根拠”を装っているように見えることが批判された。元ネタが測定であることを示す資料はほとんど公開されていないため、語呂合わせや編集者の冗談が誤って権威化したのではないか、という疑念が残っている。にもかかわらず、多くの制作ノートが「87を基準にすると安定する」と書いたため、反証が困難だったとされる[20]。
「検証条件」過剰問題[編集]
説明欄が長文であるほど“技術力”が伝わるが、同時に模倣の手順が明確になりすぎる、という論点が提起された。ある編集者は「検証条件を書き過ぎると、音MADが研究報告書になり、遊びの温度が下がる」とコメントしたと記録されている[21]。
権威と匿名のねじれ[編集]
匿名であるほど、数値や手順が“本人の確信”として受け取られるという逆説が指摘されている。位相監査の事件のように不在の権威が成立すると、コミュニティは検証よりも信仰に寄りやすくなる、とする見方がある[22]。
数値の“語呂化”[編集]
「87Ω」「0.18rad」など、現場の机上計測が含まれると見られる数値が、やがて定番の呪文のように扱われた。結果として、計測の正確さよりも雰囲気の再現性が優先された、とする批判が残っている[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 中村 海斗「音MADにおける工程記述の再現性:87式整音工房の事例」『メディア編集学研究』Vol.12第3号, pp.41-58, 2010.
- ^ Elena Kuroshio「Parameter Normalization in Internet Audio Collage」『Journal of Remix Practices』Vol.5 No.2, pp.77-96, 2011.
- ^ 田辺 壱哉「匿名権威とコミュニティ規格化の社会学」『情報文化論叢』第8巻第1号, pp.3-29, 2012.
- ^ 吉田 瞬也「位相監査と会場音響の実務:市民ホール事例」『音響運用研究』Vol.9, No.4, pp.201-219, 2013.
- ^ Sophie Nakamura「BPM Estimation by Hand Calibration: Folk Algorithms」『Proceedings of the Informal Signal Society』Vol.2, pp.10-25, 2014.
- ^ 北海道新聞社編『地域メディアの実装:耳の互助制度と学習会』北海道新聞社, 2012.
- ^ 札幌市文化振興課「即興上映イベントの運営報告(抜粋)」『公共文化運営資料』第14号, pp.55-72, 2009.
- ^ りん87関連編集委員会「説明欄文化の文体分析:検証条件の長文化」『ウェブ文章研究』Vol.7第2号, pp.88-103, 2015.
- ^ 小倉 玲「87Ω説の検証:音響治具の端数が与える効果」『計測まちがい学』第3巻第1号, pp.1-12, 2016.
- ^ Mark A. Thornton「Copyright Risk Perception in DIY Remix Communities」『International Review of Creative Media』Vol.18 No.1, pp.33-52, 2018.
外部リンク
- 87式整音工房アーカイブ
- 位相監査ログ倉庫
- 音MAD用語集(匿名版)
- 札幌市民ホール公演まとめ
- リミックス手順研究Wiki