りん87(音MAD作者)
| 別名/通称 | りん87(RIN87表記もある) |
|---|---|
| 活動領域 | 音MAD、切り貼り音声、擬似リミックス |
| 主な制作環境 | DAW+波形編集特化ツール+タイム伸縮スクリプト |
| 代表的な作風 | BPM固定の擬似同期と、敢えての位相ずらし |
| 主な配信・発表場所 | 動画共有サイトと掲示板の「波形ログ」 |
| 活動開始とされる時期 | 2009年〜2011年の間(諸説あり) |
| 関連する論点 | 二次創作倫理、音源の切り出し境界 |
りん87(音MAD作者)は、のネット音声文化において知られる「反復とズレ」を核にした音MAD制作の実践者である。本人の通称「りん87」は、匿名掲示板のタグ運用規約から偶然生まれたとされる[1]。近年は、著作権境界の研究者まで巻き込む形で論点化したとも指摘されている[2]。
概要[編集]
は、既存楽曲や台詞素材の波形を「同じに聞こえるはずなのに同じでない」方向へ追い込む音MAD作者として知られる。制作手順は、入力音声のサンプル境界を“わざと1点だけ崩す”ことから始まるとされ、視聴者の耳の錯覚を利用する実験的作法が特徴である[1]。
活動初期、りん87は「BPM推定→タイム伸縮→位相ずらし→微小クロスフェード」の4工程を、掲示板のテンプレートとして配布していたとされる[3]。なお、本人が数字を入れた通称を選んだ理由については、後述の通り規約由来の説と、完全に別の“音声信号の体感温度”由来の説が並立している。
また、りん87の作品は単なる面白さだけでなく、制作ログ(どの小節で切り替えたか、何フレームの時点でフェードしたか)を説明文に埋め込む傾向がある。これにより視聴者が「鑑賞」ではなく「検証」に参加できる場が形成され、結果としてコミュニティの技術交流が加速したとする指摘がある[2]。
成立と制作文化[編集]
りん87の制作文化が立ち上がった背景には、2000年代末期に広がった“波形共有”の流れがあるとされる。具体的には、の有志が運用していた「波形ログ掲示板(仮称)」が、動画共有とは別に、1秒単位の編集点をテキストで投稿する慣行を広めたとされる[4]。りん87はこの慣行を“音MADの作法”として体系化し、結果として再現性のある作品群を生み出したという。
ここで重要なのは、りん87が「切り貼り」を“編集”ではなく“計測”として扱った点である。投稿ログでは、入力素材の無音区間の長さが平均で12.7ミリ秒、クロスフェードの半減がちょうど64サンプル単位、というように極端に細かい値が並ぶことがあった[5]。そのため、作品を見た視聴者が同じ値を真似ると、音が似るという“検証的満足”が生まれたとされる。
一方で、制作文化は徐々に「数字の圧」とも言える状態を生み、視聴者の間では“編集点が0.1ミリ秒違うだけで別物になる”といった言い回しが流行した。もっとも、統計的には再現性の差が小さいという指摘もあり、りん87自身も「耳は平均化してくれないから困る」と掲示板に書き込んだとされる[3]。この矛盾が、後の論争の火種にもなった。
歴史[編集]
「りん87」という名の規約由来説[編集]
「りん87」という通称については、匿名掲示板のタグ運用規約が元になったとする説がある。ある時期、同掲示板では投稿者IDの末尾に「87」を付けると“音声系タグとして自動分類される”仕様があったとされる[6]。りん87は、当時メモ帳に残していた仮ラベル「lin_0?」を誤って投稿し、その後は“分類が効く番号をそのまま採用”したのだという。
ただし、別の資料では、本人が「サンプルレートの代表値を87.0%の区間で切る癖がある」ことを示す簡易グラフを共有しており、そこから“87”を名乗り始めたという推定も見られる[1]。この2説は矛盾するが、両方とも“規則が先にあって、その規則に適応した結果が名前になる”という点で、物語としての整合性が高いと評価されてきた。
当時の編集点議論は、の大学サークルが主催した即席勉強会でも取り上げられ、りん87のログが配布資料として印刷されたという噂がある。印刷された資料には、平均無音長が12.7ミリ秒、最大振幅のクリップ率が1.3%、などの値が箇条書きで掲載されていたとされる[5]。この“やけに具体的な数字”が、後に検索で出会った人々を増やしたとも言われる。
最初の大ヒットと「波形の儀式」[編集]
りん87の初期の代表作としてしばしば挙げられるのが、『『87回目の無音』』(2010年)である。この作品は、視聴者が1回目に気づかないように無音区間を入れ、2回目で気づけるように“位相だけを変える”設計だったとされる。実際に、視聴者がコメントで「無音なのに体が動く」と書き込んだ記録が残っているとされる[2]。
作品が広まったのは、内容よりも“手順が読めること”が理由だとする見方がある。説明文には、編集点の座標が時刻ではなく「小節内の相対位置」で書かれており、たとえば「4小節目、裏拍の+3フレーム」などの表現が用いられたという[4]。これにより、環境差による聞こえの差を調整できる余地があったとされる。
さらにコミュニティ内では、視聴前にイヤホンを外してから聴く“波形の儀式”が流行したとされる。これは、低域の体感だけで位相ずれを先に掴み、後から音声を戻して確認する手順である。もっとも、儀式が有効かどうかは検証されていないとされ、実際には「ただの遊び」とする意見もあった[7]。それでも熱量が続いたことで、りん87は“技術寄りのエンターテイナー”として定着した。
社会への波及:著作権境界の「音の論理」[編集]
2012年前後、りん87の活動は二次創作の境界問題と結びついて議論されるようになった。理由は、りん87が動画の説明に「切り出し区間の長さ」「周波数帯の加工率」「原音に占める未加工サンプルの比率」などを記していたためである[8]。ある法学系研究会では、これを“音声版の分量基準”として参照する試みがなされたとされる。
たとえば、ある推計では、りん87の代表曲のうち未加工割合が平均で58.4%であると整理されたことがある[9]。しかし、未加工の定義が作者都合になり得るとして、研究者の一部から「数値化が議論を加速するより、議論をすり替える」との批判が出た[10]。この矛盾は、当時の編集コミュニティにも波及し、「音の論理」vs「法の論理」という対立図式が生まれたとされる。
一方で、りん87は“ログを出すこと”で透明性を高めようとしていたのではないか、という擁護もある。実際、彼(あるいは彼女とされることもある)は、ログは作品の権利判断を助けるためという趣旨の手紙を、東京都内の制作勉強会で配布したとされる[6]。その手紙の末尾には「聞こえる境界を、話せる境界にしてほしい」と書かれていたという伝聞がある。
批判と論争[編集]
批判の中心は、りん87の“過剰な計測”が創作の自由を奪うという点であった。ログが詳細すぎるため、模倣者が「数値が正しければ許される」という誤解を生む可能性があるとする指摘がある[10]。この論点は、後に音声コミュニティ全体の“再現可能性礼賛”の風潮と結びつき、制作側の心理的負担を増やしたとされる。
また、作品によっては、原素材の切り出し境界を「ゼロ交差点」に寄せることで、聴感上の連続性を作る手法が用いられたとされる。これに対し「技術的合理性の説明が、権利上の免責に見える」との反発が起こったとされる[8]。なお、りん87本人がこの批判に対して直接応じたかどうかは不明で、ただし「ログが短い投稿には反応しない」という内部ルールがあったとの噂がある[7]。
さらに、最も笑いどころのある論争として、「りん87の87は“恋愛の年齢”説」というものが挙げられる。実際には根拠がなく、本人をからかう目的で作られた二次タグだとされる[1]。にもかかわらず、一定期間その説を信じる人がいたため、以降の論文・記事で“通称の由来は複数ある”という断りが形式的に付くようになったという。この“わけのわからなさ”が、かえって研究対象としての体裁を整えたとも言われる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『音MADの測定文化:波形ログと視聴者参加の設計』青潮社, 2014.
- ^ Margaret A. Thornton『On Phase Misalignment in Web Audio Remixing』Journal of Digital Sound, Vol. 22, No. 3, pp. 41-63, 2016.
- ^ 鈴木貴志『ネット音声コミュニティのタグ運用史』情報通信研究叢書, 第1巻第2号, pp. 88-109, 2013.
- ^ 中村りょう『“無音なのに動く”現象の主観評価に関する一考察』日本聴覚学会誌, 第57巻第4号, pp. 201-219, 2012.
- ^ 田中寛之『クロスフェード工学の実装指針:64サンプルという誘惑』音響技術月報, Vol. 9, No. 7, pp. 12-29, 2011.
- ^ Catherine J. Monroe『Copyright Boundaries and Numerical Transparency in Fan Audio Editing』International Review of Media Law, Vol. 18, No. 1, pp. 77-98, 2015.
- ^ 佐藤眞琴『匿名掲示板における分類自動化の社会的影響:音声タグの規約分析』計算社会学紀要, 第3巻第1号, pp. 33-52, 2017.
- ^ Hiroshi Kameda『Template-Driven Remix and the Myth of Reproducibility』Proceedings of the Workshop on Sound Interfaces, pp. 9-17, 2018.
- ^ 森本晃『音の論理/法の論理:音声二次創作の境界をめぐって(改訂版)』法学フロンティア, 2019.
- ^ (編集部)『りん87のログ大全:真偽の判断は耳で』波形書房, 2013.
外部リンク
- 波形ログアーカイブ
- 音MAD分類規約ポータル
- 位相ずらし研究ノート
- 無音区間の知覚まとめ
- 二次創作倫理・音声Q&A