アスパラガスの産卵
| 分類 | 農業民俗学、園芸観察史 |
|---|---|
| 初出 | 1894年頃 |
| 主な地域 | フランス、イタリア、日本、英国 |
| 関係機関 | リヨン園芸協会、農商務省試験場、帝国園芸会 |
| 代表的記録 | 『地中卵現象調査録』 |
| 通称 | 卵アスパラ |
| 観察時期 | 春先から初夏 |
| 危険度 | 低いが誤認が多い |
とは、の植物が地中または栽培床に卵状の栄養体を形成する現象を指す農業・民俗分類上の用語である。ので確認されたとされ、のちにの園芸家によって独自の観察体系へと整理された[1]。
概要[編集]
アスパラガスの産卵は、収穫直前のの株元に、米粒から鶏卵大までの白色または淡緑色の球形塊が現れるとする現象である。園芸学上は病理ではなく「過剰養分の隔離反応」と説明されることが多いが、地方によっては豊穣儀礼の一部と見なされてきた[2]。
この概念は、末ので行われた地下茎観察から広まったとされ、の日本では温室栽培の不作対策として熱心に研究された。ただし、観察者によって卵の大きさや色の報告が著しく異なり、後年の研究では「複数の現象が一つの語に束ねられた可能性」が指摘されている[3]。
歴史[編集]
フランスでの初期報告[編集]
最初期の記録は、郊外の私設温室で園芸家シャルル・デュフォーが残した帳簿に見える。デュフォーは、肥料を多く与えた翌朝、株元に「鳥卵ほどの白い結晶状の球体」を見つけたとして、これを「産卵」と記したのである。彼は当初これを真菌の胞子嚢と考えたが、助手が誤って卵籠として納屋に運び込んだことから、食用植物が卵を持つという奇妙な話が周辺の市場へ拡散した。
この逸話はの会報第12号に再録されたが、当時の編集者は現物が保存されていないにもかかわらず、著名な植物生理学者アドリアン・ルメールの鑑定を受けたと記している。なお、ルメールの署名は後年の写しであり、真偽は確認されていない。
日本への伝播と制度化[編集]
、の技師・渡辺精一郎が欧州視察の際にこの現象を知り、帰国後にの試験圃場で再現実験を行った。渡辺は「卵状突起」として報告書に記し、栽培床の湿度がを超えた場合に発生率が上がるとしたが、同僚の多くは単なる菌核ではないかと見ていたという[4]。
しかし、が同年に刊行した『温室作物実験彙報』では、アスパラガスの産卵は「収穫を控えた株が次代の市場価格を予見して栄養を退避する稀現象」と説明され、半ば神秘学的な扱いを受けた。この解釈は一時的に人気を博し、東京の百貨店では「卵入り若茎」と称する展示販売まで行われたとされる。
戦後の研究と論争[編集]
になると、との共同観察班が、産卵とされる球体を100例以上採取し、重量・比重・切断面の微細構造を比較した。その結果、の報告では、実際には肥大した芽鱗、石灰質沈着物、さらには昆虫の卵塊が混在していた可能性が高いと結論づけられた[5]。
ところが、同報告の末尾には「しかし、試食した調査員3名がいずれも微かな甘味を感じた」との記述があり、以後この分野は科学と民俗の境界に置かれ続けた。特にの農家集落では、産卵した株を吉兆として台所の梁に吊るす習俗がまで残ったとする証言がある。
観察方法[編集]
観察は通常、株間を30センチほど掘り返し、白色塊の中心部に年輪状の層があるかを確認する方法で行われる。古典的な手引書では、金属製の小さじではなく、を用いることが望ましいとされる。これは、金属音が「卵の緊張を解く」と信じられていたためである。
また、がに試みた標準化では、産卵の判定を「直径12ミリ以上」「表面に淡い縦脈があること」「日没後3時間以内に硬度が減ること」の三条件に定めた。しかし、硬度測定に用いた機器が本来はチーズ熟成用であったため、結果は各地で著しく異なり、再現性は低かった。
社会的影響[編集]
市場と料理への影響[編集]
アスパラガスの産卵が話題になると、やの高級食材店では「卵化株」「抱卵若茎」などの名称で高値取引が生じた。特にの不況期には、1箱12本入りの通常品よりも、産卵株由来とされた3本入りの小箱のほうが高く売れた記録が残る。
一方で料理人の側はこれを歓迎せず、の元見習いであるマルセル・ロワゾーは「卵の味がするのではなく、卵の気配がする」と述べたとされる。この曖昧な表現は後年の食文化評論で頻繁に引用された。
民俗と教育[編集]
の一部地域では、産卵したアスパラガスを子どもの観察教材として用い、春の理科授業で持ち回り展示する慣行があった。教育委員会の記録では、に「卵は本物か」という児童の質問が最も多かったとされ、回答に困った教師が鶏の模型を併置したところ、かえって混乱が拡大したという。
また、地方紙の投書欄には「近所の畑で産卵が出たので出征前に見に行った」といった戦前の回想が複数見られ、農作物の話題でありながら、しばしば縁起物として流通していたことがうかがえる。
批判と論争[編集]
最も大きな批判は、そもそも「アスパラガスが産卵する」という表現自体が擬人化に過ぎず、科学用語として不適切であるという点に向けられた。のでは、これを「地下茎の俗称に詩的誤認が加わったもの」とする報告が採択され、以後、学術誌では使用を避けるべきだとされた[6]。
ただし、反対派の中にも少数の擁護者が存在した。彼らは、現象の再現報告が各地で続いたこと、また一部の株から黄味を帯びた球体が実際に採取されたことを挙げ、完全否定は早計であると主張した。なお、その球体の多くがの固着物であったことは、後の調査でほぼ確実視されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Charles Dufour『Notes sur les sphères blanches du turion』Revue Horticole de Lyon, Vol. 8, pp. 41-53, 1895.
- ^ 渡辺精一郎『温室アスパラガスにおける卵状形成の観察』農商務省試験場報告, 第3巻第2号, pp. 12-29, 1909.
- ^ A. Lemaire『Sur les corps oviformes de l'asperge』Annales de Botanique Pratique, Vol. 14, pp. 201-217, 1897.
- ^ 帝国園芸会編『温室作物実験彙報 第17輯』帝国園芸会出版局, 1910.
- ^ Robert H. Mercer『Asparagus and the Ovoid Sediment Problem』Journal of Applied Horticultural Folklore, Vol. 22, No. 4, pp. 88-104, 1958.
- ^ 東京大学・北海道大学共同観察班『アスパラガス地下卵塊の組成に関する研究』植物試験報, 第11巻第1号, pp. 3-18, 1957.
- ^ 京都植物学会編『植物俗称の再検討』京都植物学会年報, 第6巻, pp. 77-96, 1969.
- ^ Margaret A. Thornton『The Oviparous Vegetable: A Comparative Study』Cambridge Agricultural Press, 1974.
- ^ 中村房枝『春野菜と民俗信仰』日本農村文化研究所, 1988.
- ^ Jacques Bellamy『卵を抱く茎の博物誌』Éditions du Sureau, 2001.
外部リンク
- リヨン園芸史アーカイブ
- 帝国園芸会デジタル博物館
- 日本地下茎民俗研究センター
- 欧州温室作物史研究会
- 卵状植物観察ネットワーク