アップルパイパイ
| 名称 | アップルパイパイ |
|---|---|
| 別名 | 二重林檎焼き、パイ・イン・パイ |
| 発祥 | アメリカ合衆国・ボストン周辺 |
| 考案時期 | 1897年頃 |
| 主材料 | リンゴ、薄力粉、バター、粗糖 |
| 分類 | 焼き菓子、保存食、儀礼菓子 |
| 関連行事 | 収穫祭、製菓見本市、船出祝 |
| 代表的普及地 | ニューイングランド、カナダ沿岸部、日本の一部喫茶店 |
| 特徴 | 二層構造と焦がし飴層 |
| 異称由来 | 同業者が「pie」を二重に読んだことに由来する |
アップルパイパイは、を主材料とする二層式の菓子で、外層に、内層に再成形したパイ生地を用いるのが特徴である。19世紀末ので、果実保存技術と焼成失敗の再利用から生まれたとされる[1]。
概要[編集]
アップルパイパイは、の家庭菓子文化の中で成立したとされる焼き菓子である。一般的なと異なり、果実層の下に薄く焼いた二枚目のパイ生地を仕込み、切り分けた際に「またパイが現れる」構造を持つことから名付けられたとされる。
名称の奇妙さから誤解されやすいが、実際には「パイが二つある」という意味ではなく、製菓用語の反復強調に由来するという説が有力である。ただし、初期資料の一部ではの移民街において「pie pie」と書かれた看板が確認されており、表記ゆれがそのまま定着したとの指摘もある[2]。
歴史[編集]
起源と伝承[編集]
起源は、ボストン南部の製菓工房「M. O. Bell & Sons」にさかのぼるとされる。工房ではリンゴの煮崩れを防ぐため、底敷きの生地を一度半焼きにしてから果実を載せる方法が試みられていたが、見習いのが天板を取り違え、焼き済みの生地をもう一枚重ねてしまったことが始まりと伝えられる[3]。
この失敗作は当初「二段リンゴ焼き」と呼ばれたが、工房主の妻が「失敗ではなく、再び焼かれるべき生地である」と評価し、客への提供に踏み切ったという。なお、ベル家の家計簿には同年11月だけで砂糖使用量が通常の2.4倍に跳ね上がった記録があり、これが商品化の決め手になったとする研究がある[4]。
普及と変種[編集]
にはプロビデンスで開催された「Atlantic Confectionery Fair」に出品され、審査員の一人であったが「見た目は過剰だが、断面は合理的である」と評したことから注目を集めた。以後、港を経由する船員の携行菓子として広まり、乾燥を防ぐために表面へを刷毛塗りする沿岸型、保存性を高めるために塩水煮リンゴを用いる内陸型などが生じた。
にはのケベックで、パイ生地の間にチーズを挟む「アップルパイパイ・ド・シェール」と呼ばれる派生型が確認されている。また、日本では初期にの外国人居留地を通じて伝わったとされるが、喫茶店では発音しにくさから「アップルパイパイ定食」と誤って印字され、結果的に大衆的な珍品として定着した[要出典]。
制度化と規格化[編集]
、は二重構造の焼き菓子を整理するため「PIE-2規格」を提案し、アップルパイパイを「外皮厚2.8ミリ以上、内皮厚1.1ミリ以上、リンゴ断面が3層以上視認できるもの」と定義した。これにより家庭製と工業製の境界が明確化したが、同時に「層が多すぎて食べにくい」という批判も生んだ。
一方でのデイトンにおける小学校給食導入では、切断時の断面が理科教材として利用され、児童に「食べ物の中に食べ物がある」という概念を教える教材として採用された。教育関係者の間では、食欲と驚きを同時に刺激する稀有な菓子として評価が定着したとされる。
製法[編集]
基本的な製法は、薄く伸ばした生地を一度空焼きし、その上にシナモンで香りづけしたリンゴ煮を敷き、さらに半焼きの生地を折り重ねて閉じるものである。焼成後に上面へ粗糖をまぶし、を5〜7グラム単位で点在させると、内部の二層がそれぞれ異なる食感を示すとされる。
職人の間では、内層生地に小さな孔を12〜14か所あける「呼吸孔法」が知られている。これにより蒸気圧が均等化され、断面の崩壊を防げるとされるが、実際には焼成温度の誤差を誤魔化すための工夫であったとも言われる。なお、ボストン周辺の老舗ではリンゴの品種として系統を用いる例が多いが、あえてを混ぜることで酸味の“逃げ道”を作る流派もある。
文化的影響[編集]
アップルパイパイは、単なる菓子ではなく「失敗の再利用を肯定する象徴」として語られてきた。とりわけ前半の工房組合では、焼きすぎた生地を捨てずに重ねる姿勢が職人倫理として称揚され、のちに製紙業や建築現場の標語にも転用されたという。
また、では収穫祭の際に、最初の一切れを家長ではなく最年少者が切る習慣があるが、これはアップルパイパイの「中からさらに何かが出てくる」構造を、世代交代の比喩として扱ったためであると説明される。もっとも、この風習が本当に菓子に由来するかについては、民俗学者の間でも意見が分かれている。
批判と論争[編集]
アップルパイパイには、外層と内層の境界が曖昧になりやすく、食べ手が「どこまでが本体か」を見失うという批判がある。特にの紙上では、匿名の食通が「これは菓子ではなく、同じ話を二度聞かされるようなものだ」と酷評した[5]。
一方で、二重構造を理由に価格を吊り上げる高級菓子店も現れ、にはで「アップルパイパイ・スペシャル」が1個8.75ドルで販売され、当時の新聞が「層の数に対して値札が多すぎる」と報じた。なお、この価格設定は後に観光向けの演出として正当化されたが、地元では今なお“層税”と呼ばれている。
脚注[編集]
[1] H. L. Pembroke, "On the Double-Crust Apple Tart", Proceedings of the Boston Culinary Society, Vol. 12, No. 4, 1901, pp. 41-58.
[2] Margaret E. Sullivan, "Pie Repetition and Urban Signage in the North Atlantic", Journal of American Foodways, Vol. 8, No. 2, 1977, pp. 201-219.
[3] George N. Feldman, "The Bell Workshop Ledger and the Accidental Birth of Apple Pie Pie", New England Historical Cookery Review, Vol. 3, No. 1, 1954, pp. 9-17.
[4] エリザベス・ベル『ベル家台帳抄録』私家版, 1898, pp. 14-16.
[5] "The Problem of Overlayered Desserts", The New York Herald, 1931年10月14日付, p. C7.
関連項目[編集]
脚注
- ^ H. L. Pembroke, "On the Double-Crust Apple Tart", Proceedings of the Boston Culinary Society, Vol. 12, No. 4, 1901, pp. 41-58.
- ^ George N. Feldman, "The Bell Workshop Ledger and the Accidental Birth of Apple Pie Pie", New England Historical Cookery Review, Vol. 3, No. 1, 1954, pp. 9-17.
- ^ Margaret E. Sullivan, "Pie Repetition and Urban Signage in the North Atlantic", Journal of American Foodways, Vol. 8, No. 2, 1977, pp. 201-219.
- ^ Robert H. Sloane, "Thermal Gradients in Layered Fruit Pastries", Culinary Engineering Quarterly, Vol. 5, No. 3, 1968, pp. 88-104.
- ^ エリザベス・ベル『ベル家台帳抄録』私家版, 1898, pp. 14-16.
- ^ 渡辺精一郎『洋菓子工房史論』日本菓子研究会, 1934, pp. 77-93.
- ^ Susan T. Avery, "Pie, Again: Repetition as Structure in Atlantic Desserts", Food Culture Studies, Vol. 19, No. 1, 1992, pp. 1-26.
- ^ 斎藤和子『二重生地の民俗誌』港湾出版, 1971, pp. 33-49.
- ^ Arthur P. Green, "Report on the Atlantic Confectionery Fair", Proceedings of the Rhode Island Trade Association, Vol. 2, No. 6, 1909, pp. 113-126.
- ^ M. C. Harlow, "When a Pie Becomes a Policy", The Journal of Domestic Technologies, Vol. 11, No. 2, 1983, pp. 55-71.
外部リンク
- ボストン菓子史研究所
- 北大西洋焼成文化アーカイブ
- 二層菓子保存協会
- ニューイングランド家庭菓子資料館
- アップルパイパイ普及委員会