アンシュウ
| 名称 | アンシュウ |
|---|---|
| 分類 | 記録技法・儀礼的遊戯 |
| 起源 | 明治後期の紙工会合 |
| 提唱者 | 渡辺精一郎、佐伯澄子ら |
| 主な使用地域 | 東京、横浜、金沢、神戸 |
| 素材 | 和紙、墨、薄煤紙 |
| 関連機関 | 東京帝国大学民俗記録研究室 |
| 別名 | 暗集、案修 |
| 最盛期 | 1927年から1938年 |
アンシュウは、の近代初期に成立したとされる、紙片に短い句と図形を交互に記すことで、相手の言いよどみを測定するための半儀礼的な記録技法である。末期にの周辺で学術用語として整理されたが、のちに内の茶屋文化と結びつき、現在では文書術と遊戯の中間に位置するものとして知られている[1]。
概要[編集]
アンシュウは、発話の断片、季節語、単純図形を一定の規則で連ね、相手の反応速度や沈黙の長さを「紙上で見える化」する技法である。表向きはの記録法として説明されることが多いが、実際にはや寄合での場の緊張を和らげるために発達したとされる。
一般には四角い紙札を用い、中央に句、縁に補助記号を置く方式が基本である。記録された紙片は「集紙帳」と呼ばれる冊子に綴じられ、1920年代にはの文具店で年間約8,400冊が流通したとの記録が残る[2]。
成立史[編集]
明治期の紙工会合[編集]
起源は、の倉庫街で開かれた紙工職人の会合に求められることが多い。職人たちが、長話を避けながら工程確認を行うため、発言を短句化して紙に書き留めたのが始まりとされる。もっとも、初期の記録は状態のものが多く、後年の編集で語りが整えられた可能性が指摘されている。
この時期のアンシュウはまだ名称を持たず、「散文札」や「しるべ紙」と呼ばれていた。明治の『東京紙藝雑報』第4号には、の紙問屋が「言葉を畳んで売る」習慣について触れており、これが後の理論化の重要な手掛かりになったとされる[3]。
東京帝国大学での整理[編集]
、民俗記録研究室の渡辺精一郎は、寄せ集めの紙片を比較研究し、これを「アンシュウ」と命名した。語源は「案に収める」から転じたとする説が有力であるが、研究室内で流行していた中国茶会の隠語が混入したとする異説もある。
渡辺は、の下宿で試作を重ね、沈黙が3秒を超えると墨のにじみ方が変わることに着目した。これを「遅延指数」と呼び、平均0.8点から2.7点までの差を比較する表を作成したが、後年の研究者からは「測り方が妙に芝居がかっている」と評されている。
茶屋文化への普及[編集]
初期になると、アンシュウはやの茶屋で流行し、客同士が会話の代わりに紙片を交換する遊びとして定着した。特にの「銀杏会」では、1晩で136枚ものアンシュウ札が回覧され、うち17枚が同じ図柄のまま戻ってきたため、店主が「この技法は沈黙を増殖させる」と苦情を述べた記録がある。
一方で、格式を重んじる家では、客の無言が長くなりすぎるとして採用を拒む例もあった。これに対し、は「話せぬ者にこそ紙が必要である」とする小冊子『紙の間合』を刊行し、女性使用者の増加に大きく寄与したとされる。
技法[編集]
アンシュウの基本は、・・の三層構造にある。一行札には主題を一息で書き、縁記号には感情の強弱を示す点や波線を付ける。返答印は受け手がどの程度理解したかを示すもので、正三角形なら肯定、逆三角形なら保留、二重丸なら「話題変更」が推奨された。
標準的な札は×で、墨の乾燥時間は冬季で平均、夏季でとされた。もっとも、当時の資料には「乾きが速すぎると議論が雑になる」という奇妙な注意書きがあり、実務より心理効果を重視していたことがうかがえる。
社会的影響[編集]
アンシュウは、会話が得意でない者にとって重要な自己表現手段となった。特に後半には、の寄宿舎やの編集部で導入され、会議の発言順を紙で可視化する用途が広まった。ある編集部では、アンシュウを導入した翌月に雑談時間が23%減少し、原稿締切の遅延が12件から4件に改善したと報告されている。
他方で、言葉を削りすぎるあまり誤解が増える例もあり、では商談が「了承」の札1枚だけで成立した結果、納品先が全く異なる箱3,200個を受け取る事件が起きたと伝えられる。この事件以後、商習慣としてのアンシュウには注釈欄を付ける慣行が生まれた。
批判と論争[編集]
アンシュウには、はやくから「学術を装った遊戯にすぎない」との批判があった。とりわけの講演会では、ある研究者が「これを体系と呼ぶのは、箸置きを天文学と呼ぶに等しい」と発言し、会場が一時騒然となったとされる。
また、渡辺精一郎の遺稿ノートには、実験記録の一部がすべて同じ筆跡で書かれていたことから、後世の研究者が「一人で書いたのではないか」と疑う余地がある。もっとも、研究室の助手だった佐伯澄子は、これを否定しつつも「四人分の沈黙を一人で記録した夜があった」と回想しており、解釈は分かれている。
現代における再評価[編集]
以降、アンシュウはやの文脈で再評価されている。特に周辺のワークショップでは、参加者が短文札を交換しながら沈黙の長さを色で記録する形式が採用され、年間約1,200人が参加したとされる。
なお、近年の研究では、アンシュウの本質は「内容」よりも「言い淀みの共有」にあるとする説が有力である。2021年にはの民間研究会が、再現実験として108枚の札を用いたところ、会議時間は短縮したが参加者の満足度はむしろ上昇したという結果を公表した[4]。
脚注[編集]
[1] 渡辺精一郎『紙片と沈黙の民俗誌』東京帝国大学出版会、1931年、pp. 14-27。
[2] 佐伯澄子「集紙帳流通史覚書」『文具経済研究』第12巻第3号、1930年、pp. 88-94。
[3] 『東京紙藝雑報』第4号、1898年、pp. 2-5。
[4] 一般社団法人対話技法研究会『アンシュウ再現実験報告書2021』、2022年、pp. 5-19。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『紙片と沈黙の民俗誌』東京帝国大学出版会, 1931.
- ^ 佐伯澄子「集紙帳流通史覚書」『文具経済研究』第12巻第3号, 1930, pp. 88-94.
- ^ 山崎宏『近代紙工会合の社会学』勁草書房, 1940.
- ^ M. A. Thornton, "Silent Cards and Civic Delay," Journal of East Asian Ritual Studies, Vol. 8, No. 2, 1956, pp. 41-63.
- ^ 『東京紙藝雑報』第4号, 1898, pp. 2-5.
- ^ 小林冬子『茶屋における札の交換と身体性』みすず書房, 1968.
- ^ General Institute of Dialogue Forms, "Anshū Reconsidered," Proceedings of the Yokohama Paper Conference, Vol. 3, 1974, pp. 101-126.
- ^ 高橋良平「遅延指数の再計測」『日本記録技法学会誌』第19巻第1号, 1989, pp. 11-29.
- ^ Eleanor P. Briggs, "The Semiotics of Folded Speech," Cambridge Review of Social Memory, Vol. 14, No. 1, 1997, pp. 9-22.
- ^ 一般社団法人対話技法研究会『アンシュウ再現実験報告書2021』, 2022, pp. 5-19.
外部リンク
- 東京紙藝アーカイブ
- 民俗記録研究データベース
- 対話技法研究会
- 紙札文化保存協会
- 沈黙学ラボ