インターナショナル(楽曲)
| 名前 | インターナショナル |
|---|---|
| 画像 | International_official_ensemble.jpg |
| 画像説明 | 赤い照明下での3人 |
| 画像サイズ | 240px |
| 画像補正 | 自動 |
| 背景色 | #c1121f |
| 別名 | インタロ、赤い約束 |
| 出生名 | —(バンド名義) |
| 出身地 | 渋谷区(結成当初の拠点) |
| ジャンル | 赤旗ロック、シネマティック・パンク |
| 職業 | ロックバンド |
| 担当楽器 | ギター/ボーカル、ベース、ドラム(サウンド・デザイン) |
| 活動期間 | 1989年 - 2001年(活動休止)/2009年 -(再始動) |
| レーベル | |
| 事務所 | |
| 共同作業者 | 、録音技師 塩谷マリア |
| メンバー | 渡辺精一郎(ギター/作詞作曲)、藤堂ゆき(ベース)、塩原ルカ(ドラム) |
| 旧メンバー | — |
| 公式サイト | https://akaiyakkoku.example |
インターナショナル(いんたーなしょなる)は、の3人組である。所属事務所は、レコード会社は。に結成され、にメジャーデビューした。略称および愛称は「インタロ」および「赤い約束」。公式ファンクラブは「赤い歌を守る会」である[1]。
概要[編集]
は、いわゆる「国際歌」を直接なぞった作品ではなく、同名の思想語を“赤い歌です”という合言葉として再設計したロック・プロジェクトとして知られている[1]。
彼らの代表曲「赤い歌です(International)」は、終盤でテンポが0.5BPMずつ落ちる仕様になっており、ライブ会場の時計が一斉にずれる現象が新聞で報じられたとされる[2]。この“ずれ”がファンの間で「国境のない位相」と呼ばれるようになり、1990年代前半の若年層の言語遊戯文化に影響したとされる[3]。ただし、実際に時計が止まったとする一次記録は乏しいと指摘されてもいる[4]。
なお、同名(楽曲)の由来は後述するように、バンド名の由来と意図的に混線させて広報された経緯がある。編集上は曲単体の項目とされることもあるが、本記事では便宜的に“インターナショナル”を楽曲制作の中心人物・団体として扱う[5]。
メンバー[編集]
インターナショナルの中核は3人で構成される。渡辺精一郎は作詞作曲とギターを担当し、歌詞の多くは「赤」を“合図”として運用する特徴を持つ[6]。
藤堂ゆきはベースを担当し、ベースラインは都市の信号機サイクル(秒単位)を模したとされる[7]。塩原ルカはドラムに加え、ライブ時の“位相ずらし”のためのサウンド・デザインを担ったとされる[8]。
3人は初期から共同名義で作業することが多かったが、クレジット上では渡辺が中心に置かれる傾向があった。なお、この配分をめぐり、1996年のツアー後に一度だけ内部協議が開かれ、結論が「赤い歌ですは“誰の声か”ではなく“誰の口か”で決める」とまとめられたと伝えられている[9]。
バンド名の由来[編集]
バンド名の由来は、1990年冬にの地下スタジオ「南第7防音室」で行われた“赤旗会議”に遡るとされる[10]。
当時、渡辺精一郎は作詞ノートに「International」とだけ書き、次のページに大きく「赤い歌です」と追記したとされる。その理由としては、世界のスローガンを“輸入”するのではなく、街の路地裏で聞こえる音として再翻訳したかったからだと語られた[11]。
また、プロモーション担当の広報班が、海外メディアへの取材導線を確保するために“インターナショナル”という語を前面に出したとする資料もある[12]。ただし、事務所側の公式コメントが残っていないことから、どの程度が当事者の意図だったかは不明とされる。
来歴/経歴[編集]
結成(1989年)[編集]
1989年、渡辺精一郎(22)、藤堂ゆき(20)、塩原ルカ(21)はそれぞれ別のセッションに参加していたが、共通の録音機材が突如故障したことをきっかけに合流したとされる[13]。
伝承によれば、その録音機材は“同調が外れると赤くなるランプ”を備えており、3人はこれを「赤い歌の前触れ」として祀ったという[14]。この逸話がファンコミュニティに残り、後年のグッズではランプ型ストラップが定番化したとされる[15]。
インディーズ時代(1990年)[編集]
1990年にはインディーズ盤としてミニアルバム「港の短波」をと共同制作したとされる[16]。
その際、研究所が提供したデータが“音に変換すると位相が赤く見える”という説明で、実際の波形に微細なジッタが意図的に混入されたとされる[17]。作品は枚数よりも“録音機のシリアル番号と同じ番号を歌詞に埋め込んだ”点が話題となり、同時代のアンダーグラウンド紙で広く引用された[18]。
メジャーデビュー(1992年)[編集]
1992年、からシングル「赤い歌です(International)」がリリースされ、オリコンチャートでは初週で2.3万枚を記録したとされる[19]。
ただし、集計方法の違いによって“約2.1万枚”とする資料もあり、どちらが正確かは議論がある[20]。それでも同曲が“赤い照明と同期して会場の見え方が変わる”演出を伴っていたため、テレビ番組に出演した際、視聴者アンケートの自由記述で「赤い歌です」が最頻出フレーズになったとされる[21]。
活動休止(2001年)[編集]
2001年、メンバーは同時期に制作環境の変更を求め、活動休止を発表したとされる[22]。
理由としては、塩原が開発した“位相ずらしユニット”が大規模ホールでの再現性を欠いたためとされる[23]。一方で、渡辺が「赤は色ではなく規約になってしまった」と発言したとする記事もあり、創作上の方向性の摩擦があったのではないかと推測されている[24]。
再始動(2009年)[編集]
2009年、3人は“赤い歌です”の初期テイクを再解析し、デジタルリマスターで復刻したとされる[25]。
この時期、SNS黎明期の参加型企画として「赤い歌です位相宝くじ」が行われ、抽選番号が“会場の入場時刻の秒”に紐づいたとされる[26]。参加者が“自分の秒と同じ小節がある”と報告した例がネット上で多数見られたとされるが、検証は十分ではないと注意喚起も出た[27]。
音楽性[編集]
インターナショナルの音楽性は、と呼ばれることがある。具体的には、ギターのカッティングが画面編集の“カット割り”に合わせているとされ、ベースが都市の周期をなぞるため、聴感の揺らぎが“物語の呼吸”として聴こえると説明されている[28]。
歌詞は短文が多く、毎サビで「赤い歌です」というフレーズを固定しながら、その前後の文脈を入れ替える方式が採られた。これにより、同じ言葉が“合図”“告白”“時報”“冗談”へと転移する構造が作られたとされる[29]。
技術的特徴としては、ライブ時に会場の反響特性を測定し、スネアの残響が聴衆の座席列と一致するよう微調整したという証言がある[30]。ただし、実験の詳細手順は公表されず、再現性については慎重な姿勢も見られる。
人物[編集]
渡辺精一郎は“作曲家である前に編集者である”と評されることがあり、曲の全体構造を先に組み、言葉は最後に当てはめる方式だったとされる[31]。
藤堂ゆきは、ベースラインを信号機の切替に見立てたとする説がある。たとえば、歌詞に登場する「3秒待て」が実際に曲中のブレイクに対応しているとファンが解析したとされ、当時の音響雑誌で特集された[32]。
塩原ルカは、ドラムのチューニングを“赤いランプの点灯周期”に合わせたと語られたことがある。そのため、彼の名義だけがクレジットの裏側でやけにロマンチックな表記になることがあるとされる[33]。一方で、メンバー本人は後年「それは演出で、実際は単に機材の癖だった」とも述べたと伝えられている[34]。
評価[編集]
インターナショナルは、国民的ロックバンドと呼ばれることもあるが、その根拠は“楽曲の社会的浸透”というより、言語遊戯としての機能が強かった点にあると分析されている[35]。
たとえば、1993年の学校行事で「赤い歌です」を替え歌にし、学級の掲示板に“赤い約束”として掲げた例が報告され、教育関係者の一部で是非が論じられた[36]。ただし、教育現場での使用可否は各自治体の判断に委ねられており、全国一律に広がったわけではないとされる[37]。
また、同曲の“位相ずらし”演出が健康被害に繋がるのではないかという懸念が一部で出た。これについて制作側は「聴衆の耳が慣れるよう意図していた」と説明したとされるが、科学的な検証結果が公開されたわけではない[38]。
受賞歴/賞・記録[編集]
受賞歴としては、1994年に新人企画部門相当の賞を“歌詞の言い回しが編集文化に与えた影響”として受賞したとされる[39]。
さらに、1998年には全国ツアーの総動員が累計110.4万人に達したと報じられた[40]。なお、同年の公式発表では110.0万人とされており、端数処理の違いがある[41]。
記録面では、シングル「赤い歌です(International)」がストリーミングで累計再生18.6億回を突破したとされる[42]。ただし“18.6”という数字は、ファンが歌詞の小節数から逆算したとする説もあり、実測との関係については確認が取れていない。
ディスコグラフィ(シングル/CDシングル/配信限定シングル/アルバム/ベスト・アルバム/映像作品)[編集]
シングルとしては、メジャーデビュー作の「赤い歌です(International)」(1992年)が代表である[43]。
ほかに、1994年の「赤い余韻は国境を跨ぐ(Cross Border Reverie)」(1994年)、1996年の「南第7防音室の夕方」(1996年)、1999年の「赤い約束の位相」(1999年)がリリースされたとされる[44]。
アルバムは、インディーズの「港の短波」(1990年)から始まり、1993年の1stフルアルバム「赤旗上映会」、1997年の2nd「都市の呼吸」、2000年の3rd「赤い沈黙の設計図」までが主要作とされる[45]。
映像作品としては、ライブ・フィルム「赤い歌です—会場時計がずれた夜」(1995年)と、再始動後の「位相宝くじの真夜中」(2010年)が知られている[46]。
ストリーミング認定[編集]
ストリーミング認定は、の独自指標を通じて進められたとされる[47]。
代表曲「赤い歌です(International)」は、配信開始から3年2か月で“赤旗ライン”と呼ばれる認定区分(再生3億回相当)を通過したと報じられた[48]。
また、2016年の特別集計で、楽曲の再生ピークが深夜1時台に集中したとされる。これが“赤い約束”の合言葉が夜型コミュニティに広がった結果だとする説明もあるが[49]、単なる曜日効果の可能性を指摘する声もあった[50]。
タイアップ一覧[編集]
タイアップとしては、1993年にの深夜番組で「赤い余韻は国境を跨ぐ(Cross Border Reverie)」がエンディングテーマに採用されたとされる[51]。
1997年には、の映画館連盟と連動し、上映前BGMとして「南第7防音室の夕方」が流されたとされる[52]。
また、2000年には特定の鉄道事業者が“乗換案内の音声”をアレンジして導入したとする噂が広まったが、事業者名は伏せられており真偽は不明とされる[53]。
ライブ・イベント/ライブ・コンサートツアー[編集]
ライブ・コンサートツアーは、初期から“赤い照明の角度を固定”する運用で知られた。1993年の「赤旗上映会ツアー」では、会場ごとに照明角度を0.8度ずつ調整したとされる[54]。
1995年のライブ・フィルム収録時は、観客の入退場ゲートがの3か所に分散された。報告では入場待ち列が平均42分で、撮影導入がそのピークと一致したという細かい記述がある[55]。
再始動後の2010年には「位相宝くじ」形式のミニツアーが行われ、座席番号に基づく“コール&レスポンス”が導入されたとされる[56]。
出演(テレビ/ラジオ/映画/CM)[編集]
テレビでは前述ののほか、1998年に特番へ出演したとされる[57]。
ラジオは、系の深夜番組で渡辺が“赤い歌ですの小節分析”を語った回が人気となった[58]。
映画では、2002年公開の劇場用ドキュメンタリー「都市の呼吸—編集される音」に音楽監修として関わったとされるが、クレジット上の表記は曖昧だったと指摘される[59]。
NHK紅白歌合戦出場歴[編集]
には、1999年に初出場したとされる[60]。
当時の選考理由は「国境を跨ぐ言葉の強度が若年層に浸透している」こととされたが、実際には番組側が演出上の“位相ずらし”を再現できると判断したためではないかとも推測されている[61]。
ただし、紅白当日の演出映像において位相ずらしの痕跡は確認されなかったとする解説もあり[62]、評価が割れている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『赤い歌です—小節と合図の編集論』紅旗レコード出版, 1993.
- ^ 藤堂ゆき『ベースラインは信号機になる』夜間測量研究所出版, 1996.
- ^ 塩原ルカ『位相ずらしの手触り(第1巻)』赤い指揮者事務所, 1999.
- ^ 加藤文庫『オリコン集計の裏側:0.1万枚の差はなぜ生まれるか』音楽統計学研究会, 2000.
- ^ International Song Studies『Cinematic Punk in Japan: The Red-Flag Case』International Arts Press, Vol.12 No.3, pp.44-71.
- ^ 佐藤あゆみ『NHK編成会議と“時計がずれる”演出の可能性』放送研究ジャーナル, 第18巻第2号, pp.101-129.
- ^ M. Thornton『Streaming Phase Metrics and Fan Mythology』Tokyo Digital Music Review, Vol.5 Issue 1, pp.9-33.
- ^ 鈴木健介『赤いランプ理論:同期する演出の心理効果』日本音響学会論文集, 第62巻第7号, pp.201-219.
- ^ K. Müller『Phase Drift and Social Media Diffusion』Journal of Nighttime Culture, Vol.3, pp.77-96.
- ^ 山田編集『都市の呼吸—編集される音の真相(改訂版)』(タイトルが原題と異なる可能性がある)港区文化資料出版社, 2004.
外部リンク
- 赤い約束公式アーカイブ
- 紅旗レコード 公式アーカイブ
- 夜間測量研究所 音響データ室
- インタロ ファンクラブ掲示板(閲覧制限あり)
- 街角位相研究 データベース