ウンコビエニア
| 名称 | ウンコビエニア |
|---|---|
| 種類 | 観測兼衛生実験塔 |
| 所在地 | 栃木ウインター県 宇都宮東湯端区(架空) |
| 設立 | 43年(1891年) |
| 高さ | 57.3メートル |
| 構造 | 八角形鉄骨・多層吸着板 |
| 設計者 | 渡辺精匠郎(Watanabe Seishōrō) |
ウンコビエニア(うんこびえにあ、英: Unkobiennia Facility)は、にある[1]。
概要[編集]
ウンコビエニアは、現在ではの観測・衛生技術の象徴として知られている施設である[1]。
本施設は、臭気を「気象として観測する」ことを目的に、塔体に取り付けられた吸着板と測風機で大気の変化を記録したとされる。また、同時に地域住民の生活臭を低減する実験が行われた点が特徴である[2]。
名称の由来については、当初計画書の略称「U.K.B.(宇都宮衛生観測塔)」が誤記され、打鍵音とともに「ウンコビエニア」へ転化したという説が有力である[3]。
名称[編集]
施設名の表記は、開設当初の公式刻印が「ウンコビエニア(ウンコ=臭気、ビエニア=便宜観測)」と読めるように細工されていたと伝えられる[4]。
一方で、後世の史料整理では「ウンコビエニア」が実は複数語の合成である可能性が指摘されている。例えば、に由来する俗称「ビエ」、観測の「ニア(near)」、そして「ウンコ」は当時の議会速記で「雲行(くもゆき)」が誤読された名残だとする推定がある[5]。
このため、ガイドブックでは「名称は奇妙だが、機能は真面目だった」と説明されることが多い[6]。
沿革/歴史[編集]
計画の発端(臭気気象論と地方衛生事務の結合)[編集]
ウンコビエニアの構想は、後期に流行した「臭気気象論」によって推進されたとされる。栃木ウインター県衛生局の文書では、臭気の増減が降雨・気温だけでは説明できず、「風向の癖」が関与すると記されていた[7]。
そこで同局は、現場視察のための測定員を増員する代わりに、塔の上から連続観測する方式を導入したとされる。計画当初の予算は3万7,450円とされ、内訳は鉄骨費が1万9,820円、吸着板が8,640円、測風機が4,310円、刻印彫師手数料が404円と、やけに細かい数字で残っている[8]。
このうち刻印彫師手数料の行は、当時の県庁の「語呂採用」文化を示すものとして引用されることがある。すなわち、読みやすさと親しみのために、名称が妙に語呂良くなるよう調整されたというのである[9]。
開設から改修まで(吸着板の“鳴き”と記録媒体)[編集]
43年に竣工したウンコビエニアは、塔内の吸着板が風で擦れると「低い音」を発することが判明した。技術者はそれを音響的指標として扱い、風速を推定する補助データに利用したという[10]。
ただし、この手法は翌年の大雨の際に誤差を増やし、測定員の間では「鳴く日は当てにならない」と不満が出たと伝えられる。そこで改修では、吸着板の表面に微細な溝を設け、鳴きの周波数を“安定域”へ寄せる調整が行われたとされる[11]。
記録媒体は当初、紙巻きドラムと記録筆であったが、初期に薄手ガラス板へ切り替えられた。ガラス板は破損しやすかったものの、臭気の痕跡が煤ではなく樹脂膜として残るため、後から解析しやすかったとされる[12]。
施設[編集]
ウンコビエニアは、塔基部から展望部までが八角形を成しており、各辺に多層の吸着板が配置されているとされる[13]。
高さは57.3メートルと記録され、内部には「臭気層」「風層」「音響層」の3系統の観測区画が設けられていた。とくに音響層では、吸着板の擦過音をメートル毎秒換算により風速へ変換する手順が標準化されていたとされる[14]。
塔の上部には測風機があり、風向を16方位で記録する仕組みだった。さらに、観測ログには必ず「当日の便宜(べんぎ=生活状態)」欄が設けられていたとされ、近隣の生活に関する聞き取りが同時進行で行われた[15]。
施設全体の外装は、白い陶板と緑の銅箔で構成され、遠目には“衛生的な灯台”のように見えたと回想されている[16]。
交通アクセス[編集]
ウンコビエニアに最寄りの交通結節点としては、「東湯端駅」が案内される場合が多い。駅から施設までは徒歩約12分、坂道を含むため所要時間は季節により変動することがあるとされる[17]。
また、観光客向けには「塔周遊シャトル」が運行された時期があり、運賃は当時のパンフレットでは一律120円とされていた[18]。なお、シャトルは臭気気象の観測周期に合わせて時刻が調整されていたという逸話も残る[19]。
車の場合は、道84号(通称:吸着板ロード)を経由するとされるが、冬季は凍結の影響で一時通行止めが出ることがあると記されている[20]。
文化財[編集]
ウンコビエニアは、現在ではの「近代実験建築群」として、年号相当の枠組みにより文化財として登録されている[21]。
登録理由は、臭気を対象にした観測技術と、衛生行政の実務が同一建造物に統合されていた点にあるとされる。さらに、外装の陶板に残る刻印(当時の観測値の“目視用読み取り”)が、科学教育の教材として再解釈されていることが挙げられる[22]。
施設はまた、塔内部の「音響層」設備のうち一部が現存し、復元展示の根拠資料として扱われている。もっとも音響層の全機構が完存しているわけではないとする指摘もあり、その点が研究者の間で議論になっている[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精匠郎「ウンコビエニア設計経緯と測風機の校正」『地方工学年報』第12巻第3号, pp.14-39. 1892年.
- ^ 栃木ウインター県衛生局編『衛生観測のための建造物行政(縮刷版)』栃木ウインター県庁, 【明治】46年.
- ^ Margaret A. Thornton「Aromatic Meteorology and Municipal Instrument Towers」『Journal of Applied Atmospherics』Vol.7 No.2, pp.101-127. 1905年.
- ^ 佐藤静流「便宜欄の導入と聞き取り記録の制度設計」『衛生史研究』第5巻第1号, pp.55-72. 1931年.
- ^ Émile Bricot「Quadrangular Signal Towers in Late Meiji Japan」『Annales d’Architecture Technique』第22巻第4号, pp.220-261. 1928年.
- ^ 中村虎之「吸着板の“鳴き”を用いた風速推定の試行」『測定器械論叢』第9巻第2号, pp.1-18. 1910年.
- ^ 遠藤瓢助「ガラス板記録の耐久性と臭気膜の残留」『実験記録学会誌』第3巻第6号, pp.77-95. 1933年.
- ^ 田中澄江「刻印彫師が与えた命名の滑り(要出典)」『地域文化の文字景観』第1巻第1号, pp.200-212. 1988年.
- ^ Kōji Watanabe「Revisiting the Unkobiennia: Conservation Problems of Sonic Layers」『Conservation of Experimental Structures』Vol.18 Issue 1, pp.1-25. 2012年.
- ^ 工部省編『建造物登録の運用要綱(写本)』工部省, 【昭和】5年.
外部リンク
- ウンコビエニア保存会公式アーカイブ
- 栃木ウインター県近代実験建築ポータル
- 東湯端観光案内(奇妙な科学めぐり)
- 吸着板ロード現地ログ
- 衛生観測器の博物資料庫