エルヴィン・ウェーレイン
| 選手名 | エルヴィン・ウェーレイン |
|---|---|
| 画像 | Erwin_Wehrein_2022.jpg |
| 画像サイズ | 240px |
| 画像説明 | 2022年のリーグ戦にて |
| 愛称 | 氷上のウェーブ |
| 生年月日 | 1991年4月17日 |
| 出身地 | 兵庫県西宮市 |
| 身長 | 184 cm |
| 体重 | 86 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 17 |
| ポジション | フォワード |
| 所属チーム | 神戸ブリッジホークス |
| 利き手 | 右投左打 |
| medaltemplates | 銀 2018 冬季アジア大会 |
エルヴィン・ウェーレイン(えるゔぃん・うぇーれいん、〈3年〉 - )は、出身のプロ選手(フォワード)。右投左打。の所属。2018年ので日本代表の得点王となり、MVPに選ばれた[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
の臨海地区で育ち、幼少期はの外周で行われる市民イベントの氷上デモンストレーションに通っていたとされる。小学4年時にの冷凍倉庫跡地を転用したリンクで本格的にを始め、在学中に全国高校選抜の強化指定を受けた[2]。
その後に入学し、に所属しながら、関東大学リーグで1年生ながら12得点を記録した。当時は「理屈で加速する選手」と呼ばれ、フォームの癖をで解析されたことが転機になったという。
所属チーム別の経歴[編集]
2013年にへ入団し、同年の開幕戦でデビューを果たした。ルーキーイヤーは第3ラインのウィングとして起用されたが、12月に主力2名の離脱を受けて一時的にセンターへ転向し、そこから得点感覚を開花させた[3]。
2017年にはのへ移籍し、1年限りで27得点を挙げたのち、2018年に再び神戸へ復帰した。復帰後はキャプテンを務め、2021年にはチーム史上初のリーグ連覇に貢献した。同年、氷温管理の都合で遠征先のホテルを自費で「枕まで低温化」した逸話が残る[要出典]。
代表経歴[編集]
には2015年に選出され、との強化試合で初出場を果たした。2018年のでは主将を務め、7試合で9得点・6アシストを記録して銀メダルを獲得した[4]。
またの代表予備登録にも名を連ねたが、最終登録30名からは外れた。ただし大会直前にの氷質が硬すぎるとして、彼の“減速しない滑走”がかえって適合外と判断されたという、本人も半ば笑って語る説明が残っている。
選手としての特徴[編集]
最大の特徴は、左打ちのスラップショットと、右利き由来のフェイントを同時に使い分ける異例のフォームにある。相手ディフェンスの死角へ一歩だけ踏み込む「ウェーレイン・カーブ」と呼ばれる軌道は、の分析誌でも取り上げられた[5]。
また、試合終盤の残り90秒で得点関与が急増する傾向があり、2020年から2023年までの4シーズンで、同時間帯の得点関与率は32.4%に達した。なお、本人はこれを「集中力ではなく、リンク照明の反射がちょうど良いだけ」と説明している。
守備面では献身的で、氷上での戻りの速さから「氷の郵便配達」とも呼ばれた。一方で、ベンチでの補食に異様なこだわりがあり、試合中は必ずを3粒ずつ口に入れる習慣があったという。
人物[編集]
家族は父、母、姉の4人で、父はの冷蔵設備技師であった。ウェーレインは幼少期から機械音に敏感で、試合前に氷削機の回転数を聞き分けると「今日は滑れるか」が分かると公言していた。
性格は寡黙だが、遠征先のホテルでは妙に社交的になることで知られる。特にの宿泊時に、朝食会場での配膳導線を改善する提案をして、ホテル側のアルバイト研修資料に一時採用されたという。
また、試合で敗れた後でもロッカーを整然と片づけるため、若手選手の間では「敗戦後の机上整理はウェーレインに学べ」と言われた。本人は「片づけが先、反省は後」と述べている。
記録[編集]
タイトル[編集]
・優勝 3回(2016年、2021年、2023年) ・銀メダル(2018年) ・リーグ月間MVP 5回 ・神戸ブリッジホークス年間最優秀選手 4回
表彰[編集]
を2022年に受賞し、同年にはから「港湾スポーツ振興特別表彰」を受けた。さらに、2023年にはの広報キャンペーンにより、「最も氷の削れない選手」として紹介された。
なお、2021年には日本国内リーグでの通算得点が通算301点に到達し、で初めて「300点クラブ」を創設した選手として記録されたとされる。
代表歴[編集]
日本代表では通算68試合に出場し、29得点・31アシストを記録した。2018年大会の1試合平均シュート数は8.7本で、これは当時の大会記録であった。
また、強化合宿での氷上走行距離が1日平均18.6kmに達し、チームスタッフがGPSの電池交換に追われたという逸話もある。
個人記録[編集]
・連続試合得点 14試合 ・1試合最多アシスト 5 ・シーズン自己最多得点 34 ・PK戦成功率 88.2% ・キャプテン在任中の勝率 71.4%
出演[編集]
引退前後には、のCM「氷上で、最後まで走れ。」シリーズに出演し、無言でリンクを1周するだけの演出が話題となった。広告代理店によれば、撮影時に本人が「転倒しないなら3テイク目から笑える」と要求したという。
テレビ番組ではの特番『冬を戦う人びと』、のバラエティ番組『体育会系の夜明け』などに出演したほか、のローカル番組での飲食店を巡る企画にも登場した。
なお、2024年にはのPR動画で地下鉄車両の減速音に合わせてパックを打つ役を務めたが、これは「市民向けに氷のない環境での競技普及を図る」目的であったとされる。
著書[編集]
・『氷は裏切らない――ウェーレイン式スケーティング入門』(2022年、) ・『リンクの端で考える』(2023年、) ・『残り90秒の設計図』(2024年、)
いずれも実技書でありながら、試合前日の食事や遠征時の枕の硬さまで細かく記した章がある。特に『残り90秒の設計図』は、ページの余白に本人の手書きで「加速は気合ではない」と書かれていたことで話題となった。
背番号[編集]
背番号は。本人は当初を希望していたが、チーム内で既に別選手が着用していたため、17に決定したとされる。
17番は、神戸ブリッジホークスでは「攻守の切り替えが速い選手」に与えられる慣例的な番号で、ウェーレイン加入後に一時的に人気が上昇した。若手が練習で17番を希望すると、ベテランが「まず氷を読め」と言うのが通例となった。
脚注[編集]
注釈 [1] 冬季アジア大会の公式記録では準優勝扱いだが、国内報道では「銀メダル」と記す例が多い。 [2] 甲南高等学校の強化指定制度は当時、複数競技にまたがる選抜方式であったとされる。 [3] 2013年開幕戦の出場記録は、リーグ公報とクラブ広報で背番号表記が一時的に異なっていた。 [要出典] 本人の自費による枕低温化は、チーム関係者の証言のみで裏付けられている。
出典 [4] 『Asia Ice Hockey Annual 2018』Vol.12, No.3, pp. 44-49. [5] 日本アイスホッケー連盟『戦術分析レポート 2021』第8巻第2号, pp. 11-18.
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
神戸ブリッジホークス公式プロフィール 日本アイスホッケー連盟 選手名鑑 アジアリーグ公式記録室 西宮スポーツアーカイブ ウェーレイン基金 公式案内
脚注
- ^ 佐伯俊介『氷上の再編成――アジアリーグにおけるフォワード革命』スポーツ評論社, 2021.
- ^ Margaret L. Henson, "The Late-Game Surge of Erwin Wehrein," Journal of Cold Sports Studies, Vol. 14, No. 2, pp. 77-93, 2022.
- ^ 北条真一『関西港湾都市と冬季競技の近代化』関西体育文化出版, 2019.
- ^ Erik Johansson, "Skating Angles and Reaction Windows in East Asian Ice Hockey," Nordic Athletic Review, Vol. 9, No. 4, pp. 201-219, 2020.
- ^ 田島由紀子『代表選手の補食戦略』日本スポーツ科学会誌, 第31巻第1号, pp. 5-17, 2023.
- ^ Michael A. Green, "The Wehrein Curve: A Myth or a Measurable Path," Ice Arena Quarterly, Vol. 6, No. 1, pp. 33-41, 2021.
- ^ 神戸市スポーツ振興局『港湾地区における冬季競技の普及史』, 2024.
- ^ 渡辺精一郎『リンクの音を聞く――エルヴィン・ウェーレイン論』講談社選書メチエ, 2024.
- ^ Akiro Matsumoto, "Nutrition at 90 Seconds Remaining," International Journal of Puck Performance, Vol. 11, No. 3, pp. 101-116, 2023.
- ^ 『The Complete Wehrein File: Essays, Stats, and a Very Cold Pillow』Bridgetown Press, 2025.
外部リンク
- 神戸ブリッジホークス公式サイト
- 日本アイスホッケー連盟選手紹介
- アジアリーグアイスホッケー記録室
- 西宮市スポーツ人物データベース
- 氷上戦術研究所アーカイブ