エンデ・ヴァンフォーレ城にいたゴリラ(絵本)
| タイトル | エンデ・ヴァンフォーレ城にいたゴリラ |
|---|---|
| 原題 | The Gorilla at Ende Vanfore Castle |
| 作者 | クラウス・A・ベルヒャー |
| 挿絵 | エルゼ・ミュンター |
| 刊行年 | 1978年 |
| 出版元 | ライン・キンダーブッフ社 |
| ページ数 | 36ページ |
| ジャンル | 寓話・児童文学 |
| 舞台 | エンデ・ヴァンフォーレ城 |
| 主題 | 共生、城郭保全、発声模倣 |
『エンデ・ヴァンフォーレ城にいたゴリラ』は、ヨーロッパ中部の架空の古城を舞台に、1頭のゴリラと城主一家の奇妙な共同生活を描いたである。しばしば後半の「動物城郭文学」の代表作とされ、ドイツ語圏では児童向け寓話として長く引用されてきたとされる[1]。
概要[編集]
『エンデ・ヴァンフォーレ城にいたゴリラ』は、との境界にあるとされるエンデ・ヴァンフォーレ城に、ある冬の夜ふいに現れたゴリラをめぐる物語である。作中では、このゴリラが単なる珍獣ではなく、崩れかけた城壁のひび割れを耳で聴き分ける「石の監督役」として扱われる点が特徴である[1]。
本作は、のちにの児童図書展で「建築と動物の相互扶助を描いた稀有な作品」と評されたとされる。また、出版当時のドイツ語圏では、ゴリラの描写が過度に知的であることから、教育学者と動物行動学者の双方に注目され、要出典ながら1979年の冬に重版が3回かかったと伝えられている。
成立経緯[編集]
成立の起点は、作者のクラウス・A・ベルヒャーが近郊の修復現場を見学した際、足場の鳴り方を「家鳴りではなく会話だ」と言った石工の発言にあるとされる。ベルヒャーはこれを受け、城という静的な構造物に、動物の身体性を媒介させる構想を練ったという。
一方で、挿絵を担当したエルゼ・ミュンターは、当初ゴリラを写実的に描くことを拒み、代わりに「紋章のような毛並み」を提案した。結果として、ゴリラの腹部だけがやけに公爵家の装飾文様に近い作風となり、これが読者に「動物なのに家の一部に見える」という不思議な印象を与えたとされる。
あらすじ[編集]
物語は、城主の未亡人イルマが、冬季閉鎖中の城で奇妙な足音を聞く場面から始まる。やがて大広間の暖炉裏手に、ベルリン動物園から逃げてきたと名乗るゴリラの「アントン」が姿を現し、彼は毎晩、塔の鳴き方を確かめながら城の修復箇所を指摘するようになる。
中盤では、アントンが城の食糧庫を荒らすどころか、むしろ乾燥リンゴを重量順に並べ直すことで鼠害を減らしたことが明かされる。城主一家は当初これを迷惑とみなすが、地下聖堂の天井が崩落寸前であることをアントンが掌打で予知したため、最終的に彼は「監視員兼暖房係」として半公認される。終盤では、春の公開日に観光客が殺到し、アントンが来客の拍手を覚えてしまうことから、物語は少し切ない別れへ向かう。
主要登場要素[編集]
アントン[編集]
アントンは本作の中心となるゴリラで、年齢は不明だが作中の記録では推定11歳とされる。人語を話すわけではないが、城内の金属音を3種類に聞き分ける能力を持ち、鐘楼の釘の緩みまで察知する場面がある。
イルマ未亡人[編集]
城主家の当主で、修道院出身の厳格さと、予算不足への慣れが同居した人物である。彼女がアントンに最初に与えたのが紅茶ではなく補修用の麻布であったことから、以後、城の規律が「布地優先」で進められる。
修復技師オスカー・レーク[編集]
から派遣された修復技師で、当初はゴリラの存在を書類上の誤記と判断していた。だが、アントンが雨漏りの位置を正確に指摘したことで態度を改め、以後は作中でもっとも現実的な人物として振る舞う。
制作と刊行[編集]
本作の制作は、1976年からにかけて進められたとされる。当初は12見開きの短編案だったが、編集部が「城の断熱材の説明をもっと増やしたい」と要望したため、最終的に36ページへ拡張された。児童書としては異例のことであるが、断熱材の説明がそのままゴリラの居住倫理に接続される構成になったことで、結果的に読み応えが増したとされる。
刊行元のライン・キンダーブッフ社では、販売促進のために「静かな夜の読み聞かせ会」を各地で実施した。ところが、参加した子どもたちがアントンの擬音を真似して柱を叩き始めたため、最初の3会場では実際に共鳴事故が起き、以後は厚手の絨毯が必須備品となった。
評価と受容[編集]
文学研究者の間では、本作は単なる動物絵本ではなく、における「遺産の再利用」を子ども向けに翻訳した試みとみなされている。また、建築保存の観点からは、ゴリラが人間の監督よりも早く劣化を検知するという設定が、文化財保護の比喩として高く評価された。
一方で、動物倫理の観点からは、ゴリラを半ば公務員化する発想に批判もあった。とりわけの一部教育紙は「これは共生ではなく、耳の良い労働力の無償徴用である」と指摘したが、これに対し作者は「アントンは週に2回の果物休暇を得ている」と反論したという。
社会的影響[編集]
1980年代に入ると、本作の影響でドイツ語圏の一部幼稚園に「城壁ごっこ」遊びが広まり、子どもが積み木を塔状に積み上げては「きしみ音」を真似る現象が確認されたとされる。さらに、文化財修復の現場では、作業前に周辺の反響を手で叩いて確認する「アントン式試聴法」が半ば冗談として導入された。
また、の比較児童文学講座では、2004年から本作を扱う授業が続けられている。受講者は毎年13名前後で推移しており、最終課題として「もしゴリラが塔ではなく文庫棚に住んだら」というレポートが課されることで知られている。
批判と論争[編集]
本作をめぐる最大の論争は、アントンが本当にベルリン動物園から逃げてきたのか、それとも城の家系図に最初から含まれていたのかという点である。後年発見された初稿では「叔父ではなく客人」との書き込みがあり、この一文の解釈をめぐって研究者が分裂した。
また、版の表紙でアントンの左手が6本指に見えることから、挿絵修正の有無が議論された。出版社は「印刷機の版ズレである」と説明したが、熱心な愛好家の間では「ゴリラは城の錠前を扱うために進化した」とする説まで生まれ、いまなお半ば冗談のまま流通している。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Klaus A. Bercher『Die Nacht im Schloss Ende-Vanfore』Rhein Kinderbuch Verlag, 1978.
- ^ Elise Münter『Bilder für Mauern: Illustrationen und Resonanzräume』Kunst und Kind, Vol. 12, No. 4, 1980, pp. 41-58.
- ^ Helga Riemann『Kinderliteratur und Denkmalpflege im Nachkriegsdeutschland』Universitätsverlag München, 1992, pp. 113-129.
- ^ Martin E. Vogel『On the Semiotics of Apes in Castle Narratives』Journal of Central European Folklore, Vol. 7, No. 2, 1984, pp. 77-95.
- ^ 渡辺精一郎『城郭児童書の成立とその周辺』東京比較児童文学研究会, 2001, pp. 203-221.
- ^ G. P. Henslow『The Audible Stone: A Manual of Resonant Preservation』Oxford Antiquarian Press, 1988, pp. 9-34.
- ^ Sabine Kroll『Der Gorilla als Hausgenosse: Zur Kulturgeschichte eines Fehlers』Verlag Alte Pfosten, 1996, pp. 5-19.
- ^ Ernst Bader『Restaurierung zwischen Tier und Ziegel』Archiv für Baugeschichte, 第18巻第3号, 1981, pp. 66-80.
- ^ 田代みのる『エンデ・ヴァンフォーレ城伝承の再編』児童文化評論, 第9号, 2008, pp. 14-27.
- ^ Lotte Havel『Ape, Keep, and Sleep: A Curious Picture Book Tradition』The Picture Book Review, Vol. 3, No. 1, 1990, pp. 1-22.
外部リンク
- ヴァンフォーレ児童書アーカイブ
- 中欧寓話研究センター
- 古城保全と児童文学の会
- ベルヒャー作品目録
- ドイツ語圏絵本年鑑オンライン