オオギリスト
| 名称 | オオギリスト |
|---|---|
| 読み | おおぎりすと |
| 英語名 | Oogirist |
| 分野 | 即興言語芸、演芸史、放送作法 |
| 成立時期 | 1920年代後半と推定 |
| 発祥地 | 東京市下谷区周辺 |
| 主な担い手 | 寄席芸人、編集者、深夜ラジオの回答者 |
| 特徴 | 短文、高密度の比喩、即答性、脱線性 |
| 関連組織 | 日本即答芸協会、月刊『間違いの美学』 |
オオギリストは、の即興言語芸において、与えられたお題に対し短時間で最大限に逸脱した回答を生成する技術、またはそれを専門とする人物を指す語である。もともとは末期の寄席演芸に付随する控えめな笑いの形式として始まったが、後にの出版社文化圏で体系化されたとされる[1]。
概要[編集]
オオギリストとは、提示されたお題に対して、制限時間内にもっとも意外性の高い返答を構成する者、またはその技法の総称である。一般には落語や漫才の補助的な要素と見なされるが、初期には独立した修練分野として扱われ、回答の巧拙が「間」「語尾」「比喩転倒」の三要素で測定されたとされる[2]。
この語の初期用例は、の演芸雑誌に見えるとする説が有力であるが、実際にはの活版所で誤植として生まれた語が定着したともいう。なお、初期のオオギリストは客席の笑いを取ることよりも、師匠の沈黙をいかに短く破るかを重視したため、しばしば「返答の速度が芸の本体である」と説明された。
起源[編集]
寄席の控え席から生まれた技法[編集]
最初期のオオギリストは、の寄席で前座が失敗した際の穴埋めとして、客の投げた単語を即座に言い換える作業から発展したとされる。特にに近くの小屋で行われた「三題即答会」は、後年の研究者から「近代オオギリズムの原型」と呼ばれた[3]。
この会では、参加者12名のうち7名が最初の20秒で沈黙し、残る5名のうち3名が同じ比喩を使ったため、主催者のは「重複の中に個性がある」と評したという。もっとも、この逸話はとされることが多く、記録の原本は火災で失われたとされている。
編集者たちによる理論化[編集]
、系の周辺で活動した編集者が、即答の失敗例を蒐集した小冊子『瞬間比喩法概論』を刊行し、オオギリストを「反射的修辞の訓練者」と定義した。これにより、単なる席上の余興であった行為が、校正・放送・舞台進行にまたがる技能として再分類されたのである。
の社内記録によれば、には深夜番組の試験放送で「お題応答係」が設けられ、正答率よりも空白時間の短さが評価された。ここで採用された評価式は「語尾の着地点×即時性÷無関係度」とされるが、数式の正式な出典は確認されていない。
発展と制度化[編集]
戦後のラジオ文化[編集]
戦後になると、オオギリストはや地方局の公開収録を通じて一般化した。特にの『夜更けの三択』では、回答者が毎回3秒以内に答えるルールが導入され、聴取者投票によって「脱線率」が公開されたという。初回放送では脱線率が81.4%に達し、番組側は一時的に成功と判断した。
この時期には、回答の型として「逆説型」「物体転用型」「擬人化型」「古文書風型」の四分類が整備された。なかでも「古文書風型」は、の古紙商から仕入れた和紙の質感が重要視されたため、実際の内容よりも紙の匂いが評価されたと伝えられている。
学校教育への導入[編集]
、一部の私立中学で国語科の補助教材としてオオギリスト訓練が導入された。理由は「長文読解に入る前に、意味の飛躍を経験させるため」と説明され、東京都内の3校では試験的に毎朝7分間の即答演習が行われた。生徒の作文は平均して23%短くなったが、比喩の密度は増したとされる。
ただし、保護者からは「家で質問しても子が全部ボケで返すようになった」との苦情が相次ぎ、には文部省が「家庭内会話への過度な応用」に注意を促した。なお、この通達は現在でも教育史研究者のあいだでしばしば引用されるが、実際の文書番号は不明である。
テレビ番組と大会文化[編集]
に入ると、オオギリストはテレビ番組の企画として爆発的に普及した。『深夜即答王決定戦』では、の第4回大会において、優勝者が「お題: 冷蔵庫」に対して「冬眠の先輩」と答え、審査員の満場一致を得たと記録されている。
大会運営は次第に厳格化し、制限時間は90秒、使用可能な比喩は1回、固有名詞は2個までと定められた。にもかかわらず、代表のが「固有名詞を二重露出させる」という裏技を使って優勝したため、翌年からは固有名詞の「心理的重複」も禁止された。
技法[編集]
オオギリストの技法は、単に面白いことを言う訓練ではなく、質問の前提を数秒でずらす「認識の反転」にあるとされる。熟練者は、お題を聞いた瞬間に①用途の誤認、②尺度の誇張、③生物化、④公的文書化、の順で発想を展開するという。
とくに重要なのが「誤配」と呼ばれる技で、たとえば「橋」というお題に対して橋梁ではなく橋本姓の親族を想起させる返答を行う。この技法はにのライブハウスで確立されたとされるが、実際には単に司会者が名前を聞き間違えたことから始まったともいわれる。
一方で、上級者の間では「お題を説明する回答は敗北である」という不文律が共有されている。回答は情報量よりも跳躍の角度が重視され、最良の返答は「意味が通るのに論理が通らない」と評されることが多い。
批判と論争[編集]
オオギリストに対する批判として最も多いのは、即興性を装いながら実際には内輪の符牒に依存しているという点である。特に後半には、テレビ大会の優勝作品の多くが同一作家群による脚本提供ではないかとの疑義が生じ、は「回答の7割は現場で生成された」とする声明を出した。
また、教育現場での導入をめぐっては、国語力の向上と引き換えに、会議で何でも冗談にする癖がつくとの指摘がある。ある都立高校では、進路面談のたびに生徒がオオギリスト調で返答したため、学年主任が「本件は芸ではなく生活指導の問題である」と記したメモが残っている。
さらに、の「三題即答会事件」では、審査基準が曖昧すぎるとして観客側が即興抗議を開始し、抗議のほうが本編より面白いと評された。これを契機に、以降の大会では採点票の裏面に「笑いすぎた場合は0点ではなく減点なし」とする欄が追加された。
社会的影響[編集]
オオギリストは、広告、会議、政治演説、さらには葬儀の弔辞にまで影響を及ぼしたとされる。特に以降は、短文SNS文化との親和性が注目され、140字以内で前提を裏切る表現が「オオギリスト的」と評されるようになった。
内の広告代理店3社が共同で行った調査では、オオギリスト経験者は企画会議での発言回数が平均1.8倍に増加する一方、議事録の修正回数も2.3倍になることが示されたという。もっとも、この調査は対象者42名に限られており、結果の一般化には慎重であるべきだとされる。
近年では、AIによる即答生成との関係も議論されている。2022年、の研究会では「AIはオオギリストの代替ではなく、むしろ審判の補助である」と結論づけられたが、会場の半数以上がその場でAIにお題を投げ始めたため、議論は途中で実演会に変質した。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 高見沢鷹夫『瞬間比喩法概論』中央演芸社, 1933年.
- ^ 柳瀬一平『三題即答会記録』下谷芸能研究会, 1928年.
- ^ 森川由紀『戦後ラジオと即答文化』NHK出版, 1972年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Reactionary Rhetoric in Postwar Japan", Journal of East Asian Performance Studies, Vol. 14, No. 2, 1991, pp. 88-117.
- ^ 中尾清志『固有名詞の二重露出』大阪即興協会, 1987年.
- ^ 佐伯みちる『学校教育における即答訓練の導入』教育と芸能, 第8巻第1号, 1969年, pp. 13-29.
- ^ Hiroshi Kanda, "The Measurement of Deviation in Live Answering", Tokyo Media Review, Vol. 7, No. 4, 1988, pp. 201-219.
- ^ 渡辺精一郎『オオギリストの技法と誤配理論』光風館, 2004年.
- ^ 編集部編『オオギリスト年鑑 1999-2009』日本即答芸協会出版局, 2010年.
- ^ 石田久美子『会議を芸に変える方法』港文社, 2016年.
- ^ Thomas J. Belling, "On the Elasticity of Punchlines", Performance & Society Quarterly, Vol. 22, No. 1, 2007, pp. 5-31.
- ^ 高橋一馬『お題と笑いのあいだにあるもの』月刊間違いの美学社, 2021年.
外部リンク
- 日本即答芸協会
- 月刊『間違いの美学』
- 東京即興文化アーカイブ
- 下谷演芸史研究所
- 深夜芸能データベース