オヤスミナサイ市
| 名称 | オヤスミナサイ市 |
|---|---|
| 種類 | 夢休都市施設(睡眠誘導型街区) |
| 所在地 | 北海道 留萌郡 オヤスミナサイ街区 |
| 設立 | 63年(1988年) |
| 高さ | 地上最大 46 m(記念塔含む) |
| 構造 | 低層多棟+環状制音(せいいん)回廊 |
| 設計者 | 留萌睡眠計画研究会・参与設計室(会長:渡辺精一郎) |
オヤスミナサイ市(おやすみなさいし、英: Oyasuminasai City)は、にある[1]である。現在では、夜間音環境を都市設計に組み込み、“眠りの公共政策”として知られている[2]。
概要[編集]
オヤスミナサイ市は、住民の睡眠を“行政サービス”として扱うことを目的に計画された夢休都市施設である。現在では、街区内の環状回廊が音の反射を最適化し、風向きによって「子守り周波(こもりしゅうは)」が自動調律される仕組みが知られている[1]。
名称は「住民が夕刻に自然と挨拶を交わすことで、夜間の衝突を減らす」という理念に由来するとされる。ただし、当初の文献では“眠りのための都市名”として極めて実務的に記されており、地名の由来に関する説明が後年になって観光向けに整えられたと指摘されている[2]。
名称[編集]
市名の表記は、公式にはカタカナ表記「オヤスミナサイ市」で統一されている。これは役所文書の誤記を防ぐため、の印刷仕様が「語尾が平仮名で終わる地名」を禁止する規則を追加したことに由来するという[3]。
また、愛称として「静夜(せいや)環(わ)」が使われることも多い。静夜環は、街区の中心を貫く低周波バスで、夜 22時から翌 3時まで一定の“息継ぎリズム”を発生させると説明されている[4]。一方で、技術史の側からは「都市政策の広報が、装置の挙動を都合よく翻訳した結果ではないか」との見解もある[5]。
沿革/歴史[編集]
計画の発端(不眠対策から“音環境行政”へ)[編集]
オヤスミナサイ市の計画は、で実施された“深夜騒音の疫学調査”が契機となっているとされる[6]。ただし調査報告書の付録には、対象者数 17,284人、観測日数 61日、測定点 3,120箇所という詳細が並ぶ一方、肝心の年は記載が空欄であったと述べられている[7]。
研究会では、音を物理的に弱めるのではなく、「眠りに適したタイミングで聞こえさせる」発想が採用された。そこで提案されたのが、環状制音回廊と、各戸に設置された“挨拶共鳴器”である[8]。挨拶共鳴器は、住民が同時刻に「おやすみなさい」と声にすることで、家庭内の残響を最短化するとされた[9]。
建立と“夜間挨拶の制度化”[編集]
オヤスミナサイ市は63年(1988年)に建立されたとされる。市役所資料では、設計着手から初期実装まで 412日、最初の夜間挨拶統計が取れた日まで 63日、合意形成会議が計 27回開催されたと記されている[10]。
制度としては、夜 21時 45分に市内放送が流れ、住民が窓を開けて互いに「おやすみなさい」と返す“微声(びせい)慣行”が導入された。なお、実施率を示す指標として「微声遵守指数」が設定され、初年度の平均が 0.74(満点 1.00)であったとされる[11]。ただし、後年の監査記録では、指数算出に用いた式が差し替わっていたことが報告されており、記載の整合性が問題視されたとされる[12]。
施設[編集]
施設は、低層多棟の住宅街区と、中心部の記念塔、外周の環状制音回廊から構成される。記念塔は高さ 46 m、内部が三層で、上層ほど周波数が高い“睡眠グラデーション”を形成すると説明されている[13]。
街区には「夢休図書館(ゆめきゅうとしょかん)」が併設されている。ここでは読書灯が段階調光し、借りた本のジャンルに応じて“まどろみインデックス”が自動記録されるとされる。さらに、路地の壁面に埋め込まれた“呼吸瓦(こきゅうがわら)”が、湿度に応じて吸音材の弾性を変える仕組みがあると紹介される[14]。
建物群は、通行量が一定以下になる時間帯ほど歩道灯の色温度が下がるよう設計されている。現在では、観光客が昼に訪れても夜の挙動が体感できる“昼夜錯覚回廊(ちちやさっかいかいろう)”が人気である[15]。
交通アクセス[編集]
オヤスミナサイ市へのアクセスは、近隣の陸路と夜間導線設計の組合せで説明されることが多い。主要導線として「静夜バス(せいやばす)」が運行され、乗車時刻が 20時台の場合は車内照明が 3200 K相当から徐々に 2700 Kへ下がる仕様とされる[16]。
鉄道の駅は市外に設けられ、徒歩導線には反射率の低い舗装が採用されている。これは、車のライトが過度に残光しないようにすることで、記憶障害の“夜間誤学習”を抑えると説明されている[17]。ただし、研究者の一部からは「健康効果の議論は弱く、観光導線としての演出が強い」との指摘もある[18]。
文化財[編集]
オヤスミナサイ市には、夜間制音回廊の一部が保存施設として指定されている。指定名称は「環状制音回廊・第2外周区画」であり、材料の一部が当初配合のまま残存するとされる[19]。
また、記念塔の内部にある“微声測位盤”は、制度発足当時の計測手法を示す資料として位置づけられている。微声測位盤は、声の大きさではなく“声の立ち上がり”を読み取る仕組みだとされるが、現物の公開は限定的である[20]。
一方で、登録手続に関する記録には、申請書の添付図面が「A3」から「A2」に変更された痕跡があるとされ、整備上の疑義が指摘された経緯がある[21]。もっとも、現場では「図面の拡大が保存精度の向上につながった」という説明が繰り返されており、現在も見解は割れている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「夢休都市の音環境行政—オヤスミナサイ市計画書の再構成」『都市睡眠政策研究紀要』第12巻第3号, 1992年, pp. 41-88.
- ^ Catherine B. Halloway「Municipal Lullabies and Low-Frequency Governance」『Journal of Urban Acoustics』Vol. 9, No. 1, 2001, pp. 12-29.
- ^ 留萌郡役所 編『静夜環整備史(昭和編)』留萌郡役所, 1999年, pp. 3-216.
- ^ 菅原妙子「挨拶共鳴器の導入経緯と制度設計」『地方自治技術年報』第7巻第2号, 2005年, pp. 77-104.
- ^ 小野寺琢磨「環状制音回廊における材料弾性の推定」『建築音響論文集』第21巻第4号, 2010年, pp. 201-236.
- ^ Michael R. Trent「Sound-First Planning: A Case Study of Oyasuminasai」『International Review of Restorative Urbanism』Vol. 15, No. 2, 2016, pp. 55-73.
- ^ 留萌睡眠計画研究会「微声測位盤の解析手順(非公開資料の要旨)」『睡眠計測技術資料』第5号, 1989年, pp. 1-18.
- ^ 佐伯和幸「夜間導線設計に関する反射率最適化」『交通照明研究』第3巻第1号, 2012年, pp. 9-37.
- ^ R. L. Maruyama「Nighttime Zoning and Memory Mislearning」『Proceedings of the Quiet Cities Symposium』pp. 88-101, 2014.
外部リンク
- 静夜環アーカイブ
- 夢休図書館デジタルコレクション
- オヤスミナサイ市 夜間導線マップ
- 環状制音回廊 保存協議会
- 微声遵守指数 公開ダッシュボード