カス川柳
| 行事名 | カス川柳 |
|---|---|
| 開催地 | (周辺) |
| 開催時期 | 第2日曜〜翌月曜 |
| 種類 | 川柳奉納・即興投句・古紙“灰”宝船回収 |
| 由来 | “カス(屑)”を題材にした庶民の軽口が、祓いと供養を兼ねるとされたことに由来する |
| 所要時間 | 午前2時間+夜間90分(合計210分) |
カス川柳(かすせんりゅう)は、のの祭礼[1]。12年より続くのの風物詩である。
概要[編集]
は、ので執り行われる、屑(カス)や古紙を題材にした奉納句を巡る年中行事である。参加者は縁日の屋台で受け取った“灰色の投句札”に句をし、神社の「投句井戸」へ納めるとされる。
行事名に見られる「カス」は、単なるゴミではなく、暮らしの端切れから生まれる言葉の“余白”を意味すると説明される。また、江戸末期の大凶作を口実に始まったとする伝承がある一方で、実際の運用は戦後の町内会再編に同期しているとも言及される。
名称[編集]
名称は「カス(屑)+川柳(軽口の短詩)」を合成したものとして、神社の古文書『灰句記』に由来する、とされる[2]。もっとも、同書の表紙は毎年掛け替えられ、版面の日付が3年に1度だけ誤植される点が指摘されている。
地元では別称として「屑まゆ句会」「投句井戸まつり」なども用いられる。なかでも「屑まゆ句会」は、投句井戸から湧くとされる“まゆ状の紙片泡”が春の風で揺れることに由来すると説明されるが、撮影した人の間で泡の色が「灰→薄桃→ほぼ白」の順に変化するという証言が食い違う[3]。
由来/歴史[編集]
起源伝承(“灰句”の技術史)[編集]
伝承によれば、行事の起源は初期、製紙問屋の倉庫で発生した「火消し粉(=灰)」によって、古紙の繊維が意外な匂いを発したことにあるとされる[4]。匂いに紛れ、誰かが「捨てる紙ほどよく光る」と洒落た一句を投げたところ、燃え残った紙束が井戸に落ちて“整った束”として再発見された、という筋書きである。
この“灰句(かいく)”が、のちに春の祓いとして短詩に転化し、「屑を笑いに変えることで厄を取り除く」作法として固まった、と語られる。なお、当時の記録として「屑の投句は一人あたり7枚まで」と書かれた札が残っているが、実物は木札でありながらなぜか紙の繊維が見えるため、研究者の間では“二重素材説”が提案されている[5]。
制度化(町内の“回収”と祭礼運営)[編集]
12年に、瓦町一帯の町内会が「夜間のみ回収する屑紙ルール」を導入したことが、行事の定着に繋がったとする見解がある。そこでは投句札として古紙を配布し、回収率を高めるため「午後7時ちょうどに一斉で井戸へ納める」運用が採られた。
この時間指定は、商店の防犯灯が当時ちょうど7時に点灯したため、と説明される。一方で、灯の点灯時刻が公式には7時15分であることから「祭礼だけ7時に戻した」という“行政タイムトラベル”めいた指摘もある。さらに、投句井戸の前には「半径1.7メートル」の立ち位置標が貼られており、跳ね返りを減らすための計算が行われたといわれる。
日程[編集]
第2日曜の午前中に「屑奉納の部」が実施される。参加者は開会の号令とともに境内の投句井戸へ向かい、まず自己紹介代わりに短い“前置き一句”を唱和する儀式が行われる。
夜には「灰宝船(かいほうせん)回収」が行われる。これは回収箱のフタが3回だけ開閉され、そのたびに“屑の音”(カラカラ・サラサラ・トトト)が変わるとされる企画である。翌月曜は「講評の湯気(ゆけむり)タイム」と呼ばれ、上位句だけが紙ではなく薄い布へ印字されて掲げられる。
各種行事[編集]
主な行事として、(1)、(2)、(3)、(4)、(5)が挙げられる。
では、投句札が“灰色の縞模様”のものと“ほぼ白の無地”のものの2種類に分かれ、どちらを引いたかで一句の口調が変わるとされる[6]。即興三行歌は、読師(どくし)役が「きょうの屑は“湿った紙”」などと一言だけテーマを告げ、残りの二行は参加者が埋める形式である。
は、参加者が額の高さで札を10回擦り、最後の回で札の色が1段階だけ濃くなるかどうかを確認する作法である。色の変化が見えない場合は「言葉が足りない」と言われ、追加で“返礼の一字”を奉納する慣習があるという。なお、返礼の一字は漢字に限るとされるが、例年なぜかひらがなで返してしまう人が一定数いることが記録されている[7]。
地域別[編集]
の本拠地であるでは、周辺の商店街が投句札のデザインを毎年競うため、句の“型”が洗練されやすいとされる。特に東瓦町地区は「屑の方言」を句に入れることが奨励され、語尾に“〜しわい”が出やすいと報告されている。
一方で、同じ行事名を真似る周辺集落では、投句札を川面に流す形式に変えた「カス川柳・流し版」が広まったとされる。もっとも、流し版では回収率が悪く、紙が早く濡れて文字がにじむため、翌年からは「にじみ許可証(証紙番号は17桁)」が導入されたという逸話がある[8]。
さらに沿岸の小島では、屑面仮面行進が波の音と同期する必要があるとして、行進開始の号令が潮見表ではなく“漁師のうなるタイミング”で決まるという。研究上は合理性が乏しいとされるが、住民の間では「理屈より耳が当たる」として尊重されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 編集部『うどん県歳時記(付・灰句記校訂版)』香川民俗文化館, 1987.
- ^ 渡辺精一郎『祭礼運営の実務:投句井戸の半径規格』瓦町文庫, 1994.
- ^ Margaret A. Thornton『Rural Poetics and Waste Symbols in Western Japan』Journal of Seasonal Rituals, Vol.12 No.3, 2001. pp.55-78.
- ^ 高橋眞澄『紙の匂いと祓いの連動:灰句記の化学的検討』紙学研究叢書, 第7巻第2号, 1976. pp.31-49.
- ^ 田中ロビン『二重素材札の誤植論:日付が3年ごとにずれる現象』民俗編集学会誌, Vol.4 No.1, 2009. pp.10-22.
- ^ 坂井春彦『即興三行歌の手順最適化:読師が与える一言の統計』日本口承学会紀要, 第19巻第4号, 2012. pp.201-219.
- ^ 中村玲子『返礼の一字は漢字か:ひらがな混入率調査報告』地域行事研究年報, Vol.28, 2018. pp.77-96.
- ^ 伊藤勝『潮の合図と祭の開始時刻:小島での“うなるタイミング”再現』海辺民俗学会報, 第3巻第1号, 2015. pp.1-18.
- ^ Editorial Team『Encyclopedia of Japanese Seasonal Events (Second Draft)』Shikoku Academic Press, 2020. pp.402-411.
- ^ 『投句井戸の図解(改訂“カス川柳”版)』瓦町熊手神社奉賛会, 1956.(題名が短縮されている版とされる)
外部リンク
- 瓦町熊手神社 公式歳時案内
- 香川中央 灰句記アーカイブ
- 投句井戸 実測レポート(高松)
- 灰宝船 回収ログ
- 屑まゆ句会 記録写真館