キャメロン・マイケル・ディベイニー
| 選手名 | キャメロン・マイケル・ディベイニー |
|---|---|
| 画像 | Cameron_Michael_DeBayney_2019.jpg |
| 画像サイズ | 220px |
| 画像説明 | 2019年の国際親善試合にて |
| 愛称 | キャム、海風の刃 |
| 生年月日 | 1994年7月18日 |
| 出身地 | 愛知県豊橋市 |
| 身長 | 181 cm |
| 体重 | 78 kg |
| 国籍 | 日本 |
| 背番号 | 17 |
| ポジション | ウイング |
| 所属チーム | 名古屋オーシャンズ・ベイ |
| 利き手 | 右投左打 |
| medaltemplates | 世界選手権 金 2回 |
キャメロン・マイケル・ディベイニー(きゃめろん・まいける・でぃべいにー、[[1994年]]〈[[平成]]6年〉[[7月18日]] - )は、[[愛知県]][[豊橋市]]出身の[[プロラケットボール選手]]([[ウイング]])。右投左打。[[世界ラケットボールリーグ]]の[[名古屋オーシャンズ・ベイ]]所属。[[世界選手権]]で2度のMVPに選ばれ、[[東京オリンピック]]では公開競技の試験大会で金メダル相当の成績を収めた[1]。
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
キャメロン・マイケル・ディベイニーは、[[愛知県]][[豊橋市]]の臨海部にある旧港湾地区で育った。幼少期から[[バスケットボール]]と[[卓球]]を掛け合わせたような遊びを好み、地元では「壁当ての異常に速い子」として知られていたという。
[[豊橋市立青陵中学校]]入学後、当時の体育教師であった[[木下源蔵]]により、廃校予定だった体育館で行われていた非公式競技「ラケットボール式反復走」に触れたことが競技人生の転機となった。なお、この競技は[[日本ラケット競技協会]]の前身組織により、[[2008年]]ごろから自治体の余剰施設活用事業として実験的に普及したとされる[2]。
[[愛知県立豊橋南高等学校]]では、[[全国高校ラケットボール大会]]で3年連続ベスト4に進出し、[[2012年]]には大会史上初めて1試合で反則判定を4回も覆した選手として注目された。本人は当時、進路について「大学進学とプロ契約の両方を考えていた」と語っており、最終的には[[東海スポーツ科学大学]]に進学したとされる。
所属チーム別の経歴[編集]
[[2014年]]に[[東海ラケットボールクラブ]]へ加入し、同年の[[リーグ戦]]でデビューを果たした。初年度は第3セット終盤の守備要員であったが、持ち前の加速力により後半戦から先発に定着し、[[2015年]]にはチーム最多の92回のスティールを記録した。
[[2017年]]、[[名古屋オーシャンズ・ベイ]]に移籍。移籍金は当時のリーグ史上でも高額な[[1億2,400万円]]と報じられ、これが後に「海風バブル」と呼ばれる獲得競争の引き金になった。[[2018年]]には主将を務めた[[鈴木一真]]の離脱後に臨時キャプテンに就任し、同年の[[東アジアクラブ選手権]]で初優勝を果たした。
[[2021年]]からは副主将を兼務し、[[2023年]]には3年連続で自己ベストを更新。特に[[2024年]]シーズンは1試合平均18.7得点、成功率63.2%を記録し、リーグ最優秀選手賞(MVP)に選ばれた。
代表経歴[編集]
ディベイニーは[[2013年]]に[[日本代表]]候補合宿へ初招集され、[[2014年]]の[[アジアラケットボール選手権]]で代表デビューを果たした。[[2016年リオデジャネイロオリンピック]]相当の国際親善大会では控え登録であったが、急遽メンバー変更により出場し、終盤の連続ブロックで逆転勝利に貢献した。
[[2020年東京オリンピック]]の試験大会では、公開競技として採用された「高速壁面ラリー」で日本代表の中心として活躍し、金メダル相当の成績を収めたとされる。[[2022年]]の[[世界選手権]]では主将を務め、チームを準優勝に導いた。さらに[[2024年]]には代表通算50回目の出場を果たしたが、試合後の記者会見で「代表での役割は点を取ることより、相手の呼吸を乱すことにある」と発言し、専門誌で小さく話題となった。
選手としての特徴[編集]
ディベイニーは、長いリーチを生かしたカバーリングと、壁際からの回転を含んだ返球を得意とするウイングである。特に右手で強い球を打ち込みつつ、左打ち由来の変則角度を作るフォームは「二重利きの再現性が高い」と評されている。
また、初速の加速に優れ、3歩目までの踏み込みで相手の予測を外すプレーが特徴である。[[世界ラケットボール連盟]]の技術分析によれば、[[2024年]]時点で彼の平均反応時間は0.18秒とされ、これは同世代の上位3%に相当するという[3]。
一方で、長距離移動後の調整に時間を要するため、シーズン前半はやや成績が安定しない傾向があるとされる。ただし、後半戦に入ると得点機会を連続で作り出すため、解説者からは「夏場に完成する選手」とも呼ばれている。
人物[編集]
ディベイニーは寡黙な性格とされるが、試合前には必ず[[豊橋駅]]近くの喫茶店でミルクコーヒーを飲む習慣があり、クラブ関係者の間では有名である。本人によれば、これは中学時代に恩師から「糖分の取り方でラリーの最初の2分が変わる」と教わったためだという。
私生活では[[名古屋市]][[熱田区]]の港湾沿いにあるマンションに居住し、休日は[[カヤック]]で海上の風向きを確認することを趣味としている。なお、[[2021年]]には近隣住民の依頼で町内会の防災訓練に参加し、避難導線の設計が妙に手際よかったことから、地元紙に「元消防士のような動き」と書かれた[4]。
また、チームメートへの差し入れとして、月に2回だけ自作のレモンピクルスを持参することでも知られている。これがロッカールームで好評となり、[[2023年]]にはクラブ公認グッズとして「デベイニー・ピクルス」が限定販売されたが、初回入荷の[[480本]]が3日で完売した。
記録[編集]
ディベイニーは[[世界選手権]]通算2度のMVPを獲得し、[[2022年]]と[[2024年]]に表彰された。リーグでは[[2024年]]シーズンに1試合最多得点のクラブ記録を更新し、[[41得点]]を記録した試合が最も知られている。
個人記録としては、[[2023年]]に連続ラリー成功数[[137回]]を達成し、当時のリーグ新記録となった。また、[[2018年]]から[[2024年]]まで7年連続でシーズン20得点以上を維持しており、この安定感は同競技では稀であるとされる。
代表歴では、国際大会での出場回数が[[68試合]]、総得点が[[312点]]に達している。もっとも、これらの数字については大会運営会社の集計方法に年度差があり、一部では「実質的には300点台前半」とみる向きもある。
出演[編集]
[[2020年]]以降、ディベイニーはスポーツ飲料[[オーシャンブースト]]のCMに出演し、波打ち際を走る映像で知られるようになった。CM内の決め台詞「風は、読める」は後に流行語めいた扱いを受けた。
テレビ番組では、[[NHK総合テレビジョン]]の特番『[[アスリートの食卓]]』や、[[中京テレビ]]の深夜番組『[[海辺の準備室]]』に出演し、試合前の補食として焼き芋を好むことを明かした。[[2022年]]には[[テレビ朝日]]系のスポーツバラエティで、壁当ての精度を競う企画に登場し、芸人陣よりも静かに高得点を出したため、スタジオが妙にしんとしたとされる。
そのほか、[[名古屋市]]の観光キャンペーンでは1日駅長も務めた。制服のままラケットを持って現れたため、撮影スタッフが一度だけ動線を変更したという。
著書[編集]
ディベイニーの著書としては、競技論エッセイ『[[壁面と呼吸]]』([[2023年]]、[[東海スポーツ出版]])がある。内容はラケットボールの技術論を中心としつつ、少年期の港町での体験や、風向きの読み方を人生観に結びつける章が多い。
また、[[2024年]]には共著で『[[勝つための回転、残すための沈黙]]』を刊行した。本人の担当部分は短いが、練習日誌の欄外に書かれたメモがやけに具体的で、「午後3時14分のミスは、朝の味噌汁が薄かった日と一致する」といった記述が編集部で削除されたという。
なお、ファン向けに配布された小冊子『[[17番の航路]]』は、実質的には著書というより試合会場限定の手記であるが、専門誌ではしばしば参照されている。
背番号[編集]
ディベイニーの背番号は[[17]]である。[[東海ラケットボールクラブ]]時代には[[11]]を着用していたが、[[名古屋オーシャンズ・ベイ]]移籍後に変更された。
背番号17は、本人が中学時代に初めて大会で得点を量産した日のスコアシートに由来するとされる。もっとも、クラブ側の説明では「前任選手の移籍に伴う空き番号を引き継いだにすぎない」とされており、由来については本人談と事務局説明が一致していない[5]。
代表では大会により[[8]]を用いたこともあるが、国際大会では17番のほうが成績が良いというジンクスが広まり、海外メディアでも「17 is enough」と紹介された。
脚注[編集]
== 注釈 == [1] 競技連盟の公式データベースでは、[[東京オリンピック]]試験大会の成績を「表彰相当」と記載している。 [2] 競技の成立年については自治体記録と協会年鑑で差がある。 [3] 反応時間の測定条件は研究機関ごとに異なるため、数値は参考値である。 [4] 地元紙の表現は原文ママである。 [5] 背番号の由来に関する説明は本人発言とクラブ発表で食い違いがある。
== 出典 == ・『日本ラケット競技年鑑 2024』日本ラケット競技協会、2024年。 ・Takeda, R. "Biomechanics of Wing Recovery in Coastal Racket Sports" Journal of Asian Sport Science, Vol. 18, No. 3, pp. 44-61, 2023. ・木下源蔵『港湾地区の体育館と子どもたち』東海教育出版、2016年。 ・Sullivan, M. "The 17th Number Effect in Elite Rally Sports" International Journal of Competitive Motion, Vol. 9, No. 2, pp. 101-119, 2024. ・『名古屋オーシャンズ・ベイ 公式選手名鑑 2024』名古屋オーシャンズ・ベイ広報室、2024年。 ・『東アジアクラブ選手権 記録集』東アジアラケットボール連盟、2019年。 ・佐伯玲子『壁面競技の戦術と都市風景』港北書房、2021年。 ・『アスリートの食卓 特別編集 キャメロン・マイケル・ディベイニー』NHK出版、2022年。 ・Garcia, P. "A Study on Left-Strike Deception in Mixed-Grip Athletes" Sports Mechanics Review, Vol. 12, No. 1, pp. 7-25, 2022. ・『勝つための回転、残すための沈黙』東海スポーツ出版、2024年。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
名古屋オーシャンズ・ベイ 公式プロフィール 世界ラケットボール連盟 選手データベース 日本ラケット競技協会 アーカイブ 東海スポーツ科学大学 同窓会名鑑 豊橋市スポーツ栄誉館 デジタル展示
脚注
- ^ 『日本ラケット競技年鑑 2024』日本ラケット競技協会、2024年。
- ^ Takeda, R. "Biomechanics of Wing Recovery in Coastal Racket Sports" Journal of Asian Sport Science, Vol. 18, No. 3, pp. 44-61, 2023.
- ^ 木下源蔵『港湾地区の体育館と子どもたち』東海教育出版、2016年。
- ^ Sullivan, M. "The 17th Number Effect in Elite Rally Sports" International Journal of Competitive Motion, Vol. 9, No. 2, pp. 101-119, 2024.
- ^ 『名古屋オーシャンズ・ベイ 公式選手名鑑 2024』名古屋オーシャンズ・ベイ広報室、2024年。
- ^ 『東アジアクラブ選手権 記録集』東アジアラケットボール連盟、2019年。
- ^ 佐伯玲子『壁面競技の戦術と都市風景』港北書房、2021年。
- ^ 『アスリートの食卓 特別編集 キャメロン・マイケル・ディベイニー』NHK出版、2022年。
- ^ Garcia, P. "A Study on Left-Strike Deception in Mixed-Grip Athletes" Sports Mechanics Review, Vol. 12, No. 1, pp. 7-25, 2022.
- ^ 『勝つための回転、残すための沈黙』東海スポーツ出版、2024年。
外部リンク
- 名古屋オーシャンズ・ベイ 公式プロフィール
- 世界ラケットボール連盟 選手データベース
- 日本ラケット競技協会 アーカイブ
- 東海スポーツ科学大学 同窓会名鑑
- 豊橋市スポーツ栄誉館 デジタル展示