キャルルシティ札幌
| 名称 | キャルルシティ札幌 |
|---|---|
| 種類 | 複合商業建造物 |
| 所在地 | 北海道札幌市中央区南二条西四丁目 |
| 設立 | 1997年 |
| 高さ | 86.4 m |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造・一部ガラスカーテンウォール |
| 設計者 | 北海都市建築研究所、佐伯真一 |
キャルルシティ札幌(きゃるるしてぃさっぽろ、英: Cyarulu City Sapporo)は、にある複合商業建造物である[1]。現在では南側の都市景観を象徴する施設として知られている[1]。
概要[編集]
キャルルシティ札幌は、の都心部に所在する複合商業建造物で、百貨、娯楽、展示、観光案内の機能を一体化した施設として計画されたものである。地下鉄駅と歩行者空間を連結する設計が採用され、冬季の積雪と強風に配慮した半屋内型の街区として評価されている。
現在では、観光客向けの商業施設であると同時に、の都市ブランド形成に寄与した建造物として扱われている。名称の「キャルル」は、開業前に現場周辺で使われた仮称「キャナル・ループ」から転じたという説と、設計会議で試作模型に貼られたラベルの誤読から生じたという説が併存している[要出典]。
名称[編集]
名称の由来については複数の説があるが、最も広く知られているのは、開発主体であったが採用した「都市回遊性の核」を意味する造語説である。すなわち、英語風の響きでありながら、実際には札幌の雪解け水が流れる地下排水系「カルル水路」に着想を得たとされる。
一方で、地元の設計事務所に残る議事録には、1994年の打合せ中にが冗談で口にした「きゃるきゃるした都会っぽさを出したい」という発言が記録されており、これが短縮されて「キャルル」になったとする説もある。なお、開業当初の館内放送では「シティ」の部分を過剰に強調したため、近隣住民のあいだでは「キャルシティ」「カルルシチー」などの揺れも見られた。
沿革[編集]
計画から着工まで[編集]
計画は、内の都心回遊促進策の一環として立案された。もともとは冬季歩行ネットワークの結節点として、地下街上部に低層の公共施設を載せる案であったが、景観審査で「視線の抜けが不足する」と判断され、最終的に地上高80m級の塔状商業棟へ変更された。敷地の掘削時には、旧の基礎遺構とみられる石列が見つかり、工期が19日遅延したとされる。
着工はで、現場では最大で延べ1,284人が従事した。冬期施工のため、コンクリートの温度管理に専用の「雪中養生テント」が使われたが、内部温度が上がりすぎて作業員がアイスクリームを同時に溶かしてしまうという珍事が起きたと伝えられている。
開業と拡張[編集]
の開業時には、地下2階から地上14階までのうち11フロアが先行オープンした。開業式には関係者のほか、近隣商店街の会長ら93名が列席し、テープカットの際に吹雪が入り込み、赤いテープが一度柱に巻き付いたことで「永遠に切れない開業式」と新聞で揶揄された。
には東側低層部の増築が行われ、屋内広場「キャルル・アトリウム」が追加された。この拡張により、冬季の来館者数は前年同月比で平均17.6%増加したとされるが、同時期に館内の観葉植物が妙に育ちすぎ、最上階の一部で「熱帯化している」との苦情も出た。
近年の動向[編集]
以降は、観光案内・イベント貸し出し・地域展示の比重が高まり、商業施設というより都市文化施設に近い性格を帯びている。特に期間中は臨時導線が組まれ、1日あたり最大42,000人が出入りした年もある。
には耐震補強工事が実施され、外装ガラスの一部が反射率の異なる新素材に交換された。その結果、夕方になると建物全体が紫がかった光を帯びるようになり、SNS上では「空に浮かぶ売場」「札幌の巨大な氷菓」と呼ばれた。
施設[編集]
建物内部は、地下1階の食品・土産区画、1階のイベントロビー、上層階の展示・展望機能によって構成されている。とくに3階の「札幌回遊ギャラリー」は、期の街路模型、雪国の看板文化、昭和後期の広告看板を年表形式で展示する空間として知られている。
また、8階には「風雪応答ホール」と呼ばれる多目的室があり、外気風速が毎秒10mを超えると照明が自動的に暖色へ切り替わる仕組みを持つ。これは来館者の心理的寒冷感を抑えるために導入されたが、結果としてコンサート会場のような雰囲気が強まり、地元の合唱団がここで毎年12月に「吹雪の賛美歌」を演奏する慣例が生まれた。
最上階は「キャルル展望回廊」とされ、方面と方面を同時に見渡せることから人気が高い。なお、回廊の北端にある双眼鏡は100円で利用できるが、視界の半分がなぜか館内広告に固定されるため、実用性よりも話題性で知られている。
交通アクセス[編集]
最寄り駅はのおよびで、いずれも地下連絡通路によって徒歩5〜7分程度で到達できる。施設側は開業当初から「雪を踏まずに到達できる商業導線」を標榜しており、これが冬季の集客戦略の中心となった。
地上ではと市内路線バスが周辺停留所に停車するほか、イベント時には前からの臨時シャトルが運行されることがある。なお、1999年から2001年にかけては、観光繁忙期のみ施設前に「キャルル循環馬車」と呼ばれる観光演出用の小型馬車が停車していたが、交通渋滞と馬の機嫌の問題から短期間で廃止された。
文化財[編集]
キャルルシティ札幌そのものは文化財として指定されていないが、館内の一部設備は都市景観資産に準ずる扱いを受けている。とくに開業時の鉄骨トラスと、1階吹き抜けの照明計画は、1990年代後半の地方都市大型複合施設の意匠を示す例として保存対象に近い評価を受けている。
また、地階壁面に埋め込まれた「積雪日数表示盤」は、毎朝の降雪量に応じて目盛りが動く半機械式の装置であり、施設文化の象徴とされる。2016年には一度だけ表示盤が「晴天」を指したまま戻らなくなる不具合が起き、修理後も来館者の間では「晴れの文化財」として語られている。
なお、内の近代商業建築研究では、当建造物は「消費空間でありながら避難空間でもある」という二重性を持つとしてしばしば言及される。これは、冬季の吹雪時に周辺住民が買い物より先に暖を取りに入館する現象が常態化していたためである。
脚注[編集]
[1] 施設内の案内板および開業記念冊子による。
[2] 『札幌都市再整備史資料集 第7巻』では、名称決定会議の議事要旨が断片的に確認できるとされる。
[3] 1997年開業時の来館者数については、広報資料ごとに数値が異なり、要検証である。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯真一『キャルルシティ札幌 計画と都市回遊性』北海都市建築研究所, 1998.
- ^ 札幌都市再整備公社編『札幌中心部再編年報 1992-1997』同公社出版局, 1997.
- ^ 松浦奈緒『雪国商業建築の温熱環境』日本建築学会計画系論文集, Vol. 62, 第518号, pp. 113-121, 1997.
- ^ William R. Hargrove, 'Atrium as Climate Buffer in Northern Cities,' Journal of Urban Enclosures, Vol. 14, No. 2, pp. 44-69, 2004.
- ^ 中村志穂『地下連絡通路と購買行動の相関』北海道地域研究, 第21巻第3号, pp. 77-92, 2006.
- ^ K. S. Aitken, 'Retail Towers and Snow Load Management in Sapporo,' Northern Architecture Review, Vol. 8, No. 1, pp. 5-18, 2001.
- ^ 佐々木慶一『札幌の複合建造物における照明演出の変遷』照明学会誌, 第89巻第4号, pp. 301-309, 2015.
- ^ 加藤倫子『積雪日数表示盤の文化史』都市記号学年報, 第12号, pp. 8-27, 2019.
- ^ Hanae Morita, 'The Cyarulu Effect in Regional Branding,' Asian Journal of Place Studies, Vol. 3, No. 4, pp. 201-219, 2021.
- ^ 『キャルルシティ札幌 開業記念写真集』札幌市商工振興課, 1997.
- ^ 田村一葉『カルルシチー現象の研究』地域広告学会紀要, 第5巻第2号, pp. 55-63, 2011.
外部リンク
- キャルルシティ札幌 公式記念アーカイブ
- 札幌都市景観研究会 データベース
- 北海建築年表ライブラリ
- 雪国複合施設保存協議会
- 都市回遊建築ミュージアム