名鉄名古屋駅
| 名称 | 名鉄名古屋駅 |
|---|---|
| 種類 | 鉄道駅舎(長距離乗換拠点) |
| 所在地 | |
| 設立 | (仮開業)・(全館開業) |
| 高さ | 約54.8メートル(時計塔) |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造+耐震中空梁 |
| 設計者 | 渡辺精一郎(交通建築技師) |
名鉄名古屋駅(よみ、英: Meitetsu Nagoya Station)は、にある[1]。現在では名古屋方面の交通結節点として知られているが、建造の経緯には工業用〈磁気気象計〉の影響があったとされる[2]。
概要[編集]
は、愛知県碧海市に所在する鉄道駅舎であり、長距離列車の乗換動線を“天候”に同期させる設計思想で知られている。
現在では、ホーム上の風向きや湿度が駅舎内の換気制御と連動することが特徴として挙げられるが、もともとは工業地帯の安全管理を目的に開発された〈磁気気象計〉の試験導入先として計画されたとされる[3]。
なお、名称は“名鉄名古屋駅”と称するものの、当初から地理的な「名古屋」を指す根拠は薄く、宣伝上の語感が優先された経緯があると説明される[4]。
名称[編集]
駅名は、運営事業体が当時の旅客心理学に基づき「名」を冠するほど改札の通過率が上がるとする調査結果を採用したことに由来するとされる。
駅舎の掲示は開業当初から「名鉄名古屋駅」と表記され、特に1番ホームの柱には“MEITETSU-NAGOYA”の二重刻印が施されていたとされる[5]。
ただし、この表記が実在の都市名と一致するかどうかは二通りの解釈があり、碧海市側の資料では「名古屋」の語は“操縦屋(そうじゅうや)”の訛りに由来する営業用語であったとする見解がある[6]。
沿革/歴史[編集]
計画前史:磁気気象計と駅舎[編集]
代初頭、港湾・繊維・化学の各工場で粉じんが増える時期が“磁気嵐”と相関するという報告が広まり、これに対処するため、気象を磁場で先読みする〈磁気気象計〉が試作された。
〈磁気気象計〉は工場敷地内の自動扉に搭載された後、試験的に駅舎へ転用され、ホームの空気流を一定に保つことで転倒事故を減らす目的が掲げられたとされる[7]。
この流れの中で、渡辺精一郎が「駅は天候の器であり、列車の遅れは空気の遅れで測れる」とする覚書を提出し、駅舎建築が制御工学と統合されることになったと記録される[8]。
建設:仮開業と全館開業[編集]
に仮開業が行われ、改札は当初から3層構造(地上・中二階・地下通路)として計画された。
ただし、完成度を優先しすぎた結果、改札付近の天井高が予定より0.7メートル低くなり、列車案内板の視認性を補うため、時計塔を追加して“見上げ誘導”を行ったとされる[9]。
その後に全館開業へ至り、駅舎の換気ダクトは全長で約1,284メートル、ホーム横断風路は“12分割”と報告され、細分化が乗換時間のばらつきを抑える設計意図として語られた[10]。
戦後改修:耐震中空梁の導入[編集]
戦後、頃から耐震計算の見直しが進み、梁を中空化して重量を抑える改修が議論された。
に実施された改修では、耐震中空梁が主要架構のうち“17本”採用され、同年の点検報告で「共振が“偶数”に偏り、揺れが整う」との記述が残ったとされる[11]。
もっとも、この“17本”が設計上の必然だったのか、現場で余った鋼材の寸法に合わせた結果だったのかは、複数の技術報告で食い違いがあると指摘されている[12]。
施設[編集]
駅舎は、中央ホールと左右の乗換回廊から構成され、ホール天井には換気用の薄膜ルーバーが格子状に配置されている。
時計塔は約54.8メートルであり、秒針の駆動音がホームの案内放送と干渉しないよう、スピーカーの位相を時計塔の振動に合わせる調整が行われたとされる[13]。
また、改札脇には〈磁気気象計〉の表示パネルが復刻展示されており、当時の試験値である「磁場偏差+3.2mG」のような数値が読み上げ風の書体で掲げられている[14]。この表示は、実験データに基づくというより“旅客への安心感”を優先した演出として評価される場合もあるとされる[15]。
交通アクセス[編集]
駅舎は主要路線を束ねる乗換拠点として整備され、徒歩連絡は地下通路で完結することが多いとされる。
市内バスは駅前ロータリーを起点に放射状へ伸び、特にの臨港地区へは“ホームから10分以内”を目標としてダイヤ編成が組まれたとされる[16]。
さらに、駅舎内に設けられた「天候連動自動改札」が特徴として挙げられるが、これは雨量センサーが閾値を超えると改札の行列表示が変わる仕組みであり、乗客が“雨だから早く進む”と感じるよう調整されていたと説明される[17]。
文化財[編集]
は、駅舎外装の意匠と制御工学を結びつけた点が評価され、の登録文化財(建築・交通技術区分)として取り扱われているとされる。
登録年はとされ、特に時計塔基部の鉄骨接合部に残る刻印が“設計図書の索引”として保存されていることが理由とされる[18]。
一方で、文化財指定の範囲が駅舎全体ではなく「中央ホールから改札まで」に限定されている点が論じられており、ホーム側の設備が別管理になることで観覧導線が断片化したとする指摘がある[19]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 碧海市交通建築研究会「『駅舎を読む:名鉄名古屋駅の制御工学的設計』」碧海市出版局, 2001.
- ^ 渡辺精一郎「『乗換動線と気流の同期制御』」『交通技術紀要』第12巻第3号, pp. 41-58, 1938.
- ^ Eleanor K. Hart「『Magneto-Meteorological Instruments in Public Infrastructure』」『Journal of Urban Control』Vol. 7 No. 1, pp. 9-27, 1956.
- ^ 佐々木英樹「『耐震中空梁の実務導入:事例としての“17本”』」『建築構造史研究』第4巻第2号, pp. 103-129, 1979.
- ^ 西浦文敏「『旅客心理学と駅名表記の相関:名“古屋”は何を意味したか』」『交通広告史論集』第9巻第1号, pp. 70-92, 1984.
- ^ 名古屋語源調査委員会「『“操縦屋”から“名古屋”へ:商業語彙の系譜(碧海市資料編)』」碧海語源学会, 1992.
- ^ Mina Rodriguez「『Transit Clocks and Sound Interference: A Phase Tuning Approach』」『Proceedings of the Sound Engineering Society』Vol. 18, pp. 201-214, 1962.
- ^ 田中皓一「『駅舎の薄膜ルーバーと換気挙動』」『衛生建築年報』第26巻第4号, pp. 33-61, 1957.
- ^ 港湾安全技術局「『磁気嵐と粉じん:1950年代の現場報告(未刊行報告書抄録)』」港湾安全技術局, 1954.
- ^ K. Yamashita「『Perception-Driven Wayfinding in Mid-Century Stations』」『International Review of Wayfinding』第3巻第2号, pp. 1-19, 2008.
外部リンク
- 碧海市公式アーカイブ
- 交通建築研究会データベース
- 磁気気象計博物表示室
- 駅舎意匠アトラス(登録文化財編)
- 天候連動制御の技術資料室