ゲッツ
| 名称 | ゲッツ |
|---|---|
| 英語表記 | Gets |
| 発祥 | 日本・東京都港区 |
| 成立 | 1978年頃 |
| 関連分野 | テレビ演出、即興芸、都市俗信 |
| 基本動作 | 片手を差し出し、もう一方で腰を支える |
| 象徴色 | 黄色と黒 |
| 初期普及媒体 | 深夜バラエティ番組 |
| 代表的研究機関 | 日本大衆動作文化研究会 |
ゲッツ(英: Gets)は、発祥の身体所作および掛け声を指す用語で、右手を腰に当て、左手で空間を払うようにして「ゲッツ」と発声する一連の儀礼動作である。もともとは後期のテレビ番組制作現場で、出演者の緊張を解くために用いられたとされる[1]。
概要[編集]
は、単なる掛け声ではなく、特定の身体角度と声量を伴う「受け取り宣言」の総称である。民俗学では、他者からの好意、賞賛、景品、あるいは気まずさをいったん手元に引き取るための都市儀礼として位置づけられている[2]。
この語は、の放送作家集団が、舞台上の間合いを調整するために考案したとされる。なお、初期資料では「GETS」「Get's」「げっつ」の3表記が併存しており、定義が固まるまでに約6年を要したと推定されている[3]。
成立史[編集]
放送現場での誕生[編集]
1978年、の小規模スタジオで収録されていた深夜番組『月曜ハイテンション倶楽部』の控室において、照明待ちの間をもたせるため、構成作家のが「何かを受け取った感じの決め動作」を提案したのが起点とされる。最初は単に手を差し出すだけであったが、ゲストのが誤って「ゲッ」と声を漏らしたことから、収録現場全体で「ゲッツ」と呼ばれるようになったという[4]。
一方で、別系統の説として、当時流行していたスポーツ飲料の販促用ジェスチャーを転用したとする説もある。ただし、この説はの2011年報告書で「資料的裏付けが乏しい」とされている[5]。
全国普及の経路[編集]
1983年から1987年にかけて、系のバラエティ番組や地方局の公開収録で断続的に使用され、観客参加型の決めポーズとして定着した。1986年にはのイベント会社がこれを「場を必ず拾う芸」として営業資料に掲載し、営業担当者の間で「商談で失点しても最後にゲッツで回収できる」と誤解されたことが普及を後押ししたとされる[6]。
1989年には、の高校演劇連盟が文化祭用の短編劇に採用し、以後、学生祭・結婚披露宴・町内会の福引きまで用途が拡大した。1992年時点で、全国47都道府県のうち31都道府県で「ゲッツ経験者」が確認されたという調査があるが、調査票の回収率は28.4%にとどまっており、信頼性には疑義もある[7]。
定型化と作法[編集]
1990年代中頃には、右手の指をやや曲げ、掌を上向きにする現在の型がほぼ標準化された。東京都立生活文化センターの198件の採取事例によれば、最も成功率が高かったのは「相手の発言を一拍遅らせてから、低い声でゲッツと述べる型」で、拍手誘発率は82.6%に達したという[8]。
また、同時期に派生した「ゲッツ・バック」「逆ゲッツ」「二段ゲッツ」などの変種は、主として忘年会文化の中で発展した。もっとも、研究者のは「分類が増えすぎた結果、もはや動作よりも言い訳の体系になっている」と批判している[9]。
社会的影響[編集]
は、2000年代に入ると単なるギャグを超え、交渉の失敗や気まずい沈黙を可視化する記号として扱われるようになった。とりわけ営業現場では、値引きの条件が成立した際に「ゲッツ」が出ると、相手に安心感を与えると考えられ、研修資料に採用する企業もあった[10]。
また、学校教育への波及も大きく、内の一部中学校では、発表後の自己評価を促すために「振り返りゲッツ」を導入したという記録がある。ただし、当時の教員アンケートでは「生徒が内容を振り返らずポーズの再現だけを競った」との回答が多く、教育効果については評価が分かれている。
さらに、関連のメンタルヘルス啓発イベントで、緊張緩和の身振りとして紹介されたことがある。これに対し、いくつかの自治体から「公的文書に書くには軽すぎる」との反発があり、以後は「簡易承認ポーズ」と婉曲に言い換えられたとされる。
批判と論争[編集]
ゲッツをめぐる最大の論争は、その起源をめぐる著作権的解釈である。に提出された1998年の仮想訴訟記録では、複数の制作会社が「最初に腰を落とした者に権利がある」と主張したとされるが、最終的には「身体動作に独占性を認めにくい」として不成立に終わったと伝えられる[11]。
また、2004年頃には、海外のテレビ番組で類似のポーズが使われたことから「ゲッツ輸出論」が持ち上がった。これに対し国内研究者は、類似性は普遍的な達成感の表現にすぎないと反論したが、一部の愛好家は今なお「実はのスタジオで逆輸入された」と主張している。
なお、近年の批判としては、SNS上での軽率な多用により、本来の「受け取り」の意味が薄れたことが挙げられる。2022年の調査では、投稿者の17.9%が「意味は知らないが、語感が強いから使った」と回答しており、文化記号としてはむしろ成熟したと見る向きもある[12]。
派生文化[編集]
は、その後さまざまな二次文化を生んだ。代表的なものとして、舞台袖で控えめに行う「静音ゲッツ」、受験合格の報告時に使う「合格ゲッツ」、釣り上げ成功時の「釣果ゲッツ」などがある。これらは本来の派手さを抑えつつ、達成の確認だけを抽出した変種であるとされる。
特にでは、冬季の屋外イベントで手袋をしたまま行えるよう、親指だけを立てる「ミトンゲッツ」が普及した。地域によっては、これが独立した年中行事として扱われ、商店街の抽選会で最初に「ゲッツ」を宣言した者にのみ福引き札が配られる慣行も確認されている。
また、インターネット上では、成功の大小を問わず何かを得た瞬間に「ゲッツ」と書き込む用法が広まり、短文文化の定着に一役買った。研究者の一部はこれを「獲得の最小単位が言語化された例」と評価している。
研究と保存活動[編集]
資料収集[編集]
は、2009年から全国のテレビ局、結婚式場、学園祭実行委員会などからゲッツ関連資料を収集している。収集物は台本、楽屋メモ、イベント進行表、さらには紛失したはずのリボンまで含まれ、2023年時点で延べ4,812点に達したという[13]。
保存上の難点は、実演記録が残りにくいことである。多くの資料が「その場の空気」を前提としており、単独で読むとただの奇妙な指示書になってしまうため、研究会では3分間の再現映像を必ず付す方針を取っている。
無形文化財指定の動き[編集]
2018年には、の有識者会議で「現代日本における即時承認の様式」として候補に挙げられたが、最終的には「保存より観察が先」として継続審議となった。関係者のあいだでは、指定されれば学校教材になる一方、祭りの掛け声としての自由度が失われるとの懸念があったとされる[14]。
これに対し、愛好家団体は「ゲッツは形ではなく、間合いの学問である」と主張している。なお、同団体の会報には毎号、会長のによる「今月のゲッツ失敗例」が掲載されており、これが意外にも人気コンテンツとなっている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯寛司『テレビ演出における受け取り動作の研究』放送文化出版社, 1984, pp. 21-46.
- ^ 日本大衆動作文化研究会『現代日本における即時承認表現の系譜』学術評論社, 2012, pp. 103-159.
- ^ 北条えり子『掛け声と身振りの境界』新潮選書, 2009, pp. 77-88.
- ^ M. A. Thornton, "Performative Claiming in Late Night Variety Programming," Journal of Popular Gesture Studies, Vol. 7, No. 2, 2001, pp. 14-39.
- ^ 渡辺精一郎『昭和後期放送現場の民俗誌』青灯社, 1996, pp. 201-233.
- ^ 高橋みのる『ゲッツ現象の社会学』ミネルヴァ書房, 2018, pp. 55-92.
- ^ J. K. Holloway, "The Architecture of Catchphrases," Media Anthropology Quarterly, Vol. 11, No. 4, 2010, pp. 88-111.
- ^ 文化庁文化財部『無形所作文化調査報告書 2018年度版』文化庁資料室, 2019, pp. 4-19.
- ^ 山岸正夫『今月のゲッツ失敗例』日本即興保存会会報 第23巻第5号, 2021, pp. 2-7.
- ^ 『日本広告動作学会誌』第12巻第1号, 2011, pp. 66-74.
外部リンク
- 日本大衆動作文化研究会
- 東京放送演出資料館
- 現代掛け声アーカイブ
- 港区ポップカルチャー年表
- ゲッツ保存推進協議会