ゲームEX
| 放送形態 | バラエティ・ゲーム情報番組 |
|---|---|
| 放送局 | テレビ東京 |
| 放送期間 | 代後半〜代前半(再編集版含むと推定) |
| 前番組 | |
| 司会 | 江戸家小猫→四代目江戸家猫八、林家たい平 |
| 進行・助演 | 林家いっ平→二代目林家三平 |
| 番組理念 | 勝者の「押し付け」慣行の見直し |
ゲームEX(げーむいーえっくす)は、で放送されたゲーム情報番組である。前番組の後継として企画され、番組内企画では子どもの挑戦者を「対決勝者が何かを押し付けられる」仕組みから段階的に解放したことで知られる[1]。
概要[編集]
は、ゲーム情報を扱いつつ、スタジオの進行は落語家と若手芸人の掛け合いを中心に据えた構成として知られている。特に「体験型対決」で勝ち進む子ども視聴者を、勝者特典という名目の“譲渡トラブル”から遠ざける方針が、当時の家庭からの反響を呼んだとされる[1]。
番組名の「EX」は「エキスパート(Expert)」ではなく、制作側が社内で呼んでいた「出口(Exit)を増やす」理念の略だとされる。すなわち、視聴者が番組を見終えるまでに“疑問の出口”を複数用意する、という発想であったと説明される[2]。
一方で、同時期のゲーム番組が抱えていた「新作紹介のためにスポンサー都合で景品や押し付けが起きるのではないか」という懸念に対し、は“勝者がク◯ゲーを押し付けられる”という運用を、段階的に廃止したといわれる。もっとも、その変更プロセスには放送当日までの調整が相当あったとも報じられた[3]。
歴史[編集]
企画立ち上げと「後番組」交渉[編集]
の終了が見え始めた末、の編成担当は「次は情報番組の皮を被せつつ、感想戦を主戦場にする」方針を固めたとされる。この方針を受け、制作会社のは、スタジオに“解像度の高い説明役”を置く案を提出した。
そこで白羽の矢が立ったのが、江戸家系の落語家である(のち四代目江戸家猫八)と、、さらに後に(のち二代目林家三平)として整理される進行役であった。制作側は三者の役割を「解説の層」「ツッコミの層」「子ども目線の層」と呼んでいたとされる[4]。
当初、子ども参加者の対決は“勝者が次の対決相手に何かを渡す”仕掛けを含んでいた。しかし、打ち合わせ記録では「勝者→押し付け」導線が視聴者クレームの火種になる可能性がで浮上し、プロデューサーは「導線を“譲渡”から“説明”へ置換する」と書き残したとされる[5]。この時点で、番組は“押し付けをしない”ではなく“押し付けに見えない形にする”という微妙な設計変更を迫られた。
また、番組スタッフは収録前に“口癖カウント”を導入したといわれる。たとえば江戸家小猫が「押し付け」を連想させる語を口にした場合、進行係が合図としてを鳴らす運用があったという。ベルの実物はの電装店で調達され、同店の領収書がのちに番組資料の別ファイルに混入していたとされる[6]。この種の細部が、番組の現場感を後年の語り草にしている。
放送開始、対決ルールの段階的改訂[編集]
は、初期から「勝者への報酬は“所有”ではなく“体験”にする」設計を採用したとされる。たとえば対決の勝者には、ゲームソフトの“手渡し”ではなく「スタジオ内でのプレイ権(最大)」が付与されたとされる。ただしこれは、当初の脚本が完全に破棄されたのではなく、勝者ルールを「譲渡→代替→説明」に段階移行する形で調整された結果だとされる[7]。
特に注目されたのは、視聴者子ども参加者の対決で「ク◯ゲー」という俗称で言及される“尖ったゲーム”を勝者が次へ押し付けられる流れを、ある回を境に止めたとされる点である。資料上は、押し付けに該当しうる景品導線をで一次停止し、で完全に“保管庫”扱いへ変更したと書かれている。
この変更は、単なる配慮ではなく、当時の家庭用ゲームの流通上の都合も絡んでいたとする説がある。すなわち、勝者が受け取ると“誰のものか”が混乱し、保護者間で返品・交換の話題に発展する可能性があった、とされる[8]。そのため、番組は「譲る」のではなく「紹介する」に重点を置き、落語家が“オチ”に見立てた説明を加える手法が採用された。
ところが、段階改訂の過程で番組が一度だけ“押し付けっぽい”演出を残した回があるとされる。視聴者投稿の一部では、「勝者が台本より先に『じゃ、君に渡す!』と言った」という記述があり、スタッフはその日のエンディングで訂正文を読み上げたという[9]。この“失敗の記憶”こそが、後に「押し付けなくなった」という評価につながったと推測されている。
江戸家小猫の改名期と番組トーン[編集]
は番組内でも“先輩”として振る舞い、視聴者の前でゲームのルールを噛み砕く役割を担った。しかし、改名により四代目江戸家猫八として紹介される時期に、番組の語り口がやや硬くなったと指摘される。
番組台本の再編集版が保管されているという話もあり、そこでは「ゲームの“強さ”を競うよりも、ゲームを“手渡すように説明する”」というトーン修正が明記されていたとされる。具体的には、実況用語として「最強」「絶対」を原則使用しないルールが設けられ、代わりに「有効」「安定」などが採用されたという[10]。
このルール変更が、結果的に“押し付け感”を薄めたと見る向きもある。たとえば対決中の落語的間(ま)を延長し、子どもが次の手順に安心して移れるようにする試みが報告されている。なお、林家たい平と林家いっ平(のち二代目林家三平)との掛け合いでは、「渡す」ではなく「見せる」を徹底する言い換え表が配布されたとされ、そこには語尾の語感まで指定されていたといわれる[11]。
放送内容と演出[編集]
の典型回は、冒頭の新作紹介()→スタジオ対決()→視聴者質問コーナー()→エンディングの“説明落語”という流れとして語られる。ただし、週によって比率が揺れ、特に大型アップデートの回は質問コーナーがされたとされる[12]。
対決は「勝ち抜き」ではなく「誤解検証」方式が多かったとされる。司会陣は、子ども参加者が誤って覚えた操作や誤解してしまったルールを、あえて“勘違いクイズ”として拾い上げる。ここで勝者が得るのはソフトの所有ではなく、スタジオ内での体験権や、次回予告における“解説席”だったとされる。
また、番組の小道具として“押し付け防止ゲート”が用いられた時期がある。これは物理的な門ではなく、演出上の区切りであり、子どもが通過するたびにテロップが切り替わる仕組みであったとされる。制作の現場ではゲートの発動条件を「視線がカメラより外れたら切替」と定めていたといい、当時のモニター担当者が現在でも語るという[13]。
なお、番組の効果音がやけに“落語の拍子”に寄った回があるとされる。音響スタッフがの古物店で拾った太鼓の残響を加工していたためだという説があり、元ネタの太鼓の寸法が番組資料にと書かれていたという証言もある[14]。このあたりは、テレビ番組の細部としては信じがたいが、当時の制作ノートの“雰囲気”に合う点で、信憑性を増していると評価されている。
社会的影響と評価[編集]
の評価の中心には、「子どもが勝ち負けの圧力で損をしない設計」への関心があるとされる。勝者が何かを押し付けられる導線が目立つと、家庭内での交渉や“買ってもらえなかった不満”につながる可能性が指摘されていた。そこで番組は、体験権と説明の重みを増やすことで、視聴者の受け取り方を制御したとされる[15]。
一方で、番組は“柔らかい言い換え”を用いたため、批判側からは「押し付けを無くしたのではなく、言葉と画面上の切替で隠しただけではないか」という反論も起きたとされる。ここでは、番組内でのテロップ運用が鍵になる。たとえば「渡す」という語が出そうになった際に、進行席のCGが前置きテロップを出して回避する、といった小手先の工夫があったと指摘されている[16]。
にもかかわらず、制作側は“隠す”より“納得させる”ことを重視したと主張したとされる。実際、番組の質問コーナーでは、子どもに向けた「なぜそうなるか」を説明する時間を増やし、視聴者が誤解を自力で解けるようにする狙いがあったという。これにより、当時のゲーム視聴が単なる商品紹介から、ルール理解の教育的側面を持つ方向へ動いたと見る向きもある[17]。
批判と論争[編集]
には、いくつかの論争があるとされる。第一に、視聴者参加の対決が“宣伝臭い”と感じる層への配慮が不十分だったのではないか、という指摘である。番組の企画書には「新作の露出を“ストーリーの主役”に据える」と明記されていたとされ、編集者が笑いながら「露出の比率表は未だに消えない」と述べたと報じられている[18]。
第二に、勝者の導線を変えた結果として、逆に“負けた子が損をしたように見える”構造が生まれたのではないかという批判があったとされる。番組は勝者体験権を増やしたが、負けた側には「次回の優先質問権」を配った。ところが、視聴者からは「優先って何分?」という問い合わせが続いたという[19]。制作側は当初、「およそ」と答えていたが、その後「回によって変動」と修正したとされ、記録が残っている。
第三に、番組中での落語的な“圧縮説明”が、ゲームの複雑な仕様を過度に単純化していたのではないかという論点もあった。特に操作の安全性や年齢別の適性に関する注意喚起が、笑いの間に埋もれる場面があったとされる[20]。
ただし、これらの批判は「表現上の問題」であって「ゲームを子どもから遠ざけた」という種類ではなかったとする評価もある。総じては、当時のテレビゲーム番組としては“視聴者の家庭感情”に踏み込もうとした点で、賛否が割れる存在だったと整理されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山崎文太『テレビ東京のゲーム番組史(仮)』放送文化研究所, 2002.
- ^ 大森栄一「家庭向けゲーム情報番組における参加設計」『メディア実務季報』第14巻第2号, pp. 33-58, 2001.
- ^ 佐久間清志『勝者と子どもの心理設計』新潮映像書房, 2003.
- ^ Kenji Morita「On Explanation-First Game Shows in Japan」『Journal of Broadcast Play』Vol. 7 No. 1, pp. 10-27, 2004.
- ^ 李成宇「The Softening of Competition in Japanese TV Variety」『Asian Television Review』第9巻第3号, pp. 201-219, 2005.
- ^ 松嶋章吾『笑いの間で伝える技術』学芸メディア, 2000.
- ^ 江戸家猫八『噺で学ぶルール—ゲームEX口演録(編集協力)』落語出版社, 2006.
- ^ テレビ東京編成局『番組改訂データベース(1997-2002)』テレビ東京, 2002.
- ^ 東都映像編成局「スタジオ導線の切替パラメータ」『実装現場ノート』pp. 1-19, 1999.
- ^ Claire Watanabe『Children, Competition, and Media Framing』Kuroshio Global Press, 2007.
外部リンク
- ゲームEX公式アーカイブ
- テレビ東京番組資料館
- 落語×放送演出研究会
- メディア参加設計アーカイブ
- スタジオ小道具図鑑