コガタス
コガタス(こがたす)は、の都市伝説の一種[1]。夜間の玄関灯の下で「小さな型紙」を残す妖怪とされ、見た者がなぜか同じ向きで靴を揃えることから、噂の輪が全国に広まった[2]。
概要[編集]
とは、日本各地で語られる都市伝説の怪談であり、「型(かた)を作る影」という話で伝承されてきたとされる[3]。
目撃談では、出没場所は住宅地の路地裏やアパートの通路に集中し、特に電球色の玄関灯の下で「じわじわと輪郭が寄ってくる」ように見えたと言われている[4]。目撃者は恐怖で逃げるはずなのに、なぜか翌朝、玄関マットの位置だけが規則的に整っていたという報告が多い[5]。
また別名として、古い伝承ではを「靴寄せ妖(くつよせよう)」とも呼ぶほか[6]、インターネット上では「夜の採寸係」とも呼ばれることがある[7]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、江戸末期の民間で使われていたとされる「行燈(あんどん)採寸」の作法にあるという説がある[8]。この作法では、行燈の灯りを型紙越しに写し、布の縮みを見積もるのだが、誤算が続くと“灯りだけが採寸してくる存在”が現れると言い伝えられた[9]。
伝承では、灯りの下で影が「小さな歯車」のように回転し、その回転が止まる直前に輪郭だけが紙へ移るのだとされる[10]。のちに明治の夜警制度が導入された際、巡回用の火袋(ひぶくろ)の管理係が「影が勝手に手順書を書き換える」と訴え、噂が“妖怪のせい”へ回収されたのではないか、と語られることがある[11]。
ただし、実際の記録が提示されたことは少なく、の名が定着した経緯は、昭和以降の怪談本の編集方針によって固まったとも推定されている[12]。
流布の経緯[編集]
全国に広まった転機は、1998年の地方紙連載「夜道の余白」だとされる[13]。連載では、読者投稿欄に「靴の先が全部、同じ角度で揃っていた」とする短文が集まり、編集部が便宜上“測り影”の総称としてを採用した、と言われている[14]。
さらに2006年には、の投稿掲示板「深夜の玄関灯」に、目撃談が連続で書き込まれた[15]。書き込みの中で「電球は60ワット、玄関マットは縦44cm・横70cmで寸法が合っていた」という不気味な細部が共有され、都市伝説としての完成度が跳ね上がったとされる[16]。
なお、真偽を問わないネット文化の流れの中で、2012年にアニメ風の描き起こしが拡散し、「型紙の線だけが床に残る」という新要素が追加されたとも指摘されている[17]。この変更により、怖さよりも“整頓されてしまう違和感”が強調され、ブームへつながったとされる[18]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
は“出没する存在”でありながら、特徴としては「見る者の生活動作を矯正する」タイプの妖怪とされる[19]。噂によれば、玄関で靴を散らした家には執着し、夜更けに玄関灯の光の中へ入り込むと、床の埃をまるで紙の上に置くように整えるという[20]。
伝承上の正体は複数あるが、代表的には「型紙を作る影」「採寸してくる小動物」「古い裁縫道具の置き忘れが意志を持ったもの」の三系統に分類されると言われている[21]。ただし目撃談では、姿を“全身”として捉えた者がほとんどおらず、せいぜい「靴べらの先」「指の影」「胸のあたりの薄い灰色」までしか分からない、とされる[22]。
妖怪として恐怖を強めるのは、言い伝えによる“型の完成条件”である。具体的には、玄関灯の点灯からちょうど後に、床の上で「細い線が1本増える」のが見えると言われている[23]。その線は、見た者の足幅に合わせて伸びるとも噂され、翌朝には“自分の靴の置き方だけがなぜか矯正される”とされる[24]。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
には派生バリエーションが多く、地域差として語られてきた[25]。例えばでは「雪の型(かた)バージョン」があり、玄関の外に残った足跡が、なぜか家の中へ続くように整列しているという話がある[26]。
では「雨戸採寸型」が有名で、雨戸を閉める音の直後に“採寸のための沈黙”が訪れるとされる[27]。さらにの一部では「湯気の型」と呼ばれ、風呂場の湯気が玄関へ流れ込む瞬間に輪郭が合わさる、と噂される[28]。
細部の数字にも特徴があり、玄関灯は“点灯直後が眩しすぎると失敗する”ため、少し暗めの照度が推奨されるとされる[29]。ネット上の合意として「照度はおおむね7〜12ルクス」が目安とされていた時期があるが、数値の出どころは不明であり、要出典のように扱われている[30]。
また、恐怖の演出が強い派生として「線が二本になると呼ばれる」型も語られ、線の本数が増えるほど“生活の型”が固定されていくとされる[31]。この噂はマスメディアに拾われたことで、視聴者が“正体を見ようとする”行動を増やしたとされ、結果として目撃談の数が増えたとも言われる[32]。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法としてまず語られるのが「玄関灯を完全に消す」方法である[33]。ただし、暗闇で警戒心を高めると怪異が“輪郭を補うために近づく”ため、完全消灯の手順が大事だと言われる[34]。
次に多いのが「靴を揃える」対処で、これは逆転の知恵とされる。つまりは“矯正してしまう”のだから、先に人間側が“儀式として揃える”ことで、矯正の必要がなくなるという理屈である[35]。言い伝えでは、靴のつま先の向きを“北東”にそろえると安定し、線が床に残りにくいとされる[36]。さらに、靴紐の結び目を同じ高さにすると効くとも語られ、極端な人は毎晩確認するという[37]。
恐怖心が強い場合の“最終手段”として、「玄関マットを裏返しておく」がある[38]。裏返しによって、型紙の受け皿が入れ替わるため、線がマット上に“止まってしまう”とされる[39]。なお裏返しても被害が出るときは、マットの縁をだけずらせと助言され、なぜか議論が長引くと言われている[40]。
社会的影響[編集]
の噂は、家庭内の整頓習慣を“恐怖経由で強制する”形で社会に影響したとされる[41]。実際に、学校の生活指導で「靴をそろえる」と「玄関灯をちらつかせない」がセットで指導されるようになった学区があった、と言われている[42]。
2010年代前半には、ネットの怪談ブームと並行して、生活用品メーカーが“夜間の照度を安定させる玄関灯”を売り出したとされる[43]。広告コピーは「整う灯り、整う家族」であり、が間接的に購買動機へ作用したのではないか、と噂が広がった[44]。
一方で批判としては、「整頓恐怖が家庭内の緊張を増やす」という指摘があり、自治体の青少年健全育成の会合で「怪談の再生産が過度な儀式化につながる」と議題になったとも言われている[45]。ただし結論は出ず、出席者の一人が「靴はともかく、怪異は照明器具では退治できない」と発言した記録だけが“それっぽい資料”として残ったとされる[46]。
また、噂が強まるほど「見ようとしてしまう」層が増え、夜道の巡回が増えたことで軽微なトラブルが出たという噂もある[47]。このため、都市伝説の影響は恐怖だけでなく“行動パターンの固定化”にも及んだとされる[48]。
文化・メディアでの扱い[編集]
メディアでの扱いは、恐怖よりも日常の不気味さに寄せた構成が多いとされる[49]。特に深夜番組では、玄関灯を映す映像演出により視聴者の想像を刺激し、「怖いのに整って見える」矛盾がウケたと分析されている[50]。
2015年には、のローカルバラエティが“靴が勝手に揃う家”企画を放送し、ゲストの家で一時的に生活動線が整うという演出が行われたとされる[51]。ただし番組側は「偶然の生活習慣」と説明したとされるが、視聴者はの仕業だとコメントし続けたと言われる[52]。
また、漫画作品やショートアニメでも“型紙だけが残る存在”として登場したとされ、キャラクター名がそのままに採用された例もある[53]。この時期から、噂は妖怪というより“整頓の精霊”へ寄せられ、扱いが軽くなったと指摘される[54]。
学校の怪談としては、体育館の靴箱前で語られることが多く、語り手が「月曜の朝だけ出る」と強調するのが定番だとされる[55]。一方で、噂が強い学区では語り手が脚色をしすぎて怖さが失われ、逆に“次は何が起きるのか”という好奇心が勝つようになったとも言われる[56]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
は次の文献を参考にしたとされる。
[1] 田代コウ『夜の余白図鑑』海鳴書房, 2001.
[2] 鈴木ハルナ『靴が揃う怪談学』朝霧教育出版, 2004.
[3] 児玉ナオト『玄関灯と影の民俗学(増補版)』講談風土館, 2010.
[4] 山科ミチオ「電球色の下で起こる“型”の心理」『怪奇民間記録』第12巻第3号, 2006, pp. 41-58.
[5] 米倉セイジ『生活導線の都市伝説』北陸社会研究所, 2011.
[6] 岡部ユウ『語り継がれる靴寄せ妖(くつよせよう)』青柿文庫, 1999.
[7] K. Watanabe, “Kogatasu and the Semiotics of Entryways,” *Journal of Night Folklore*, Vol. 8 No. 2, 2013, pp. 77-95.
[8] E. R. Caldwell, “Shadows as Measurement Tools in Late Edo Fantasies,” *Annals of Folk Illusions* , Vol. 21, 2009, pp. 301-322.
[9] 大貫ヨシエ『行燈採寸の怪奇実務』新月印刷, 2003.
[10] 藤ノ宮レン「影が増えるまでの分数調整—17分仮説の検討」『民俗工学雑誌』第5巻第1号, 2014, pp. 10-19.
[11] 佐伯タツヤ『夜警制度と“正体不明の手順”』星塵史料館, 2007.
[12] ハナ・モリス「Editing the Unverifiable: How Urban Legends Get Names」*International Review of Frictional Folklore*, Vol. 3 No. 4, 2016, pp. 55-68.
[13] 朽木ユウ「夜道の余白」『地方紙連載集(復刻)』中櫓新報社, 1998.
[14] 小田切レイ『投稿欄の神秘—掲示板と妖怪語彙の移動』データ夜話出版社, 2012.
[15] 成田ミナ「深夜の玄関灯における反復型目撃談の分類」『ネット怪談クロニクル』第2巻第2号, 2010, pp. 122-139.
[16] 難波サトル『型紙の共有と不気味さの経済』路地裏経済研究会, 2018.
[17] 水無月アヤ「アニメ化で増えた“線の二本目”」『視聴覚怪談論』第9巻第6号, 2014, pp. 210-224.
[18] 田沼キョウ「怖さの再設計—整頓恐怖から日常不気味へ」『都市伝説研究』第7巻第1号, 2017, pp. 1-23.
[19] 村松アサヒ『妖怪は生活を直す』翡翠書房, 2005.
※なお、上記文献のうち一部はタイトルがやや不自然であると指摘されている。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田代コウ『夜の余白図鑑』海鳴書房, 2001.
- ^ 鈴木ハルナ『靴が揃う怪談学』朝霧教育出版, 2004.
- ^ 児玉ナオト『玄関灯と影の民俗学(増補版)』講談風土館, 2010.
- ^ 山科ミチオ「電球色の下で起こる“型”の心理」『怪奇民間記録』第12巻第3号, 2006, pp. 41-58.
- ^ 米倉セイジ『生活導線の都市伝説』北陸社会研究所, 2011.
- ^ 岡部ユウ『語り継がれる靴寄せ妖(くつよせよう)』青柿文庫, 1999.
- ^ K. Watanabe, “Kogatasu and the Semiotics of Entryways,” *Journal of Night Folklore*, Vol. 8 No. 2, 2013, pp. 77-95.
- ^ E. R. Caldwell, “Shadows as Measurement Tools in Late Edo Fantasies,” *Annals of Folk Illusions* , Vol. 21, 2009, pp. 301-322.
- ^ 藤ノ宮レン「影が増えるまでの分数調整—17分仮説の検討」『民俗工学雑誌』第5巻第1号, 2014, pp. 10-19.
- ^ ハナ・モリス「Editing the Unverifiable: How Urban Legends Get Names」*International Review of Frictional Folklore*, Vol. 3 No. 4, 2016, pp. 55-68.
- ^ 水無月アヤ「アニメ化で増えた“線の二本目”」『視聴覚怪談論』第9巻第6号, 2014, pp. 210-224.
外部リンク
- 玄関灯研究会
- 夜道の余白アーカイブ
- 靴箱怪談データベース
- 深夜の玄関灯フォーラム
- 型紙の影イラストギャラリー