コブクロ
| 名前 | コブクロ |
|---|---|
| 画像 | Kobukuro_official.jpg |
| 画像説明 | 左が黒髪の晶二、右が金髪の春樹(公式宣材写真) |
| 画像サイズ | 250px |
| 画像補正 | none |
| 背景色 | #111111 |
| 別名 | 「森鳴き(もりなき)」名義(ライブ限定) |
| 出生名 | — |
| 出身地 | 横須賀市(結成時)→のちに杉並区に拠点化 |
| ジャンル | アコースティック・ロック/路地裏ポップ |
| 職業 | ロックバンド |
| 担当楽器 | ボーカル+ギター/ボーカル+キーボード(サブ) |
| 活動期間 | 2001年 - 現在 |
| レーベル | |
| 事務所 | |
| 共同作業者 | のサウンド研究班 |
| メンバー | 晶二(しょうじ)/春樹(はるき) |
| 旧メンバー | —(固定2名) |
| 公式サイト | https://kobukuro-mori.jp |
コブクロ(こぶくろ)は、日本の2人組ロックバンドである。所属事務所は。レコード会社は。2001年に結成、2005年にメジャーデビュー。略称および愛称は「コブ」。公式ファンクラブは「コブの森」。
概要[編集]
コブクロは、日本の2人組ロックバンドである。所属事務所は籠目レコードであり、レコード会社は亀節音楽出版である。のメジャーデビュー後、路地裏の情景を“鳴き声”として記録する作風が支持され、国民的ロックへと発展したとされる[1]。
彼らの楽曲は、音程の正しさよりも「音の滞在時間」を重視する理論で知られている。実際にライブでは、会場の残響を測定し、その測定値に合わせて照明色とコーラスの密度を微調整した演出が繰り返された[2]。一方で、その手法が“音響オカルト”として批判される時期もあった。なお、バンド名の「コブクロ」は、後述の通り靴紐の隠語とされる。
初期のインディーズ期から“森鳴き”名義で路上配信を行い、累計ストリーミング再生回数はを突破したと発表されている[3]。この数字はファンクラブ内に掲示された掲示板ログが根拠とされるが、外部での検証は限定的である。
メンバー[編集]
コブクロのメンバーは、晶二と春樹の2名で構成される。晶二は主にボーカルとリズムギターを担当し、春樹は主にボーカルとピアノ系キーボードを担当する。
晶二は作詞・作曲を主導し、「言葉を叩く順番」が音楽の骨格だと語っている。彼はの倉庫街で録音を始め、コンクリートの反響を“楽器”として扱う発想を得たとされる[4]。
春樹はサウンドプロデュース面で主導的役割を担い、夜間の地下鉄構内で観測された低周波成分から、コーラスの厚みを設計したとされる[5]。なお、2人は“永遠に同じ高さの声”を目標に掲げるが、リハーサル中の声帯コンディションにより微妙に変化するため、毎回「正しいズレ」を探す作業が行われているとインタビューで語られている[6]。
バンド名の由来[編集]
バンド名のコブクロは、結成当初に使われていた隠語に由来するとされる。晶二が路上ライブの準備中、靴紐の結び目を「こぶ(塊)」と呼び、その塊を隠すポケットを「くろ」と呼んでいたことから派生した、という説明が流通している[7]。
ただし別説として、春樹が夜間の工場で見た古い部品ケースに「KO-BUKURO」と刻印されていたのを読み違えたことが起源だとする指摘もある[8]。この説は、公式サイトの最初期アーカイブに“印字の誤読”として残っていたとされるが、当時の当事者インタビューの一次資料は確認されていない。
また、彼らのファンクラブ「コブの森」は、名付けの段階で“袋”ではなく“森”に着地したことが象徴的とされる。森ならば声が返ってくる、という倫理観があったと語られる一方で、ファンの間では「結局、鳴き声の方が都合がいいからだ」という半ば冗談の解釈も定着している[9]。
来歴/経歴[編集]
結成(2001年)[編集]
コブクロはに神奈川県横須賀市で結成された。結成の発端は、晶二が路上の弾き語りをしていた通りで春樹が拾った古いメトロノームにあったとされる。
当時、春樹はメトロノームを分解し、振り子の重りを入れ替えることでテンポが微妙に“遅れて”聞こえる現象を観測した。2人はこの現象を「遅れは嘘ではない」として楽曲の中心理論に据えることになったと語られている[10]。
この時点ではまだ音楽的な方向性は定まっておらず、2人は仮の楽器として金属製の弁当箱も使用した。のちに弁当箱は“鳴り”のための打楽器としてのみ扱われ、歌の邪魔にならない角度が研究されたという記録がある。
デビュー前(2002年)[編集]
にはインディーズ活動として、横須賀の周辺で週末ごとに観測ライブを行ったとされる。観測ライブでは、曲の各パート終了時に観客が拍手で“残響の温度”を測定する仕組みを採用した。
当時のチケットは手書きで、裏面には「拍手は3回以内。4回目は計測値が暴れる」という注意書きがあったとファンが証言している[11]。この運用は実験的だったが、記録映像に映る拍手のリズムが後の楽曲「第三反響(だいさんはんきょう)」のメロディに影響したとされる。
なお、2002年の“第三反響”の原型は、歌詞が存在せず口笛のみで構成されていた。後に歌詞が追加されたのは、歌詞を書ける人ではなく“書く人に反響が似合う場所”を探したためだとされる[12]。
2003年[編集]
には、都内のスタジオに出入りするようになり、夜間の残響データを蓄積した。2人が所属したわけではないが、当時の管理人が“夜だけ空気が鳴る”と主張していたため、結果的に協力関係が生まれたという。
この年の夏、夜の撮影禁止区域でこっそりMV試作が行われ、照明の色温度が楽曲の印象を変えたことが判明した。特に、前後でコーラスが“遠くなる”感覚が再現されたというデータが残っている[13]。
その成果としてシングル「温度差ハミング(おんどさはみんぐ)」が1000枚限定で配布され、オフラインの即売だけで完売したとされる。ただし当時の販売記録は一部のみ現存し、全数は不明である。
2004年[編集]
には、サウンド研究班であるが制作協力に加わった。研究班は“低周波を楽曲の主語にする”という方針を掲げており、コブクロもそれに合わせてベースラインの作り方を改めた。
同年、路上ライブで撮影された“反響の遅れ”が新聞の文化面で取り上げられ、問い合わせが殺到したと伝えられている[14]。ただし記事は翌日には削除され、現在では雑誌の転載のみが確認される。
この年の集大成としてアルバム未収録曲「黒いポケットの歌(くろいぽけっとのうた)」が発表され、のちのファンクラブ曲「コブの森の合図」の原型になったとされる。
2005年(メジャーデビュー)[編集]
に亀節音楽出版からメジャーデビューした。デビュー作はシングル「第二の声(だいにのこえ)」であり、初週売上はと報じられた[15]。
オリコン的なチャートは当時から複数メディアが併走していたため、報道により順位が異なる。とはいえ、少なくとも“週間順位の上位常連”になった点は一致しているとされる。
デビュー直後のテレビ出演では、晶二が歌い出し前に会場の残響を3秒だけ測定してから歌い始めた。視聴者には“気合い”に見えたが、関係者は「技術上の癖を笑いとして吸収してもらえた」と述べている[16]。
2010年代以降[編集]
にはアルバム「森鳴り仕様(もりなきしよう)」が発売され、以後ライブの照明と合唱密度が体系化された。続くには活動15年目に向けた企画として、全国の駅構内で“声の帰り道”をテーマにしたツアーを行ったとされる。
また、には一度活動休止の噂が流れ、ファンの間で“コブクロは消える”という流言が広まった。ただし実際には休止ではなく、夜更け計測所との共同プロジェクトに時間を割いていただけだったと説明された[17]。
その後は再び全国ツアーへ戻り、最新期はサブスク中心の新曲リリースを増やした。ストリーミング認定は国内での配信データと国際的な集計基準が混在しているとされ、推定値も多い。
音楽性[編集]
コブクロの音楽性は、アコースティック・ロックを基盤に、残響とリズムの“ズレ”を物語として組み立てる点に特徴がある。曲中では、ボーカルの音量が一定しないことがあるが、これは単なる表現のゆらぎではなく、狙った滞在時間の演出とされる[18]。
歌詞は日常の言い回しを使いつつ、比喩にだけ異様な精度がある。たとえば初期曲「白い階段の計算」では、階段の段数がと明示されるが、制作側は“37段は横須賀の階段の平均ではない”と後に釈明した[19]。一方で、ファンは「平均じゃなくて、忘れられない段数」だと解釈している。
制作ではやのような数値が、歌詞カードの余白にメモされることがあったという証言もあり、実際の楽譜とは一致しない部分が混じる。なお、この“数値のズレ”が、彼らの楽曲を理解しようとする行為そのものをファン文化として定着させたとも指摘されている[20]。
人物[編集]
晶二と春樹は、互いの役割を固定しすぎない方針で知られる。たとえばライブでは、イントロの最後だけ役割が入れ替わることがあり、視覚的には同じ2人でも毎回微差が生まれるとされる。
晶二は「コブ」という愛称で呼ばれることが多いが、これは本人が“自分の声を小さくするための合図”として提案した呼び名だとされる[21]。一方春樹は「黒いポケット係」と呼ばれ、会場で集まったメッセージをファイルに収納する係を担っている。
そのメッセージは、次のアルバムの歌詞候補として扱われると説明されるが、実際に採用された割合は公表されていない。ファンクラブ内の集計では、採用率が“平均で”とされる[22]。ただしこの数字はファンクラブ掲示板の手計算であり、外部の監査はない。
評価[編集]
コブクロは、歌唱力よりも“聞き手の記憶に残る構造”を作る点で評価されている。メディアによっては国民的ロックと称することもあり、特にライブ映像の再生数が突出した時期には社会現象とみなされた[23]。
ただし、評論家の中には「科学のふりをした詩学だ」とする批判もある。夜更け計測所の手法が、理論として検証可能なのか、あるいは情緒を理屈で飾るだけなのかが争点になった[24]。
一方でバンド側は、計測は“言い訳”ではなく“儀式”だと主張している。彼らは、儀式が観客の呼吸を揃えると信じているとされ、結果として会場の拍手が揃う瞬間が演出の核に置かれている。
受賞歴/賞・記録[編集]
受賞歴としては、の最優秀ロックアーティスト部門に準ずる賞が話題になったとされる。公式発表ではなく、授賞式当日の会場アナウンスの記録から“実質的受賞”と判断されたという形で語られることが多い[25]。
また、ライブ記録としては「全国ツアーの最短移動日数」がファンクラブのアーカイブに残されている。さらに、ストリーミング認定では“同一曲のオフライン視聴(会場での特典配布)”が算入されている可能性があるとされ、集計の透明性について問い合わせがあった[26]。
近年は、タイアップ楽曲が複数のドラマ主題歌で起用され、視聴者の間で歌詞の解釈がSNS上で分岐する現象が観測された。これにより“歌の注釈文化”が定着し、ファンが作品の小道具まで追跡する風潮が強まったと指摘されている[27]。
ディスコグラフィ[編集]
シングルとしては「第二の声(2005年)」「温度差ハミング(2003年)」「第三反響(2002年)」「白い階段の計算(2008年)」などが知られている。
アルバムとしては「森鳴り仕様(2012年)」「コブの森の合図(2014年)」「残響の家計簿(2017年)」「帰り道だけが正しい(2021年)」が挙げられる。ベスト・アルバムとしては「コブクロ実験記(2019年)」があり、インディーズ時代の音源も収録されたとされる。
映像作品としては、ライブ映像「森鳴り仕様 TOUR LIVE(2013年)」「観測ライブ完全版(2016年)」がある。なお、観測ライブ完全版は“拍手のカウント画面”が収録されているため、配信では視聴者によっては嫌悪感が示されたとも報じられた[28]。
ストリーミング認定[編集]
ストリーミング認定について、亀節音楽出版は主要曲について累計再生を段階的に公表している。たとえば「第二の声」は国内で、同時期の派生コンテンツ込みでに達したとされる[29]。
ただし、認定基準には配信サービスごとの集計差があり、音声以外の動画再生を含むかどうかで数値が揺れる。ファンクラブでは“揺れている方が本質に近い”として、数値のブレを楽しむ風潮があったとされる。
海外展開では、英語字幕付きライブ音源が評価され、欧州の一部音楽系メディアで“残響の物語化”として紹介された。紹介記事は短く、反響計測の具体値には触れていないため、詳細は誤解を含む可能性があると指摘されている[30]。
タイアップ一覧[編集]
タイアップとしては、テレビドラマ「帰り道の空白(2010年)」の主題歌として「白い階段の計算」が使用されたとされる。映画では「ポケットの静電気(2013年)」の挿入歌に「黒いポケットの歌」が選ばれたと報じられている[31]。
CMでは、の食品企業「澄味フードサービス」とのコラボで「温度差ハミング」が流れ、同時に店舗の店頭スピーカーの周波数を調整した施策が話題になったという[32]。この施策は“曲そのものの再生”ではなく、店舗の環境を曲の一部にした点で評価された。
ゲーム領域では、の制作会社「碧青システム」の音ゲー内で「第三反響」が採用され、プレイヤーの叩打タイミングにより歌詞の表示が変わる仕組みがあったとされる[33]。ただしゲーム側の仕様は後日変更された可能性があり、初期仕様の検証は限定的である。
ライブ・イベント/ライブ・コンサートツアー[編集]
ライブツアーとしては、デビュー直後の「第二の声 上京特別観測(2006年)」がある。以後、毎年ではないが、観測ライブと通常公演を交互に行う体制が続いたとされる。
代表的なツアーとしては「森鳴り仕様 TOUR LIVE(2013年)」「観測ライブ完全版 巡回(2016年)」「帰り道だけが正しい 全国残響ツアー(2021年)」が知られる。2021年の公演では、各会場ごとに照明色温度が変えられ、平均の範囲で設計されたと発表された[34]。
また、サポートメンバーとして一度だけ出身の打楽器奏者「綾瀬ツクヨ(あやせ つくよ)」が参加した。参加は単発だったが、彼女が持ち込んだ“手のひらサイズの反響板”が曲の一部に取り込まれたとされる[35]。
出演(テレビ/ラジオ/映画/CM)[編集]
テレビ出演は、音楽番組「夕刻の波形(BS系、2007年開始)」で特集される形が多かったとされる。ラジオでは、晶二が担当した「コブの森 3分観測(2012年〜2014年)」があり、番組中にリスナーから送られた“音が残った体験”を読み上げるコーナーがあった[36]。
映画ではドキュメンタリー「同じズレの証明(2018年)」に本人役として出演した。内容は彼らの制作過程を追うもので、撮影中に撮影機材が揺れて音が歪んだ場面が“そのまま採用された”と語られている[37]。
CMでは前述の澄味フードサービスのほか、の通信企業「縞雲(しまくも)モバイル」のブランド動画で、無音の間に言葉が入る演出が評価された[38]。
NHK紅白歌合戦出場歴[編集]
NHK紅白歌合戦への出場歴は、に初出場したとされる。曲目は「第二の声」で、演出として“拍手でカウントする客席”が組まれたと報じられた[39]。
ただし当時の公式資料では、観客参加型演出の詳細が明確に記載されておらず、関係者の回想に依存する部分がある。このため、どの会場でどの程度の参加があったかは解釈が割れている。
翌には再出場し、「森鳴り仕様」のメドレーを披露したとされる。メドレーでは“数値メモ”の読み上げが短く挿入され、視聴者の間で読まれた数値の意味が議論されたが、公式説明は最小限だったとされる[40]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田中晶『残響を設計する人々—都市の反射音研究とポピュラー表現』音圧工房, 2020.
- ^ 山口季『路上配信の統計学(第3巻第2号)』音楽情報学会, 2016. pp. 41-55.
- ^ Nakamura Keiko『Acoustic Storytelling in Night Markets』Journal of Japanese Pop Studies, Vol. 12 No. 4, 2019. pp. 88-103.
- ^ 佐藤明彦『“遅れは嘘ではない”論の系譜』夜更け計測所紀要, 第7巻第1号, 2013. pp. 12-29.
- ^ Kobukuro Archive編集委員会『コブクロ実験記—掲示板ログから復元するライブ』亀節音楽出版, 2019.
- ^ 伊藤礼『テレビ演出における拍手同期の効果(要旨)』放送技術研究, Vol. 48 No. 1, 2011. pp. 3-9.
- ^ 清水さや『駅構内の声の帰り道—ツアー設計の舞台裏』都市音響叢書, 2022. pp. 205-221.
- ^ 松本直樹『国民的ロックの“数値詩学”』メディア音楽批評, 第5巻第6号, 2018. pp. 60-74.
- ^ Rossi, Marco『Reverberation Literacy and Fan Interpretation』International Review of Sound Culture, Vol. 3 Issue 2, 2021. pp. 14-27.
- ^ 編集部『NHK紅白の裏側:参加型演出の設計』NHK出版企画, 2012. pp. 77-83.
- ^ 小川海斗『コブクロ—森鳴り仕様の作曲プロトコル』棚卸し楽譜店, 2017.
外部リンク
- コブの森公式掲示板
- 亀節音楽出版アーティストページ
- 夜更け計測所アーカイブ
- 森鳴り仕様 TOUR LIVE 特設サイト
- 夕刻の波形 番組アーカイブ