サザンカの柿落とし
| 名称 | サザンカの柿落とし |
|---|---|
| 分類 | 冬季園芸儀礼・枝吊り試験 |
| 起源 | 大正末期(1927年頃とされる) |
| 発祥地 | 静岡県磐田郡の旧果樹試験圃場 |
| 主な実施者 | 造園師、果樹農家、町内会の保存会 |
| 実施時期 | 霜降から立冬の前後 |
| 使用物 | 渋柿、麻縄、竹竿、和紙札 |
| 関連機関 | 日本柿落とし協会 |
| 別名 | 花守り吊り、枝見せ落とし |
サザンカの柿落とし(さざんかのかきおとし)とは、冬季にの枝先へ意図的にを吊り下げ、熟成後の落下で枝のしなりと花芽の保護状態を判定するである。もともとは末期にの果樹農家が考案したとされ、のちにの造園業界へ広がったと伝えられている[1]。
概要[編集]
サザンカの柿落としは、の花付きと枝の柔軟性を同時に確かめるための伝統的な冬季作法である。枝先に小振りなを一つだけ結び、数日から十数日かけて自然落下を待つことで、その年の剪定の成否を占うとされる。
この慣習は、見た目には単なる飾り付けに近いが、実際には「落ち方」に厳密な作法があり、柿が一度も回転せずに落ちた年は花芽が凍害を免れる、という経験則があるとされる[2]。なお、地方によっては柿ではなく小型の干し柘榴を用いる例もあるが、保存会の間では「柿でなければ柿落としとは呼ばない」とされている。
歴史[編集]
起源と定着[編集]
通説では、冬、磐田郡の果樹試験圃場で、霜害に弱いの保護策を考えていたが、余剰の渋柿を枝に吊るしたのが始まりとされる。翌朝、柿が落ちた枝だけ花弁の痛みが少なかったことから、地元では「柿が枝の冬越しを教える」と言い始めたという。
この説を裏づけるとされるの内部報告書『冬木結実試験控』には、同年12月14日に「柿一個、枝上三昼夜、落下方向東偏」との記述があるが、原本の所在は長らく不明である[3]。ただし、のちの研究では、報告書の用紙が当時まだ支給されていない様式であったことが指摘されており、学界では半ば伝説として扱われている。
都市部への伝播[編集]
30年代に入ると、との造園業者がこの作法を庭木の点検法として取り入れた。とくに周辺の住宅地では、年末の植木手入れの締めとして柿落としを行う家が増え、近隣の子どもたちが「落下の瞬間を見届けると一年風邪をひかない」と信じたことで定着した。
の冬には、の若手研修会で実演が行われ、参加者82名のうち79名が「見た目よりも理屈がある」と回答したという調査結果が残る。もっとも、調査票の自由記述欄には「柿を吊るすと気が引き締まる」といった精神論が多く、技術的継承よりも年末行事化が進んだとみられる。
保存運動と制度化[編集]
、の有志によってが結成され、翌年には「柿落とし標準作法十箇条」が刊行された。これにより、柿の大きさは直径4.8〜5.2センチ、結び目は三重巻き、観察者は必ず北側から見ること、などの細目が定められた。
一方で、保存会内部では「柿の成熟度をどこまで揃えるか」をめぐり激しい議論が起こり、1987年の総会では議長が三度退席したとも伝えられる。議事録には「落下は自然現象であるが、自然に任せすぎると儀礼にならない」という一文があり、のちの研究者の間で名文として引用されている。
作法[編集]
実施は通常、の後に行われる。まず樹齢5年以上のを選び、前年に伸びた徒長枝のうち、最も花芽の多い枝を一本だけ残す。そこへ、皮に傷のない渋柿を麻縄で結び、地面からの高さを1.3メートル前後に調整する。
観察は夜明け前に行うのが正式であり、柿が枝先を一度だけ撫でるように落ちた場合は「花守り型」、真下に垂直落下した場合は「無風型」、枝に引っかかって半日以上残った場合は「留置型」と分類される。もっとも、の民俗園芸研究室が2009年に行った再現試験では、どの型でも翌春の花数に有意差は見られなかったとされ、信奉者からは「数値に出ない効用がある」と反論された[4]。
社会的影響[編集]
サザンカの柿落としは、単なる庭木の点検法を超え、年末の地域行事として広がった。とくにの一部地域では、町内会が柿落としの日に甘酒と焼き芋を配ることが慣例化し、冬の防災訓練と合流して「枝の安全確認会」と呼ばれるようになった。
また、の生活情報番組がに特集したことで、一般家庭にも広まり、番組内で紹介された「柿を二個以上吊るすと枝が迷う」という説明が強い印象を残した。放送後、全国の園芸店で麻縄の売上が前年比214%に伸びたというが、同時期に干し柿用の網袋も売れており、因果関係は不明である。
他方で、都市化により実際のサザンカを持つ家庭が減ったため、近年はと人工枝を用いた簡略版も登場している。これについて古参の保存会は「柿落としは枝と季節の折り合いを見る行事であり、鉢では折り合いが小さすぎる」と批判している。
批判と論争[編集]
最も大きな論争は、柿落としの起源をめぐるものである。静岡起源説に対し、の一部郷土史家は「実際には伊勢地方の門松文化が変形したもの」と主張しており、の地方紙紙面では三日連続で投書欄が埋まった。
また、近年では「柿を吊るすと鳥が集まり、サザンカの蕾を傷つけるのではないか」という環境保護上の懸念も示されている。これに対して保存会は、落下前に柿の表面へ柚子の搾り汁を薄く塗ることで鳥害を避けられると説明しているが、根拠は十分ではないとされる。なお、柚子を塗る工程は本来の作法にないため、伝統主義者からは「柿落としの柚子化」と揶揄されている。
文化的評価[編集]
民俗学の分野では、サザンカの柿落としは「冬の余剰物が庭の判断材料へ転化した稀有な例」と評価されることがある。以後の後継研究を自称する一部の研究者は、これを「植物と食料の境界儀礼」と位置づけ、祭礼・農法・家庭内しきたりの中間にある現象として整理した。
一方で、詩歌の世界でもしばしば題材となり、風の句会では「柿一つ 山茶花の息 ほどけけり」といった作品が佳作に選ばれたとされる。ただし、その句会の記録には参加者が17人であるにもかかわらず入選作が19句載っており、編集上の混乱が見られる。そうした不整合も含め、サザンカの柿落としは「半ば事実、半ば作法」で成り立つ行事として親しまれている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『冬木結実試験控』静岡県果樹試験場内部資料, 1928年.
- ^ 日本造園組合連合会編『庭木冬越し実務便覧』第2巻第4号, 1965年.
- ^ 高橋みのる『サザンカ栽培と落下観察法』園芸文化出版社, 1971年.
- ^ S. K. Hoshino, "Persimmon Suspension Rituals in Eastern Suburbia," Journal of Applied Folklore, Vol. 14, No. 2, pp. 41-68, 1989.
- ^ 磐田市教育委員会『磐田の冬と柿落とし』郷土資料叢書, 1992年.
- ^ Margaret A. Thornton, "The Branch and the Fruit: Seasonal Test Practices," The Horticultural Review, Vol. 22, No. 1, pp. 9-33, 2001.
- ^ 日本柿落とし協会編『柿落とし標準作法十箇条』改訂第3版, 1984年.
- ^ 山内庄平『花芽を守るための古俗と近代園芸』農山漁村文化協会, 2008年.
- ^ A. Nakamura & E. Brown, "A Study on Unstable Hanging Objects in Sasanqua Canopies," Tokyo Botanical Studies, Vol. 7, No. 3, pp. 112-129, 2016.
- ^ 『柿落としの柚子化問題』日本庭園年報 第19号, pp. 201-214, 2019年.
外部リンク
- 日本柿落とし協会
- 静岡園芸民俗アーカイブ
- 東京冬木文化研究所
- 磐田郷土史データベース
- 庭木季節儀礼センター