シェラーマ
| 名称 | シェラーマ |
|---|---|
| 別名 | ɉelağma(現地綴り)/黄金発酵塊(通称) |
| 発祥国 | ジョルダン |
| 地域 | 死海北岸の塩湖帯(バルフ県・アル=ザルカ山麓) |
| 種類 | 伝統的な発酵菓子(焼成+煮詰めの二工程) |
| 主な材料 | 蜂蜜、麦粉、塩性乳酸菌、黒胡椒、乾燥柑皮 |
| 派生料理 | シェラーマ・スライス、赤塩カラメル版、焙煎胡椒風味 |
シェラーマ(しぇらーま)は、をしたのである[1]。
概要[編集]
シェラーマは、蜂蜜を低温で発酵・煮詰め、麦粉生地に練り込んだ上で焼成した、ジョルダンの伝統菓子である。一般に「発酵の甘み」と「塩気の余韻」を両立した菓子として知られる。
現地での綴りは「ɉelağma」とされ、文字形が似ることから観光土産店では「黄金の発酵塊」とも呼ばれる。なお、発酵工程の温度管理が味の決め手とされ、家庭では「手首の脈が落ち着く温度」が目安と伝えられる[1]。
語源/名称[編集]
シェラーマという名称は、死海北岸で用いられた古い農事暦の「甘塩(あましお)期」を示す方言語から派生したとされる。語源説の一つでは、蜜の香りを「セレ」と呼び、煮詰めの火入れを「ラーマ」と言ったことに由来するという[2]。
一方で、現地綴りɉelağmaは、麦粉を混ぜる際の「練り音」を表す擬態語に由来するとする説も有力である。特に方言の摩擦音が転写で変形しやすいため、資料によって表記ゆれ(ɉelâğma、Chelāmaなど)が生じたと説明されている[3]。
歴史(時代別)[編集]
古商隊期(前2千年代末〜前千年紀)[編集]
死海北岸の塩湖帯では、蜜と粉を携行食として保存するための工夫が重ねられたとされる。ある記録では、隊商が「40日で香りが消える蜂蜜」を嫌い、代わりに「-3度相当の“眠り”」を与えた蜂蜜ペーストを用いたと書かれている[4]。
そのペーストが、後のシェラーマの煮詰め工程の原型になったと推定される。もっとも、当時の工程は菓子というより保存食に近く、焼成よりも天日乾燥が中心だったとされる。
交易都市期(8〜11世紀)[編集]
都市バルフでは、乳酸菌の“塩耐性株”が発見され、蜂蜜と混ぜると「発酵の立ち上がりが早い」ことが知られるようになった。これによりシェラーマは、年中行事の屋台菓子として普及したとされる[5]。
この時代の料理書には、焼成前に生地を「直径14.2センチの輪」に成形し、中央にくぼみを作って蜂蜜を追加する手順が記されている。ただし、当時の単位が混在している可能性が指摘されている[6]。
王都礼式期(16〜18世紀)[編集]
王都アル=ザルカ山麓の礼式では、シェラーマが「旅の誓い菓子」として位置づけられた。伝承では、旅立ちの儀式で配られるシェラーマは、割るときに蜜糸が7本に分かれるものが“吉兆”とされたという[7]。
この基準は後に娯楽化し、職人の間では蜜糸の本数を測る簡易器具(竹製の数え櫛)が流通した。一般に、細工が凝るほど香りが立つため、王侯の嗜好に合わせて胡椒の量が増えたと考えられている[8]。
近代・再編期(19〜20世紀前半)[編集]
近代には、衛生行政が整う一方で「自然発酵」の衛生リスクが問題視された。そこで、死海沿岸の研究機関が塩性乳酸菌の培養法を標準化し、家庭でも再現しやすい手順へと改変されたとされる[9]。
この結果、シェラーマは保存食から“祭事と日常の間”の菓子へと性格が変わったと説明される。現在では、当時のレシピを再現する職人が、温度計の目盛りを「肌感覚の5分遅れ」として語ることがある。
種類・分類[編集]
シェラーマは、主に仕上げの段階と香味の方向で分類される。一般に、焼成比率が高いものを「塊型」、蜂蜜を後から濡らすものを「浸し型」と呼ぶ。
塊型の代表がシェラーマ・スライスで、薄く切って乾燥気味に焼き直し、サクッとした縁を作ることを特徴とする。浸し型では赤塩カラメル版があり、煮詰め蜂蜜に微量の赤塩(鉄分を多く含むとされる)を混ぜることで、色と香りが一段濃くなるとされる[10]。
また、焙煎胡椒風味のようにスパイス側へ振った亜種も存在する。これは“誓いの儀式”に関連する系統で、胡椒の香ばしさが旅人の緊張をほどくと信じられたことに由来すると説明されている[11]。
材料[編集]
シェラーマの基本材料は、蜂蜜、麦粉、塩性乳酸菌、黒胡椒、乾燥柑皮(またはオレンジ皮)で構成される。さらに地域によって、白ごまやアーモンド微粉が加えられることがある。
蜂蜜は単に甘いものではなく、発酵に適した“粘度”が選ばれるとされ、基準として「攪拌棒から落ちるまでの秒数が9秒前後」と言及される資料がある[12]。もっとも、家庭の伝承では秒数よりも音で選ぶとされ、蜂蜜が「ポン」と鳴くものが良いとされる。
黒胡椒は焼成前に生地へ練り込み、柑皮は煮詰め工程の末尾で加えて香りを残すのが一般的である。なお、酸味の調整としてレモン汁ではなく“酸塩水”が用いられることがある。
食べ方[編集]
一般にシェラーマは、常温で食される。ひと口目は甘みが立つが、時間差で塩気と胡椒の香りが追いかけるとされる。
食べる際は、縁を先にかじり、中央の“蜜層”を後に残す方法が推奨される。理由として、中央は最も発酵が進み、香りが揮発しにくい構造になっているからだと説明される[13]。
飲み合わせとしては、ミントティーや薄い苦味のコーヒーが選ばれることが多い。なお、現地では儀式の日に限り、濃いスパイス水(カルダモン入り)と一緒に供される慣習があるとされる。
文化[編集]
シェラーマは、ジョルダンの地方祭や婚姻の前祝で供されることが多い菓子として広く親しまれている。特に死海北岸では、完成品を布で包んで運ぶため、香りが“移る”と信じられている。
また、職人のあいだでは「焦がすのではなく、溶かして冷ます」と言われ、工程の比喩が世代を超えて伝達されたとされる。これは料理を技術だけでなく語りとして保存する文化に結びついたと解釈されている[14]。
一方で、工業化が進むと甘味の均質化が進み、香りのばらつきが“個性”として見られにくくなったとの指摘もある。ただし、最近ではクラフト蜂蜜店の台頭により、元の揺らぎを取り戻す試みも進められている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ マリヤム・アル=ハキム『死海北岸の発酵菓子誌』ナジュム出版, 2012.
- ^ サーミル・ナッサル『ɉelağma綴り研究:音韻と食文化』東方語学叢書, 2016.
- ^ レイチェル・A・ウィルキンス『Palate and Patronage in Levantine Desserts』Levante Press, 2019.
- ^ イブラーヒーム・アズザマン『古商隊の携行保存食:蜂蜜と粉の保存科学』塩湖研究所紀要, 第8巻第2号, pp. 31-58, 2004.
- ^ ファフド・カリーム『塩性乳酸菌と甘塩発酵の相関』バルフ農芸技術研究報告, Vol. 12, No. 1, pp. 7-24, 1998.
- ^ シム・ハリール『単位の揺れと料理書の再解釈』王都写本学年報, 第3巻第1号, pp. 99-123, 2007.
- ^ ナディーム・ルスタム『王都礼式における旅の誓い菓子』アル=ザルカ宮廷文庫, 2011.
- ^ ジャン=クロード・ルフェーヴル『Spice, Ceremony, and Sweet Heat』Culinaire Studies Journal, Vol. 5, No. 3, pp. 141-166, 2021.
- ^ ミルナ・サイード『衛生行政と自然発酵の制度化:19世紀前半のケース』社会史レビュー, 第21巻第4号, pp. 203-236, 2009.
- ^ オマール・ハトゥーン『赤塩カラメルの色素発現機構』化学と菓子, Vol. 9, No. 2, pp. 55-73, 2013.
- ^ エマニュエル・シェナール『Pepper Aromatics in Middle Eastern Baking』International Journal of Food Culture, Vol. 14, Issue 1, pp. 1-18, 2018.
- ^ ファリス・カタリ『蜂蜜粘度の民間指標と職人伝承』死海食品学論集, 第6巻第3号, pp. 77-102, 2015.
- ^ ジョルジュ・アンドリー『Time-Delayed Salt Perception in Fermented Confections』Journal of Sensory Allegories, Vol. 2, No. 4, pp. 211-239, 2020.
外部リンク
- 死海北岸菓子博物館アーカイブ
- ɉelağma綴りデータベース
- バルフ手仕事協同組合
- 塩性乳酸菌標準培養ガイド
- アル=ザルカ礼式料理帖