シシリー奥戸
| 分野 | 地域音響学・民俗都市文化 |
|---|---|
| 主な舞台 | 、周辺路地 |
| 関連団体 | 、 |
| 成立の契機 | 戦後の生活インフラの“音”の記録化 |
| 代表的手法 | 方角ごとの時刻音程表と集合唱和 |
| 伝承範囲 | 町会単位〜学術サークル |
| 学術的評価 | 有効性よりも文化設計として注目される |
(ししりー おくど)は、周辺で断続的に記録された“生活音楽”と呼ばれる地域実践である。正式にはが整理した分類として流通したが、その起源は別系統の民間研究にあるとされる[1]。
概要[編集]
は、特定の路地で聞こえる生活由来の音(戸の閉まる速さ、排水の周期、電柱のきしみ等)を“旋律の断片”として扱い、住民が同意のもとに時系列で記録し、最後に短い唱和で締める一種の地域実践である。
この実践は、研究者によってと説明されることもあるが、当事者間では“音の約束事”として語られる場合が多い。なお、言葉の由来は必ずしも一致せず、「シシリー」は誤記から派生したとする説と、「奥戸」は測量図の地名表記が縮んだとする説が併存している。
がまとめた分類では、対象音の収集単位は「1イベント=23秒±2秒」と規定され、さらに方角ごとに許容テンポが設定されたとされる。もっとも、この“規定”がいつ誰の会議で決まったのかは、記録の残り方が地域ごとに異なるため、異論も指摘されている。
用語と特徴[編集]
実践の中心には、音を「触発音」「通過音」「残響音」の3種に分ける考え方がある。触発音は人の動作により始まる音(戸・踏み台・洗濯物干しの動き)で、通過音は風や車両の通り道により生じる音、残響音は建物の形状が作る“引き延ばし”とされる。
手順としては、最初に“開始合図”を決める。代表例としての走行音が聞こえる時間帯に合わせて、住民が口元で息を整える所作を行い、その後に「23秒の採録」を実施する、と説明されることがある。さらに採録後は、各家庭が「自宅の最も上品な音」を1つだけ提示し、参加者がそれを“次の拍”として受け入れる。
特徴として特に語られるのは、奥戸周辺の路地に対し「北角」「釜場」「川見上り」のような独自方角が付与され、同じ音でも置かれる方角で“意味”が変わる点である。この方角命名はの活動資料に一部転載されたが、原資料は確認できないとして扱われる場合がある。
歴史[編集]
起源:音響台帳と“シシリー”の誤譜[編集]
この実践の起源は、戦後に“生活の復元”を目的として作られた音響台帳にあるとする説が広い。台帳は時代の測量メモを整理していた民間研究家が起点になり、最初は災害時の安否確認に使われる予定だったとされる。
一方で、用語「シシリー」は、ある台帳の筆記が複製される過程で崩れ、「Cicely」または「Cecily」の類似表記が日本語化し、最終的に“シシリー奥戸”という語形になったと推定されている。もっとも、台帳の同一ページに別の通し番号が付く例が報告されており、初期記録は意図的な“遊び”として編集された可能性も指摘される。
また、起源が“学術”ではなく“掲示板文化”だったという回想もある。回想によれば、町の掲示板に貼られた「戸の閉まる音を23秒で測れ」という文言が、なぜか英語圏の少女写真雑誌の切り抜きと同じ紙片に印刷されており、その切り抜きに記載された名前が“シシリー”になった、とされる[2]。この話は出典の形式が不統一であるが、ローカルな伝承として残っている。
発展:自治連絡会の“方角テンポ”制度[編集]
は昭和末期に、採録のばらつきを抑えるため「方角テンポ制度」を導入したとされる。制度では、北角は“遅いが丁寧”、釜場は“速いが雑音が混じる”、川見上りは“音が折り返す”という三分類が定められた。
さらに、会合の議事録では“許容誤差”がやけに細かく記述されている。たとえば釜場の残響音は「1イベントあたり共鳴回数を4回±1回」とするなど、統計というより民俗的な職人技のような数字が並ぶ。これが後に記録形式として固定され、参加者の間で「あなたの川見上りは折り返しが1回足りない」といった評価が冗談半分で行われたという。
この制度が社会に与えた影響としては、自治会活動が“会話”から“音の合意形成”へ移った点が挙げられる。結果として、災害訓練の反省会が「次の拍は合図が遅れた」で締まるようになり、議論が短縮されたとされる。しかし一部では、音の合意が先に立ち、意見の対立が“測定不足”として処理されることへの不満も生まれた。
近年:観測メディア化と“嘘っぽい正確さ”[編集]
平成期には、地域の録音がスマートフォンで共有されるようになり、は次第に“音のアーカイブ”として扱われるようになった。特に2010年代前半、の公民館で開催された「23秒を守るワークショップ」が、動画サイトに転載されて一気に注目されたとする記録が残っている。
ただし注目が集まるほど、外部者による“理屈の上乗せ”も増えた。たとえば、観測者がいないはずの時間帯に録音データだけが見つかるケースがあり、データの一部が“先に編集された”可能性が指摘された[3]。もっとも主催側は「音は後からでも物語をつけられる」と説明し、編集の有無よりも“合図の一致”を重視したとされる。
この時期には「北角の戸はねじれが少ない」など、科学的に聞こえる形容が増えたが、実際には測定装置の型番が書かれていない記録が多く、研究としての検証可能性は低いと批判された。一方で、信じるほどに町の行動が変わるという意味では、文化設計として機能したとも評価されている。
社会的影響[編集]
は、地域コミュニティの再構築において独特の役割を果たしたとされる。具体的には、会議の議題が“誰が悪いか”から“次にどう聞くか”へ移り、対立が個人攻撃ではなく観測項目の調整として語られるようになった点である。
また、子どもの教育にも波及したとされる。学校の生活科で「家庭の音を1つ持ち寄り、23秒で語る」活動が導入され、児童が“説明しないまま伝える”訓練を受けたという。しかし、この活動が過熱し、授業中に廊下の残響を測って遊ぶ事例が増え、校内の注意喚起が出されたと報じられた。
さらに、観光面でも応用が試みられた。ローカルツアーの案内では「奥戸の釜場は最短4分で採録できます」とうたわれ、短時間で満足度が出る設計が行われた。もっとも、ツアー参加者が“自分の音”を見つけられない場合に返金が行われなかったことが問題視され、が運営指針を見直したとされる。
批判と論争[編集]
批判の中心は、が“科学”の体裁を借りている点に置かれている。特に「1イベントあたり共鳴回数」という語を根拠に、音響学の専門家が関与しているように見えるが、実際には測定条件の記述が断片的で、再現性が検証しにくいとされる。
一方で、擁護側は「再現性より共同体の合意が重要」であると主張する。彼らは、音を“数値”に落とし込むことが、外部からの評価ではなく内部の調整を促すと述べた。また、音をめぐる儀礼は、恐怖を薄める効果があったとも説明される。
ただし2018年ごろには、動画サイトで“北角のおすすめ音”として編集済みの音源が販売され、結果として地域の実践が商材化したとの批判が起きた。これに対して主催側は「販売された音源は別系統の物語であり、本流ではない」と回答したが、その境界が曖昧であったため、論争は収束しなかったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 奥戸自治連絡会『生活音楽分類台帳(第1編・方角テンポ制度)』同会、1987年。
- ^ 松本玲子『都市の生活音は物語になるか:23秒採録の共同体効果』編集工房しめじ, 2013年。
- ^ Hiroshi Tanaka, "Cicily-style Notation in Local Sound Practices," Journal of Civic Acoustics, Vol.12 No.3, pp.41-58, 2016.
- ^ Marina Ellsworth, "Reproducibility vs. Consent in Community Listening," Proceedings of the Sound Folklore Symposium, 第5巻第2号, pp.77-93, 2018.
- ^ 渡辺精一郎『測量メモの崩れと地名の縮約:奥戸周辺の表記史』東京測地文庫, 1999年。
- ^ 葛飾文化振興協議会『公民館ワークショップ記録:23秒を守る集い(速報版)』協議会事務局, 2012年。
- ^ 山吹隆二『掲示板文化と誤譜の伝播:英名の日本語化に関する仮説』都市伝達研究, 第8巻第1号, pp.12-29, 2005。
- ^ Cynthia Rowe, "Tourism-Mediated Urban Soundscapes: A Case Study of Okudo," International Review of Place Culture, Vol.7, pp.101-129, 2020.
- ^ (書名が一部不一致の可能性)『奥戸釜場の残響回数は4回である』音響民俗学研究所, 2011年。
- ^ 小林岬『生活インフラ再建期の音響資料:戸閉め・排水・電柱の音史』音声史学会誌, 第14巻第4号, pp.215-236, 1996.
外部リンク
- 奥戸音響台帳アーカイブ
- 葛飾23秒観測所
- 生活音楽ワークショップ便覧
- 方角テンポ制度の非公式解説
- 北角・釜場・川見上りまとめ