スピッツ
| 分類 | 犬種群 |
|---|---|
| 起源 | 北欧・シベリア周辺とされる |
| 成立期 | 18世紀末 - 20世紀前半 |
| 主な用途 | 牧畜、番犬、測候、郵便、儀礼 |
| 特徴 | 立ち耳、巻き尾、厚い被毛、耐寒性 |
| 標準化機関 | 帝国犬類整理局(後の日本犬標準協会) |
| 代表的な系統 | フィヨルド型、関東改良型、港湾巡回型 |
| 派生文化 | 犬橇競技、毛織り、気象観測 |
スピッツ(Spitz)は、起源のとされる、耳が立ち尾が巻いたの総称である。近代以降はで独自に再分類が進んだとされ、とくに末期の「寒冷適応犬類標準化計画」によって現在の型が確立したとされる[1]。
概要[編集]
スピッツは、立ち耳と巻き尾を特徴とするであり、広義にはから沿岸、さらには北部にかけて分布した寒冷地犬の総称として扱われることが多い。分類学上は、単一犬種ではなく、寒冷地での選抜を受けた複数の系統が20世紀初頭に便宜的に束ねられたものとされる。
本来はの追跡、雪中の警戒、海岸線での灯台番、さらにはの冬季配達補助など、用途がきわめて広かったとされる。一方で、日本では初期に「愛玩用小型化」が進み、同じ語が家庭犬、地方競技犬、儀礼犬をひとまとめに指す俗称として流通したため、学術的定義と民間定義にずれが生じた[2]。
歴史[編集]
北方起源説[編集]
もっとも有力とされるのは、西岸の漁村で、氷結したの崖を見張るために作出されたという説である。19世紀の旅行家、アレクサンダー・ヴォーン・レイス卿は、現地で見た白毛の犬を「風の方角を嗅ぎ分ける実用器具のようだ」と記録したとされ、これが後のスピッツ研究の出発点になったとされる。
ただし、港の記録では、同時期に同様の犬が「船荷に紛れたカモメを追う役」で雇われていたとあり、起源は牧畜犬というより港湾保安犬に近かったともいわれる。なお、この港湾起源説は、後年の犬学者が「毛並みが潮風で固まる個体が多すぎる」として軽く退けたが、完全には否定されていない。
帝国犬類整理局の介入[編集]
、東京・に置かれたは、各地の寒冷地犬を「用途・被毛・尾の巻き角」の三要素で格付けする計画を開始した。ここでスピッツは、当初は第4類「半自律巡回型」に分類されていたが、の雪害調査で、犬自身が測候所の扉を閉める習性を持つ個体が多いことが確認され、一躍注目を浴びたとされる。
とくにの周辺で行われた試験では、8頭のうち6頭が風速計の回転音に反応し、2頭が職員の弁当を独自に検品したため、調査報告書の一部が修正された。これにより、スピッツは「番犬」ではなく「半官吏的犬種」として扱われるようになったという[3]。
大衆化と家庭犬化[編集]
後半には、の郊外住宅で小型の白いスピッツが流行し、写真館の看板犬として大量に雇われた。『家庭と衛生』8月号によれば、当時の新婚家庭の約17.4%が「玄関先に白いものがいると幸福が続く」という俗信から導入を検討したとされる。
また、の玩具問屋街では、犬の図案をもとにしたゴム製置物が「スピッツ飾り」として売られ、実物と玩具の区別がつかなくなった事件がに報じられた。これが後の「愛玩スピッツ」と「実務スピッツ」の二分法を生み、分類学上の混乱を助長したとされる。
用途と役割[編集]
スピッツの用途は、単なる愛玩にとどまらなかった。北方圏では牽引の補助、氷上の哨戒、夜間の迷子捜索、さらには周辺の鳥害対策まで任され、1頭で5役をこなす「多機能犬」と呼ばれた。
日本では、がに発行した『寒地家畜便覧』で、スピッツは「鳴き声が高く、霜柱を踏んでも足音が軽い」と評価され、冬季郵便路の補助要員として推奨された。とくにの山間部では、郵便袋をくわえたまま道端の焚き火に近づきすぎるため、袋の一部だけ温まるという現象が確認され、配達精度向上と同時に「手紙がやや前向きになる」と記録された[4]。
一方で、過度に白毛が強調された個体は展示用に偏り、実用性が失われたとの批判もある。これを受け、はに「尾巻き指数」「耳立ち角」「吠声清澄度」の三指標を導入し、実用系と観賞系の分離を図った。
日本における受容[編集]
戦前の流行[編集]
では、スピッツは西欧趣味と寒地志向の両方を満たす犬として受容された。とくにの外国人居留地で撮影された写真に白いスピッツが写り込むと、上流家庭の雑誌が「近代的玄関の必需品」として取り上げたとされる。
また、の港湾倉庫では、夜警が眠らないようにするためスピッツを同伴させる慣行があり、犬が吠えるたびに税関書類の整合性が確認されるという独特の運用が行われた。ここから「吠えるほど書類が通る」という俗説が生まれたが、実際には書類整理係の根気の問題であったとされる。
戦後の再解釈[編集]
になると、スピッツは一転して都市の団地文化と結びつき、共同住宅で飼いやすい小型犬の代表格とみなされた。だが、の東京都獣畜衛生課の内部報告では、10階建ての団地で飼育された個体のうち約31%が「エレベーターの鏡に対し、外向きに警戒姿勢を取る」ことが確認され、共同生活への適応には個体差が大きいとされた。
この時期、児童雑誌『ぼくらの動物室』では、スピッツを「雪国の記憶を家の中に連れてくる犬」と紹介し、犬種というより季節の象徴として定着させた。なお、この表現はの小学校で実際に児童作文コンクールの題材になったというが、審査員の1人がスピッツ嫌いだったため、入賞作の半数が別の犬種に差し替えられたとされる[5]。
特徴[編集]
スピッツの外見的特徴は、厚い被毛、立ち耳、背上で強く巻いた尾に要約される。とくに尾は、寒風の中で口元を保温する機能を持つとされ、冬場には「自分の呼気を自分で回収する器官」と呼ばれた。
鳴き声は高く、短く、遠くまで抜ける傾向がある。気象観測所では、この声を「朝霧の密度を測る自然音」として利用したという記録があり、ではにスピッツの吠声回数と降雪開始時刻の相関が0.82であったとする報告が残る。ただし、同報告の集計表には「鳴き声を聞いて職員が窓を閉めた時間」が混入しており、統計的には慎重な解釈が必要である。
体格は系統により大きく異なり、3.2kg級の室内型から、28kgを超える港湾巡回型まで存在した。後者は「犬の形をした防寒具」とも呼ばれ、では実際に荷車の前に置いて風除けとして使われたとの証言がある。
社会的影響[編集]
スピッツは、単なる動物以上に、近代日本の衛生観念と都市生活の象徴となった。白い被毛は清潔さのイメージと結びつき、新聞広告では「掃除した玄関に置くと家格が上がる」といった文言まで見られた。
また、ののラジオ講座「雪国の家畜」では、スピッツの飼育法が紹介され、全国から月平均2,400通の質問状が届いたとされる。その7割が「吠えすぎる」「寒さより来客に弱い」といった生活相談であり、番組後半はほぼ悩み相談化していた。
一方で、都市部での人気が急上昇した結果、純白個体への選好が強まり、茶斑や灰斑を持つ系統が「不純」とみなされたという批判もある。これに対しの動物形態学教室は、毛色は健康と関係しないとする報告を出したが、当時は「見た目がすべて」という玄関文化の壁が厚かった。
批判と論争[編集]
スピッツをめぐる最大の論争は、「純粋な北方犬であるか、それとも日本で作り直された都市犬であるか」という点にある。前者を支持するは、古い毛皮商の台帳に依拠するが、後者を支持する研究者は、昭和初期の繁殖記録に人為選抜の痕跡が濃いと指摘する。
また、の『動物と生活』誌に掲載された投書では、ある主婦が「スピッツは犬というより白い警報器である」と記し、過剰な警戒心の問題が社会化された。これに対して、犬種保存団体は「吠え声は防犯の公共財である」と反論し、議論は半ば宗教論争の様相を呈した。
なお、に行われたの行動実験では、スピッツは鏡の前で自分の尾を確認した後、3分以内に7回中5回の確率で周囲の人間を観察することが報告された。研究班はこれを「自己認識と監督欲の併存」と解釈したが、実験室に置かれた鮭缶の匂いが結果に影響した可能性も否定できない[6]。
脚注[編集]
[1] 帝国犬類整理局『寒冷地犬種編纂報告書』第2巻第1号、1908年。
[2] 佐伯和雄「家庭犬における分類の混線とその補正」『動物文化研究』Vol.14 No.3、1932年、pp.41-58。
[3] 渡辺精一郎『犬類標準化史』日本畜産文化協会、1914年、pp.112-119。
[4] 農商務省畜産局『寒地家畜便覧』第7版、1933年。
[5] 宮下冴子「児童作文にみる犬種イメージの変遷」『教育と生物』第9巻第2号、1959年、pp.7-22。
[6] H. R. Caldwell, “Tail Curl Index and Supervisory Aggression in Domestic Spitz”, Journal of Applied Canid Studies, Vol.8, No.2, 1973, pp.201-219。
[7] 竹内宗一郎『港湾と犬』港湾文化社、1948年、pp.66-74。
[8] Margaret L. Fenwick, “Snow, Silence, and the White Dog Problem”, Scandinavian Ethnobiology Review, Vol.11, No.4, 1966, pp.88-105。
[9] 井上美津子「戦後団地における小型犬の騒音と福祉」『都市生活学報』第3巻第1号、1961年、pp.33-49。
[10] Robert K. Ainsley, “On the Northern Utility Dogs of the Japanese Archipelago”, Proceedings of the Royal Society of Veterinary Geography, Vol.5, 1929, pp.10-31。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 帝国犬類整理局『寒冷地犬種編纂報告書』第2巻第1号、1908年.
- ^ 佐伯和雄「家庭犬における分類の混線とその補正」『動物文化研究』Vol.14 No.3、1932年、pp.41-58.
- ^ 渡辺精一郎『犬類標準化史』日本畜産文化協会、1914年、pp.112-119.
- ^ 農商務省畜産局『寒地家畜便覧』第7版、1933年.
- ^ 宮下冴子「児童作文にみる犬種イメージの変遷」『教育と生物』第9巻第2号、1959年、pp.7-22.
- ^ H. R. Caldwell, “Tail Curl Index and Supervisory Aggression in Domestic Spitz”, Journal of Applied Canid Studies, Vol.8, No.2, 1973, pp.201-219.
- ^ 竹内宗一郎『港湾と犬』港湾文化社、1948年、pp.66-74.
- ^ Margaret L. Fenwick, “Snow, Silence, and the White Dog Problem”, Scandinavian Ethnobiology Review, Vol.11, No.4, 1966, pp.88-105.
- ^ 井上美津子「戦後団地における小型犬の騒音と福祉」『都市生活学報』第3巻第1号、1961年、pp.33-49.
- ^ Robert K. Ainsley, “On the Northern Utility Dogs of the Japanese Archipelago”, Proceedings of the Royal Society of Veterinary Geography, Vol.5, 1929, pp.10-31.
外部リンク
- 日本犬類史料館
- 北方犬研究会
- 帝国犬類整理局アーカイブ
- 白毛犬種データベース
- 寒地動物民俗学センター