ズンドコ岸田
| 名称 | ズンドコ岸田 |
|---|---|
| 別名 | 岸田式ズンドコ法、ZK拍、深夜ズン |
| 分野 | 放送演出、即興語法、半公的キャンペーン |
| 起源 | 1984年頃、東京都港区の深夜ラジオ現場 |
| 提唱者 | 岸田松治、田嶋玲子ら |
| 主な使用媒体 | ラジオ、駅前街頭演説、地方PR番組 |
| 特徴 | 反復句、低音強調、意味の薄い高揚感 |
| 流行期 | 1980年代後半 - 1990年代前半 |
| 影響 | 地方自治体の観光標語、深夜番組、模倣コール文化 |
ズンドコ岸田(ずんどこきしだ、英: Zundoko Kishida)は、末期の民間放送業界を中心に生まれた、低音の反復拍と政治的修辞を融合させた即興演出様式である。主にの深夜帯番組や地方で用いられ、のちに全国的な奇矯語法として知られるようになった[1]。
概要[編集]
ズンドコ岸田は、一定の拍子に合わせて語尾を強く落とし、聞き手に「何か大きなことが起きる」印象を与えるための演出技法である。形式上は民謡的な反復を含むが、実際には後半の放送現場で、時間不足と空白尺の埋め合わせから体系化されたとされる[2]。
この手法は、当初は番組進行上の苦肉の策にすぎなかったが、の前身にあたる旧系の広報指導文書に「過度に威勢がよく、なお意味が曖昧」と記されたことで逆に注目を集めた。のちに一部の地方自治体が観光イベントの煽り文句として採用し、都市型のバラエティ演出へと変質したのである。
語源[編集]
「ズンドコ」は、もともと下町の打楽器用語に由来し、の低音を模した擬音であるとされる。一方で「岸田」は、初期の実演者である岸田松治の姓から取られたもので、本人が番組中に連呼した掛け声「岸田、ズンドコ、岸田」が定着した結果だと伝えられている[3]。
ただし、別系統の説では、横浜市の臨港倉庫で使われていた荷役合図「きしだ」が転訛したともいわれる。こちらは資料の裏取りが乏しいが、地元の古老の証言が妙に具体的であり、編集者間で長年にわたり保留されている。
歴史[編集]
成立期[編集]
1984年、赤坂の小規模スタジオで、深夜情報番組『今夜も棚からズンドコ』の台本が当日差し替えとなり、岸田松治がアドリブで繰り出したのが始まりとされる。生放送の残り時間がしかなかったため、彼は原稿の空白を埋めるように「ズンドコ」「岸田」「いける」の三語のみを繰り返し、結果として視聴者から「異様に耳に残る」との反響が寄せられた[4]。
当時の番組ディレクターであった田嶋玲子は、後年の回想録で「意図した笑いではなく、局内の空気を一度でも温めるための仮設装置だった」と述べている。なお、このとき使われた卓上メーターが偶然で固定されており、低音の圧迫感を増幅させたことが流行の一因とされる。
普及期[編集]
には、との地方AM局が相次いで類似表現を採用し、商店街の福引大会や期間中の街頭演説にまで浸透した。とくにでは、若手アナウンサーが「ズンドコ岸田節」を用いた新春特番を担当し、番組内で使われた拍手SEが後に同局のジングルへ転用された[5]。
この時期、自治体の広報誌では「景気高揚のための反復的語法」として紹介されることがあり、実態以上に政策的な裏付けがあるように見せかけられていた。だが、実務担当者の多くは内容を理解しておらず、単に「とにかく勢いがある」という理由で押し通したとみられている。
制度化と衰退[編集]
、旧系の研究会が「反復型声圧表現に関する試験的分類」を行い、ズンドコ岸田を準公的な研究対象として扱ったことで、逆説的に権威が付与された。研究会報告書では、これを「聴取者の同調反応を誘発する、半音程的な社会接着剤」と記し、のちのメディア論に奇妙な影響を与えた[6]。
しかし以降、低音強調の演出が過剰であるとして一部の放送局が自粛に転じ、同時に若年層の間ではより短い「ズン岸」へと簡略化された。これにより、古典的なズンドコ岸田は儀式性を失い、地域イベントのオープニングや町内会の防災訓練で細々と生き残ることになった。
特徴[編集]
ズンドコ岸田の最大の特徴は、内容の具体性よりも音響的な反復に重きを置く点にある。通常は「ズン」「ドコ」「岸田」の三拍構成で、最後の「岸田」で語尾を急角度に落とし、聴衆の注意を一点に集める。発声者が語義を十分理解していなくても成立するため、の答弁や商店街の催しで重宝されたという。
また、手拍子を伴う場合には、右手を打ってから左手で空を切る「片返し」が推奨された。これは元来、スタジオ内でマイクスタンドを避けるための癖だったが、後に「格式を示す所作」として解釈され、講習会まで開かれた[7]。
一方で、ズンドコ岸田は誤用も多かった。語尾に「です」を付けてしまうと急に公務員的な印象が強まり、逆に笑いが薄れるため、熟練者は「岸田」の後にの無音を入れることを重視したとされる。
社会的影響[編集]
ズンドコ岸田は、単なる流行語にとどまらず、地方活性化のスローガンとしても機能した。のある温泉街では、毎年の雪まつりで「ズンドコ岸田踊り」が披露され、来場者数が前年より増えたと報告された[8]。もっとも、この増加分には近隣中学校の見学分が含まれていたため、実効性については議論がある。
また、の駅構内アナウンスに似た抑揚があるとして、鉄道ファンの間で擬似再現が流行した。とくにでは、発車メロディの直後に小声で「ズンドコ岸田」を唱える者が現れ、駅員が注意したという逸話が複数残っている。
さらに、2000年代に入るとネット掲示板で「語感だけで場を支配する技法」として再評価され、短文投稿文化の原型の一つとみなす説もある。ただし、この説は後世のこじつけである可能性が高い。
批判と論争[編集]
批判の多くは、ズンドコ岸田が「意味の薄い高揚」を量産する点に向けられた。教育関係者の一部は、子どもが意味内容を伴わない掛け声を模倣しやすくなるとして警戒を示し、の内部会議では「朝礼での使用は控えるべき」との非公式見解が示されたとされる[9]。
一方で、文化研究の側からは、反復と共同体感覚を結びつける日本的な身体技法として再評価する動きもあった。とりわけの研究会が発表した「ズンドコ岸田の儀礼化に関する予備的考察」は、題名の時点でかなり挑発的であったにもかかわらず、引用数だけは異様に伸びた。
なお、岸田松治本人は晩年、「あれは音の棚卸しみたいなものだった」と語ったが、インタビューの前後で発言が毎回少しずつ変わっており、どこまでが真意かは判然としない。
代表的な用例[編集]
放送史研究では、ズンドコ岸田の用例として以下のような場面が挙げられる。
1. 新装開店のテープカット直前に、司会者が「それでは、ズンドコ岸田でまいります」と宣言する例。 2. 地方競輪場の場内放送で、出走表の読み上げ後に低音で「岸田」と添える例。 3. 町内会の防災訓練において、消火器の使い方説明を過度に盛り上げる例。 4. 深夜番組のエンディングで、提供読みが足りないときに間を埋める例。
特にの『全国商店街活性化シンポジウム』では、冒頭挨拶を担当した名誉顧問が原稿を半分失念し、残りを全て「ズンドコ岸田」で押し切った結果、会場の拍手が以上続いたという。これは記録映像が残っているとされるが、いずれも音声が極端に割れており、検証は難しい。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 岸田松治『深夜帯における反復拍の実践』日本放送文化協会, 1991年, pp. 44-67.
- ^ 田嶋玲子『空白尺を埋める技法: ズンドコ岸田の現場』青灯社, 1994年, pp. 18-29.
- ^ 佐伯和彦「地方AM局における即興語法の拡散」『放送文化研究』Vol. 12, No. 3, 1996, pp. 201-219.
- ^ Martha E. Holloway, “Low-Frequency Repetition and Civic Cheer,” Journal of Media Rituals, Vol. 8, No. 1, 2001, pp. 55-73.
- ^ 高橋順一『反復と高揚の民俗誌』みずうみ書房, 1999年, pp. 102-141.
- ^ 文化庁文化研究会編『反復型声圧表現に関する試験報告書』文化庁内資料, 1993年, pp. 7-16.
- ^ Emily R. Carter, “The ZK Pulse: A Semi-Public Chant Form in Postwar Japan,” Asian Folklore Quarterly, Vol. 15, No. 4, 2004, pp. 88-110.
- ^ 中村久代「商店街イベントにおける掛け声の経済効果」『地域振興ジャーナル』第7巻第2号, 1998年, pp. 33-49.
- ^ 岸田松治・田嶋玲子『岸田式ズンドコ法入門』港北出版, 1992年, pp. 5-61.
- ^ Robert J. Klein, “On the Silence of Kishida: A Timing Study,” Proceedings of the Institute of Acoustic Sociology, Vol. 3, 2002, pp. 12-24.
外部リンク
- ズンドコ岸田研究会
- 放送語法アーカイブ
- 地方演出資料室
- 深夜ラジオ用語博物館
- 岸田松治記念音声資料館