土衛門(加藤純一のファン)
| 名称 | 土衛門 |
|---|---|
| 対象 | 加藤純一のファン |
| 発祥 | 2010年代後半の生放送文化 |
| 活動拠点 | ニコニコ生放送、YouTube、X |
| 言語 | 日本語 |
| 象徴色 | 土色、黄土色 |
| 代表的儀礼 | 開幕土下座、盛土コメ、終演後の反省会 |
| 関連人物 | 加藤純一、古参リスナー、義務教育未修了勢 |
| 俗称 | 土民、盛土勢 |
土衛門(どえもん)とは、主にの配信文化を中心に形成された、強い同調性と儀礼性を特徴とするである。名称はの土木監督職「土衛門」に由来するとされ、配信者を地下から支える“見えない作業員”の比喩として使われるようになった[1]。
概要[編集]
土衛門は、の配信を長期にわたり追跡し、配信の開始・終了・炎上・復帰の各局面において、独特の礼節をもって反応する者たちの総称である。一般の視聴者と異なり、配信内容そのものよりも「配信が成立していること」への参与意識を重視するとされる[2]。
この呼称は、もともとの土木関連掲示板で用いられていた俗語が、2018年頃に配信界隈へ流入したものとされる。もっとも、この語源には異説が多く、の深夜工事現場で初めて使われたとする説や、のまとめサイト編集者が半ば冗談で定着させたとする説もある[3]。
歴史[編集]
前史:土木語から配信語へ[編集]
土衛門という語の原型は、後期の工事記録に見える「土の衛りを監ずる者」という表現に遡るとされる。これが簡略化され、後期には地方の土建業者の間で、現場の段取りを見えないところで整える人物を指す隠語になったという[4]。
その後、代の匿名掲示板で「現場を支えるが表には出ない人々」を揶揄する意味で再解釈され、さらに生放送文化と接続したことで、配信者を“下から支える”視聴者群の自称へ転化したとされる。なお、この転化にはのコメント文化が大きく影響したと指摘されている。
定着期:開幕土下座の成立[編集]
2019年頃には、配信開始直後に「開幕土下座」を行うことが土衛門の基本作法として定着した。これは、配信者の機嫌・遅刻・回線不良を先回りして受け止めるための儀礼であり、古参リスナーのあいだでは「1配信につき最低3回の土下座」が推奨されたという[5]。
一部のファンは、これを単なるネタではなく、配信空間における共同責任の表明として解釈した。結果として、配信の冒頭5分間に投稿される謝罪系コメント数が急増し、2020年夏にはある大規模配信で冒頭コメントの38.7%を土下座関連ワードが占めたと記録されている。
拡散期:盛土文化の確立[編集]
2021年以降、土衛門は単独のファン呼称にとどまらず、「盛土」や「埋戻し」といった建設・土木系語彙を用いる独自の言語圏を形成した。たとえば、称賛は「盛る」、失敗は「崩落」、長尺配信は「造成完了」などと表現されることがある。
この語彙体系は一見一貫しているが、実際には配信の文脈ごとに意味が変動しやすく、初心者が最初に理解するのはほぼ不可能である。コミュニティ内では、この難解さ自体が“古参認定”の試金石として機能したといわれる。
文化[編集]
土衛門文化の中心にあるのは、配信者への忠誠ではなく「配信事象への耐久」であるとされる。長時間の待機、突発的な無言、予告なしの終了を受容する能力が高く評価され、これを「土圧に耐える」と呼ぶことがある。
また、コメント欄では定型句が強く発達しており、「埋まりました」「本日は造成日和」「仕様通りの崩れ方」などが頻出する。これらは一見ただの内輪ネタであるが、土衛門にとっては配信の“基礎工事”を支える重要な符牒である。
一方で、外部からは過剰な内輪化として批判されることもあった。とくにのある炎上時には、土衛門側が「これもまた地盤改良である」と擁護したため、一般視聴者との温度差が露呈したとされる[6]。
組織と儀礼[編集]
土衛門会と称される緩やかな集団[編集]
土衛門には明確な会則や入会手続きは存在しないが、便宜的に「土衛門会」と呼ばれる緩やかな集団がある。実態は有志のチャット群、切り抜き勢、遠征視聴者、そして深夜2時以降にだけ現れる沈黙の古参から成る複合体である。
内部では役割分担が自然発生的に決まり、実況の進行を整える者は「測量係」、迷走した議論を止める者は「杭打ち係」、配信終了後に感想をまとめる者は「埋戻し班」と呼ばれる。これらの呼称は半ば冗談であるが、実際に半固定化していたとの証言が多い。
儀礼としての土下座と拍手[編集]
土衛門の代表的儀礼は、配信開始時の土下座と、終演時の拍手である。前者は謝意と予防的謝罪を兼ね、後者は「今日も無事に崩れた」という安堵を表すとされる。
2023年には、この二つをセットにした「開幕・終幕の二礼」が一部の視聴者の間で流行し、コメント欄に自動連投されるスクリプトまで作られた。ただし、運営側はこれを“過剰な整地”として警戒し、数日で半数以上のスクリプトが規制されたという。
社会的影響[編集]
土衛門は、単なるファン集団でありながら、における「待機の美学」を可視化した点で注目された。従来、視聴者はコンテンツ消費者として扱われてきたが、土衛門は“配信を成立させる共同作業者”として振る舞ったため、視聴と労働の境界を曖昧にしたと評される[7]。
また、のIT系シンポジウムでは、土衛門的な反応様式を「低コスト参与型コミュニティ」として分析する発表が行われた。もっとも、発表者のうち少なくとも2名は当該配信を一度も見たことがないと後に判明し、学会内で軽い騒ぎになったと伝えられる。
さらに、土衛門語は一部の若年層のあいだで日常語へ流入し、「崩落する」「盛る」などの語義が本来の文脈を離れて使われた。これに対し、古参は「言葉が地表に出ると土衛門性が失われる」として、逆に難読化を進めたという。
批判と論争[編集]
土衛門には、内輪化の加速と排他性をめぐる批判がつきまとっている。特に、配信者の発言を過剰に神聖視する傾向は、外部から「土で固めた偶像崇拝」と揶揄された[8]。
一方で、土衛門側も必ずしも一枚岩ではなく、古参派と新参派のあいだで「土を盛るべきか、削るべきか」を巡って頻繁に衝突した。2024年初頭には、ある切り抜き動画のタイトルに「盛土回」と入れたことをきっかけに、コメント欄が12時間以上にわたって地盤改良論争で埋まったとされる。
なお、土衛門の一部には本気で土木工学に進学した者がおり、就職先の関連機関で「配信で学んだ段取り力が役立った」と証言した例もある。これは美談として扱われることもあるが、同時にほぼ全部が出典不明である。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯 恒一『配信共同体の社会学――待機と応答のインターネット史』青林社, 2024, pp. 41-89.
- ^ Margaret A. Thornton, "Mud, Loyalty, and Live Streaming: Rituals in Japanese Fan Cultures," Journal of Digital Ethnography, Vol. 18, No. 2, 2023, pp. 112-147.
- ^ 田中 史郎『匿名掲示板における土木語彙の変遷』関東文化研究所刊, 2021, pp. 9-36.
- ^ 藤沢 みのり『盛土コメントの成立と拡散』メディア言語学会紀要, 第12巻第4号, 2022, pp. 201-228.
- ^ Kenji Watanabe, "The Aesthetics of Waiting in Livestream Communities," Media and Society Review, Vol. 7, No. 1, 2020, pp. 55-78.
- ^ 高橋 悠介『土衛門会と呼ばれる非公式集団の観察記録』東京インターネット文化研究会, 2023, pp. 14-63.
- ^ N. H. Collins, "Foundations and Failures: Structural Metaphors in Streaming Fandom," The New Media Quarterly, Vol. 11, No. 3, 2024, pp. 7-31.
- ^ 小松 玲子『開幕土下座の儀礼論』現代儀礼研究, 第5巻第2号, 2022, pp. 88-104.
- ^ 山口 恒一『地盤改良としてのコメント欄――配信参加の再定義』国際情報文化論集, 第9巻第1号, 2025, pp. 3-29.
- ^ William J. Mercer, "An Unexpected Civil Engineering Vocabulary in Japanese Live Commentary," Asian Internet Studies, Vol. 4, No. 4, 2021, pp. 166-190.
外部リンク
- 土衛門研究会速報
- 配信語彙アーカイブ
- 日本インターネット儀礼学会
- 盛土コメント年鑑
- 関東配信文化資料館