ソードワールド
| 分野 | 卓上ロールプレイング(架空体系) |
|---|---|
| 成立の契機 | 戦略教育用シミュレーターの転用 |
| 中心概念 | 戦闘手順の物語化(剣術ログ) |
| 主要な運営単位 | 判定会議(ダイス評議会) |
| 初期の普及地域 | の同人サークル圏 |
| 代表的な資料形式 | 職能カード+世界年代表 |
| 論点 | 技能の数値化と物語の自由度 |
ソードワールド(英: Sword World)は、ファンタジー領域の「剣と冒険」を運用計算に落とし込むための体系として知られている。参加者の技能表と物語設計が相互に干渉する点が特徴とされ、特にで普及したと説明される[1]。
概要[編集]
は、冒険譚を「戦闘の連鎖」として扱い、参加者が行為選択を行うたびに即時に結果へ変換することを目的とした体系であると説明される。体系上の中心はと呼ばれる手順であり、行動→判定→余韻(物語上の後作用)をセットで記録する点に特徴がある。
この体系は、単なる物語遊びではなく、世界設定を支える「年代表」と、キャラクターの行動を縛る「職能カード」によって成立しているとされる。なお、初期資料では「自由とは、数表の間に生まれる」といった定型句が頻出し、後年の編集者がその文言を根拠に「ソードワールド思想」と称したとされるが、その評価は一様ではない[2]。
また、普及期には、判定会議(ダイス評議会)が半官半民の形式を取り、内で月間開催回数が推計で約48回(1991年当時)に達したとする記述もある。ただし、この回数は当時の会場札の写真から復元された推定値とされ、資料批判が付いて回った[3]。
概要[編集]
一覧のように見えるが、実際には複数の流派が折り畳まれて現在の呼称になったと考えられている。特に「手順の厳密さ」を重視する流派と、「余韻(物語的な後作用)」を主役にする流派の対立が早期から指摘されている。
選定基準としての「剣」は象徴であるとされ、実際のルールでは刃物以外の道具(鎌・鉤・格闘補助具)も同一分類に収められる場合があったと報告されている。つまり、タイトルに反して剣に限定されない運用が、初期の教育現場ではむしろ推奨されたとされる[4]。
掲載範囲の考え方としては、世界年代表が「暦の単位を戦闘の刻みに同期させる」設計になっており、例として一日の進行が12刻(1刻=7分30秒とする説)に再定義されたと記録されている。もっとも、秒まで合わせる必要があったのかは後に疑問視され、判定会議における議論の種になったともされる[5]。
歴史[編集]
起源:教育用「刃の計算機」計画[編集]
ソードワールドの起源は、後半に文部行政系の助成で行われた「刃の計算機」計画に求められると語られる。この計画は、戦史ではなく論理の学習を目的に、攻撃→回避→損耗を確率表に落とし込む教材として設計されたとされる。
当時の中心人物として、教育工学者のが名指しされることが多い。渡辺は、教材を紙上だけで終わらせず、対面の判定会議によって「手順の社会性」を学ばせるべきだと主張したとされる。さらに、教材の語感を整えるために「剣がわかると世界がわかる」というスローガンが作られたという伝承がある。
ただし、細部には架空の数値も混ざる。たとえば試験導入のクラスでは、月曜から金曜の授業を「剣術ログの週次テンプレート」に置換し、家庭学習の提出率が76.4%に達したとされる(小数点第1位まで書かれている)。一方で、同じ資料には「提出率は教師の自己申告である」と注記されており、当時から統計が完全ではなかったとされる[6]。
発展:ダイス評議会と同人編集の連鎖[編集]
教材はやがて民間に流れ、台東区の小規模会合を起点に、ダイス評議会(判定会議)が「会話の手触り」を持つ運営として定着したとされる。ここで重要なのが、判定が単なる結果ではなく、次の発言の条件になる点である。
関わった人々には、編集屋のや、会場運営のが挙げられている。再販委員会は、配布用カードの印刷ロットを「第3版 13,750枚」「第3版増刷 2,416枚」といった単位で管理していたとされ、数字のリアリティが当時の信頼につながったとされる[7]。
社会的影響としては、学校外の学習コミュニティが「世界年代表」によって継続運営され、参加者の間で時間感覚が共有されるようになった点がある。実際に、1990年ごろからの貸会議室で「ソードワールド年表講習」が開催され、席数が当初は41席だったのが、半年後に64席へ増えたという記録がある。ただし、増席の理由が「机の脚が折れたから」という、やや不真面目な記述として伝わっている[8]。
転換点:数値化の是非と“余韻税”騒動[編集]
1990年代前半、体系の改訂に伴い「余韻」の扱いが争点化した。余韻税とは、物語の後作用を強化する代わりに、行動コストを上乗せする仕組みを指す用語である。導入案では「余韻を1段階上げるごとに、次ターンの自由宣言を0.8回分削る」とされ、妙に具体的だったため現場で混乱が起きたと報じられる。
この騒動は、(仮名として扱われる資料もある)で開かれた公開討議へ波及したとされる。反対派は、自由宣言の回数が「会話の燃料」として働くため、削りすぎると物語が死ぬと主張した。一方で賛成派は、余韻税があるからこそ「勝敗ではなく余白が生まれる」と説明したとされる。
その結果、改訂版では余韻税が一時的に撤回されたが、撤回の代替として「余韻ポイントの代行申告」(自己申告で事後修正可)が導入された。ところがこの代行申告が、後に“なぜか儀礼化する”現象を引き起こし、余韻税は形を変えたまま再燃したとする指摘もある[9]。
批判と論争[編集]
批判の中心は、ソードワールドが「戦闘を物語に翻訳する」仕組みであるにもかかわらず、翻訳の側(数値化手順)が強すぎるという点である。とくに、初期の編集者は「ルールが先にあるから物語が生まれる」と書いたが、後年には「物語がルールに従属してしまう」とする声が出た。
また、判定会議(ダイス評議会)の形式が、参加者の発言を順番で縛るため、場の空気が固定化するとの指摘もある。いわゆる“黙りの階層”と呼ばれる現象が起きたとされ、沈黙が多い順に余韻ポイントが自然増加するという噂まで出回った(ただし裏取りはされていない)。この噂は編集部のFAQに「原則として沈黙を評価しない」と書かれたが、逆にそれが嘘のように見えて炎上した[10]。
一方で擁護も存在する。擁護側は、余韻の設計がむしろ会話の多様性を生むと主張し、余韻税撤回後の参加継続率が「3か月で平均22.1%上昇した」という内部集計が引用されたとされる。ただし、この内部集計は、集計担当が「席替えのくじを兼ねていた」と記すメモが残っており、統計の健全性に疑義が出た[11]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「刃の計算機教材の社会実装—剣と論理の接続手順」『教育工学研究』第12巻第3号, pp. 41-59, 1979.
- ^ 佐倉マリ子「ソードワールドにおける余韻の編集方針(試案)」『物語設計学会誌』Vol.7 No.2, pp. 101-118, 1992.
- ^ Margaret A. Thornton「Sword-Procedure Translation in Tabletop Systems」『Journal of Narrative Gaming』Vol.14 No.1, pp. 1-21, 1996.
- ^ 田中慎二「判定会議の会話力学—順番が創る発話の階層」『コミュニケーション数理』第8巻第4号, pp. 233-252, 1994.
- ^ Nadine K. Weiss「Aftereffects Taxation and Player Agency」『Proceedings of the Workshop on Ludic Governance』pp. 77-93, 2001.
- ^ 秋葉原駅前再販委員会『カード印刷ロット管理報告書(第3版以降)』非売品, 1990.
- ^ 【要出典】「一刻=7分30秒説の検証」『時間単位遊戯論』第2巻第1号, pp. 12-18, 1995.
- ^ 消費者文化研究所「余韻ポイント代行申告に関する公開討議記録」『社会調査速報』第31号, pp. 5-34, 1993.
- ^ 佐藤ルイ「黙りの階層と暗黙の評価—ソードワールド現場報告」『場の研究』Vol.3 No.6, pp. 501-530, 1998.
- ^ 編集部「改訂版ソードワールドFAQ—沈黙評価の否定について」『ソードワールド通信』第0巻第0号, pp. 1-2, 1992.
外部リンク
- 剣術ログアーカイブ
- ダイス評議会資料室
- 世界年代表編集協同組合
- 余韻税論点整理サイト
- 刃の計算機レガシー