ナボナ
| 名称 | ナボナ |
|---|---|
| 別名 | ナボナ・リング、香草砂糖焼(こうそうさとうやき) |
| 発祥国 | イタリア |
| 地域 | リグーリア地方沿岸の港町群 |
| 種類 | 焼き菓子(糖衣)/菓子パンの中間品 |
| 主な材料 | 小麦粉、蜂蜜、卵白、柑橘果皮、香草粉 |
| 派生料理 | ナボネッタ、ナボナ・ビス、冬季版“黒胡椒香草雪” |
ナボナ(なぼな)は、をしたのである[1]。
概要[編集]
ナボナは、糖衣を纏わせた薄焼きの菓子として広く知られている。表面は白く乾いた光沢を持つが、内部は軽く気泡が多い食感に調整されることが一般に多い。
港町の菓子職人の間では、ナボナが「航海の余り粉から生まれた縮約菓子」であると語られることが多い。実際、香草粉の量は季節ごとに微妙に配合を変える必要があるとされ、食べる側にも“季節当て”の遊びが根づいているとされる[1]。
語源/名称[編集]
ナボナという名称は、リグーリア沿岸で使われた方言の「ナ(nà)=航路上」「ボナ(bona)=良い」「ナボ(nabo)=船腹の隔壁」を組み合わせたものに由来するとされる[2]。もっとも、近世以降に書き起こされた料理手引きでは「単に焼き型が“舟形(ふながた)”であったため」と説明される場合もある。
また、蜂蜜を薄く塗ってから焼く工程が多いため、「蜜の“渦(うず)”ができる音」を語源とする俗説も存在する。港の見習い職人が、オーブンの扉を閉めた瞬間に出る金属音を「な、ぼな」とまねたことから定着したという話は、噂としては妙に具体的である[3]。
なお、同名の菓子が別地域でも見られるため、分類上は「糖衣の薄焼きタイプ」と「厚焼きタイプ」に一度分けるのが慣例とされている。
歴史(時代別)[編集]
前史(16世紀〜17世紀)[編集]
ナボナの原型とされるものは、航海食の改良として現れたと説明されることが多い。粉と蜂蜜を混ぜ、温度変化に強い“乾きやすい焼き層”を作る技法が、船倉の湿気対策として求められたのである。
リグーリア地方の記録では、香草粉の調合は「1バッチあたり乾燥粉末0.73オンス(約20.7g)」が目安とされていたと報告される[4]。この数字は港町で“験(げん)の値”として覚えられ、職人の見習いが最初に暗記させられた量だと伝えられている。
成立期(18世紀)[編集]
18世紀に入ると、ナボナは港の市場で「試食一枚で航路を占う菓子」として販売されたとされる。折り畳み紙に包まれ、食べたときに舌へ残る香りが強いほど、その年の漁獲が良いと信じられたのである。
この時期、職人ギルドであるが「糖衣の結晶を一定の粒径に揃える」規約を制定し、ナボナの表面が“白く均一”であることが評価されるようになったといわれる[5]。もっとも同組合の記録は断片的であり、実際の規約文が現在まで確認できたのは「第14条の抜粋のみ」とされる点が、研究者の悩みになっている[6]。
近代(19世紀〜20世紀前半)[編集]
19世紀後半、鉄道が港へ伸びると、ナボナは輸送性に適した菓子として普及した。現在では「焼成後72時間で最も香草が立つ」と説明されることが多いが、これは当時の倉庫温度が一定ではなかったため、経験則を補正してまとめた数値だとされる[7]。
一方で、香草粉の仕入れが不安定になると、製法が揺らぎ、代替香草が混ぜられたナボナが流通した。これに対しは、卵白の泡立て時間が「最低8分、最高12分」を超えると口溶けが変わるとして改善勧告を出したと記録される[8]。
戦後以降(20世紀後半〜現代)[編集]
戦後は、家庭向けの簡易キットが登場し、ナボナが“型抜きおやつ”として家庭に入った。家庭用キットの普及により、焼き時間は「扉を開けない前提で140秒」という指示が一般化したとされる[9]。
現在では観光土産としても流通し、同時に“香りの季節性”が評価される傾向にある。また、特定の香草が入手困難な年には、柑橘果皮を増やすことで近い印象を作る調整法が共有されている。
種類・分類[編集]
ナボナは、主として糖衣の厚みと香草粉の粒感で分類される。一般に「薄糖衣ナボナ」は軽やかな食感を特徴とし、「厚糖衣ナボナ」は噛むときの抵抗が増すとされる。
また、同じ焼き型でも呼称が変わる。舟形の型で作るものはナボナ・リングと呼ばれ、これは円環が断面の気泡を均一にするためであると説明される[10]。一方、長楕円型のものは“香草砂糖焼”の名で出回ることが多く、中央に凹みを作ることで糖衣が割れずに均一に分散するとされる。
派生的には、焼成後に軽く湯気を当てて香りを戻す作法を加えたナボネッタがあり、これは「冷えた香りの回復菓子」として旅館の朝食に採用される例がある。
材料[編集]
ナボナの配合は地域差があるが、基本的には、蜂蜜、卵白、柑橘果皮、香草粉が用いられるとされる。特に香草粉は、乾燥させた葉を微粉砕し、ふるい分けしてから寝かせる工程が多いといわれる。
1バッチあたりの目安として、卵白は卵1個分ではなく「卵白の比重が1.034〜1.038になるまで調整」すると記述される資料がある。こうした数値が出てくるのは、当時の港が湿度差の大きい気候に挟まれていたため、仕上がりを安定させる必要があったからだと推定される[11]。
また、蜂蜜は単一品ではなく、熟成度の異なるものを混ぜる“はぎ合わせ”が行われることがある。これにより糖衣が表面で割れにくくなるとされる。
食べ方[編集]
ナボナは一般に、常温で食べると香草の立ち方が良いとされる。冷たいまま口に入れると糖衣が硬く感じられるため、配布用の紙袋には「食べる前に2分手で温める」注意書きが入っていることもある[12]。
また、食べ方には作法がある。まず先に糖衣が溶けた甘さを舌先で受け、次に中央を噛んで内部の気泡を潰す。最後に柑橘果皮の香りを鼻に抜くように吸うと、後味が“潮の匂いに似る”と表現されることがある。
なお、観光地では“食べ比べ用の半分サイズ”が販売されるが、これは同じ日の焼成でも香りの濃度が微妙に違うためである。
文化[編集]
ナボナは港町の季節行事と結びつく場合が多い。特にリグーリア地方の一部では、秋の収穫祭の前夜に「白い菓子を分けると翌朝の天気が整う」という迷信があり、ナボナがその役目を担ってきたとされる。
社会的には、職人ギルドがナボナの味を地域の信用として扱い、遠方からの商人が来たときの“味の証明”に使ったとも説明される。実際、が「取引前にナボナの香りを検品する」慣行を持っていた、という回想録が存在するとされるが、当該回想録の原本は所在不明である[13]。
一方で批判もあり、香草粉の調達が特定農家へ偏ることで、地域外の供給が難しくなる問題が指摘されている。とはいえ、現代では代替香草の配合手順が公開され、家庭でも再現できるようになっているとされる[14]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ルイジ・パッサロ『港町の糖衣菓子学:ナボナを中心に』リグーリア学術出版, 1998.
- ^ マルチェッロ・ベッロ『甘味結晶と焼成時間の相関』第12巻第3号, 香草食品研究会誌, 2007.
- ^ Giulia R. Ferranti, “Etymology of Coastal Sugar Pastries,” Vol. 5, pp. 44-62, Journal of Mediterranean Snack History, 2011.
- ^ Carlo DeLuca『見習い職人の計量帳:卵白比重の実務』ミラノ衛生菓子検査局出版局, 1932.
- ^ 【ジェノヴァ菓子同業組合】編『糖衣規約集(第14条抜粋を含む)』ジェノヴァ商工文庫, 1766.
- ^ A. N. Petrucci, “On the Missing Clauses of Guild Baking Standards,” Vol. 18, pp. 101-119, Archivio Gastronomico, 1984.
- ^ ソフィア・ヴェント『輸送性からみた焼き菓子の香り回復』航路菓子工学叢書, 2019.
- ^ エマヌエル・ロッシ『衛生菓子検査の記録と“8分泡立て”問題』ミラノ, 1956.
- ^ Marcel D. Harrow, “Oven Door Duration and Surface Crystallization in Sugar Coatings,” Vol. 2, No. 1, pp. 7-21, International Culinary Engineering Review, 1969.
- ^ 佐伯晴人『港町観光と香りの季節性:再現可能性の統計』第3巻第2号, 食文化調査年報, 2022.
外部リンク
- 地中海菓子観測所
- リグーリア香草粉データベース
- 航路菓子アーカイブ
- 糖衣結晶研究フォーラム
- 家庭用ナボナ再現キット指南