ニコちゃん
| 名称 | ニコちゃん |
|---|---|
| 読み | にこちゃん |
| 分類 | 対人摩擦緩和図像 |
| 成立 | 1978年頃 |
| 発祥地 | 神奈川県横浜市 |
| 提唱者 | 田代 恒一郎 |
| 標準化機関 | 対人記号整理委員会 |
| 主用途 | 感情提示、店頭表示、交渉補助 |
| 関連規格 | NKS-79 |
ニコちゃんは、で広く用いられる円形の微笑図像、ならびにそれを中心とする感情表示技術の総称である。にで試作された「対人摩擦緩和記号」を起源とし、のちに系の標準化会議を経て普及したとされる[1]。
概要[編集]
ニコちゃんは、笑顔を単純化した円形の図像を指す語であるが、単なる表情記号ではなく、相手に「敵意がない」ことを遠回しに通知する社会技術として扱われてきた。後半の周辺では、外国船員との応対や繁忙期の接客において、言語を介さずに態度を柔らげる記号として重宝されたとされる[1]。
当初はの伝票端や、工場の安全掲示に手書きで描かれる程度であったが、の「第3回対人記号整理会議」で記号の中心点を右に0.7ミリずらす案が採択され、これがのちの量産版ニコちゃんの標準となった。なお、この0.7ミリの偏心は「親しみが増す」と説明されたが、実際には印刷機の補正失敗を正当化したものとの指摘がある。
歴史[編集]
発祥と初期の普及[編集]
起源は夏、の輸入雑貨店「マリン・サイド書房」で、店主の田代 恒一郎が売上伝票の返品欄に描いた小さな顔文字であるとされる。田代は、値引き交渉で不満を示す客に対し、説明文の末尾へ丸い顔を添えることで「文面の圧」を下げる効果を観察し、これをの知人へ持ち込んだ[2]。
にはが「簡易親和表示実験」を実施し、21店舗・延べ1,460件の応対記録から、ニコちゃん併記の伝票は再来店率が8.4%上昇したと報告した。もっとも、この調査は対象店舗の半数以上が田代の親族経営であったため、学術的には慎重に扱われるべきである。
標準化と行政導入[編集]
、文化局の内部会合において、児童向け配布物の「感情過密」を緩和するため、ニコちゃんを黒一色・直径12ミリ・口角24度で統一する案が示された。これにより、学校便り、給食献立、反省文の余白などへ急速に拡大したとされる。内の公立小学校では、ニコちゃんの数が多い月ほど保健室来室率が低下したという統計もあるが、因果関係は不明である[3]。
一方で、自治体による導入は一様ではなく、では「親しみを装った圧力」として反発が起きた。これを受け、の「日本対人表示会議」では、無理に笑わせる用途を避けるため、ニコちゃんの口角を下向き2度まで許容する補助規格が設けられた。これは後年の「ほほえみ不足問題」の先駆けとされている。
産業化と大衆化[編集]
頃から、文具メーカー各社がニコちゃん入りのノート、消しゴム、スケジュール帳を発売し、年間出荷数は推計で約2,300万点に達した。特にの工場で製造された「泣き顔つきニコちゃん定規」は、卒業記念品として異例の人気を得たが、同時に「笑顔と測定は分けるべきである」とする教育委員会の通達を呼んだ[4]。
には携帯端末の初期絵文字に吸収され、ニコちゃんは実務的図像から感情コードへと変質した。この時期、の試験研究部門が作成した「感情送受信のための最小図形」では、ニコちゃんの輪郭が受信者の年齢で微妙に変わることが確認され、10代は頬を厚く、50代以上は輪郭線を細く表示する仕様が提案された。もっとも、この年齢別最適化は実装されなかった。
特徴[編集]
ニコちゃんの特徴は、構成要素が少ないにもかかわらず、受け手に与える印象が大きく変動する点にある。円、二つの点、一本の曲線という最小構成でありながら、線幅、傾き、配置の差によって「安心」「軽薄」「営業スマイル」など複数の解釈が生じる。
また、ニコちゃんは描き手の社会的立場を可視化する装置でもあった。上司が部下へ描く場合は命令を和らげる符号、同僚同士では連帯の印、顧客向けでは謝罪の緩衝材として機能したとされる。なお、にの文化記号研究室が行った実験では、同一のニコちゃんでも「右手書き」「左手書き」で謝罪度が約13%変化したという結果が得られているが、再現性は低い。
社会的影響[編集]
ニコちゃんは、末期から初期にかけて、日本の対人関係における「直接言わない文化」を補助した記号として評価された。役所の窓口、商店の値札、病院の投薬説明書などに小さく印字されることで、書類の冷たさを緩和する効果があると信じられていた。
一方で、ニコちゃんの過剰使用は「気持ちの押し売り」とも呼ばれ、の投書欄には「ニコちゃんが多い職場ほど本音が減る」とする苦情が掲載された。これに対し、は「本音の減少は暴力の減少でもある」と反論し、議論は半年ほど続いた。結果として、公共文書におけるニコちゃんは「1ページにつき3個まで」という半ば慣例化した目安が生まれた。
批判と論争[編集]
ニコちゃんをめぐる批判は、主として「意味の軽量化」と「感情の規格化」に向けられた。の社会設計研究会は、ニコちゃんが使われるほど文章の責任が曖昧になると指摘し、特に謝罪文への使用は「謝罪の装飾化」にあたるとした[5]。
また、にはの内部資料において、病院の待合表示に過度なニコちゃんを用いた結果、重篤患者が案内板を「歓迎表示」と誤認した事例が報告された。これを受けて、医療機関では「安心と軽さを混同しない」ためのガイドラインが整備されたが、実効性についてはなお議論がある。
なお、ニコちゃんの著作権帰属をめぐる争いも存在した。田代 恒一郎の遺族、の印刷会社、そしてのステッカー業者がそれぞれ原初性を主張し、の和解では「円と点と曲線の組合せは公知の領域に属する」とする珍しい文言が確認された。
代表的な派生形[編集]
青ニコちゃん[編集]
青ニコちゃんは、冷静さや事務的同意を示すために用いられた派生形である。後半、の金融機関が誤送信防止の社内ラベルとして採用し、以後「承知しましたが、あまり喜んではいません」の意味を担うようになった。
泣きニコちゃん[編集]
泣きニコちゃんは、笑顔と涙を同居させた図像で、謝意と困惑を同時に表明する用途が多い。の携帯メール文化で爆発的に流行し、1日あたり平均4.2回送信される若年層が確認されたという。もっとも、感情の混線を引き起こすとして、学校では使用禁止とする例もあった。
逆さニコちゃん[編集]
逆さニコちゃんは、口角を上に見せたまま全体を180度回転させた図像で、皮肉、疲労、あるいは会議後の虚脱を示すとされる。、のデザイン事務所が「疲れていても一応は笑う」文化の可視化として提案したが、見る者によっては単なる誤植と判断された。
脚注[編集]
[1] 田代 恒一郎『対人摩擦緩和記号の形成』横浜記号文化研究所, 1987年. [2] 佐伯 みどり「港湾商業圏における微笑記号の実装」『季刊 生活図像学』第12巻第2号, 1991年, pp. 44-58. [3] 文部省文化局『学校事務文書における感情記号運用基準』内部資料, 1983年. [4] 中村 一朗『文具産業と表情記号市場』日本紙工出版, 1994年, pp. 119-131. [5] 東京工業大学社会設計研究会「謝罪文における記号過剰の影響」『社会技術レビュー』Vol. 8, No. 1, 2002年, pp. 5-19.
関連項目[編集]
脚注
- ^ 田代 恒一郎『対人摩擦緩和記号の形成』横浜記号文化研究所, 1987年.
- ^ 佐伯 みどり『港湾商業圏における微笑記号の実装』季刊 生活図像学 第12巻第2号, 1991年, pp. 44-58.
- ^ 文部省文化局『学校事務文書における感情記号運用基準』内部資料, 1983年.
- ^ 中村 一朗『文具産業と表情記号市場』日本紙工出版, 1994年, pp. 119-131.
- ^ Margaret A. Thornton, The Compact Smile: Diagrammatic Courtesy in Postwar Japan, Eastbridge Press, 2004, pp. 88-103.
- ^ 鈴木 進『記号としての親和性――ニコちゃん再考』文化図像社, 1998年.
- ^ Harold P. Wexler, Vol. 6, No. 4, Facial Pictograms and Bureaucratic Ease, Journal of Applied Semiotics, 2007, pp. 201-219.
- ^ 東京工業大学社会設計研究会「謝罪文における記号過剰の影響」社会技術レビュー Vol. 8, No. 1, 2002年, pp. 5-19.
- ^ 藤原 玲子『微笑の規格化史』青灯社, 2011年, pp. 33-41.
- ^ Kenjiro Tashiro, Notes on the Nico-chan Standard, Yokohama Civic Archive, 1990, pp. 7-12.
外部リンク
- 横浜記号文化アーカイブ
- 対人記号整理委員会年報
- 日本表情図像学会
- 港湾商業圏生活史データベース
- 微笑規格博物館