ニートのカツオ、ボニート
| 分野 | 社会学的食文化研究/地方統計実務 |
|---|---|
| 対象 | 都市部の生活支援利用者と魚食の相関(と主張される) |
| 成立時期 | 1990年代後半〜2000年代初頭にかけての運用語 |
| 起源とされる場所 | の卸売市場周辺 |
| 主要資料 | 魚種別の入荷量台帳と生活補助の申請ログ(民間回覧形式) |
| 影響 | 「福祉×購買」の地域会議モデルとして採用されたとされる |
| 批判 | 個人の属性を食の嗜好へ直結させる点に疑義が出た |
(にーとのかつお、ぼにーと)は、居住者の失業・低所得状態を指標化し、食文化の選択と結びつけて記録する社会観察の用語である[1]。港町で始まったとされ、魚市場の台帳と生活記録が奇妙に同期したことから広まった[2]。
概要[編集]
は、生活の安定性が揺らぐ局面で、人々が「刺激の強い脂」と「即席性の高い調理」を選びやすい、という仮説から派生した記録用語である[1]。
用語の中のとは魚の種類そのものを指すというより、卸売市場の帳簿上で便宜的に分類された2つの調理適性カテゴリ(後述)を象徴しているとされる。すなわち、魚市場の実務に社会指標を“貼り付けた”言い回しとして理解されることが多い[2]。
なお、初出文献とされる回覧ノートでは「ニート」を単に年齢・就業状況ではなく、生活リズムの乱れ(夜更かし回数・食材の買い足し頻度)として運用していたと記されており、用語の誕生当初から統計と民俗の境界が曖昧であったことが示されている[3]。
このため、今日では“統計っぽい言葉で人間の状態を魚に変換する”文化人類学的事例として語られ、同時に福祉の現場で再利用されるたびに「それは本人の尊厳を削るのでは」といった論点も持ち上がっている[4]。
用語の成り立ち(カツオ/ボニート)[編集]
は市場側の呼称として「表皮の色むらが出た個体でも“たたき”に回せる」グループを指すよう運用され、は「同じ規格でも“缶詰・フレーク”の下ごしらえ工程が短い」グループとして区別されたと説明されている[5]。
この分類は生物学的分類とは無関係であり、実際の台帳では品目コードが頻繁に入れ替えられていたとされる。にもかかわらず「生活の揺れ=工程短縮志向」という読みが先行し、いつの間にか魚種の一般名に吸収されていった経緯が、用語の“それらしさ”を作ったと推定されている[6]。
また、最初期の回覧では、側の指標として「朝市での購入額が月平均より13.7%下がった日数」や「包丁が出た回数(家庭内の出番回数)」が書き留められたとされる。これらは統計というより生活観測の記号化であり、妙に細かい数字が“本物っぽさ”を補強したと指摘されている[7]。
一方で側では「コンロの使用時間が夕方に集中した日」「湯通しから着火までの間隔が平均22分を超えた日」などが挙げられたとされ、調理の段取りと生活の不安定さが結びつけられた[8]。このように、魚の名前は後から乗せられたラベルとして扱われている。
歴史[編集]
市場の台帳から“社会の台帳”へ[編集]
用語が語られ始めたのは、の小規模卸が、陳列の棚替えを“生活支援と連動させる試み”をした時期だとされる。記録によれば、1998年の冬にの商工・福祉連絡会が「買い物支援の当日利用を促進する」として、魚の入荷タイミングを情報共有したことが起点になったとされる[9]。
その結果、卸売市場の担当者が、入荷量の変動(例:同一週の換算入荷が前週比で−9.4%)と、近隣の相談窓口の“滞在時間”を同じ紙面に記録するようになった。紙面の余白に、誰かが冗談めかして「ニートのカツオ、ボニート」と書き足したのが、言葉の“固有化”につながったと語られている[10]。
当時、相談窓口では「落ち着かない人の相談は昼より夜が多い」と経験則があり、夜の相談が増える週ほど、台帳側では“工程短縮の品が売れる”ように見えた。ここから「生活リズムの乱れが魚の選択に反映される」という解釈が成立し、言い回しは回覧ノートで広がったとされる[11]。
この物語では、統計手法の厳密さより、紙とペンで起きた偶然の一致が優先された。そのため、後年の研究者からは「相関の捏造では」と批判されたが、当事者の側では“当たっている気がする”ことが採用判断になったと記されている[12]。
研究化と“勝手に制度化”[編集]
2001年頃、回覧ノートの一部が大学ゼミに持ち込まれ、の非常勤講師が「食材購買の時間分布」という観点で整理し直したとされる[13]。この作業では、購入時刻のヒストグラムに擬似的な階級を作り、「=早朝分散型」「=夕方集中型」として再ラベル化したとされる。
その整理が、自治体の会議資料に引用されたことで、言葉は“制度の顔”を得た。たとえば福祉課の内部資料では「対象者の支援メニューを、調理工程の短いものへ寄せる可能性」を検討する際に、「ニートのカツオ、ボニート」という見出しが使われたとされる[14]。
さらに2003年には、の地方統計研修向けに“地域観察の事例”として紹介されたという噂が広がった。実際の講義録が見つかったとする報告もあるが[15]、確認できない部分も残っており、ここが最初の“怪しさ”として語り継がれている。
制度化が進むほど、言葉は便利さを増した一方で「本人の意思より都合のよい分類に寄せてしまう」問題が生じた。特に、給付の面談で食事の話題が先回りされることで、相談者が“話しにくさ”を感じる場面が増えたと当時の聞き取りが残されている[16]。
社会への影響と地域の風景[編集]
が広まると、魚屋の店頭では「今週はボニート寄りです」といった販促文句が見られたとされる。ここでいう“寄り”は味ではなく、来客の生活リズム傾向(と理解されていた)を意味していたとされ、買い手は半ば冗談として受け止めたという[17]。
また、の一部では、地域サロンで“食材の相談”と“就労支援の情報提供”が同じテーブルで行われるようになった。サロンの記録では「椅子の移動回数が多い人ほど、ボニート表現を選ぶ傾向」がメモされていたとされ、統計というより現場の観察術が積み上げられていったことがわかる[18]。
一方で、学校給食の献立検討会でも、栄養士が「家庭の工程負担を考えるとカツオ調理が難しい家庭がある」と述べた場面があったとされる。これにより、献立は頻繁に“たたき”と“フレーク”の比率で調整されたというが、どの程度が言葉の影響だったかは資料によって揺れている[19]。
このように、言葉は人の生活の輪郭を描く道具として機能したが、その輪郭が固定されるほど、誤解や偏見を生みやすくなったと考えられている[20]。
批判と論争[編集]
批判は早くから存在し、の整理を「食の嗜好に人格を押し込む手法」とみなす研究者がいたとされる[21]。特に、相談窓口の現場では「実際には調理が得意でも、買い物の習慣だけで“ボニート”に分類されてしまう」との不満が出たとされる[22]。
さらに、用語の運用に“恣意性”が混入していた可能性も指摘された。たとえば、ある年の回覧ノートでは「夜更かし3回以上で寄り」「0回だと寄り」と単純化されており、例外(交代勤務など)を処理する仕組みがなかったとされる[23]。
加えて、2000年代後半に全国紙が地方事例を取り上げた際、見出しが誇張され「ニートはボニートを食べる」と誤読を誘ったとされる。記事自体は訂正が出たものの、言葉のブランディングだけが残ってしまい、当事者が“ラベリングされた感”を抱いたという証言がある[24]。
なお、この論争の中で一部には「ニート」ではなく生活支援の“必要頻度”を示す指標だったのではないか、という反論も出た。ただし反論側が根拠資料として提示した数表が、当時の卸の台帳と一致しない箇所があり、完全には決着していないとされる[25]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『魚市場台帳の余白史——「ニートのカツオ、ボニート」が生まれた日』高知出版, 2004.
- ^ Margaret A. Thornton『Food-Based Social Indicators in Coastal Municipalities』Journal of Regional Sociology, Vol.12 No.3, pp.77-96, 2006.
- ^ 伊藤千晶『生活支援と購買選択の“似ている関係”』明星福祉研究所紀要, 第18巻第2号, pp.41-63, 2008.
- ^ Kenta Sakamoto『Clerical Folk Statistics and Market Practice』International Review of Quantitative Folklore, Vol.4 No.1, pp.15-29, 2011.
- ^ 【総務省】『地方統計研修の事例集(準備稿)』平成15年度版, 第3部, pp.205-221, 2003.
- ^ 山崎玲奈『食のラベリングが相談に与える影響』日本社会福祉ジャーナル, 第22巻第1号, pp.109-131, 2010.
- ^ 田中修一『たたき対フレーク—工程時間からみた家庭調理の分岐』調理学研究, Vol.31 No.4, pp.233-248, 2015.
- ^ Rui Nakamura『On the Semiotics of Seafood Categories』Semiosis and Society, Vol.9 No.2, pp.1-18, 2017.
- ^ 鶴田文彦『高知市回覧ノート綴り——照合されなかった数表』地方史叢書, 2020.
- ^ E. H. Caldwell『Social Notes from Fishmongers』Harborfield Academic Press, 1999.
外部リンク
- 高知市場台帳アーカイブ
- 地域サロン実務データ館
- 魚種コード研究会
- 生活リズム統計フォーラム
- 相関と因果の公開講義録