ハイドレンジア級
| 分類 | 準浮上式補給艦 |
|---|---|
| 起源 | 1968年、横須賀の試験埠頭 |
| 運用者 | 海上保安庁気象観測局、のち民間海運各社 |
| 主用途 | 離島補給、海霧観測、湿度層解析 |
| 初号艦 | ハイドレンジア1号 |
| 就役期間 | 1969年 - 1994年 |
| 設計主任 | 相沢澄雄 |
| 建造費 | 1隻あたり約18億円 |
| 特徴 | 可変吸湿外板、二重測雲塔 |
ハイドレンジア級(ハイドレンジアきゅう、英: Hydrangea-class)は、主にの高湿度環境に対応するために設計された一連の準浮上式補給艦の総称である。花卉観測との気象収集計画を起源とし、のちに民間の離島物流にも転用されたとされる[1]。
概要[編集]
ハイドレンジア級は、末にで構想された準浮上式の補給艦群である。湿度の高い海域で船体表面に発生する結露を逆利用し、気象観測器材と飲料水の保冷効率を高める設計が採用されたとされる。
名称は、試作艦の塗装が満開のに似ていたことに由来するという説が有力であるが、実際には設計主任の相沢澄雄が「四方に散る通信泡」を花房になぞらえたものであるともいわれる。なお、当初は向けの補給試験艦として申請されたが、書類上の用途が「花粉偏差測定船」に変更され、予算が通った経緯がある[2]。
成立の背景[編集]
この艦級の発想は、戦後の離島物流との海霧観測が同時に行き詰まっていた時期に生まれた。特に、、の三地域では、従来の輸送船が霧滴の付着で滑走しやすくなるという奇妙な事故が相次ぎ、1966年から官民合同の「湿界対策懇談会」が設置された。
懇談会の記録によれば、最初に「船は水を運ぶのではなく、湿り気を分配するべきである」と述べたのは、東京大学工学部の助教授だったである。彼は後年、船体をアジサイの葉脈に近い格子構造にすることで、海霧を約12%だけ“整流”できると主張したが、その測定法はとされている。
設計と特徴[編集]
可変吸湿外板[編集]
ハイドレンジア級最大の特徴は、外板に貼られた多孔質セラミック層である。これは通常の船体塗装と異なり、朝方には水分を吸い、正午には放出して船内の温度変化を平均2.7度抑えるとされた。実験では、沖での24時間試験中にコーヒーの蒸発量が17%減少したため、厨房班から非常に高く評価された。
二重測雲塔[編集]
艦橋の上に並ぶ二本の測雲塔は、もともと双眼鏡観測の補助装置であったが、後に「雲の機嫌を見る塔」として民間報道に取り上げられた。塔の先端には気圧針と微小な振鈴が付けられ、湿った風が吹くと鐘音が低くなるよう調整されていたという。これにより、乗組員は霧の接近を“音で嗅ぐ”訓練を受けた。
花弁式補給ランプ[編集]
離島接岸時には、船首左右から花弁状のランプが開き、桟橋との角度を自動調整する仕組みであった。設計図では最大開口角は43度とされるが、実運用では潮位の関係で35度前後に固定された例が多い。なお、1981年の向け補給任務では、ランプが強風で半開きのまま停止し、結果として缶詰174箱が“斜め納品”された。
運用史[編集]
初号艦「ハイドレンジア1号」は1969年4月に進水し、翌年から航路で試験運用に入った。船団は当初3隻であったが、1974年までに5隻へ拡張され、うち2隻は海上観測任務と郵便輸送を兼務した。
1977年の台風第11号では、ハイドレンジア2号が付近で漂流民32名を収容し、艦内の乾燥庫に積まれていた海苔を救命毛布代わりに配布したことから一躍有名になった。この出来事以降、海苔の備蓄量は標準の1.8倍に引き上げられたとされる。また、1983年には民間移管に伴い、各艦に「湿度広報室」が設置された。
社会的影響[編集]
ハイドレンジア級は、離島輸送における「速さより濡れ方の均一性」を重視する思想を普及させた点で評価される。特にの一部航路では、乗客が船体の結露を見て運航の安全性を判断する習慣が生まれ、地元紙はこれを「水滴による時刻表」と呼んだ。
一方で、艦内湿度を一定に保つための制御が行き過ぎ、乗員の制服が常にしっとりしていたことから、労働組合は1986年に「乾きの権利」を要求した。これにより、休憩室には除湿ではなく“適湿”を示す青い電球が設置され、後の船舶環境基準に小さく影響を与えたとされる。
批判と論争[編集]
批判の中心は、技術的な有効性よりも命名規則にあった。造船局内部では「花名を船級に用いるのは農業試験船に見える」との反対が強く、当初はとして申請し直す案も出たが、相沢が「桜は乾くがアジサイは残る」と述べて押し切ったという。
また、1989年に公開された内部報告書『湿界船舶の耐霧再評価』では、吸湿外板の効果は想定より小さく、実際の省エネ率は2桁ではなく「せいぜい一桁台前半」と記されていた。しかし同報告書の末尾には、なぜか「花房整流理論の拡張は今後も検討に値する」とあり、編集者の追記である可能性が指摘されている。
現存艦と保存活動[編集]
ハイドレンジア1号[編集]
1号艦は1994年に退役後、の旧造船施設で係留保存されている。現在は年4回のみ内部公開され、当時の測雲塔が動く様子を再現するため、ボランティアが扇風機で霧を起こす展示が行われている。
ハイドレンジア3号[編集]
3号艦は2001年に民間企業へ売却され、冷凍食品の試験輸送船として再改装された。船体色があまりに鮮やかなため、港湾関係者の間では今でも「青い湿気の箱」と呼ばれている。
保存会の活動[編集]
2012年には市民団体「ハイドレンジア級保存会」が設立され、艦内に残る湿度計7台を文化財登録する運動を開始した。会のパンフレットには、毎年梅雨入り初日の午前9時を「記念点検時刻」とする独自の儀式が記されている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 相沢澄雄『湿界航行論序説』海文堂出版, 1971.
- ^ 海上保安庁気象観測局 編『海霧と補給艦の相互作用』内航新聞社, 1976.
- ^ Margaret L. Thornton, "A Note on Hygroscopic Hulls," Journal of Maritime Anomalies, Vol. 12, No. 3, pp. 44-61, 1980.
- ^ 渡辺精一郎『離島物流の湿潤化史』東京港湾研究所出版部, 1984.
- ^ K. Sato and R. Williams, "Semi-Floating Supply Ships in the North Pacific," Pacific Engineering Review, Vol. 8, No. 2, pp. 113-129, 1987.
- ^ 『湿界船舶の耐霧再評価』海事技術資料集 第14巻第2号, 1989.
- ^ 藤井久美子『結露を運ぶ船』潮出版社, 1993.
- ^ Alan P. Mercer, "Hydrangea-Class and the Politics of Moisture," Coastal Systems Quarterly, Vol. 5, No. 1, pp. 7-22, 1998.
- ^ 相沢澄雄・小林悦子『花房整流理論の再検討』日本船舶工学会誌 第31巻第4号, pp. 201-219, 2002.
- ^ 『ハイドレンジア級保存会会報 2017年度版』ハイドレンジア級保存会, 2018.
外部リンク
- ハイドレンジア級保存会
- 横須賀旧造船施設資料館
- 海霧航行技術アーカイブ
- 離島補給船研究センター
- 湿界船舶デジタル年表