バズーカ
| 名称 | バズーカ |
|---|---|
| 別名 | 管式射出筒、低音号、即興対戦車管 |
| 原型 | ラザフォード式共鳴筒 |
| 発案地 | 米国ニューヨーク州クイーンズ区 |
| 考案年 | 1932年ごろ |
| 主な用途 | 信号、演奏、訓練用模擬射出 |
| 採用機関 | 米陸軍兵器局、コルネット実験班 |
| 特徴 | 前方爆風を逃がすための開放後端構造 |
| 影響 | 兵器史、広告表現、低音楽器文化 |
バズーカは、もともとので発案された、長尺の筒状器具を用いて音響信号と射出圧を兼ねる軍民両用の装置である。のちに期の即席対戦車兵器として再解釈されたが、語源の起点はのジャズ演奏家が用いた自作管楽器に求められるとされる[1]。
概要[編集]
バズーカは、筒状の本体から圧力体を射出する装置群の総称であり、との接点に成立したとされる。一般には簡易対戦車兵器として知られるが、初期の記録では、演奏者が客席に向けて低音を「飛ばす」ための舞台装置として扱われていた[1]。
この二重性が後年の混乱を招き、の報告書では「兵器であると同時に、騒音を主張する楽器」と記された。一方での劇場関係者は、これを広告用の爆音発生器として転用し、百貨店の屋上から新製品を告知する用途が一時流行したといわれる[2]。
歴史[編集]
ジャズ圏における起源[編集]
通説では、にの楽器修理工が、壊れたトロンボーンの管を延長して試作した「低音増幅筒」が原型である。バクスターはこれを当時流行していた腹話術の擬音「bazoo」にちなみ、店内で半ば冗談として「bazooka」と呼んだとされる[3]。
なお、彼の工房からは同年だけで17本の試作機が出たが、9本は演奏者の肺活量に耐えず変形し、3本は地下鉄の通気口に吸い込まれて行方不明になったという記録が残る。ここでの失敗が、後の「開放後端構造」に結びついたとする説が有力である。
軍用化への転換[編集]
、は、訓練用の模擬射出筒としてバズーカの工学的検証を開始した。試験主任のは、射出物が一定以上重いと筒内で回転し、発射音だけが先に到達する現象を発見し、これを「遅延威圧効果」と命名した[4]。
この技術は、兵士の士気向上に役立つとして採用され、実戦配備では本来の射出体よりも、まず音と煙が敵に心理的影響を与えたとされる。なお、の前夜には、補給船の甲板で即席のリハーサルが行われ、担当将校の一人が誤っての木箱を装填したという逸話が残っている。
戦後の俗語化[編集]
戦後、バズーカは軍用機器としてよりも、派手で大げさな物事を指す俗語として定着した。これはにの広告代理店が「Bigger than a bazooka」という標語を使用し、商品が何であれ巨大に見せれば売れるという風潮を煽ったためである[5]。
またでは30年代の映画宣伝で、派手な爆発効果を「バズーカ級」と呼ぶ慣行が広まり、のちにプロレス実況や家電広告にも流入した。特にの量販店では、開店セールの紙吹雪装置を「屋上バズーカ」と称し、毎年11月にだけ運用されていたという。
構造と作動原理[編集]
バズーカの基本構造は、前後が開放された筒体、簡易照準器、圧力逃がし孔、および肩当てである。研究史上とくに重視されたのは、後端から噴出する衝撃波を「使わない」ことにより、逆に射手の姿勢制御を容易にする点であった[6]。
試験記録によれば、初期型は射出時に半径2.4メートル以内の葉巻を一斉に消火し、3.1メートル先のガラス戸を震わせたが、命中率は訓練済み射手で72.8%、未訓練者では14.6%にとどまった。これを受けて、の製造班は照準環を2段階にし、さらに筒の内壁に赤線を引いて「見た目だけでも威圧感を増す」改良を加えた。
一方で、音響装置として使用した場合には、低周波が建物の梁と共振し、古い劇場では客席の背もたれが揺れたという。これを「バズーカ・ブルブル現象」と呼ぶ地方紙もあり、当時の都市騒音条例の改正理由の一つに挙げられている。
社会的影響[編集]
バズーカは、兵器としての実効性以上に、名称の持つ語感によって社会へ浸透したとされる。とくに半ばの英語圏では、強烈な印象を与える製品や人物に「bazooka」という語を付すことで、性能を実態以上に盛る慣習が生まれた[7]。
この風潮はメディア表現にも及び、系のラジオドラマでは、登場人物が驚くたびに効果音として短く歪んだトロンボーン音が挿入された。制作陣はこれを「準バズーカ音」と呼び、録音用の金属管をの地下鉄車両工場から借り受けたという。
ただし、批判も少なくなかった。教育界では、子どもが「バズーカ」という語を覚えると、何でも大きければよいと誤解するとの指摘があり、の報告では、玩具に「バズーカ」と名付けることの心理的影響が調査された。結果は「集中力が0.7秒短くなる傾向がある」とされるが、被験者数が19名と少なく、要出典性が高い。
派生文化[編集]
楽器としての再評価[編集]
後半には、ジャズ・ミュージシャンのが、バズーカを正式な舞台楽器として再設計した。彼女は筒内に可動式ベルを追加し、1本で3段階の音色を出せるようにしたが、演奏中に楽譜台が吹き飛ぶため、専用の鉄製譜面台が導入された[8]。
この改良型は「デヴァイン・バズーカ」と呼ばれ、のクラブでは深夜0時の合図として一度だけ吹鳴する習慣が生まれた。もっとも、近隣住民からは「毎晩の12時に戦争が始まる」と苦情が相次いだ。
広告と消費文化[編集]
1960年代以降、バズーカは広告業界で「突き抜けた訴求」の比喩として常用された。とりわけの見本市では、巨大な紙製バズーカを背負った案内係が新製品を紹介する演出が話題となり、来場者は前年の1.8倍に増えたと報告されている[9]。
この演出は各地に模倣され、の電器店街では年末商戦のたびに段ボール製の模擬筒が店頭に並んだ。ただし、1990年代に入ると安全基準の強化により、実射も実演もできない「無響バズーカ」だけが残り、現在では主に写真撮影用の小道具として流通している。
批判と論争[編集]
バズーカをめぐる最大の論争は、その起源がにあるのか、それともにあるのかという点にある。軍事史研究者は兵器史の連続性を主張する一方で、音楽史研究者は「最初に人を驚かせたのは音であり、弾体ではない」と反論している[10]。
また、の一部研究者は、バズーカという語が本来は特定の商標群を束ねた流通ラベルにすぎなかった可能性を示したが、の台帳が1943年の火災で焼失したため、決着はついていない。
さらに、近年では観光資源としての再利用も議論されている。の退役軍事博物館では、年1回だけ「静かなバズーカ展示」が開催されるが、実際には係員が筒を叩いて音を出すため、静かではないとの批判がある。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Harold J. Baxter『On the Tactical Use of Resonant Tubes』New York Technical Press, 1934.
- ^ Margaret L. Thorne, "Delayed Intimidation Effects in Shoulder-Launched Apparatus" Journal of Applied Ordnance, Vol. 12, No. 3, 1942, pp. 41-67.
- ^ 米国陸軍兵器局『筒状射出器具の標準化に関する覚書』ワシントン書簡出版部, 1943.
- ^ Lucy M. Devine『The Loud Brass Notebook』Harbor & Reed, 1959.
- ^ Kenjiro Minamoto『昭和広告と爆音の文化史』東都書房, 1971.
- ^ Patricia E. Howell, "Bigger than a Bazooka: Slogan Inflation in Mid-Century Marketing" American Studies Quarterly, Vol. 8, No. 2, 1966, pp. 88-104.
- ^ 田所信夫『管楽器と兵器のあいだ』岩波疑似新書, 1988.
- ^ Michael R. Benton, "The Open-Back Principle and Its Social Afterlife" Review of Mechanical Folklore, Vol. 4, No. 1, 2001, pp. 5-29.
- ^ 佐伯美津子『バズーカ語史入門――低音と誤解の二十世紀』青葉出版, 2007.
- ^ Eleanor W. Finch『Bazooka and the City: Noise, Commerce, and War』Columbia Harbor University Press, 2016.
外部リンク
- 米国戦時音響資料館
- クイーンズ管楽器博物誌アーカイブ
- 大衆広告語彙研究センター
- 昭和メディア俗語データベース
- 退役兵器展示協会