バッカダサイア(叙事詩)
| 成立地 | アナトリア半島のギリシャ系都市国家ポンポコ |
|---|---|
| 成立時期(推定) | 前12世紀後半〜前11世紀前半 |
| 作者(伝承) | 吟遊詩人集団「カッサンドロス綴り」 |
| 主題 | 勇者ボロザコスと魔王ピョコッピーの対決 |
| 伝承形態 | 口承→粘土板断片→写本(19世紀英訳で拡散) |
| 英語訳の中心人物 | E・ハロウィン(仮) |
| 特徴 | 韻律と「数唱(すうしょう)」の体系的併用 |
| 影響(通説) | 近代ヨーロッパの歴史叙事詩ブームの火種 |
バッカダサイア(叙事詩)(英: Baccadasaia)は、アナトリア半島のギリシャ系都市国家ポンポコに伝わる叙事詩である[1]。勇者ボロザコスによる暴君魔王ピョコッピー討伐を主題として語られてきた[1]。19世紀に英語訳され、以後のヨーロッパ文壇で「物語の兵器学」として引用されることになった[2]。
概要[編集]
バッカダサイア(叙事詩)は、アナトリア半島のギリシャ系都市国家ポンポコで、航海者の帰還と市場の開幕を同じ日に祝うために歌われたとされる叙事詩である[1]。物語の中心は、勇者ボロザコスが暴君魔王ピョコッピーの「冷たい王冠」を奪還する筋書きに置かれている[1]。
成立の経緯は複数系統に分岐している。最もよく引用されるのは、ポンポコ周辺で「夜の税」と呼ばれる徴発が制度化された時期に、詩の語りが共同体の“免除札”として機能し始めたという説である[2]。この説では、各節の冒頭に置かれる定型句が、読み手(聴き手)にその日の運勢を付与すると理解されたとされ、結果として韻律と儀礼が結び付いたと説明される[3]。
一方で、写本学の立場からは、バッカダサイアは「単なる叙事詩」ではなく、口承から粘土板への転写に際して“計数可能な物語”へ変換された教材として扱うべきだとの指摘がある[4]。実際、物語の中で登場する道具や呪文が、しばしば17、31、63といった素数に近い刻みで反復されると報告されており[5]、その精密さが19世紀の学者に強く訴えたとされる。
なお、近代以降の受容史では、この作品が「暴君討伐の物語」であると同時に、「言葉による統治の失敗」を寓意化したものとして読まれてきた点も特徴とされる[6]。ポンポコではピョコッピーを“魔王”ではなく“徴税役人”の隠喩として理解した時代もあったとする説があり[7]、政治史と文学史が交錯する素材として議論が続いた。
歴史[編集]
ポンポコの口承工房:物語が制度になるまで[編集]
バッカダサイアは、ポンポコの港湾地区に設けられた「綴り場(つづりば)」で整備されたとする伝承がある[8]。ここでは、航海者が持ち帰る砂塵の粒度を基準に、歌の拍数を毎回調整したとされ、記録には“砂の平均直径0.14ミリメートル”が最適と記されていたとされる[9]。もちろん数値の出所は不明であるが、少なくとも当時の語りが恣意的ではなく、何らかの手順に沿っていたことを示す証拠として扱われてきた。
さらに、ボロザコスの武器が登場する場面では、「七つの門を一列に並べ、門ごとに同じ呪句を3回唱える」手順が示されるとされる[10]。この“手順の可視化”は、口承でも実務に耐える形へ落とし込む試みだった可能性がある。ポンポコの都市運営では、夜間の倉庫開閉を監査する役目が置かれていたが、監査官が現れる前に住民が先回りして歌い始めると監査が「不発」になる、と語られていた[11]。
このため、バッカダサイアは勇者の冒険譚であると同時に、共同体の“予防儀礼”として位置付けられるようになったと推定される。ピョコッピーは暴君魔王として描写されるが、同時に「鍵穴の温度が下がると人が黙る」といった現象描写が含まれるため[12]、行政の秘密保持に関する比喩として解釈されてきた[13]。ただし、解釈は時代により揺れ、宗教改革期の写本注釈ではピョコッピーを“異端の朗読者”へ置き換える試みも見られるとされる[14]。
粘土板断片と「数唱」:異伝が生まれる理由[編集]
伝承の保存は、のちにポンポコの工人が粘土板へ転写したことに端を発すると考えられている[15]。粘土板は水害に弱いものの、音節の区切りが刻印で残るため、同じ旋律を再現するのに適していたとされる[16]。写本学者の間では、バッカダサイアの断片が少なくとも9系統存在し、うち3系統が“狩猟節”を増補したと推定されている[17]。
特に異伝を決める要因として挙げられてきたのが「数唱」である。数唱とは、物語中の要所で“何歩歩くか”“何回息を吐くか”を数で指定し、その数が同じ旋律の節数に対応している仕組みである[18]。たとえばピョコッピーの冷たい王冠を溶かす場面で、ボロザコスが「31回の息で王冠を曇らせ、63回の沈黙で割る」と語られる版がある[19]。
一方で、別系統ではこの数が17と34に置き換わるとされ、研究者のあいだでは「宮廷の会計台帳の桁数に合わせた転調」説が有力である[20]。もっとも、その“会計台帳”が何を指すのかは不明であり、同時代の法令集の引用が見つかっていないことから、要出典に近い説明として扱われることもある[21]。それでも数値が物語の筋に直結している点が、近代の翻訳者たちにとって魅力になったとされる。
19世紀英語訳の衝撃:詩が世界地図を作る[編集]
バッカダサイアが世界的に広まった契機として最も語られるのは、19世紀における英語訳の刊行である[22]。中心人物には、東地中海の古文書蒐集で知られるE・ハロウィン(E. Hallowin)が挙げられ、彼が“ポンポコの港税記録”に紛れていた粘土板断片を入手したとする逸話が残っている[23]。
ただし入手経路の細部は物議を醸した。ある回想録では、ハロウィンが現地で断片を見つけるまでに「3日、12回、合計41人に尋ねた」と書かれている[24]。この手続きの過剰な具体性が、後年の学術検証で「会話の演出が混ざった可能性がある」と指摘される一方[25]、一度世界に届いた物語は“検証可能な正確さ”を纏ってしまったとも考えられる。
英語訳は、ロンドンの文芸誌『The Ledger of Lyric』第9巻第4号(仮)に“部分翻訳”として掲載されたのち[26]、のちの単行本『Baccadasaia: A Ring of Numbers』へ拡張されたとされる[27]。このとき、翻訳者は数唱の部分だけを特別に脚注付きで再現し、読者が数字を追うことで“異伝の違い”まで楽しめるよう設計したと言われる[28]。結果として、作品は単なる古典紹介にとどまらず、ヨーロッパの作家が自作の叙事詩に「数字の手続き」を持ち込む潮流を生んだとされる[29]。
影響と解釈の変遷[編集]
バッカダサイアの影響は、文学の領域にとどまらず、20世紀前半の教育実務にも及んだとする記録がある。たとえば、アメリカ合衆国の「ボードウォーク朗唱学院」では、朗読訓練においてボロザコスの“31回の息”を呼吸法として採用したとされる[30]。同学院の報告書では、受講者のうち「2週間で声帯の疲労率が最大で12%低下した」と記されているが[31]、統計の母数が「ちょうど88名」と妙に中途半端であるため[31]、信頼性が議論されている。
一方で、ヨーロッパ側ではバッカダサイアが“物語の兵器学”として言及された。これは、ピョコッピーの王冠が呪文により曇る過程が、当時流行していた工業的冷却の比喩に似ているとして引用されたことに由来するとされる[32]。この比喩はやがて、植民地統治の言説に流用される危険も孕み、批判的読解が必要だとする意見も出たとされる[33]。
さらに、宗教的な文脈に引き寄せられることも多かった。カトリック系の講義録では、ピョコッピーを“鍵を開ける者”としてではなく“鍵穴を曇らせる者”として捉える解釈が採用され、罪の告白ができない状態を寓意化したと説明された[34]。ただし、同講義録が引用した詩句がどの異伝に対応するのかは明示されていないため、読み替えが先行したのではないかとの指摘がある[35]。
批判と論争[編集]
バッカダサイアの最も大きな論争は、英語訳における数唱の“意味の固定化”である。19世紀の訳者が数字をあまりに忠実に脚注化したため、異伝間の差異が「正しさの差」に見えるようになり、結果としてポンポコの口承が持っていた柔軟性が失われたのではないかと批判されるようになった[36]。
また、成立時期に関する論争もある。粘土板断片の出土があったとする説では、前12世紀末に遡るとされるが[37]、別の研究者は、実際には前10世紀の都市改修の後に“学習用に再編集された”可能性が高いとしている[38]。ただし、年代測定の方法が「焼成の色調」を主に用いたと記されており[39]、現代的な標準からは粗いとみなされることがある。
さらに、ある翻訳評論では「ボロザコスは実在の役人の変名であり、ピョコッピーは税の制度改革を妨害した人物を象徴化した」とする大胆な見解が示された[40]。しかし、この説は同時代の名簿との照合が不十分であるとされ、要出典の疑いが濃いと評されている[41]。それでも読者の興味を惹くのは、物語が“制度の圧”と“言葉の抵抗”を同じ構造で描いてしまうからだとする指摘がある[42]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ M. Stratagematos『Baccadasaiaとポンポコ口承工房』ポンポコ文庫, 1887.
- ^ A. Kallikrates『数唱の民族誌:叙事詩を数で保存する技術』Hellenic Press, 1902.
- ^ E・ハロウィン『Baccadasaia: A Ring of Numbers』Oxford Quillhouse, 1891.
- ^ S. R. Dalloway『Translating Spells: Footnotes and Frequencies』Cambridge Ledger Studies, 1911.
- ^ N. S. Petrov『Clay Tablets and Variants: An Unstable Epic Tradition』Vol. 7第2号, Journal of Eastern Mythology, 1920.
- ^ J. L. Whitmarsh『The Politics of Listening in Epic Performance』New York Archive Press, 1934.
- ^ R. Mavros『王冠が曇るまで:冷却比喩の系譜』第3巻第1号, 叙事詩研究誌, 1956.
- ^ C. H. Sato『ボロザコス呼吸法の臨床的評価』板橋学術会, 1968.
- ^ F. G. Latham『The Ledger of Lyric: A Complete Index』Vol. 9, London Editorial Bureau, 1908.
- ^ E. Hallowin and T. Brine『Baccadasaia and the Cold Crown』(書名が原典と一致しない可能性がある)Routledge Lanterns, 1890.
外部リンク
- ポンポコ叙事詩資料館
- 数唱アーカイブ
- ボロザコス写本データベース
- The Ledger of Lyric 書誌サービス
- 東地中海口承研究フォーラム