パンツレスリング
| 読み | ぱんつれすりんぐ |
|---|---|
| 発生国 | アメリカ合衆国 |
| 発生年 | 1931年 |
| 創始者 | グレン・ローダー |
| 競技形式 | 2人対戦・尻布奪取を目的とするレスリング |
| 主要技術 | フック・レバレッジ(牽引)・スナップ・ターン |
| オリンピック | オリンピック正式競技(1936年案) |
パンツレスリング(ぱんつれすりんぐ、英: Pants Wrestling)は、で生まれたのスポーツ競技である[1]。
概要[編集]
パンツレスリングは、において発達した2人対戦の格闘競技であり、相手の体に装着された「尻布(しりぬの)」と呼ばれる独自装備を奪取することに重きが置かれる競技である[1]。
本競技は一見すると裸に近い格好での対決として語られがちであるが、実際にはと呼ばれる専用の布片が競技要件として規定されており、審判は奪取の成否を布の位置・縫製痕跡・破損の有無で判定する方式が採用されている[2]。
競技の観客動員は、大学アメフトの合間に行われた即席展示会から始まり、のちに地域リーグ、さらに国際連盟へと拡大したとされる[3]。ただし、初期の一部運営では安全面の問題も指摘され、現在は医療用ガードの導入が一般化している。
なお、競技名の由来は「パンツ(履物ではない)が主たる“目印”になるよう設計された」点に置かれるが、歴史的には“パンツ”という俗称が公式化した経緯があるとされる[4]。
歴史[編集]
起源:展示試合から競技規格へ[編集]
パンツレスリングの起源は、の若手職人であったグレン・ローダーによる1931年の路上デモに求められるとされる[5]。彼は同年、の工房裏で“滑りやすい布”を活用した牽引ゲームを考案し、参加者に同じ型の尻布を着用させたという[5]。
ローダーは「布の動きが勝敗の手がかりになる」ことを狙い、尻布の縫い目が外れる位置を競技上の“得点線”として設計したとされる[6]。このアイデアは翌年にで行われた展示試合で注目され、参加者の増加に伴い、審判判定のための“布位相図(ふいそうず)”が配布されたと伝えられる[6]。
当時はパンツレスリングが「尻布レース」と呼ばれた期間もあり、ローカル紙が「2人の対峙者が互いの尻布を奪い合う」と報じたことが競技名の俗称形成に寄与したとされる[7]。さらに、初期の安全対策として尻布下に薄いバイオ繊維シートを仕込む選手が増え、これが後の規格化につながったとする見解がある[7]。
一方で、尻布が破損した際の賭け事が問題視され、1934年にで開かれた“衣装破損停止会議”により「報酬は点数で付与する」運用へ切り替えられたことが、競技の紛争を減らす転機になったとされる[8]。
国際的普及と“オリンピック正式競技”の噂[編集]
国際的普及は、1950年代の遠征と、それに続くの大学レスリング部との交流が契機になったとされる[9]。特に1958年、の大学大会で“尻布の縫い目を温度で硬化させる”という新技が紹介され、技術体系の整備が加速したと記録されている[9]。
その後、1967年には「国際パンツレスリング連合(IPWF)」相当の調整組織が作られ、技術用語が英語化されたとされる[10]。ただし、当時の統一規格は完全ではなく、尻布の材質と色の取り扱いが国ごとに揺れたため、海外選手の参加には審判講習が必要になったとされる[10]。
オリンピック正式競技の噂については、1936年ベルリン大会に向けた非公式協議資料で「オリンピック正式競技」の草案が検討されたという説があり、これが“パンツレスリングは最初からオリンピックを狙っていた”という語りを生んだとされる[11]。ただし、同資料の原本の所在は確認されていないため、記事では当時の報道断片に基づく推定として扱われる[11]。
このように、国際普及と同時に制度面の整備も進み、現在ではにも拠点があり、夏季リーグを中心に開催される傾向が見られる[12]。
ルール[編集]
試合は屋内の競技マット上で行われ、中心に「奪取円(だつしゅえん)」と呼ばれる直径9.0メートルの円が描かれる。試合時間は前半6分・後半6分の計12分とされ、初期の記録では“汗の匂いで審判が誤認しやすい”という経験則から短めに設定されたとされる[13]。
勝敗は大きく二種類であり、(1)尻布奪取(相手の尻布が規定位置から離脱した瞬間)または(2)優位点数(2回のレバレッジ成功と1回のスナップターン成功を合算)で決まるとされる[14]。ただし、尻布の離脱が自滅によるものか審判の誤作動によるものかの切り分けが難しい場合、再判定手順が採られる[14]。
ファウルとしては、尻布を掴む際に相手の下腹部へ過度な圧力をかける行為、ならびに“しり布”の交換を伴うトリック(勝者が新しい布へすり替える疑い)などが挙げられる[15]。この対策として、試合前にが尻布の縫い糸番号を読み上げ、選手と観客に同一番号札を提示する運用があるとされる[15]。
なお、試合場の外周には「観客静圧帯(かんきゃくせいあつたい)」と呼ばれる低い柵が設けられ、尻布の奪取時に体が滑って転倒する事故を減らす目的で設計されている[16]。この柵が競技の安全性向上に一定の効果を持つ一方で、転倒が“演技”と誤解される問題が時折起きたと指摘されている[16]。
技術体系[編集]
パンツレスリングの技術体系は、牽引(レバレッジ)・回転(スナップターン)・封鎖(ロックライン)に大別されるとされる[17]。特に創始期から伝わる基本は、相手の尻布縫い目の“角度”に合わせて自分の腰をずらし、布に張力を生じさせるフック技である[17]。
レバレッジは「引く」のではなく「腰で角度を作って引き寄せる」操作に基づくとされ、成功判定は尻布の離脱方向が規定された“上前方30度”の範囲に収まったかで確認される[18]。この角度設定は、1958年の大会で導入されたと記されるが、当時の記録は口述中心であり異説も存在する[18]。
スナップターンは、相手の足首周辺を直接攻撃せず、尻布に連動して姿勢が崩れた瞬間に回転で主導権を奪う技とされる[19]。一方で、ロックラインは“奪取円の外へ出さない”ことを主目的とし、転倒を得点に変換する狙いがあるとされる[19]。
選手養成では、技術ノートに加え「汗指数(かんしすう)」を記録する習慣があった時期があり、汗が薄いほど尻布が滑らず、逆に汗が多いほど審判が布位相を読み違えるとされていた[20]。現在ではこの概念は形式的に扱われているが、コーチの間では“どれだけ冗談っぽくても役に立つ”という声が残っている[20]。
用具[編集]
用具の中心は尻布であり、専用素材の“トライウーブン(TriWeave)”と呼ばれる繊維で織られ、縫い糸には識別用の極細インクが含まれるとされる[21]。色は原則として白系で統一されるが、国内大会では緑系が許可される場合もあるとされる[21]。
尻布のほかに、選手は腰部ガード(腰周りの衝撃吸収材)を着用することが求められる。これは外見が“軽装”であるほど安全性が担保されるという趣旨で導入されたとされる[22]。実際、装着が過剰に分厚いと回転技が鈍り、減点になると指摘されることがある[22]。
審判用の道具としては布位相図を投影する携帯端末が使われ、再判定では尻布の離脱点を角度センサーで測定する運用が存在するとされる[23]。もっとも、試合現場でのセンサー精度にはばらつきがあり、故障時は“目視で数える秒”という人間的ルールへ移行することがある[23]。
競技マットは奪取円の中心だけ硬度をわずかに変える方式が採られ、転倒時に尻布が不要に擦れないよう配慮されている[24]。この硬度差が“転倒が美しく見える”として観客人気を得た一方で、関節の負担が増える懸念も論じられている[24]。
主な大会[編集]
主な大会としては、毎年春に開催されるがある。参加枠は男女それぞれ48名で、予選は各組12名の総当たり、決勝トーナメントは16名で構成されるとされる[25]。
次にが挙げられる。この大会は“起源の街”を冠しており、初日には歴史保存展示として尻布位相図の古い版が掲示される。観客が古い版の絵柄を当てるクイズがあり、正解者には尻布レプリカが配られると報じられたことがある[26]。
国際側では、夏に開催されるが知られている。リーグ方式は全10節で、各節の勝者には“回転優先ポイント”が付与される仕組みとされる[27]。ただし、ポイント配分はシーズンごとに調整されるため、ファンの間では「今年の勝ち方は今年しか効かない」との評がある[27]。
なお、国内外で最も話題になるのは“尻布が規定の縫い糸番号であること”が発表されるセレモニーであり、開会式の入場者数は公式発表で年間約73,400人とされる[28]。一方で、現場記録では入場者数が別カウントで約81,000人に上った年もあるとされ、集計方法の揺れが論争の種になっている[28]。
競技団体[編集]
競技団体として中心的役割を担うのは、国際的にはとされる組織である。国内では、各国の体育省系組織が監督する形が多く、アメリカ合衆国ではの下部局である“競技衣装安全室”が規格承認を担当するとされる[29]。
運営上の特徴として、尻布の規格改定が頻繁に行われる点が挙げられる。これは尻布素材の改良が競技の迫力に直結するためであり、連盟は素材メーカーとの共同研究を“年次公開審査会”として実施しているとされる[30]。
また、審判育成には3段階の資格制度があり、一次は布位相基礎、二次は角度センサー運用、三次は再判定手順の監修で構成されるとされる[31]。この資格制度は、運用の標準化に寄与したとされる一方、地方大会では二次資格審判の配置が難しく、判定にばらつきが出た年もあると指摘されている[31]。
その結果、選手・審判双方に“尻布が語る情報を読む”という共通言語が形成され、技術体系が早い速度で成熟したとする見解がある[32]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ メイソン・ブラグ『尻布奪取史:パンツレスリングの誕生と変遷』オースティン大学出版, 1962.
- ^ ルース・マクレディ『Wrestling Meets Apparel: A Quantitative Study of Pants Wrestling』Vol.12, No.3, International Journal of Duel Sports, 1974.
- ^ グレン・ローダー『尻布位相図の作り方(復刻版)』オースティン工房叢書, 1936.
- ^ ハワード・シューマン『体育競技における衣装安全基準の策定』市民競技庁紀要, 第7巻第2号, 1981.
- ^ エレナ・ヴァルガス『The Snap Turn and Score Dynamics in Pants Wrestling』Duel Science Review, Vol.5, No.1, 1999.
- ^ 田中宏佑『“尻布”という用語の社会言語学:アメリカ都市競技の事例』スポーツ文化研究, 第18巻第4号, 2007.
- ^ K. J. アッシュフォード『Olympic Aspirations of Informal Sports: The 1936 Draft Materials』Journal of Games Administration, pp.141-158, 2011.
- ^ S.モレル『Mat Hardness Gradients on Duel Arenas』北大西洋スポーツ工学会報, Vol.21, No.6, pp.33-50, 2018.
- ^ “全米尻布奪取選手権”運営委員会『年間収支報告書:観客数と安全コスト(暫定版)』全米尻布奪取選手権協会, 2020.
- ^ ピーター・ロイド『Pants Wrestling Rules That Everyone Thinks They Know』Royal Field Press, 2005.
外部リンク
- パンツレスリング公式技術アーカイブ
- 尻布位相図デジタル博物館
- 市民競技庁:衣装安全室ポータル
- 北大西洋デュエルリーグ統計サイト
- オースティン都市体育祭レトロ競技記録