ヒルベルト~地より天を目指した男~
| 作品名 | ヒルベルト~地より天を目指した男~ |
|---|---|
| 原題 | Hilbert: The Man Who Reached for the Sky |
| 画像 | HilbertSkyPoster1987.jpg |
| 画像サイズ | 220px |
| 画像解説 | 公開当時のポスター |
| 監督 | 柊谷 恒一 |
| 脚本 | 柊谷 恒一、三輪 せいら |
| 原作 | オリジナル作品 |
| 原案 | 山下 玄堂 |
| 製作 | 早乙女 修司 |
| 製作総指揮 | 相馬 恒一朗 |
| ナレーター | 北條 伶 |
| 出演者 | 風間 朔、真柴 瑠璃、寺尾 三郎 ほか |
| 音楽 | 遠野 潤一 |
| 主題歌 | 「天窓の彼方」 |
| 撮影 | 有馬 徹(絵コンテ撮影監修) |
| 編集 | 藤宮 朱里 |
| 制作会社 | 東亜星映社 |
| 製作会社 | ヒルベルト製作委員会 |
| 配給 | 大和映配 |
| 公開 | 1987年7月11日 |
| 製作国 | 日本 |
| 言語 | 日本語 |
| 製作費 | 2億9,000万円 |
| 興行収入 | 18億4,000万円 |
| 配給収入 | 9億6,700万円 |
| 上映時間 | 118分 |
| 前作 | なし |
| 次作 | ヒルベルト II: 雲海の方程式 |
『』(ひるべると ちよりてんをめざしたおとこ、原題: Hilbert: The Man Who Reached for the Sky)は、に公開されたの。原作・脚本・監督は、制作は。興行収入は18億4,000万円で[1]、第12回最優秀美術賞を受賞した[2]。
概要[編集]
『』は、の郊外にある架空都市を舞台としたの日本製である。数理思想を少年向けの冒険活劇として翻案した作品として企画され、公開当時は「数式で空は越えられるか」という宣伝文句で話題を呼んだ。
物語の核は、天文台の記録係であった青年ヒルベルトが、地上の測量線を空へ延長するという禁じられた計画に挑む点にある。作中ではにも似た独自理論「天頂帰納法」が登場し、これが後年の学術界にまで影響したとする説が一部で語られているが、裏付けは乏しい[3]。
あらすじ[編集]
60年、神代市では新設されたの建設をめぐり、地表の測量図と夜空の星図が一致しないという異常が続発していた。主人公ヒルベルトは、町工場の息子でありながらの臨時記録官に抜擢され、そこで「天は上にあるのではなく、正しく測れば地続きである」と語る老学者と出会う。
ヒルベルトは、空へ伸びる巨大な定規「」の試作に成功するが、その設計図を狙うとの対立が激化する。終盤、塔の最上階でヒルベルトは、風速38メートルの暴風の中、地図と星図を重ね合わせながら「地より天を目指す」か「天より地を理解する」かの選択を迫られ、最終的には塔そのものを測量台として転用する決断を下す。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
は、本作の主人公であり、演じたのはである。彼は16歳にして天文測量の補助帳を13冊も暗記しているという設定で、作中でもっとも無茶な人物として知られる。
は、国立天測院の元主任で、ヒルベルトに理論と「空は礼儀正しく扱え」という謎めいた助言を授ける。彼の持つ竹製の三角定規は、実際にはの寺院で作られたという設定で、細部がやけに具体的である。
は、ヒロインであり、塔の制御室で気圧を読み続ける技師である。彼女は終盤でヒルベルトの理論を一笑に付しつつ、なぜか最後には設計図を守るため自ら火薬庫の鍵を投げ捨てる。
その他[編集]
が演じた理事長・は、悪役でありながら測量の礼儀作法だけは厳格で、名刺交換の角度まで指導する人物として描かれる。
また、が声を務めたナレーションは、劇中の科学説明を過剰に荘重へ寄せることで知られ、公開後には「説明がいちいち高尚すぎる」と批判された一方、深夜帯の再放送ではその調子の良さが再評価された。
声の出演[編集]
ヒルベルト・神代 -
ユリカ・真柴 -
御堂寺 玄 -
鷹野 陣内 -
北條 伶 - ナレーター
このほか、の職員群を担当した合唱団「」が、群衆の声と警報音の一部を兼ねている。記録上は18名の参加だが、実際には録音室に入ったのは7名程度であったとする証言がある[4]。
スタッフ[編集]
映像制作[編集]
監督は、脚本は柊谷と、原案は数学史研究家のが務めた。山下は当初、厳密な伝記映画として企画を持ち込んだが、企画会議の第4回で「主人公が空に梯子をかける方が強い」とされ、現在の形になったと伝えられている。
制作会社のは、当時の旧工業団地にあったスタジオを使用していた。背景美術には、実測図をもとにした遠近法が採用され、雲だけで47枚のレイヤーが組まれた。
製作委員会[編集]
製作委員会は名義で、、、の3社が中心であった。異業種が混在した理由は、劇中の測量機材を実際に販促用として流用する狙いがあったためである。
なお、関東測機工業は公開1か月前に劇場ロビーへ実物大の三角定規を寄贈し、客がもたれかかると傾くため、安全上の注意が掲示された。
製作[編集]
企画[編集]
企画は春、の箱根研修所で行われた合宿中に生まれたとされる。柊谷は当時、前作の失敗で「地味な題材しか通らない」と言われていたが、山下玄堂が持参した1枚の星図に着想を得て、本作の骨格をまとめた。
企画書の表紙には「空は測れる」という一文だけが朱書きされており、後年の資料展ではこの表紙が最重要資料として展示された。
美術・CG・撮影[編集]
美術監督のは、の高原で実地取材を行い、雲の輪郭を記録するために3日間で214枚のスケッチを作成した。劇中の天環測候塔は、岸の廃倉庫をモデルにしており、巨大だが妙に生活感がある外観が特徴である。
CGは当時としては珍しく、天球の回転演出にと呼ばれる独自方式が用いられた。これにより星が「わずかに迷いながら動く」描写が可能になったが、計算時間が長すぎて試写では一部の画面が毎回微妙に違っていたという。
音楽・主題歌・着想の源[編集]
音楽はが担当し、オーケストラにとを混ぜる編成が話題となった。主題歌「」はが歌い、終盤のサビで急に転調するため、当時の児童向け番組では放送自粛案が出たとされる。
着想の源については、柊谷が「小学校の屋上で見た月より、職員室の定規入れの方がずっと天に近かった」と語ったことが知られている。ただし、この発言は編集済みのテレビ番組からの引用であり、要出典とされることが多い。
興行[編集]
本作は7月11日にほか全国112館で公開された。配給前週の宣伝では、駅構内に高さ3メートルの紙製天文台が設置され、通勤客がその中に入って撮影できる催事が行われた。
封切り後、初週末の観客動員は14万8,000人を記録し、夏休み前にもかかわらず異例の伸びを見せた。特にの梅田地区では、上映回によっては客がストーリーを理解する前に拍手して帰る現象が相次いだと報じられている。
その後、が、、に行われ、化の際には「DVD色調問題」と呼ばれる青転びが一部店舗で話題となった。海外ではとで限定公開され、英題の長さがポスターに収まりきらなかったため、現地では単に『Hilbert Sky』の略称が使われた。
反響[編集]
批評[編集]
批評家からは、数理表現を少年映画の文法へ落とし込んだ点が高く評価された。一方で、「理論が進むにつれて登場人物の帽子のサイズまで増える」といった演出は過剰であるとの指摘もあり、賛否が分かれた。
は「本作はを必要としないほど自立しているが、必要としてしまうほど妙に雄弁でもある」と評している。
受賞・ノミネート[編集]
本作は第12回で最優秀美術賞、優秀音楽賞、特別技術賞にノミネートされ、美術賞を受賞した。また主催のでは、観客投票1位を獲得した。
ただし、授賞式当日に主演の風間朔が壇上で「この映画の主役は定規です」と発言し、司会者が一瞬沈黙したエピソードは有名である。
売上記録[編集]
興行収入18億4,000万円は、当時の同時期公開アニメ作品としては上位に入り、学習映画を装った娯楽映画としては異例の数字であった。配給会社の社内資料では、文具関連のタイアップ収益だけで製作費の18%を回収したとされる。
また、公開から9年後のには旧作リバイバル上映の中で入場者数が同館の『海底球体戦記』を抜いて1位となり、以後「地上から天へ抜けた作品」として宣伝文句に転用された。
テレビ放送[編集]
9月の系初放送では、平均視聴率12.4%を記録した。特に後半30分の天頂塔崩落シーンで瞬間最高視聴率16.8%を記録し、当時の編成担当が「子ども番組の時間にしては重すぎる」と述べたとされる。
その後、の深夜再放送では、字幕付き版が用意され、数式部分だけ別フォントにするという珍しい処理が行われた。なお、地方局の一部では主題歌が差し替えられたが、その録音版は現在も発見されていない。
関連商品[編集]
作品本編に関するもの[編集]
公開同年に、、が発売された。特に手帳は、罫線が実際の天頂帰納法に基づくと宣伝され、学生よりも文具収集家に売れた。
また、劇中に登場した円形定規「」は、実用品としてはほぼ役に立たないにもかかわらず、学習塾の景品として全国に流通した。
派生作品[編集]
続編『』はに制作が開始され、未完成版のみが社内上映された。さらにラジオドラマ版、舞台版、数理教材版が存在し、いずれも原作の厳密な再現よりも「どれだけ高い所に行けるか」を競う方向へ逸脱していった。
には同名のパズルゲームが制作されたが、解けると塔が沈むという仕様のため、教育委員会から注意喚起が出た。
脚注[編集]
[1] ただし、配給収入と興行収入の区別は資料ごとに揺れがあり、数値は必ずしも一致しない。 [2] 銀環アニメーション賞の受賞記録は、当時の事務局台帳と一部食い違う。 [3] 天頂帰納法をめぐる記述は、山下玄堂の私家版ノートにのみ確認される。 [4] 東京測量少年団の実人数については、関係者の証言が一致していない。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 柊谷 恒一『ヒルベルト制作日誌 空へ伸びる定規』東都書房, 1988年.
- ^ 山下 玄堂『天頂帰納法と映画表現』帝都出版, 1989年.
- ^ 三輪 せいら「アニメーションにおける測量比喩の変遷」『映像文化研究』Vol. 14, No. 2, pp. 41-58, 1990.
- ^ 遠野 潤一『工場ベルと管弦楽の接点』北海音楽社, 1988年.
- ^ Harrison, Peter D.
- ^ Harrison, Peter D. "The Hilbert Sky Phenomenon in Japanese Animation" Journal of East Asian Screen Studies, Vol. 7, No. 1, pp. 103-129, 1992.
- ^ Sato, Emiko and Laurent V. Marchand "Measuring the Heavens: Production Notes on Hilbert" Cinema & Math Quarterly, Vol. 3, No. 4, pp. 12-39, 1995.
- ^ 真柴 里奈『主題歌の現場、あるいは転調の政治学』銀河音楽出版社, 1991年.
- ^ Kobayashi, Jun "DVD色調問題の発生と受容" Home Video Studies Review, Vol. 11, No. 3, pp. 77-91, 2004.
- ^ 『月曜映写』編集部『アニメ映画ベスト選評1987』月曜堂, 1988年.
- ^ 寺岡 一臣『神代市の都市史と天文台計画』関東学術出版, 2001年.
外部リンク
- 東亜星映社アーカイブ
- ヒルベルト製作委員会資料室
- 銀環アニメーション賞データベース
- 月曜映写オンライン
- 神代市映画資料館