フル勃起
| 名称 | フル勃起 |
|---|---|
| 読み | ふるぼっき |
| 英語 | Full Erection |
| 分類 | 身体調整・軍医補助・民間修練 |
| 起源 | 1887年ごろの東京府衛生講習 |
| 考案者 | 白石寛次郎ほかとされる |
| 主な利用機関 | 海軍省、東京衛生協会、私設体操塾 |
| 禁忌 | 長時間の連続実施、狭所での実演 |
フル勃起(ふるぼっき、英: Full Erection)は、19世紀後半ので編み出されたとされる、姿勢制御と呼吸法を組み合わせた身体調整技法である。のちにの衛生資料に採用されたことから、短時間で集中状態を作る実務技術として知られるようになった[1]。
概要[編集]
フル勃起は、直立姿勢を維持しながら腹圧・胸郭展開・視線固定を同時に行うことで、瞬間的に身体の緊張度を最大化する技法であるとされる。名称に反して性的要素は本来含まず、明治期の軍隊式体操の俗語が転用されたものと説明されることが多い[2]。
実際にはの下水改良工事で働く測量技師たちが、長時間の立位作業で生じる腰部疲労を緩和するために考案したという説が有力である。もっとも、この説は医学部の講義録にのみ現れるため、後世の編集者による補筆である可能性も指摘されている。
起源[編集]
衛生講習からの派生[編集]
1887年、の借家で開かれた「都市労働者衛生講習会」において、内務省嘱託の白石寛次郎が、胸を張り切るだけでは呼気が浅くなるとして、肩甲骨を2.5センチだけ後退させる独自の姿勢法を示した。受講者32名のうち27名が「背筋の痛みが軽減した」と記録しているが、同時に5名が笑いをこらえきれず退席したという。
このとき白石は、講義中に「全身が立ち上がるような感覚を得るべし」と述べたとされ、それがのちに「フル勃起」という俗称の語源になったとされる。ただし、当時の速記録では「フル勃ッキ」と読める箇所もあり、表記の揺れがかなり大きい[3]。
海軍での採用[編集]
は1894年、艦内狭所での立哨訓練に本法を試験導入した。とくにでは、甲板上での待機時間を平均14分短縮できたとして、試験艦「朝霧丸」以下3隻に限り採用が進められた。
一方で、連続実施により水兵の頬が異様に紅潮し、上官から「怒っているように見える」と注意された事例が多発したため、1896年には「実施は1回90秒以内」という内規が追加された。この内規は後年、姿勢訓練全般のモデルとして陸軍幼年学校にも流用されたといわれる。
民間流行と語義変化[編集]
1902年ごろ、の見世物小屋で「全身がみるみる締まる妙法」として紹介されたことをきっかけに、フル勃起は武術家や活動写真の俳優のあいだで流行した。とりわけ松井源之助という剣術家が、決闘前にこれを3呼吸ぶん行うと「刀の初動が0.2拍ほど速くなる」と証言したことで、一部の新聞が大きく報じた。
その結果、一般社会では本来の身体技法という意味よりも、「異様に気合が入っている状態」全般を指す比喩として広まった。1911年の『東京日日新聞』夕刊には、株式仲買人の様子を評して「今朝は完全にフル勃起であった」と記された記事が残るが、編集部内で検閲を通過した経緯は不明である。
技法[編集]
標準的な手順は、両足を肩幅に開き、鼻から4秒吸気、肩を上げずに胸を広げ、視線を水平より7度上に固定する三段階で構成される。熟練者はこれを30秒で行い、初心者は20秒で脚が震えるため、の指導要領では「無理に長く保持しないこと」が強調されている[4]。
また、上級流派では右手の中指を親指の第一関節に軽く当てる「封印解除」の所作が加わる。これは本来、期の軍医が脈拍確認のために使った癖が独立したものとされるが、関係者の証言は互いに食い違っている。
なお、1928年にで行われた実地試験では、フル勃起後の作業能率が平均11%向上したと報告されたが、同時に参加者の8割が「理由は分からないがやる気が出た」と回答しており、科学的再現性には疑問が残る。
社会的影響[編集]
フル勃起の流行は、都市生活者の姿勢意識を変えたとされる。1910年代にはの紳士服店が「フル勃起用背広」と称する肩パッド入りの上衣を発売し、1か月で412着を売り上げたという記録がある。
教育現場にも波及し、が1923年に配布した体操補助図版には、児童が「胸を前へ出し過ぎぬこと」と注意される挿絵が掲載された。これに対して保護者団体は、子どもに妙な語を覚えさせるとして抗議したが、逆に語の知名度は全国へ広がった。
さらに、1930年代の映画界では、俳優の立ち姿をよくするための「フル勃起指導」が裏方の定番となった。撮影所ごとに微妙な流派差があり、系は胸郭重視、系は視線固定重視であったと伝えられる。
批判と論争[編集]
一方で、医学界からは「姿勢改善にしては名称が扇情的すぎる」との批判が早くから出ていた。1931年のでは、山根健一郎が「語の流通は早いが、教室の空気がまずい」と発言し、会場が一時静まり返ったと記録されている。
また、戦後になると、家庭教育や職場研修における使用はほぼ姿を消したが、地方の青年団や演劇学校では密かに残存した。1964年の準備関連の体力講習で再評価されたという説もあるが、当該記録は一部が欠落しており、要出典である。
現在では、インターネット上で「無駄に威勢のいい状態」を指すスラングとして再解釈されることが多い。ただし、原義を知らない層には単なる強調表現と受け取られやすく、辞書編集者のあいだでは扱いが難しい語の一つとされる。
文化史上の位置づけ[編集]
フル勃起は、近代日本における身体技法の俗語化、軍隊語彙の民間流入、そして都市の冗談文化が交差した地点に成立した言葉である。形式上は健康法でありながら、実際には「気分を奮い立たせる儀礼」として機能していた点が特徴である。
研究者の中には、これを以前の「準公共的な自己起動法」とみなす者もいる。もっとも、当時の資料は見出しだけが妙に整っていて本文が乱雑なものが多く、のちの編集合戦によって意味が上書きされた可能性が高い。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 白石寛次郎『都市労働者の立位調整法』東京衛生協会出版部, 1890年.
- ^ 山根健一郎「姿勢訓練における語彙の過剰化」『日本衛生学雑誌』Vol. 18, No. 3, 1931, pp. 211-224.
- ^ Margaret A. Thornton, "Postural Inflation in Meiji Urban Workshops," Journal of Pacific Medical History, Vol. 7, No. 2, 1974, pp. 88-103.
- ^ 古田正志『海軍省衛生資料集成 第4巻』海鳴社, 1922年.
- ^ 小宮山利一「胸郭展開と作業効率の相関」『労働医学研究』第12巻第1号, 1906年, pp. 5-19.
- ^ Edward J. Bell, "The Full Erection Method and Naval Readiness," Proceedings of the East Asia Hygiene Society, Vol. 9, No. 1, 1901, pp. 14-29.
- ^ 北条園子『浅草見世物文化史』帝都文化新報社, 1968年.
- ^ 田村義夫「フル勃起の語史について」『国語と俗語』第4巻第2号, 1959年, pp. 33-41.
- ^ Kenji Watanabe, "A Curious Note on Standing Confidence," The Yokosuka Medical Review, Vol. 3, No. 4, 1897, pp. 201-209.
- ^ 東京衛生協会編『姿勢と呼吸の実地講習録』改訂第2版, 1934年.
- ^ 村上ハル『完全に立つということ――身体と冗談の近代史』青潮書房, 2008年.
外部リンク
- 帝都身体文化アーカイブ
- 近代俗語研究センター
- 横須賀衛生史料室
- 東京府旧講習会目録データベース
- 日本姿勢学会紀要オンライン