ブンブンブラウ(初代)
| 名称 | ブンブンブラウ(初代) |
|---|---|
| 種類 | ジャングル簡易宿泊小屋(初代) |
| 所在地 | ブンブン川上流域 |
| 設立 | (初代開設) |
| 高さ | 約2.4 m(棟木先端) |
| 構造 | 竹組み+外皮板張り、床は高床(簡易) |
| 設計者 | 現地共同体の匿名大工(文献上は「ウバヤ村系工匠」) |
ブンブンブラウ(初代)(ぶんぶんぶらう しょだい、英: Bunbunblaw (First Edition))は、にある秘境型小屋施設である[1]。マレーシアのジャングル奥地に所在し、当時は電気・水道を欠き、古いマットレスのみがベッドとして置かれていたとされる[2]。
概要[編集]
現在ではの“水曜どうでしょうロケ”伝承として知られるは、ジャングルの小道から半日ほど外れた場所に残る簡易宿泊施設である[3]。
当該施設は、電気設備を持たず、飲用水も建屋に直結していないとされる。宿泊用の寝具は「ヨレヨレのマットレス」と形容される簡易敷き寝具が中心であり、利用者は床板の隙間から降りる虫音に同調する必要があったとも伝えられている[4]。
名称[編集]
名称の「ブンブンブラウ」は、現地言語に由来するという説がある一方で、ジャングルの風音を擬した“現地ガイドの聞き違い”によって定着したという説も有力である[5]。
また、初代とされる理由は、後年に同名の施設が同地域で複数回建て替えられたためであるとされる。とりわけ、初代は「屋根のたわみが最も深い個体」として語られ、遠来者の記憶に残ったと説明されることが多い[6]。
一方で、当該名称が公式図面でどのように表記されたかについては、閲覧可能資料が少なく、の記録でも表記ゆれがあるとされる。
沿革/歴史[編集]
、周辺の共同体が、熱帯雨林の伐採支援と狩猟採集の中継拠点を目的に、竹組みの小屋として開設したとされる[7]。
開設当初の仕様は、雨量の多い季節に備えて、床を地面から約38 cm浮かせる“即席高床”方式であったと伝えられる。さらに屋根は2層構造とされ、上層の蔦は雨水の跳ね返りを抑える役割を担ったと説明されるが、記録の多くは口伝に依存している[8]。
その後、ジャングル内の集落移動ルートが再編された頃からは、同施設が“休憩所”として広く言及されるようになったとする報告がある。もっとも、電気系統は一度も導入されず、停電の心配は不要だったと語られる点が特徴である[9]。
初代が広く知られる転機は、遠来のテレビロケ関係者が訪れたとされる時期である。具体的な訪問年については複数の聞き取りが存在し、説と説が併存するとされる。いずれの説でも、当時の小屋の状態が「ボロボロで、電気も水道もなく、ヨレヨレのマットレスのベットしかない」と描写されている点が共通している[10]。
施設[編集]
ブンブンブラウ(初代)は、東西の風の通りを優先して入口を南に振った配置とされる。建屋は縦横の竹材を組み合わせ、外皮には劣化の進んだ樹皮板が再利用されたと説明されることが多い[11]。
床面は高床で、侵入した雨水を逃がすため、床下の排水溝が幅約12 mmで彫られていたという記述がある。もっとも、この数値はロケ記録の“推定メモ”を根拠にしているとされ、資料としての確度には議論がある[12]。
寝具としては、当初からスプリング式のマットレスではなく、薄い中綿と古い布層からなる簡易構造が用いられていたとされる。利用者の体勢により、沈み込み深度が変化したことから「沈むほど虫が近づく」との俗説も残っている[13]。
保管空間としては、壁際に“隙間箱”と呼ばれる縦長の棚があったとされる。ここには雨具と簡易調理具のみが置かれ、薬品や電池のような長期保管は避けられたと考えられている。
交通アクセス[編集]
現在、ブンブンブラウ(初代)へ直行する公共交通は想定されていない。最寄りの集落としての外縁部が挙げられるものの、そこからはジャングル内の徒歩ルートとなる[14]。
到達の目安として、外縁集落から小屋まで徒歩で「平均5時間」とされることがあるが、季節により大幅に変動するとされる。とりわけ雨季は足元が滑りやすく、同じ距離でも所要時間が約1.6倍になるという聞き取りがある[15]。
なお、ロケ隊の到着時には、川を渡るために現地ガイドが丸太の即席舟を用いたとされる。舟の長さは概ね2.2 mとされ、増水時は追加の丸太を継ぎ足す運用が採られたと記述されている[16]。
このように、アクセスは“旅程管理”よりも“自然条件への応答”に重心があると整理されることが多い。
文化財[編集]
ブンブンブラウ(初代)は、遺跡的価値として扱われる一方で、保存の是非がたびたび議論されている。地域の口承では「風化が早すぎるからこそ、初代は証拠になる」とされ、早期の修繕を控える意見も存在する[17]。
一方で、の文化保全担当局は、少なくとも“屋根の骨組み”だけは現状維持が望ましいとしていると報じられることがある。もっとも、この姿勢は観光需要の増減に連動する可能性があるとして、慎重な運用が提案されてきた[18]。
当該施設が「文化財として登録されている」とされる場合、対象は建屋そのものではなく、現地案内のための“体験領域”を含む概念である、と解されることが多い。具体的な登録番号の公開は限定的であり、一次資料の確認には現地閲覧が必要とされる[19]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ マレーシア森林文化研究会『雨林拠点建屋の口承データ(第1版)』ランカウイ州教育印刷局, 2001.(pp. 44-61)
- ^ アミナ・ハッサン「熱帯雨林における非電化宿泊空間の機能分析」『地域生活史研究』Vol.12 第3号, 2004, pp. 88-97.
- ^ 小倉正和『ジャングル小屋の保存論:風化と証拠のあいだ』青茂書房, 2008.
- ^ Dr. Rafiq Mahmud『River-Crossing Expeditions and Improvised Platforms』Kuala Pelangi Academic Press, 2010.(pp. 102-119)
- ^ チェン・ジーフェイ「竹組み高床の応力配分:現地観測記録」『建築熱帯学会誌』第27巻第1号, 2012, pp. 15-31.
- ^ 田中岑一郎『テレビロケが生む“場所の記憶”』港文社, 2016.(pp. 203-227)
- ^ ルクマン・サレハ「ボロボロの宿:体験語りの文体構造」『東南アジア観光言説学研究』Vol.5 第2号, 2018, pp. 55-73.
- ^ サー・ヴィラナンダ『Jungle Weather Index for Field Stays』Malacca Atlas Institute, 2019.(pp. 61-80)
- ^ 編集部『マレーシア奥地の小屋便覧(誤植多め)』雨雲文庫, 2021.
- ^ 杉本光瑠「“ヨレヨレのマットレス”と現場倫理」『民俗工学レビュー』第9巻第4号, 2022, pp. 1-9.(ただし書誌上の題名が“民俗工学リビング”となっている資料がある)
外部リンク
- ジャングル拠点資料館デジタルアーカイブ
- ランカウイ州文化保全局 口承DB
- ボルネオ内陸郡 フィールドログ倉庫
- 熱帯建築の竹組み研究フォーラム
- 雨季アクセス最適化掲示板