プロレス(小説)
| 分野 | エンターテインメント小説、擬似スポーツ文学 |
|---|---|
| 成立 | 1958年頃 |
| 発祥地 | 東京都墨田区の貸会議室群 |
| 主要創案者 | 野上玄一郎、北川ミツ、渡会修三 |
| 特徴 | 勝敗が章ごとに変動する、観客の拍手量が本文に影響する |
| 代表作 | 『ロープ際の雨』『三本勝負の夜』『リング下の寓話』 |
| 関連機関 | 日本擬闘文学協会 |
| 影響 | 地方紙の連載小説、ラジオ朗読劇、深夜帯の実演文芸番組 |
プロレス(小説)(プロレス しょうせつ)は、との境界を意図的に曖昧化したの長編小説形式である。観客参加型の筋書きと、試合記録風の文体を併用することで知られている[1]。
概要[編集]
プロレス(小説)は、の試合進行を小説の章立てに移植した文芸形式である。一般に、1話ごとに「入場」「攻防」「場外」「逆転」「決着」の五幕構成をとり、物語の結末は原稿完成後に編集部が決める慣行があるとされる[2]。
この形式は、試合の結果そのものよりも、観客の「納得」を文体化することを目的としており、登場人物の肉体描写、実況調の比喩、控室での短い沈黙などが異常に重視される。一方で、作者が執筆中に架空のラリアットを誤って机に打ちつけ、原稿用紙を破損する事故が多発したことでも知られている[3]。
成立史[編集]
墨田区の草創期[編集]
起源は、業平の貸会議室「三善文化サロン」で行われた深夜の文芸実演会に求められる。主宰したは、で相撲取組記録を閲覧していた際、記録文がそのまま興奮を生むことに気づき、これを長編小説へ転用したとされる。
当初は『擬闘抄録』と呼ばれていたが、観客の一人であった元記者のが「これは新聞の社会面ではなく、むしろ小説である」と評したため、現在の名称が定着した。なお、この命名の場で配られたおしぼりが、後年の『ロープ際の雨』初版本の装丁色と一致していたとの指摘がある[4]。
黄金期と章間中継[編集]
後半には、堂島の出版社が「章間中継」という独自の連載方式を採用し、各章末に次回予告を付すことで急速に普及した。ここで重要だったのは、次回予告が実際の続きではなく、編集者がその場で捏造した文言である場合が少なくなかった点である。
の『三本勝負の夜』では、主人公がの倉庫街で3度敗北したのち、最終章で突如として詩人に転向するという展開が話題になった。読者投票では「筋が通っていない」が41.8%、「しかし拍手したい」が47.2%を占め、当時の文学賞選考委員会を困惑させたと記録されている。
放送化と全国展開[編集]
にはの深夜実験番組『朗読リング』で、プロレス(小説)が初めてラジオドラマ化された。番組では、ナレーターがページをめくる音を強調するためにの寺院で録音された風鈴の音を混ぜ、これが意外にも好評だった。
また、の商店街では、夏祭りの仮設リング上で朗読会を行う「公開勝ち抜き朗読」が流行し、1日平均で延べ1,300人が観覧したとされる。もっとも、観客の大半は試合開始前に配られた焼きそばの量に満足していたという証言もある。
文体と技法[編集]
この形式の最大の特徴は、勝敗が物理的な力ではなく修辞的な圧によって決まる点にある。たとえば、相手を押し込む場面では「畳が一枚、ため息をついた」といった擬人法が多用され、読者は実際の投げ技よりも、言い回しの強度によって熱狂する。
また、作者は必ず風の地の文を挿入し、章中に「ここでいったん沈黙である」と書くことを好む。沈黙の長さは行数で管理され、熟練の作家ほど3行、あるいは7.5行の沈黙を的確に使い分けるとされる。1970年代後半にはの同人誌で「沈黙に小数点を導入する実験」が行われ、批評家の間で賛否が分かれた[5]。
さらに、終盤の決着前には必ず「場外での人生」が回想される慣例があり、ここで主人公の少年期、靴のサイズ、好物のメンチカツまでが試合運びの伏線として回収される。これにより、読者は試合を読んでいるのか回想録を読んでいるのか分からなくなるのである。
主な作家と作品[編集]
三巨頭[編集]
は草創期の理論家であり、代表作『ロープ際の雨』で、場外カウントを「都市の孤独」と結びつけた。彼は実際には一度もリングに上がったことがないが、読者からは最も技術的な作家の一人とみなされている。
は編集者出身で、『三本勝負の夜』において読者投票を章構成に導入した。彼女の原稿は赤鉛筆で修正されるたびに強くなると噂され、印刷所では「朱筆で増量される作家」と呼ばれた。
は京都系の文体を持ち込み、『リング下の寓話』で哲学的な寝技描写を確立した。彼の作品では、関節技の説明が3ページ続く間に季節が1つ進むことがあり、これが「遅効性の興奮」として評価された。
後続世代[編集]
にはの若手作家が現れ、観客のブーイングを台詞として本文に転記する「反応写実主義」を提唱した。これにより、作品中で主人公が罵倒される回数と実売部数の相関が統計的に語られるようになった。
また、の女性作家は、雪上リングを舞台にした『白いコーナーポスト』で知られ、体温の低下を情感の上昇として描く手法を確立した。彼女の作品はの地方書店で特に売れたとされるが、理由は不明である。
代表作[編集]
『ロープ際の雨』は、全14章のうち11章が場外で終わる異例の構成で、最終章だけが2,300字の反則負けで締められる。『三本勝負の夜』は、読者が付録の投票券を切り取って郵送することで結末が変わる仕組みを採用し、最多票の結末が必ずしも作者の意図と一致しないとして有名である。
『リング下の寓話』は、地下通路を「記憶の控室」として描いたことで文学賞を受賞したが、受賞理由の要旨には「もっともらしいので」とだけ記されていたという。
社会的影響[編集]
プロレス(小説)は、の連載文化に大きな影響を与え、特に夕刊の4面広告と相性が良かった。1969年から1978年にかけては、全国47都道府県のうち39県で「今夜の決着」が見出しに使われたとされ、商店街の活字離れを一時的に止めたともいう[6]。
また、の調査によれば、読者の62.4%が「人生で最も熱心にページをめくったのは本形式である」と回答した。ただし、この調査は場外カウントの見学会に参加した人のみを対象にしていたため、母集団の偏りがあると批判された。
教育現場への波及も無視できない。1970年代の一部私立高校では、現代文の授業で「クライマックスの上手い締め方」を学ばせるためにこの形式が使われたほか、文化祭では担任教師がレフェリー役を務める即興朗読試合が行われた。なお、これらの活動が生徒の読解力を高めたかどうかは、いまだ結論が出ていない。
批判と論争[編集]
批判の中心は、作品の終盤における「勝敗の再設定」が恣意的であるという点である。特にの『北口三分の逆転』では、刊行直前に主人公の勝利が敗北へ差し替えられ、購入済み読者の一部が出版社前で紙吹雪を撒いたとされる。
また、文芸批評家のは「この形式は小説ではなく、敗者のメモ帳を綺麗にしたものにすぎない」と酷評したが、翌月には自身が同形式で連載を開始し、序文で前言を半分だけ撤回した。これに対し、擁護派は「矛盾こそ本質である」と主張するが、反対派からは「単に毎回書き直しているだけではないか」との指摘がある[7]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 野上玄一郎『ロープ際の雨と日本擬闘文学の成立』双輪書房, 1963.
- ^ 北川ミツ『章間中継論 その理論と実務』新潮社, 1969.
- ^ 渡会修三『リング下の寓話』講談社, 1972.
- ^ 相馬玲子「敗北の編集学」『文芸時評』Vol. 18, No. 4, pp. 41-58, 1978.
- ^ Arthur L. Fenwick, “The Syntax of Ringside Prose,” Journal of Speculative Narrative, Vol. 7, No. 2, pp. 113-129, 1981.
- ^ 杉本天城『反応写実主義宣言』河出書房新社, 1984.
- ^ 水沢れい『白いコーナーポスト』筑摩書房, 1987.
- ^ 日本擬闘文学協会 編『観客投票と本文変動の研究』岩波書店, 第3巻第1号, 1991.
- ^ 田辺義弘『沈黙に小数点を入れる試み』白水社, 1994.
- ^ Miriam K. Roth, “Audience Consent and Chapter Reversal in Japanese Pro-Wrestling Fiction,” Contemporary Fiction Review, Vol. 12, No. 1, pp. 9-27, 1998.
- ^ 双輪書房編集部『北口三分の逆転 追補版』双輪書房, 2001.
- ^ 井出春香『プロレス(小説)の受容史における風鈴音の役割』勁草書房, 2009.
外部リンク
- 日本擬闘文学協会
- 双輪書房デジタルアーカイブ
- 墨田区文化実演資料室
- リング文体研究センター
- 観客投票連載年表