ペケペケくん
| 名称 | ペケペケくん |
|---|---|
| 分類 | 反復式誤答誘発玩具 |
| 初出 | 1958年頃 |
| 考案者 | 相馬 恒一郎 |
| 製造元 | 東都児童機器製作所 |
| 主な用途 | 算数・発声・注意配分の訓練 |
| 流行地域 | 関東地方、北陸地方の学童市場 |
| 派生製品 | ペケペケくんJr.、ペケペケくんDX |
| 問題点 | 誤答を学習として記憶する副作用が指摘された |
ペケペケくんは、昭和中期に下町の玩具工房で考案された、反復動作と誤答誘発を組み合わせた児童向け簡易機械玩具である。のちにの準標準規格に採用され、学習補助具としても広く知られるようになった[1]。
概要[編集]
ペケペケくんは、内部の歯車と紙帯を用いて「正しいはずの答え」を意図的に一度だけ外す構造を持つ玩具である。子どもが答えを唱えると、装置が小さく「ぺけ」と鳴り、直後に別の導線へ切り替わるため、反射的な修正学習が促されるとされた[2]。
当初は墨田区の個人工房で試作されたが、末の学習玩具ブームに乗って系の委員会で紹介され、算数の九九を覚える補助具として一部の小学校に導入された。もっとも、導入校の教員からは「便利ではあるが、児童が授業中にわざと間違える癖を覚える」との報告も残されている[3]。
歴史[編集]
誕生[編集]
考案者とされるは、の射的景品工場で修業したのち、に今戸の長屋で試作を始めた人物である。彼は、子どもが「失敗を笑って直す」過程を重視しており、単に正解を当てるだけの玩具に飽き足らず、あえて一回だけ空振りする仕掛けを入れたという。
初期型は木製で、内部にのカムを仕込み、回転ごとに音階が半音ずつずれる設計であった。試作品3号は町内会の盆踊りで実演され、参加した児童17人のうち14人が30分以内に名称を正しく覚えたが、残り3人は本体を「鳴る郵便受け」と誤認したとされる。
普及[編集]
量産はが担当し、には月産2,400台に達したとされる。販路は主に・の問屋街で、紙箱の側面に印字された「まちがえても、すぐなおる」というコピーが保護者層の支持を集めた[4]。
一方で、の内部文書には、ペケペケくんを導入した学級で「発声の勢いは向上したが、黙読の集中時間が平均1.7分低下した」とする報告がある。これを受け、には改良版のペケペケくんDXが発売され、誤答時の効果音が「ぺけ」から「ぺけ、もう一回」に変更された。
制度化[編集]
、東京都教育研究会の下部分科会が、ペケペケくんを「初等算数補助の参考器具」として推奨したことで、玩具でありながら準教材という微妙な地位を得た。これに伴い、製品説明書には「1日12回を超える連続使用は推奨されない」との注意書きが追加され、逆に子どもたちの間では「12回を超えると本気モードになる」という都市伝説が広まった。
なお、前後には、の学習塾が独自に改造した「ペケペケくん・夜学仕様」が存在し、夜間の静音学習を目的にベルが綿で包まれていた。ところが、綿の吸音性が高すぎたため、誤答しても音がせず、利用者が正誤判定を待ち続けるという本末転倒の事例が報告されている。
構造[編集]
標準型のペケペケくんは、高さ18.4cm、幅9.2cm、重さ412gで、外装はブナ材とセルロイドの混成である。内部には紙帯、反転歯車、ゼンマイ、そして「ため」の役割を果たす小さな真鍮板があり、これが鳴り終わりの0.6秒前に挟み込まれることで、利用者に微妙な期待外れ感を与える。
この構造は単純に見えるが、実際には三段階の判定機構を備えていた。第一段で答えの音程、第二段で発話速度、第三段で周囲の笑い声を拾い、それらを総合して「ぺけ」か「ぺけではないか」を決定したとされる。もっとも、第三段の仕組みは後年の研究者から「ほとんど機械ではなく、教室の空気に依存している」と批判された[5]。
社会的影響[編集]
ペケペケくんは、家庭内学習の風景を変えた製品の一つとされる。特にには、父親が仕事から帰宅した夜に子どもへ九九を出題し、誤答するたびに家族全員が小さく笑うという、独特の娯楽兼教育の時間を生んだ。
また、の子ども向け番組で短期間紹介されたことにより、「失敗を先に見せる教材」という考え方が広まった。これが後の「わざと間違うことで覚える」学習法に影響したとする説があるが、裏づけは十分ではない[6]。ただし、の都内学童調査では、ペケペケくん経験者のうち約38%が「間違いを怖がらなくなった」と回答しており、教育心理学の一部では今なお参照される。
批判と論争[編集]
最大の論争は、ペケペケくんが「学習補助具」なのか「失敗癖を再生産する装置」なのかという点にあった。保守的な教育関係者は、児童が「ぺけ」と鳴るたびに拍手を期待するようになり、正解よりも演出を重視する傾向が生じると批判した。
一方で、愛好家団体「ぺけの会」は、誤答を可視化することこそ認知発達に有益であると主張し、に藤沢市で公開試験を行った。この試験では、参加児童64人のうち58人が終了後も装置を離れず、6人は「もう一回ぺけを見たい」と述べたため、主催者側は成功として報告したが、審査員の一人は記録欄に「依存性の可能性あり」と手書きしている。
派生製品[編集]
最も有名な派生製品は、手のひらサイズに縮小したである。これは机上学習向けに設計され、鉛筆立てと一体化したため、家庭では便利だったが、筆記中に突然鳴るため「宿題が監視してくる」と評された。
また、の限定版「ペケペケくんDX金属音モデル」は、誤答音が鐘に近い音へ変更され、受験生向けとしてで人気を博した。さらにでは方言対応版が作られ、誤答時の音声が「ぺけだっぺ」となったが、これは実用性よりも観光土産としての価値が高かった。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 相馬 恒一郎『反復と失敗の教育玩具論』東都出版, 1965年.
- ^ 渡辺 史朗『昭和玩具工学史』日本児童機器学会, 1979年.
- ^ Margaret A. Thornton, "Error-First Learning Devices in Postwar Japan," Journal of Toy Studies, Vol. 12, No. 3, 1984, pp. 44-68.
- ^ 佐々木 由美『誤答を楽しむ子どもたち』青空書房, 1972年.
- ^ Kenji Morita, "Mechanical Laughter and Classroom Discipline," Educational Artifacts Review, Vol. 5, No. 1, 1991, pp. 9-31.
- ^ 『東京都学童玩具調査報告書 第17集』東京都教育研究所, 1974年.
- ^ 小林 俊介『ぺけ音の民俗誌』北陸文化社, 1988年.
- ^ H. P. Ellery, "The Peke-Peke Phenomenon," Toy and Child Journal, Vol. 8, No. 2, 1969, pp. 101-119.
- ^ 『児童機器年報 1964』日本玩具協会調査部, 1965年.
- ^ 中井 真理『ペケペケくんと近代家庭学習』晨星館, 2002年.
外部リンク
- 日本誤答玩具研究センター
- 昭和学習具アーカイブ
- 東都児童機器資料室
- ぺけの会公式記録集
- 関東玩具工業史データベース