ポンコツスープ
ポンコツスープ(ぽんこつすーぷ)は、日本の都市伝説の一種である[1]。
概要[編集]
ポンコツスープとは、深夜の調理場で「鍋が勝手に鳴る」といった怪談とともに語られる都市伝説である[1]。
噂では、完成間近のスープが突然“役に立たない味”へ変質し、飲んだ者の体調や記憶が部分的に欠落すると言われている。また、地域によってはとも呼ばれるという話がある[2]。
目撃談としては、台所の照明がチラつき、湯気の中に「数字のような泡」が浮かぶという伝承が語られる。そうした出没のたびに不気味な恐怖と軽いパニックが起こり、全国に広まったという話がある[3]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は、1968年に札幌市の給食センターで運用された「失敗対策」試験に由来するとされる[4]。
同センターでは、味見用の小鍋を“落第鍋”と呼び、当番の交代ミスが起きた際に廃棄する仕組みを作ったと噂される。ところが、その小鍋だけがなぜか異常に粘り、翌日には「ポンコツスープ」と名付けられた怪奇譚として語り継がれたと言われている[5]。
伝承によれば、最初に正体を掴んだのは、機械保守の社員渡辺精一郎ではなく、清掃員の(当時21歳)だという話がある[6]。もっとも、これが誰の記録に基づくかは不明であり、という話として広まったため、正体は定かではないとされる[7]。
流布の経緯[編集]
1997年ごろ、名古屋市の深夜ラジオ番組で「鍋の欠陥音が“助けて”に聞こえる」という怪談が取り上げられ、目撃談がまとめられたとされる[8]。
2003年には、投稿サイトで「スープの比重だけが0.3増える」などの細かい数値が拡散し、ブームの火種になったという[9]。ただし当時の元投稿は削除されており、真偽は噂のまま残ったとされる。
さらに2012年、東京都の学園祭で出された“ポンコツ出汁”の模擬屋台が炎上寸前となり、ネットでは「都市伝説の再現だ」と半ば確信的に語られた。全国に広まったのは、その炎上がマスメディアに拾われ、テレビの特集で怪談として扱われたためだと考えられている[10]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
伝承に登場するのは、調理担当者ではなく「“仕込み”を間違える人」だとされる[11]。
言い伝えでは、ポンコツスープは味ではなく“段取り”を食べる妖怪だとされるが[12]、必ずしも目に見えるわけではない。目撃された/目撃談として多いのは、鍋の底から黒い泡が9秒間だけ逆流し、その後に味が急に薄くなるという不気味な現象である[13]。
また、噂の中心人物としてが挙げられることがある。主任が夜の見回りをサボると出没が増えるため、対策が“主任の責任”へすり替わっていったという話が残る[14]。
正体に迫ったとされる話では、泡の中に「期限はあと17分、返品不可」という文字列が一瞬だけ浮かぶと語られる。しかし、実際に撮影された写真は見つかっておらず、という話として扱われている[15]。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
派生バリエーションとして、最も多いのは「」「」「」といった呼称である[16]。
たとえばでは、器に注いだ瞬間に表面が薄い膜になり、スプーンが砕ける目撃談がある。さらにでは、冷蔵庫から出していないのに温度表示が-2℃へ落ちたという“目に見える数字”が語られがちである[17]。
一方で、は金額の数字が湯気の粒になって踊るという伝承であり、地域によっては「レジ袋の匂いが混ざる」とも言われる[18]。これらはいずれもポンコツの方向性が違う、という噂の整理として使われている。
なお、調理機器のブランド名が尾ひれとして加わり、「型番が“p-013”だった」などと記述されることもある。ただし後年の検証では、その型番は存在しないと指摘されており、出典としては怪しい部分があるとされる[19]。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法は、料理の修正ではなく「儀式」として説明されることが多い[20]。
まず、スープを沸かす直前に「鍋のふたを3回だけ逆さに置く」と言われる。理由は“妖怪が段取りを反転できなくなるため”とされるが[21]、根拠は噂の域を出ない。
次に、湯気が出始めたら、味見ではなく「同じ温度の水」を一口だけ器の縁に垂らす対処が紹介されることがある。伝承によれば、この行為で“返品不可”の文字列が消えるという[22]。
ただし、対処を間違えると恐怖が増すとされる。特に、混ぜる回数を誤って「17回転」になると、鍋が“助けて”と鳴るという恐怖談があり、調理場が一時的にパニックになると語られる[23]。
社会的影響[編集]
ポンコツスープは、衛生指導の言い換えとしても使われたとされる[24]。
学校現場では、給食の手順遵守を促すスローガンが作られ、「段取りがポンコツなら味もポンコツ」といった形で“怪談の教育化”が進んだ。結果として、保健室に持ち込まれる相談が増えたという噂がある[25]。
一方で、過度な恐怖が広がり、調理担当者が必要以上に恐れ、作業時間が1.6倍になったと報じられたことがある。とはいえ、これが都市伝説によるものかは判然としないとされる[26]。
また、インターネットでは「ポンコツ=凡ミス」へ意味が転用され、料理以外の失敗にも比喩が貼られるようになったという。たとえば総務省の研修資料が「ポンコツスープ・チェック」と題した“段取り監査”を模した、とネットで揶揄された時期もあった[27]。
文化・メディアでの扱い[編集]
マスメディアでは、ホラー特番の一コーナーとして扱われることが多い怪談である[10]。
テレビでは、湯気に数字が浮く表現がCGで再現されがちで、視聴者のコメント欄では「17分がいちばん出る」などの噂が加速したとされる[28]。
漫画化もされ、「鍋が喋る」「妖怪が給食主任の机を占拠する」といった演出が主流になったという[29]。このため、ポンコツスープは単なる恐怖ではなく、社会の段取り失敗を笑う題材としても機能していったと考えられている。
なお学校系では、怪談研究部が夏休みに“安全儀式”として手順を見直す合宿を行い、怪談としての側面と教育的側面を併せ持つものとして扱われることがある[30]。もっとも、この合宿が実際に都市伝説と直結しているかは議論があるとされる。
脚注[編集]
参考文献[編集]
■参考文献 [1] 町田ユリ子『夜勤厨房の怪談地図:未確認の湯気編』朝鷺書房, 2018. [2] 鈴木一樹「ポンコツ汁に関する呼称分布の試算」『地方噂誌』第12巻第3号, 2010, pp. 44-57. [3] 斎藤朋也『テレビ怪談の作法と編集』霧海出版, 2021. [4] 札幌給食センター『失敗対策試験報告書(抜粋)』内務衛生局, 1968, pp. 12-19. [5] 望月ハル『鍋底の逆流:調理場の噂が生まれる条件』麦藁学術社, 2004, Vol. 2, pp. 101-129. [6] 佐伯燈「給食現場の“清掃員証言”の位置づけ」『栄養史研究』第27巻第1号, 2007, pp. 88-96. [7] 渡部宗介『噂と伝承の保留条件』恒星書店, 2016. [8] 中村健治『深夜ラジオ事件録:声が鳴る台所』アルファンド社, 1999, pp. 201-223. [9] Clarke, A. “Digit-Foam Patterns in Urban Kitchen Folklore” 『Journal of Playful Superstition』 Vol. 5 No. 2, 2005, pp. 12-31. [10] 吉田恵理『怪談のメディア伝播:全国ブームの生成メカニズム』東京放送文化研究所, 2014, pp. 73-95. [11] 田所清隆『“段取りを食う”怪奇譚の修辞』大学院叢書, 2019, 第6巻第1号, pp. 33-49. [12] Harrow, M. “Kappa-like Protocols in Contemporary Japanese Tales” 『Ethnomythology Letters』 Vol. 19, 2012, pp. 210-244. [13] 小林マサト『逆流は9秒で起きるか:噂の時間設計』蒼天文庫, 2008, pp. 5-24. [14] 亀井真央『主任という役職の怪異化』柊出版, 2011, pp. 140-162. [15] 高梨慎吾『湯気に文字が出る話の系譜』夜霧評論社, 2022. [16] 平野紗菜『派生バリエーションの分類学:ポンコツスープ事例集』噂学館, 2015, pp. 9-64. [17] 内海雅人「温度表示の“虚構的確実性”」『計測と民間伝承』第3巻第4号, 2009, pp. 66-79. [18] Brennan, J. “Receipt-Resonance: Consumer Paper in Haunted Cuisine” 『International Review of Kitchen Cryptids』 Vol. 8 No. 1, 2013, pp. 1-20. [19] 山田稜「存在しない型番はなぜ記憶されるのか」『技術噂学研究』第41巻第2号, 2020, pp. 120-134. [20] 村瀬美緒『儀式としての対処法:都市伝説の実用性』夜間書房, 2017, pp. 17-55. [21] Oshima, T. “Inverted Lid Placement and Urban Legend Compliance” 『Ritual Mechanics Quarterly』 Vol. 11, 2018, pp. 77-90. [22] 鈴鹿理紗『縁に垂らす一口:対処法の“消失効果”』青潮出版社, 2016, pp. 204-221. [23] 池上司『パニックは何秒で広がる:噂の伝播研究』せせらぎ書房, 2013, pp. 50-72. [24] 片桐誠『衛生指導の言い換え:怪談が教育になるとき』教育史ブックス, 2006, pp. 98-120. [25] 全国学校保健連絡会『相談件数の季節変動(暫定版)』文部衛生課, 2009, pp. 2-6. [26] 大和田真一『誤差としての恐怖:都市伝説と業務時間』交通文化研究会, 2015, pp. 141-169. [27] 高橋咲良『揶揄の社会学:比喩が政策をすり抜ける』霞都社会書院, 2020, pp. 301-330. [28] 佐藤光「湯気CGの統計的説得力」『メディア表象研究』第15巻第3号, 2017, pp. 9-28. [29] 佐々木リオ『漫画にする恐怖:怪談のキャラクター設計』柚木書房, 2012, pp. 66-85. [30] 安藤隆介『学校の怪談の運用:部活・合宿・安全講話』学園叢書, 2019, pp. 12-40.
脚注
- ^ 町田ユリ子『夜勤厨房の怪談地図:未確認の湯気編』朝鷺書房, 2018.
- ^ 鈴木一樹「ポンコツ汁に関する呼称分布の試算」『地方噂誌』第12巻第3号, 2010, pp. 44-57.
- ^ 斎藤朋也『テレビ怪談の作法と編集』霧海出版, 2021.
- ^ 望月ハル『鍋底の逆流:調理場の噂が生まれる条件』麦藁学術社, 2004, Vol. 2, pp. 101-129.
- ^ Clarke, A. “Digit-Foam Patterns in Urban Kitchen Folklore” 『Journal of Playful Superstition』 Vol. 5 No. 2, 2005, pp. 12-31.
- ^ 吉田恵理『怪談のメディア伝播:全国ブームの生成メカニズム』東京放送文化研究所, 2014, pp. 73-95.
- ^ 田所清隆『“段取りを食う”怪奇譚の修辞』大学院叢書, 2019, 第6巻第1号, pp. 33-49.
- ^ Harrow, M. “Kappa-like Protocols in Contemporary Japanese Tales” 『Ethnomythology Letters』 Vol. 19, 2012, pp. 210-244.
- ^ 村瀬美緒『儀式としての対処法:都市伝説の実用性』夜間書房, 2017, pp. 17-55.
- ^ Oshima, T. “Inverted Lid Placement and Urban Legend Compliance” 『Ritual Mechanics Quarterly』 Vol. 11, 2018, pp. 77-90.
- ^ 安藤隆介『学校の怪談の運用:部活・合宿・安全講話』学園叢書, 2019, pp. 12-40.
外部リンク
- 湯気アーカイブ
- 噂の給食センター調査室
- 夜勤厨房オカルト談話録
- 都市伝説マップ(台所編)
- 反転ふた儀式ガイド