マツコ・ノットデラックス
| 分類 | メディア文化・話法・セルフブランディング |
|---|---|
| 成立 | 1987年頃と推定 |
| 発祥地 | 東京都港区赤坂周辺 |
| 提唱者 | 佐久間 直哉ほかとされる |
| 主要用途 | 収録現場での振る舞いの指針 |
| 関連機関 | 東京深夜放送研究会 |
| 広がり | テレビ、ラジオ、配信番組、SNS |
| 代表的用例 | 自己演出を控え、コメントを端的にすること |
| 周辺概念 | デラックス圧、反盛盛主義 |
マツコ・ノットデラックスは、の大衆評論において「過剰な存在感を自発的に抑制する態度」を指す語である。ので広まったとされ、当初はやの現場で用いられていた[1]。
概要[編集]
マツコ・ノットデラックスとは、自己表現を過度に肥大化させず、意図的に「語りすぎない」ことを美徳とする、日本の放送文化由来の概念である。外見上は単なる謙虚さに見えるが、実際にはの空気を読みながら、あえて強いキャラクター性を一段階だけ下げる技術として整理されている。
この語は、後半の周辺で、番組内のゲストが過剰に演出される現象への反動として生まれたとされる。なお、名称の「マツコ」は当時の現場にいた伝説的構成補助員・のあだ名に由来するという説と、単に語感が良かっただけとする説が並立している[2]。
歴史[編集]
前史:デラックス化の時代[編集]
からにかけて、民放各局では「一目で分かるキャラクター」を重視する風潮が強まり、出演者の衣装、肩書、エピソードが過剰に盛られる傾向があった。これを局内では「デラックス化」と呼び、1回の収録で肩書が平均2.7個増えることが報告されている[3]。
この流れに対し、の小規模制作会社「」では、あえて紹介文を短くし、本人の語り口を残す実験が行われた。そこで「盛らないのに妙に強い人物像」が成立したことから、現場スタッフの間で「ノットデラックス」と呼ばれるようになったとされる。
成立:赤坂メモの発見[編集]
、近くの喫茶店で見つかったとされる「赤坂メモ」には、番組作りの心得として「人物は大きく見せるな、しかし空気は大きくせよ」と記されていた。これを筆頭に、人物説明の圧縮、衣装の簡素化、リアクションの遅延など、8項目からなる運用原則がまとめられたという。
このメモを書いたのは演出助手ので、彼は後年、「視聴者は派手な肩書より、肩書の端に残る迷いを見ている」と述べたとされる。ただし、この発言はとされ、実際には別人のメモを本人が引き受けた可能性も指摘されている。
普及と変質[編集]
に入ると、この概念は系の深夜番組や地方局のトーク番組を通じて再解釈され、単なる控えめさではなく「控えめなのに忘れられない立ち方」を意味するようになった。特にの「週末バラエティ調査」では、出演者の自己紹介が30秒以内の回は、視聴後の記憶定着率が17%高いという結果が出たとされる[4]。
一方で、2010年代には上で「ノットデラックスすぎる」と揶揄される用法も登場し、本来の意味から離れて「無理に地味を装うこと」まで含むようになった。この拡張は概念の寿命を延ばしたが、同時に定義を曖昧にしたともいわれる。
思想と実践[編集]
マツコ・ノットデラックスの核心は、存在感を消すことではなく、存在感の暴発を制御する点にある。たとえば収録現場では、名札を大きくせず、あいさつを2割ほど短くし、リアクションを「驚きすぎない」程度に抑えることが推奨された。
この実践には三つの流派がある。第一はで、構成台本を極端に削る方法である。第二はで、飲み会の場でのみ本領を発揮させる方法である。第三はで、自己紹介の最後に1語だけ妙な単語を足して印象を残す方法であり、2020年頃から配信者に好まれている。
また、業界内では「デラックス圧」と呼ばれる現象があり、派手な出演者が周囲の語りを奪ってしまう問題が指摘されていた。マツコ・ノットデラックスは、その圧を受け流すための緩衝材として機能したとされる。
社会的影響[編集]
この概念は放送業界にとどまらず、企業の広報、大学のゼミ発表、さらには自治体の記者会見にまで波及した。特にのある区役所では、説明会資料から過度な装飾語を削減したところ、住民満足度が8.4ポイント上昇したという内部報告が残っている[5]。
また、就職活動の自己PRにも取り入れられ、「強みを3つ言うより、弱みを1つだけ正直に言う」形式が一時流行した。これにより、面接官が「不思議と信用してしまう」と感じる現象が確認されたが、後に人事コンサルタントからは「過剰適用である」と批判された。
文化的には、後期のテレビ論で重視された「うるささの最適化」に対するカウンターとして評価され、2022年にはの公開講座で副題に採用されたこともあるとされる。
批判と論争[編集]
批判の一つは、この概念が「控えめであれば何でも正当化される」という安易な免罪符になりうる点である。実際、頃には、やる気のない進行を正当化するために「これはノットデラックスです」と説明する例が相次ぎ、現場で混乱を招いたという。
また、名称に含まれる「マツコ」については、特定個人や実在の人物像を連想させるため、商標的・人格的な誤読を生みやすいとの指摘がある。これに対して、東京深夜放送研究会は「本概念は人名ではなく、音節配置の記号化である」と説明したが、逆に説明が難解すぎるとして広くは浸透しなかった。
さらに、地方局の一部では「ノットデラックス」を掲げながら実際には出演者を極端に沈黙させる演出が行われ、視聴率が急落した事例もある。これを受けてには運用指針の再整備が行われ、最低限の発話量を「1分あたり42音節以上」とする暫定基準が設けられた。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐久間直哉『赤坂メモと放送人格の圧縮』南洋文化出版, 1994.
- ^ 北島彩子『バラエティ番組における非過剰表現の研究』日本メディア学会誌 Vol.18, 第2号, pp. 41-58, 2001.
- ^ Margaret L. Haversham, "Deluxe and Non-Deluxe Modes in Late-Night Television", Journal of Broadcast Semiotics, Vol.12, No.4, pp. 201-219, 2008.
- ^ 渡辺精一郎『自己紹介の経済学――印象を削る技法』港文社, 2009.
- ^ S. K. Ellington, "The Aesthetics of Holding Back", Media Ritual Review, Vol.7, No.1, pp. 13-29, 2011.
- ^ 東京深夜放送研究会編『ノットデラックス運用指針 第3版』赤坂資料室, 2016.
- ^ 小林みどり『肩書インフレーションの時代』新潮社, 2018.
- ^ 田村健太『反盛盛主義入門』河岸書房, 2020.
- ^ Harold P. Minton, "Why Less Became More in Japanese Talk Shows", International Journal of Screen Etiquette, Vol.9, No.3, pp. 77-95, 2021.
- ^ 高井真由美『マツコ・ノットデラックス現象の社会心理学』東京社会評論社, 2023.
外部リンク
- 東京深夜放送研究会
- 赤坂メモ文庫
- ノットデラックス資料室
- 反盛盛主義アーカイブ
- 港区テレビ文化センター