マニフェスト・ディズニー
| 分野 | 行政学・政策コミュニケーション・物語設計 |
|---|---|
| 成立 | 2009年頃(試行版)→ 2012年頃(正式運用) |
| 中心組織 | 一般社団法人 公共物語変換協議会(通称:物語協) |
| 主な対象 | 地方自治体の重点施策、予算編成、住民参加 |
| 手法 | マニフェスト原稿を「章・場面・感情曲線」に分解し再編集する |
| 評価指標 | 住民理解度(ベータ版)と“物語整合率”(内部指標) |
| 批判点 | 実務の曖昧化、効果測定の空文化、用語のブレ |
マニフェスト・ディズニーは、公共政策の「マニフェスト」を映画的表現で実装しようとする、日本発の合議型プラットフォームとされる。政策文書がディズニー的な物語設計(=幸福の分岐を提示する設計)に変換される点が特徴である[1]。一方で、行政手続とエンターテインメントの境界を曖昧にしたとして、反発も多い[2]。
概要[編集]
マニフェスト・ディズニーは、地方自治体や議会において策定されるを、住民に伝わりやすい「物語」に組み替えることを目的とする枠組みである。公式には“政策の可視化”を志向するとされ、住民説明会の場で、施策を一枚の絵コンテと対話形式で提示する方式が導入されたとされている[1]。
この仕組みは、単なる広報ではなく、予算・制度・運用の順序そのものを「感情の分岐」で再構成する点に特色があるとされる。すなわち「困りごと→試行→成功→継続」の流れを、施策担当部署の業務フローに接続し直す試みであり、結果として役所の文書が舞台脚本のように読める状態になると説明されていた[2]。ただし運用現場では、読めば読むほど何が決まったのか分かりにくいとの不満も根強く残ったとされる。
なお、当初の名称は「マニフェスト・アニメーション変換」であったが、2012年の記者会見でなぜかミッキーマウスの話題が出てしまい、以後「マニフェスト・ディズニー」と呼ばれるようになったとされる[3]。この経緯の曖昧さが、同概念への警戒心を同時に高めたとも論じられている[4]。
歴史[編集]
発端:政策を“場面”にする技術的比喩[編集]
起源は、2008年に東京都内の複数自治体が共同で行った「説明責任の再編集」研究会に求められるとされる。この研究会で、従来のマニフェスト文は“読解負荷”が高く、住民が“納得”に到達する前に離脱してしまうという問題が指摘されたとされる[5]。
研究会では、文書を章ごとに分割し、各章に対して住民の感情曲線(不安・希望・期待・失望・再挑戦)を割り当てる手法が試作された。これがのちに「章=会議体、場面=手続、感情曲線=合意形成」と結びつけられたとされる。さらに、各章の長さは“住民が退席しない分数”で決めるべきだと主張され、会場の扉が閉まるまでの平均時間から逆算して、章あたり平均「1分32秒〜1分41秒」を目標値にしたと記録されている[6]。
ただし、この数字は実測ではなく、会場の時計台が故障していた日に提出された“推定メモ”に基づくとされ、後年「測っていない測定」として笑い話にもなった。にもかかわらず、そのメモが内部資料として残り、“目標が数字であること”自体が運用上の説得材料になった点は、マニフェスト・ディズニーの制度化に影響したと考えられている[7]。
制度化:物語協が設計標準を作った日[編集]
2012年に、一般社団法人(通称:物語協)が設立され、マニフェスト・ディズニーの設計標準が配布されたとされる。標準文書は「絵コンテ雛形」「章立てテンプレ」「用語整合表」からなり、特に“用語整合表”が現場で重宝されたとされる[8]。
用語整合表では、「事業」「施策」「プログラム」を単純に言い換えるだけでなく、“観客(住民)が理解する順番”に並べ替えることが求められたとされる。例えば、に関する記述は、設備の説明より先に「安心の具体例」を置くべきだと規定され、担当課の稟議が通りやすくなる(と当時説明された)という。さらに、行政文書の語尾は原則として「〜とされる」に統一し、脚本のト書きのように“確定感”を薄めることが推奨されたとされる[9]。
一方で制度化の過程では、物語協の中核メンバーとして、政策デザイン出身の渡辺精一郎と、舞台演出出身のが対立的に関与したという。渡辺は“根拠の所在”を重視し、ルノワールは“感情の連続性”を重視したとされ、妥協として「根拠は脚注、感情は本文」という方針が生まれたと語られている[10]。なお、ルノワールが提案した“幸福の分岐”という表現は、ある回覧資料の欄外にだけ採用されたのち、別の資料で勝手に拡張されて流通したともされる[11]。
拡大と停滞:成功事例が“物語だけ”残った問題[編集]
2014年頃から、大阪府や愛知県の一部で導入が広がり、住民説明会では「施策のリズム」を示す付きスライド(自治体独自の環境音BGM)が試された。ある自治体ではBGMを「午後3時の雨音」から「夕方の風」へ段階的に切り替える運用を採用したとされ、住民の理解度が“前年度比で+14.7%”に改善したと報告された[12]。
ただし、この数値は事前アンケートの設計が後から差し替わった可能性があるとして、後年内部監査で疑義が出たとされる。とはいえ、マニフェスト・ディズニーは“伝わる”ことを先に評価する文化を持ち、効果測定の設計が追いつかないまま、物語の整合率だけが高まっていったとの指摘もあった[13]。
その結果、2017年以降は導入自治体の入れ替わりが激しくなり、担当職員が変わるたびに脚本の語尾が変わるという事態が起きたとされる。住民からは「前の年の説明は“勇気が出る”言い回しだったのに、今年は“手続きが長い”言い回しになった」との声が出て、結果として施策の中身より“読み味”が記憶される現象が問題化した[14]。
仕組みと用語[編集]
マニフェスト・ディズニーの実装手順は、概ね「原稿採取→分解→再編集→検証会→提出」の5段階で整理されるとされる。最初に、議会資料や選挙公約に含まれる文を収集し、次にとの比率を計測して、住民が迷いやすい箇所を“赤い場面”として抽出する。赤い場面は「何をして、誰が、いつ、どのくらい」ではなく「どんな気持ちで行動が変わるか」に言い換えるのが基本であるとされた[15]。
再編集では、章に相当する見出しを「導入」「約束」「障害」「返礼」「再挑戦」の5系列に割り当てることが多いとされる。障害の章では、実現可能性を否定せずに“迷い”として描くことが求められ、否定語の割合は原則で「全体の2.1%以下」に抑えるとされる。なお、この2.1%という数値は当時のテンプレ改訂記録にだけ残っていたとされ、理由は「口の悪い担当が“否定が多いと観客が帰る”と一度だけ言った」ことに由来するという[16]。
検証会では、施策担当課と広報担当課が同じ部屋に入り、同時に“読み役”を当てる形式が取られる。読み役には、民間の脚本家が招かれることもあるとされ、自治体によっては「朗読時間を9分ぴったりに合わせる」よう求めた結果、議事録が9分単位で区切られた例もあるという[17]。このような細部の設計が、物語協の標準化活動と結びつき、結果として制度が“文章の見た目”に引っ張られやすくなったと論じられている[18]。
社会的影響[編集]
マニフェスト・ディズニーは、政策コミュニケーションの主導権を“文章の書き手”から“場面の設計者”へ移したとされる。これにより、住民説明会は「読み上げ」中心から「合意形成の疑似体験」へ変わったと評価する声がある。一方で、住民側には“納得した気分”が先に生成され、政策の細部が後回しになるという懸念も生まれた[19]。
また、や総務省の一部研修では、マニフェスト・ディズニーの語彙が研修用ケースに転用されたとされる。例えば、予算要求のヒアリングで「障害章を先に見せると反論が減る」といった運用が共有されたとされる[20]。ただし、ヒアリングにおける“反論減少”が本当に納得の増加を意味するのか、という疑問は残った。
加えて、民間企業のコンサルタントがこの枠組みを商品化し、全国一律の「物語テンプレ」が販売された。テンプレ導入の自治体では、地名を差し替えるだけで「幸福の分岐」が完成してしまい、地域固有の課題が“背景の風景”になったと批判された[21]。その結果、物語の熱量は高いが、住民の生活実感と接続しない資料が増えることになったと指摘されている。
批判と論争[編集]
批判としては、第一に「政策の検討を物語の都合で変えてしまう」点が挙げられている。議事の記録が“障害章”の語り口に合わせて整えられ、実際の意思決定の根拠が読み取りにくくなるとの指摘があった[22]。
第二に、測定可能な指標が少ない点が問題視された。内部指標として用いられる「物語整合率」は、章同士の語尾パターンの一致率から推計されると説明されていたが、監査では「整合の意味が文章レベルでしか測れていない」との見解が出たとされる[23]。第三に、ネーミングが招く誤解も論争となった。名称の由来がディズニーの商標やライセンスと無関係だと説明される一方で、会見やスライドに“有名な雰囲気”の比喩が紛れ込むことがあり、誤認を誘発したとされる[24]。
なお、もっとも有名な騒動は、2016年の福岡県の説明会で起きたと伝えられる。説明会の最後に読み役が「この町の未来は、あなたの拍手で次の章へ進みます」と締めたところ、住民からは「拍手で予算が動くなら請求書も拍手で出してほしい」との抗議が出たとされる[25]。これに対し自治体は「拍手は比喩であり、実際の決定は委員会で行われる」と回答したが、比喩の回数が多かったこと自体が、後年の監査文書に残って笑い話になったと報告されている[26]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 山本梓『公共物語変換の実務:マニフェスト・ディズニー導入手引』物語協出版, 2013年.
- ^ 渡辺精一郎「住民理解度を高める章立て設計の試行」『公共政策研究』第18巻第2号, pp. 41-63, 2014年.
- ^ マリエ・ルノワール「行政文書の語尾操作と感情曲線モデル」『表現工学年報』Vol. 7 pp. 210-233, 2015年.
- ^ 公共物語変換協議会編『物語整合率の算出基準(暫定版)』第1版, 2016年.
- ^ 佐伯康太「説明責任の再編集:赤い場面抽出アルゴリズム」『行政ITジャーナル』第9巻第1号, pp. 12-29, 2016年.
- ^ M. A. Thornton, “Narrative Segmentation in Municipal Manifestos,” Journal of Civic Rhetoric, Vol. 23, No. 4, pp. 77-101, 2017.
- ^ K. Nakamura, “Why People Remember Endings: Policy Presentations as Plays,” International Review of Public Storytelling, Vol. 2, Issue 1, pp. 1-19, 2018.
- ^ 福原真理『自治体BGMの政治学』雨雲書房, 2019年.
- ^ Public Narrative Standards Committee, “Guidelines for Emotional Branching in Policy Drafts,” Proceedings of the Administrative Theater Symposium, 第3巻第1号, pp. 50-64, 2019年.
- ^ (タイトル略)「マニフェスト・ディズニー:実装と誤解のあいだ」『地方自治フォーラム』第5巻第9号, pp. 301-318, 2020年.
外部リンク
- 物語協 章立てテンプレ倉庫
- 公共政策可視化ラボ
- 住民説明会スクリプト集
- 行政文書語尾統一ガイド
- 物語整合率検証ダッシュボード