マルシュロレーヌ
| 分類 | 祭礼用菓子(行進・供進の所作を伴う) |
|---|---|
| 発祥地域 | 地方(伝承上の中心は) |
| 関連行事 | 冬至前夜の市中練り歩き(マルシェ形式) |
| 提供形態 | 分割された菓子片を連続配布する |
| 主材料(伝承) | 蜂蜜、発酵バター、乾燥柑橘皮 |
| 発明者(諸説) | 菓子職人ギルドと衛生技師の合議体とされる |
| 公的な位置づけ | が「口承史料」として保管しているとされる |
| 代表的な逸話 | 配布速度が遅れた年にだけ“甘さの位相”が狂ったとされる |
マルシュロレーヌ(まるしゅろれーぬ)は、食文化と都市伝説が交差したとされるの「行進菓子」呼称である。元来は地方の祭礼で提供されたとされるが、その伝承は複数の版本に分かれている[1]。
概要[編集]
マルシュロレーヌは、菓子そのものよりも「運び方」と「配り方」を含めて成立する呼称として語られている。つまり、食べる以前に行進のリズムがあり、そのリズムに合わせて一口サイズの菓子片が渡されるという構図が中心である。
伝承によれば、行進の先頭を歩く者は「甘味係」と呼ばれ、次の隊列に菓子の袋を渡す役目を担うとされる。隊列が止まった瞬間、甘味係は袋を逆さにし、袋の底で生地の香りを整えてから再開するという手順も挿入される[1]。
また、近年の記録集では、マルシュロレーヌがの冬の乾燥対策と関連して語られている点が特徴である。乾燥で割れやすくなる菓子の欠点が、行進という“外気交換”によって逆に改善されるのではないか、という理屈が付与されたとされる。ただし、この理屈は後世の再編集であるとする指摘もある[2]。
語源と呼称の成立[編集]
「マルシュ」と「ロレーヌ」が結び付けられた理由[編集]
名称の「マルシュ」は、単なる市場というより「隊列を組む形の取引」を指した言い回しとして説明されることが多い。具体的には、菓子職人が作った小片を、祭礼の日に限って“行進の進行速度に連動して値付けする”慣行があった、という物語が付け足されている[3]。
一方で「ロレーヌ」は、地名であると同時に、香りの規格を示す“地域コード”として機能したのだとされる。たとえば、で制定されたとされる香りの分解基準(“柑橘皮の残存率”など)が、後に菓子名の一部に転用された、という説明がある。ただし、この基準書は同名別版本が多く、原本の所在が不明とされる[4]。
口承の「改訂係」が生んだ複数の流派[編集]
マルシュロレーヌには、少なくとも3つの流派が語られている。第1流派は「薄膜派」で、蜂蜜を薄く塗った皮を重ねる方式を主張する。第2流派は「発酵バター派」で、乳脂肪の“泡の高さ”を合図に配布する。第3流派は「冬眠箱派」で、焼成後の菓子片を木箱に入れ、一定温度で静置させてから渡すとされる[5]。
興味深いのは、流派の対立が味の優劣ではなく、所作の細部に向けられた点である。たとえば薄膜派は「袋を逆さにする時間が7拍でなければ香りが散る」と主張し、発酵バター派は「7拍は誤差を含むから3秒に換算すべき」と反論したとされる。このやり取りは、のちに“学者のふりをした菓子職人”が書き残したとされる記述として伝わっている[6]。
歴史[編集]
発祥伝承:1347年ではなく、なぜか“1729年”から語られる[編集]
マルシュロレーヌの起源は、通常の食文化史とはズレた年代で語られる。最も有名な口承では、の「疫癘(えきれい)退散の行進」が、1729年の冬に始まったことから成立したとされる[7]。ただし別の伝承では、1729年は“改訂年”であり、実働の初日がさらに10年前だった可能性が示唆されている[8]。
当時の噂では、行進に使われる菓子は割れやすい“乾きもの”だったが、進行中の人の呼気が湿度を上げ、焼き菓子の縁がわずかに柔らかくなると考えられたという。結果として、配布のリズムが一定になるほど食感が安定した、という結論が置かれた。ここから「所作こそレシピ」という理念が広まったとされる[9]。
さらに、衛生管理の観点が混入したのは後年である。記録集では、の衛生技師であるサン=マルタンなる人物が、“菓子片の表面が触れる手の回数”を統計化したとされる。彼は「片あたり平均回数を2.3回に抑えるべき」として、行進の隊列幅まで規定したと書かれている[10]。この値が妙に具体的であることから、後世の脚色だと考える研究者もいるが、伝承側に吸収されている。
近代化:ギルドと研究所の“同床異夢”[編集]
19世紀後半、祭礼が都市行政の管理下に置かれると、マルシュロレーヌは「衛生上の行為」として再定義されたとされる。ところが、市の広報がまとめた文書では、菓子の配布を“教育的儀礼”と呼ぶ一方、菓子職人組合は“伝統の再現”と位置づけ続けたため、用語の噛み合わせが崩れたとされる[11]。
この齟齬を埋める役目として登場したのが、仮の公的機関であるだと説明される。研究所は、祭礼のための保管庫を整備し、温湿度のログを「心拍に似た曲線」として残したとされる。実際の数字としては、記録が「外気温−内部湿度差が±6.1℃相当のときだけ香りが最大」と描写されるが、どの地点で測ったかは書かれていない[12]。
また、研究所の委員長として名指しされるのが、架空とされながらも名前だけは妙にそれっぽいアドリアン・ドゥボワである。彼は「配布は速度ではなく“躊躇”の数で決まる」と主張し、行進の途中で立ち止まる時間を敢えて規定したとされる[13]。この規定が現場に受け入れられたことで、マルシュロレーヌは“食”から“時間管理”へと意味を拡張したと語られている。
作法とレシピの細部(嘘なのに妙に具体的)[編集]
マルシュロレーヌの作法は、焼成工程よりも前に始まる。最初に決められるのが、行進の歩幅である。記録集では「歩幅は平均63.5cm、ただし隊列の先頭は1.2cmだけ誇張する」と書かれている[14]。これにより、袋の揺れが一定になり、蜂蜜が偏らないとされる。
次に、配布タイミングが規定される。袋を開ける瞬間は“拍”ではなく“秒”で管理され、「袋開封から初渡しまで2.7秒」「二人目へ到達2.7秒+0.4秒」といった数値が並ぶ[15]。この数値が後世の都合のよい計算に見える一方で、現場の笑い話としては「二人目が遅れると、甘さが先に来て後から口に追いつく」と語られることがある。
レシピの中心は、蜂蜜・発酵バター・乾燥柑橘皮であるとされるが、乾燥柑橘皮にも“粒の大きさ”が指定される。すなわち「皮は0.9〜1.3mmの範囲が望ましい」とされ、範囲外の粒は袋の底に沈めて“香りのみ”を放出させると説明される[16]。この説明が最も胡散臭いとされるが、編集上の都合からか、なぜか各版で同じ粒度が繰り返されることが指摘されている[17]。
社会的影響と波及:味覚より先に起きた制度化[編集]
マルシュロレーヌは、祭礼の枠を越えて“配布の設計”という考え方に影響したとされる。たとえば、行進の後に作られた臨時の配給所では、菓子片の受け取り順をランダムにせず、住民の家族構成を基準に並べたと書かれている[18]。これは、単に公平を装うためというより、「温かい香りが席ごとに届く」ように配置したという説明になっている。
また、都市の広報文化にも波及したとされる。人々は、マルシュロレーヌが始まると「今年の甘さの位相(いそう)」が読めるようになる、という語りが生まれた。位相は科学用語のふりをしているが、実態は「例年より甘い/少し酸っぱい/香りが先に立つ」といった体感の統計であるとされる[19]。
さらに、マルシュロレーヌを題材にした公開講座がやにも波及したとされる。講座の名目は栄養教育だったが、受講者はむしろ「配布の秒数」を覚えたという。ここから、公共イベントの運営者が“拍手の間”ではなく“菓子の間”で群衆を設計する発想へ移ったとする回顧がある[20]。
批判と論争[編集]
批判としてまず挙げられるのは、マルシュロレーヌの説明が“官学風の数字”に依存しすぎている点である。特に歩幅や秒数のような記述は、実際の計測ではなく物語的効果を狙った計算ではないかとされる[21]。とはいえ、その胡散臭さが逆に人々の記憶を固定化したという反論もある。
また、衛生を理由に配布方法を変えた回があったという伝承があるが、これに対して伝統派からは反発が出たとされる。たとえば「逆さ開封を禁止した年は、甘味が“後から来て喉に刺さった”」という言い回しが残っている[22]。科学的根拠は示されておらず、出典も不揃いであるが、祭礼の記憶としては定着している。
さらに、研究所の関与をめぐっては、菓子職人ギルドが「測定が増えて菓子が減った」と訴えたとされる。訴状の文面は「香りのログは立派だが、蜂蜜のログはない」と要約される。ここで“蜂蜜のログ”が何を意味するのかは曖昧で、当時の新聞記事にも同様の揶揄が出たとされる[23]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Élodie Martin『Les archives du goût en marche: Nancy et ses coutumes』Éditions du Sureau, 2018, pp. 41-66.
- ^ Jean-Claude Lefèvre「“Le temps de la douceur”: notes sur la marche Lorraine」『Revue d’histoire culinaire』Vol. 22, No. 3, 2014, pp. 201-233.
- ^ アドリアン・ドゥボワ『配布の秒数と蜂蜜の位相(複製版)』サンシモン館, 1902, 第2巻第1号, pp. 9-17.
- ^ Camille Deschamps『Hygiène et cérémonial: approches chiffrées des marchés festifs』Presses Universitaires de Lorraine, 1976, pp. 88-104.
- ^ Marta Vasseur「Étude comparative des trois écoles de marche—pellicule, beurre fermenté, caisse d’hivernage」『Annales du terroir』Vol. 11, No. 1, 1999, pp. 55-79.
- ^ Louis Perrin『伝統食の制度化と“口承史料”の編集』パリ東学院出版, 2009, pp. 120-145.
- ^ Régis Marchand『Humidité imaginaire et statistiques de procession』Institut National de Gastronomie(仮刊), 1963, pp. 12-34.
- ^ Nicole Bouchard『La grande enquête sur les logs invisibles(蜂蜜のログを探して)』ガリマール大学出版, 2011, pp. 77-92.
- ^ “Marche Lorraine: dossier de conservation”『Bulletin du Centre d’archives comestibles』第5巻第2号, 1987, pp. 3-28.
- ^ Hector Roux『歩幅は記憶に似る』Éditions de la Digue, 1941, pp. 5-29.
外部リンク
- ロレーヌ行進菓子資料館
- 甘味位相アーカイブ
- 祭礼運営の秒数研究会
- 食文化写本の閲覧ポータル
- 衛生技師の回想録サイト