ミス・ボールノーの酒場
ミス・ボールノーの酒場(みす・ぼーるのーのさかば)とは、の都市伝説の一種[1]。夜更けにだけ開く小さな酒場で、客は「乾杯の回数」を間違えると常連として刻まれる、と言われている。
概要[編集]
は、終電後の裏通りで目撃されたという怪談として語られている都市伝説である[1]。噂の酒場は看板が揺れているのに、なぜか風の音だけがしないことで不気味さが強調されるとされる。
伝承では、入店した客は「注文票」を渡され、そこに書かれた“適切な乾杯の数”を守る必要があるとされる[2]。守れない場合、噂が噂を呼んで全国に広まったブーム期には、若者の間で「酒場に入る前に唇を数えろ」といった言い回しまで生まれたという[3]。なお別称として、の名を伏せて「ボールノーの茶色い看板」や「乾杯事故の酒場」とも呼ばれるとされる[4]。
歴史[編集]
起源[編集]
起源は末期、港町の路地を撮影していた映像会社の下請け班が残したテープにある、という話が有力である[5]。そのテープは、テープ番号が「BBN-0-17」で管理されていたとされ、裏ファイルからだけ再生できたとも言われている[6]。
テープの映像には、雨の日のはずなのに床だけが乾いている酒場の入口が映っており、入口の上では“読めない文字”が点滅していた、と目撃談が語られた[7]。そこから、酒場の正体は妖怪的な「数の門」とされ、乾杯の回数が鍵になるという伝承へと結び付いたと推定されている[8]。
流布の経緯[編集]
流布はインターネット掲示板で加速したとされる。特にごろ、匿名投稿者が「乾杯は3回が基本。4回目は“口の中の鍵”を回す」と書いたという断片が、まとめサイトで再転載され全国に広まったという[9]。
には、番組スタッフが“怪談の現場検証”としての架空交差点名「みなと前七丁目」でロケをした結果、ロケバスが一度だけ同じ場所に戻った、と報じられた[10]。この報道以降、酒場は「出没するが、場所は地図に残らない」という方向へ噂が寄ったとされる[11]。
噂に見る「人物像」/伝承の内容[編集]
は、客の前に現れる“女給”の姿をしたとされるが、年齢は目撃談で揺れがあるという[12]。ある目撃談では「三十代ほど」とされ、別の目撃談では「鏡だけが先に老いる」とも言われている[13]。
伝承の核は、入店者が最初に受け取る小さな注文票である。注文票にはカタカナで飲み物名が印字され、同時に「乾杯(かんぱい)の回数:◯」が丸で囲まれているとされる[14]。その数字は必ず“その場の客の鼓動”に一致すると言われ、言い伝えでは鼓動を聞き取れない者ほど恐怖に負けると説明される[15]。
正体については複数の説があり、(1)数を食べるという妖怪、(2)酔わせて記憶を巻き戻すという呪い、(3)店主として働く“別の常連”が自分に乗り移る現象、と言われている[16]。しかし共通するのは「乾杯の回数を間違えた客は、常連として出入り口の向こう側へ固定される」という恐怖である[17]。
委細と派生/派生バリエーション[編集]
派生バリエーションとして、酒の種類が“茶色”に偏る話がある。伝承では樽の木目が文字になっており、読み取った者は次の週に必ず夢で酒場へ案内されると言われている[18]。
また、店内の照明が「電球ではなく、換気扇の影でできている」と目撃されたという噂がある[19]。このタイプでは、客が乾杯するときにグラスの底が一瞬だけ欠けて見えるとされ、不気味さが増すとされる[20]。
一方で、同じ都市伝説が地域ごとに“微調整”されるとも言われる。例えば中部地方では「乾杯は2回で、最後に“名前”を言う」、関西圏では「乾杯は5回、笑ってはいけない」といった派生が語られたという[21]。ただし根底では、どれも「数を間違えるな」という警告に収束するとされる[22]。
噂にみる「対処法」[編集]
対処法は半ば儀式化しており、まず「入店前に口の中で“1から数える”」とされる[23]。次に「店の指示数字を読まず、ウェイターの爪の長さで乾杯の回数を当てろ」とする言い伝えがある[24]。この方法は一見ばかげているが、噂では爪の長さが不規則に見えても、回数だけは合うとされる。
さらに、逃げ方にも作法がある。「出口の方向を見ずに、レジ横の新聞を逆さに畳んでから走る」といった伝承が語られる[25]。これは“店が外界の方位を借りる”という正体観に基づくとされ、見てしまうと方向が入れ替わるという[26]。
最も有名な呪文(という話)として「ミス・ボールノー、杯は三つ、門は閉じよ」と唱える対処法がある。ただし地域によって“三つ”が二つや四つに置換されるため、唱える者は自分の出身地の派生バリエーションに合わせる必要がある、と注意喚起される[27]。
社会的影響[編集]
の噂は、夜間の集団行動に小さなルールを持ち込んだとされる[28]。学祭や深夜のサークル飲みで、乾杯の回数を揃える“儀礼”が一時期流行したという証言があり、幹事が「今日は3回ね、勝手に数えないで」と口酸っぱく言う光景が語られた[29]。
また、学生の間では「都市伝説検証ノート」が作られ、目撃談を日時、天気、乾杯回数で分類したという[30]。あるノートの表紙には「観測値:再現率 62.4%、誤差:眠気に依存」と書かれていたという話があり、数値が具体的であるほど“本当っぽさ”が増して広まった面があったと指摘されている[31]。
一方で、怖がりすぎた一部の層が“裏通りを避ける”方向へ走り、地域の深夜経済が一瞬だけ冷えたという説もある[32]。ただし因果は検証されていないとされる。
文化・メディアでの扱い[編集]
マスメディアでは、ホラー枠の短編企画やバラエティの怪談コーナーで繰り返し扱われたとされる[33]。番組によっては「店主の声だけが聞こえる」という演出が加えられ、現実の目撃談に寄せる工夫があったと考えられている[34]。
創作面では、オムニバス小説の一話として「乾杯事故」をテーマにした作品が複数刊行されたとされる[35]。そのうち人気作では、主人公が最後に乾杯をやめた瞬間だけ酒場が現実の縁から消えた、と描かれたという[36]。
また、インターネット文化では短い画像投稿(“看板だけの写真”)が流行し、そこに添えるキャプションとして「今日は何回?」が定型句になったとされる[37]。この定型句は、実際の都市伝説を知らない層にも“数の恐怖”だけが伝わり、二次創作の燃料になったと考えられている[38]。
脚注[編集]
参考文献[編集]
佐伯涼太『乾杯回数の呪い:日本都市伝説記録庫』幻燈館, 2006。
岬田ミナト『路地裏の妖怪帳:店が消える現象論』河出ミステリ文庫, 2009。
“都市伝説データベース”編集委員会『未確認怪談フィールドワーク報告書(第3版)』国書出版, 2011。
Yamato H. Kurokawa, “Taverns of Numerical Entrapment in Late-Showa Japan”, Journal of Folklore Studies, Vol. 18, No. 2, pp. 41-63, 2013。
田嶋カズキ『夜間商圏と恐怖の伝播:都市伝説が与えた見えない需要』青葉経済研究社, 2015。
C. Morinaga, “Counterfactual Witness Reports and the Rise of Count-based Myths”, Asian Media Myth Review, Vol. 7, No. 1, pp. 9-27, 2018。
が途中で判読できない『怪談台帳:BBN-0-17の復元』ミッドナイト書房, 2020。
平井瑠香『飲食店が吸い込む記憶:呪術的接客の社会学』新潮ホラー研究所, 2022。
関連項目[編集]
脚注
- ^ 佐伯涼太『乾杯回数の呪い:日本都市伝説記録庫』幻燈館, 2006.
- ^ 岬田ミナト『路地裏の妖怪帳:店が消える現象論』河出ミステリ文庫, 2009.
- ^ “都市伝説データベース”編集委員会『未確認怪談フィールドワーク報告書(第3版)』国書出版, 2011.
- ^ Yamato H. Kurokawa, “Taverns of Numerical Entrapment in Late-Showa Japan”, Journal of Folklore Studies, Vol. 18, No. 2, pp. 41-63, 2013.
- ^ 田嶋カズキ『夜間商圏と恐怖の伝播:都市伝説が与えた見えない需要』青葉経済研究社, 2015.
- ^ C. Morinaga, “Counterfactual Witness Reports and the Rise of Count-based Myths”, Asian Media Myth Review, Vol. 7, No. 1, pp. 9-27, 2018.
- ^ 【書名】が途中で判読できない『怪談台帳:BBN-0-17の復元』ミッドナイト書房, 2020.
- ^ 平井瑠香『飲食店が吸い込む記憶:呪術的接客の社会学』新潮ホラー研究所, 2022.
外部リンク
- 夜更けの噂アーカイブ
- 乾杯回数アンサンブル研究室
- 路地裏映像復元プロジェクト
- 都市伝説検証ノート交換会
- 数の門ファンサイト