メメントモらず
| 分類 | 逆説的記憶規範 / 民間言語実験 |
|---|---|
| 使用場面 | 誓約、家訓、手帳術、葬送の前後 |
| 中心概念 | 「喪失する記憶」をあえて保存する振る舞い |
| 主要媒体 | 同人誌『無刻印の季節』ほか |
| 関連用語 | 、反省句、記憶供養 |
| 象徴図像 | 砂時計の針に小さな結び目をつけた図 |
(めめんともらず)は、「忘れるべきものを忘れない」ことを逆説的に目標化した、の言語遊戯家や民間学究の間で広まった用語である[1]。初出は末期の同人誌とされ、のちに生活訓・儀礼・記録術へと波及した[2]。
概要[編集]
は、一般に「過去を省みるべきだ」という道徳的命令とは逆方向に働く、と説明される。すなわち「忘れ(モらず)」を禁止するのではなく、むしろ『忘れてしまう前提』を先に受け入れ、その上で忘却の穴を埋める行為様式を定める語として扱われるのである。
用語の形は、古典ラテン語の慣用句(死を思え)をもじったものとして知られている。ただし、同人界隈の説明では「死を思え」をそのまま肯定せず、死の話題に上書きされがちな“日常の細部”を思い出すための装置として運用されることが多いとされる。
運用上の特徴は、記憶を努力して保持するのではなく、記憶がこぼれ落ちる瞬間に備えて“こぼれ先”を設計する点にある。具体的には、の路地裏で配られたという折り畳み札(後述)や、毎年同じ曜日に同じ箇所へ書き足す「行末補綴」などが典型であるとされる[3]。
なお、語源研究では「メメントモらず=刻むべきでないものを刻む訓練」という解釈もあり、資料によって強調点が揺れる。第一に“忘却を飼い慣らす”発想が、第二に“忘却の儀礼化”が、結果的に生活文化へ定着したと推定されている[4]。
歴史[編集]
誕生:同人誌と“砂時計の結び目”[編集]
がまとまった形で語られたのは、のの小規模印刷サークルによる同人誌『』が嚆矢とされる[5]。当時の編集担当として名が挙がるのは渡辺精一郎(わたなべ せいいちろう)である。彼は「死の言葉は強すぎる。だから日常の言葉を死の反対側へ置く」と主張したと記録されている[6]。
同誌の中心図版は、砂時計の両端に糸で小さな結び目をつける図であった。結び目は“砂の落ちる時間を固定する”ためではなく、落ちること自体を観察させるための目印だと説明された。この説明が、後の儀礼用語「結び目添付条項」へ転化したとされる。
伝承によれば、初期の参加者は毎週末、内の川沿いを歩き、砂利を一歩ごとに数えてから手帳へ写したという。写しは一行につき最大23字で、あえて途中で止めることで“思い出し損ね”を発生させ、その損ねを「モらず」の対象にする設計だったとされる。ちなみに、手帳は縦19.7センチ・横11.2センチが推奨されたという記述が残っており、妙に具体的なため後世の研究者が同誌の信憑性を論じた[7]。
ただし、ある回顧録ではこの砂利歩行がの貯水路でも行われたとされ、地域差が指摘されている。一方で、編集資料の「頁端の折れ目数」が全号で一致していたとも書かれており、少なくとも“作法の記録形式”は共有されていた可能性が高いと推定されている[8]。
展開:葬送周辺の“上書き不作法”[編集]
1980年代後半になると、は葬送の前後で言及されるようになる。特に「上書き不作法」と呼ばれる運用が広まったとされる。これは、喪に関する説明や一般的な追悼の定型句を書き足したくなる衝動を抑え、代わりに“故人が触れた可能性のある生活小物”の記憶を短く書く作法である。
たとえば、参加者は供花の受け渡し時に、故人が最後に使ったはずのを推定し、その推定根拠を一行で書くことになっていたとされる。根拠は「机の引き出しの湿り気が昨年より1.4ミリ薄かった」など、身体感覚に寄せた観察が求められたという[9]。
さらに、地域のが絡んだ“記録配布”もあったとされる。たとえばの一部では、年1回、町内会館で小冊子を配布する際に「配布数は丁度312冊」と記録されているという。もしこれが誇張でなければ、配布計画が相当綿密に運用されていたことになる。ただし同じ資料の別箇所では配布数が309冊と書かれており、数字のぶれが“伝承が口伝で改変される”様式を示しているとも解釈されている[10]。
こうしては、単なる言葉遊戯から“記憶の再設計”へと移行した。影響は宗教儀礼に限らず、学校の朝会での短文黙読や、工場の安全講話での「忘却を前提にした注意事項の反復」へも波及したとされる。もっとも、これらの転用には批判もあり、後述する論争へつながった。
衝突:教育現場と“忘れの免罪符”批判[編集]
1990年代後半、教育現場における“記録偏重”と結びついたことでは再解釈される。ある中学校の教師(斉藤梨沙、さいとう りさ)は、学級日誌の文章を毎日変えると生徒が“記憶を更新しない”と指摘し、代わりに同じ文頭を保つことで記憶の穴を見える化するとした。その方針は「モらずが学習を助ける」という形で紹介され、地域紙にも掲載されたとされる[11]。
一方で、批判側は「モらずは忘れを否定しないからこそ、忘れの責任を曖昧にする」と論じた。実際、自治体の研修資料では“忘れの免罪符”という表現が用いられたとする記録がある。ただし、その資料の署名欄が判読しにくく、裏面では別の部署名が書かれていたため、一次資料として扱うには慎重さが必要とされる[12]。
また、語り部の間では「メメントモらずは死を遠ざける言葉ではない」という説明も見られる。死を“語らない”のではなく、語りが吸い込む日常の細部を奪い返す、という構図が提示されたのである。ここから派生して、若者向けの掲示板文化では「モらず=未練の保存」と短絡され、さらに誤用が広がったとされる。
このように、は“記憶術”としての有効性を掲げつつ、その運用が道徳・教育・儀礼の境界を越えたことで、議論を呼ぶ存在になった。
内容と運用[編集]
の実践は、しばしば「三段階」で説明される。第一段階は“忘れる前提の宣言”であり、書き出しで「今日は忘れる」と敢えて宣言する。第二段階は“こぼれ先の指定”であり、忘れてしまったら書き直すのではなく、別の欄へ移す。第三段階は“再接続”であり、一定期間後に移した欄を眺めて「どうこぼれたか」を推理する、とされる。
手順の微細さは、作法系の資料でことさら強調される。例えば「宣言文の文末は必ず『〜だ』で終える」「欄の見出しは1〜7文字に限定する」「再接続の読み上げ回数は3回が望ましい」といったルールが列挙されたという。中には、再接続の初回だけ“息を止めて1拍”行うことが推奨されたという逸話もあり、同人内の過熱さを示す例として引用されている[13]。
また、日常への浸透として「家訓の欄外追記」が挙げられる。家訓本体は改訂しないが、欄外にだけ毎月1行、生活の小さな変化を書き足す。これにより、家訓が“更新の記憶”を担い、家族の会話が「忘れたこと」ではなく「忘れ方」へ向かうという。結果として、口論の原因が整理されるという声もあったとされるが、逆に“細部へのこだわり”が過度に増えるという弊害も指摘された[14]。
さらに、儀礼への応用では、の点前に似た反復(手順の反復ではなく“読みの反復”)が入るとされる。点前の所作に紐づけて「思い出すのは味ではなく、味を連想したときの温度だ」という説明が語られたという。こうした、感覚の起点を固定する発想は心理学的な説明を呼び込み、周辺分野の評論も増えた。
批判と論争[編集]
は、効果が語られる一方で、目的のすり替えが起きやすい用語として批判されてきた。最大の争点は「忘れないことが目的化したとき、現実の負担が増える」という点である。とりわけ教育・職場で導入されると、記録が義務化し、記録しない人が“忘れの弱さ”で責められる危険があると指摘された[15]。
また、語の由来をめぐる論争もある。支持者はとの連想を強調し、死の言葉に対抗する形で日常を守ると説明する。一方で懐疑派は、語感の面白さが先行しており、実質的な手法は単なるメモ術の焼き直しだと述べた。実際、ある学術寄りの雑誌記事では「記憶の再接続」を“単語の復習間隔”に置き換えれば、は特段の新規性がないと結論づけていた[16]。
さらに、最も笑える批判として「砂時計の結び目は時間を固定しない」という指摘がある。結び目は砂の落ちる時間を止める工学的な意味を持たないにもかかわらず、儀礼の説明に“固定”という語が混ざったことがあり、のちに誤読が広まったとされる。ここで教育委員会が作った説明文書が問題化し、「固定」を「目印」として読み替える訂正が出たという[17]。いずれにせよ、理屈より先に雰囲気が先行する点が、誤用の温床になったとみなされている。
ただし反論もある。批判側が「忘却の責任」と言うとき、支持側は「責任ではなく観察」と主張する。観察であれば、忘れたことを罰するのではなく、忘却のメカニズムを可視化できるというのである。結局のところ、は“倫理”ではなく“技法”として扱うことで落ち着く、とする折衷案が提案された。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎「無刻印の季節における逆説的記憶規範について」『民間言語学年報』第4巻第2号, pp. 31-58, 1982.
- ^ 斉藤梨沙「家訓の欄外追記は会話をどう変えるか」『地方教育技法研究』Vol.12 No.1, pp. 10-27, 1996.
- ^ Margaret A. Thornton「Memento Patterns in Everyday Rituals: A Study of ‘Forgetting-First’ Practices」『International Journal of Folklore Psychology』Vol.7, pp. 201-233, 2001.
- ^ 鈴木弘人「上書き不作法の社会受容」『文化儀礼学研究』第19巻第3号, pp. 77-104, 1999.
- ^ 林田昌平「砂時計の結び目と図像伝播」『図像伝承論集』第2巻第4号, pp. 145-169, 1989.
- ^ Tanaka, Keiichi「On the Misreading of ‘固定’ in Reminder Rituals」『Journal of Applied Semantics』Vol.5 No.2, pp. 88-96, 2004.
- ^ 【書名】『記録配布の行政実務:312冊の系譜』大阪府自治文化課, 第1版, pp. 1-203, 1993.
- ^ 佐伯みなと「忘却の穴を埋める設計思想」『臨床記憶と生活行動』第27巻第1号, pp. 12-44, 2006.
- ^ Kowalski, Tomasz「Ritualized Note-Taking and Responsibility Diffusion」『Behavioral Mythologies』pp. 55-73, 2010.
- ^ 小林真紀「砂利歩行の歩幅分布:23字手帳の統計」『日本文化計測誌』第8巻第1号, pp. 5-9, 1985.
外部リンク
- 逆説記憶研究会アーカイブ
- 同人誌目録『無刻印の季節』所蔵館リスト
- 砂時計結び目図像ギャラリー
- 上書き不作法ワークショップ報告
- メメントモらず用語集(非公式)