モイポーリア
| 名称 | モイポーリア |
|---|---|
| 別名 | 海霧圧縮法、モイ盤技法 |
| 初出 | 1931年頃 |
| 発祥地 | フィンランド西部沿岸 |
| 主な用途 | 羊毛圧縮、断熱封材、儀礼的封緘 |
| 代表人物 | エーロ・ラッペラ、マルヤ・ヴァイニオ |
| 現在の扱い | 一部の民俗博物館で再現展示 |
モイポーリア(Moiporia)は、前半にの沿岸漁村で成立したとされる、湿潤な羊毛を層状に圧縮して作るための民間技法である。のちに、、さらにはにまで応用されたとされ、北欧圏の奇妙な実用技術として知られている[1]。
概要[編集]
モイポーリアは、湿った繊維素材を特定の温度帯で重ね、海霧に一晩さらしたのち、木製の円盤で段階的に圧縮する一連の工程を指す名称である。元来はの漁師が網の修繕材を持ち運ぶために用いたとも、冬季の保存食の外装を密閉するために編み出されたともいわれる[2]。
名称の由来については諸説あり、の“moi”と方言の“pooria”を接合したものとする説、あるいは港の荷役係が「もう一度、層を重ねよ」を訛って呼んだものとする説がある。ただし、1930年代の記録にはすでに精密な数値化が見られ、単なる口伝の民芸にとどまらない体系化が進んでいたことがうかがえる[3]。
歴史[編集]
成立期[編集]
通説では、近郊の漁港で、船底の断熱材が海水と羊毛の反応により偶然硬化したことが契機とされる。港務局の記録係であったエーロ・ラッペラは、この硬化現象を「冬季の荷崩れ防止に使える」と見抜き、同年だけで17件の試験的施工を行ったと記されている[4]。
もっとも、当時の試験は漁民の宴席と兼用されることが多く、工程の半分以上が歌唱と拍手で埋まったという記録もある。これがモイポーリアの「圧縮の合間に2拍置く」独特の作法につながったとされるが、後年の研究者からは「儀礼が先か、工程が先か」で長く論争が続いた。
普及期[編集]
には工科協会がモイポーリアを臨時規格として取り上げ、断熱板の代用品として比較実験を行った。結果、通常のフェルトより重量は12%増えたが、湿度変化に対する復元性が高く、特に沿岸の倉庫で有効とされた[5]。
この時期、マルヤ・ヴァイニオが導入した「三層・七回転・無言圧縮」方式が評判を呼び、各地の女性会や青年団に広がった。なお、ヴァイニオは後年、自著で「正確な圧力より、沈黙の長さが品質を決める」と述べたが、これは測定不能なため要出典とされることが多い。
制度化と衰退[編集]
にはの一部貨物車にモイポーリア製の緩衝材が採用され、最盛期には年間約3,200枚のモイ盤が製作されたとされる。しかしの合成樹脂封材の普及により、実用品としての地位は急速に低下した[6]。
一方で、廃れた技法が逆に民俗芸能化する現象が起こり、の港祭では毎年、長さ1.8メートルの模擬羊毛を使った公開圧縮実演が行われるようになった。観客は作業終了の合図として塩漬けニシンを一本ずつ受け取るのが慣例で、これがモイポーリアの「食べられない保存食」と揶揄される所以でもある。
技法[編集]
モイポーリアの基本工程は、洗浄、含水調整、層積、海霧暴露、初圧、再圧、封緘の七段階からなる。特には23〜27%の範囲に収める必要があるとされ、これを外れると繊維が「呼吸しすぎる」と表現される[7]。
使用器具としては、白樺材の圧盤、麻紐、海塩を練り込んだ補助紙、そして「聞き耳棒」と呼ばれる長い木匙が用いられる。聞き耳棒は圧縮音の変化を確認するためのものであるが、実際には熟練者がこれを床に軽く当て、鳴り方で内部の湿度を判断するという。
社会的影響[編集]
モイポーリアは、単なる保存技術にとどまらず、北欧の共同作業倫理を象徴する行為として扱われた。とりわけ第二次世界大戦後の物資不足期には、地域共同体が同じ圧盤を順番に使うことで、修繕・防寒・配給袋の封緘を一体化させたとされる[8]。
また、では壁体内の空気層を管理する比喩として引用され、では「音を殺しすぎず、逃がしすぎない中間状態」の説明に用いられた。もっとも、こうした応用は後世の研究者がモイポーリアを過大評価した結果ともいわれ、実際の効用は「寒い日にやると少し暖かい気がする」程度だった可能性も指摘されている。
批判と論争[編集]
モイポーリアには、初期から「科学を装った儀礼である」との批判があった。特に系の材料学者グンナル・レヘトネンは、1957年の講演で「圧縮による改善は再現性が低く、成果の多くは気分の良さに由来する」と述べ、会場の女性会から強い抗議を受けた[9]。
一方、民俗学の側では逆に「再現性の低さこそ伝統である」とする立場が強く、圧盤の重さや回転回数をあえて村ごとに変えるべきだとする流派まで現れた。中には、海霧の代わりに冷蔵庫の結露で代用する「都市型モイポーリア」も試みられたが、完成品が単なる濡れたフェルトにしか見えず、広くは普及しなかった。
現在の再評価[編集]
21世紀に入ると、モイポーリアはエコロジーとローカル技術の象徴として再評価された。の民俗展示館では、来館者が実際に3kgの湿羊毛を用いて小型のモイ盤を作る体験講座が行われ、予約は毎月数分で埋まるという[10]。
ただし、現代の参加者の多くは完成品を持ち帰らず、写真だけを撮って帰るため、「モイポーリアは体験消費との親和性が高い」と分析する論者もいる。こうした現象は、失われた実用品が観光資源へと変質する典型例としてしばしば引かれる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ Eero Rappela, 『Studies on Moist Compression in Coastal Villages』, University of Helsinki Press, 1949, pp. 14-39.
- ^ マルヤ・ヴァイニオ「モイ盤の回転数と沈黙時間の相関」『北方民具研究』第12巻第3号, 1956, pp. 201-218.
- ^ Gunnar Lehtonen, “On the Questionable Elasticity of Moiporia,” Journal of Baltic Materials, Vol. 8, No. 2, 1958, pp. 77-93.
- ^ 『オストロボスニア沿岸工芸調査報告書』フィンランド内務省文化局, 1934, pp. 5-16.
- ^ A. Lindholm, “Fog Exposure Techniques in Northern Storage Practices,” Scandinavian Technical Quarterly, Vol. 21, No. 4, 1961, pp. 310-327.
- ^ 『フィンランド国鉄貨物緩衝材試験年報』運輸省貨物技術課, 1973, pp. 41-58.
- ^ S. Niemi, “Moiporia and the Ethics of Silent Work,” Nordic Ethnology Review, Vol. 15, No. 1, 1982, pp. 11-29.
- ^ 小野寺真一『北欧の湿式圧縮工芸』白樺書房, 1991, pp. 88-114.
- ^ 『モイポーリア再生計画報告書 2017』ラハティ民俗展示館, 2018, pp. 2-19.
- ^ Kari Saarinen, 『The Encyclopedia of Almost Useful Traditions』, Tampere Academic Press, 2006, pp. 133-141.
外部リンク
- ラハティ民俗展示館
- 北欧準工芸研究会
- ヘルシンキ工科協会年報アーカイブ
- バルト海沿岸技術史資料室
- モイポーリア保存推進委員会