ユーラシア大陸にて
| 作品名 | ユーラシア大陸にて |
|---|---|
| 原題 | On the Eurasian Continent |
| 画像 | File:On_the_Eurasian_Continent_poster.jpg |
| 画像サイズ | 280px |
| 画像解説 | 主題の大陸地図モチーフ(虹彩インク版) |
| 監督 | 渡辺精一郎 |
| 脚本 | 渡辺精一郎、[[鶴田文吉]] |
| 原作 | 『大陸の呼気』 |
| 原案 | [[欧亜測量院]]の報告書案(秘匿回覧) |
| 製作 | 満洲虹映像社、虹映像製作委員会 |
| 製作総指揮 | [[鳩山啓太]] |
| ナレーター | [[霧島あけみ]] |
| 出演者 | [[北沢樹]]、[[佐保玲子]]、[[野村金次郎]] |
| 音楽 | [[三條守衛]] |
| 主題歌 | 『緯度の約束』 |
| 撮影 | 虹彩セル画撮影班 |
| 編集 | [[西村録之助]] |
| 制作会社 | 満洲虹映像社 |
| 製作会社 | 虹映像製作委員会 |
| 配給 | [[帝都配映株式会社]] |
| 公開 | 1941年4月12日 |
| 製作国 | 日本 |
| 言語 | 日本語 |
| 製作費 | 1,842万円 |
| 興行収入 | 7億3,400万円 |
| 配給収入 | 2億9,120万円 |
| 上映時間 | 92分 |
| 前作 | — |
| 次作 | 『ユーラシア大陸にて(二度目の冬)』 |
『ユーラシア大陸にて』(ゆーらしあたいりくにて)は、[[1941年の映画|1941年]]4月12日に公開された[[満洲虹映像社]]制作の[[日本]]の[[アニメーション映画]]である。原作・脚本・監督は[[渡辺精一郎]]。興行収入は7億3,400万円で[1]、[[鴻臚館映画賞]]の大賞を受賞した[2]。
概要[編集]
『ユーラシア大陸にて』(ゆーらしあたいりくにて)は、[[1941年]]に公開された[[日本]]の叙事的[[アニメーション映画]]である。大陸全体を一つの“劇場”に見立て、地図がめくれるたびに人の運命が書き換えられるという形式で構成されている。
制作は[[満洲虹映像社]]であり、監督の[[渡辺精一郎]]は、当時の測量史料を参照しつつも、作中では測定誤差を物語の“魔法”に変える方針をとったとされる。なお本作のキャッチコピーは「緯度を超える、声の航海」である。
興行的には[[帝都配映株式会社]]の全国網が功を奏し、封切り10週で全国の観客動員が累計472万1,300人を記録したとされる[3]。ただし当時の新聞記事には数値のばらつきがあり、最終興収の集計値は7億3,400万円とされるものの、別資料では7億2,880万円と記載されている[4]。
あらすじ[編集]
物語は、架空の交通局「大陸線」に所属する記録官が、ある夜に受け取る「緯度帳」の異常から始まる。緯度帳には、[[カザフ]]平原から[[シベリア]]回廊にかけての“温度”ではなく“感情”が度数として刻まれており、ページを開くたびに紙が薄くなるとされた。
記録官は、[[欧亜測量院]]の元助手[[レンツ・メルキン]](国籍は作中では不詳)から、緯度は単なる線ではなく“声の通り道”であると聞かされる。さらに緯度帳の第13項は「声を置くと、現実が沈黙する」と書かれており、彼は沈黙の原因を探る旅に出る。
旅の途中で大陸地図は、港や峠ではなく“語尾”で分岐する。とりわけ[[ウラル山脈]]の章では、登場人物の会話が突然ワンテンポ遅れ、字幕が後から追いつく演出が入ったとされる。これは作中の“計測遅延”を表現するためで、制作側は「遅延の平均は0.7拍」と計算していたと報告された[5]。
終盤、記録官は緯度帳の最後のページに「ユーラシア大陸にて、誰かの別れが一度だけ未来へ運ばれる」とあることを知る。彼が最後に選ぶのは、旅の継続ではなく記録の破棄であり、その結果、地図は一度だけ正常に戻るが、“知らない冬”が街に届く。つまり、喜劇のように見えて、結末は観客の想像へ委ねられる構造である。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
[[大江岬(おおえ みさき)]]:大陸線の記録官。緯度帳に触れると指先が白くなる癖があり、作中では「白さは嘘の数」と説明される。監督の[[渡辺精一郎]]は、この設定を“検閲”ではなく“記憶の副作用”として位置づけたと語られた。
[[レンツ・メルキン]]:[[欧亜測量院]]出身の語り部。地図の裏に書かれた手書きの数列を、音程に変換する奇術を披露する。メルキンは自分の年齢を一度も口にせず、作中では「年は経路の外側にある」とだけ言う。
[[セラ・ノルデン]]:大陸線の駅員。沈黙の章でだけ足音が聞こえない。彼女の沈黙は“恐怖”ではなく“救急サイレンが鳴らない理由”として描かれ、観客の解釈を誘う。
その他[編集]
[[鶴田文吉]]が台詞の“間”を設計したとされる[[オルテン局長]]が登場する。局長は緯度帳の検査担当で、検査紙の厚みが「0.18ミリ±0.03」と作中で明記されるなど、やけに細かい数値が多い人物として知られる。
また、[[霧島あけみ]]のナレーションでのみ姿が示される[[大陸線の監視札]]も重要である。札は物に付随するはずのない“語尾”だけを貼り替え、登場人物の別れを一文字ずつ変えていく。
声の出演またはキャスト[編集]
[[北沢樹]]が大江岬、[[佐保玲子]]がセラ・ノルデン、[[野村金次郎]]がオルテン局長役を務めた。なお声の演技指示は“感情の度数”に基づき、怒りは摂氏ではなく度数表の「+4.6」として指定されたとされる[6]。
加えて、[[霧島あけみ]]が全編のナレーターを担当した。霧島は「語尾を上げるほど地図が沈む」という役作りを求められたと回想されており、収録では同一フレーズを23回リテイクしたという記録が残る[7]。ただしスタッフ証言によって回数が22回、25回と揺れており、制作現場の混乱がうかがえる。
終盤の“字幕追跡”シーンでは、音声と文字の同期を0.7拍ずらす設計が採用された。これにより観客は、映像より先に文字の異変を見つけることになるとされた。
スタッフ[編集]
監督は[[渡辺精一郎]]、脚本は渡辺に[[鶴田文吉]]が加わった。原作としては、測量院に保管されていたという体裁の『大陸の呼気』が掲げられ、原案には[[欧亜測量院]]の報告書案が参照されたとされる。
音楽は[[三條守衛]]が担当した。三條は主旋律を“緯度差そのもの”として作曲し、例えば[[黒海]]周辺の章では音程が半音で3.2ずれるという理屈を説明していたと伝えられる[8]。ただし楽譜の復元資料は散逸しており、作曲意図の詳細は再現されていない。
映像面では、虹彩インクを用いた背景画の彩色が特徴とされた。制作スタッフは背景を一括で塗らず、雨雲の“厚み”を疑似的に再現するため、層を合計9層で設計したと記録している[9]。
製作[編集]
企画・制作過程[編集]
企画は、[[欧亜測量院]]の内部回覧が“地図は読まれる前に鳴る”という言い伝えを含んでいたことに端を発すると説明される。[[鳩山啓太]]が製作総指揮に就いたのは、測量院出身の知人が「地図の余白には声が宿る」と述べたためだとされるが、真偽は不明である。
渡辺は当初、地図を画面に固定せず、めくる速度まで設計していた。試作段階ではめくりの平均速度が「1秒あたり0.86枚」と設定され、実写のページング試験のデータまで持ち込まれた[10]。しかしその後、速度は“観客が息を吸うタイミング”に寄せるよう改められた。
なお企画書には、沈黙の演出に「音が存在しないのではなく、音が数えられている」という注釈が書かれていたとされる。編集室では、この注釈を根拠に無音区間に効果音を逆位相で忍ばせたという。
美術・CG・彩色・撮影・音楽[編集]
本作はフィルムに直接描く“セル画重ね”方式を採用した。背景の“温度ではなく感情”を表すため、各章で色温度の目安を割り当て、[[レンツ・メルキン]]の章は青みが0.31上がるとされた。彩色は虹彩インクによって、同じ背景でも角度で印象が変わるよう設計されたとされる。
撮影は虹彩セル画撮影班によって行われ、フレームの揺れを人工的に入れることで地図の“呼吸”を表現したという。この揺れは平均振幅0.5ピクセルとされ、技術者メモに残っている[11]。
音楽は、[[三條守衛]]が「緯度は回転、感情は停滞」と定義したことにより、長短の対比が極端になった。主題歌の『緯度の約束』は、歌詞の中で「別れ」を直接語らず、代わりに方角だけが繰り返される構造を取ったとされる。
着想の源[編集]
着想の源として最も語られるのは、[[ウラル山脈]]に貼られていたという“古い掲示札”の噂である。掲示札には「余白に触れるな、余韻は数えるな」と書かれていたとされ、渡辺はそれを“台詞の余白”に転換した。
また、製作委員会の内部では、ユーラシア大陸という表現が地名ではなく“時間の記憶装置”として機能するのではないかという議論があった。結果として本作の大陸は、単なる舞台ではなく、観客が持つ「見たことのない景色」を映す装置として描かれることになる。
興行[編集]
公開は[[帝都配映株式会社]]による全国配給で行われ、初週の興行成績は公開館の平均入場率が82.4%を記録したとされる[12]。宣伝では、ポスターに“緯度帯”が印字され、来場者が自分の街の緯度を当てると入場券が割り引かれるキャンペーンが実施された。
テレビ放送では、[[日本放送協会]]の深夜枠において「字幕追跡」の場面が話題になり、視聴率が9.7%に達したと報じられた[13]。ただし当時の資料では別の番組回と混同されている可能性があり、視聴率の出典には疑義がある。
また、戦後期には[[リバイバル上映]]として再編集版『ユーラシア大陸にて(静謐の回)』が上映され、映像の色調が“記録官の指先の白さ”に合わせて再調整されたとされた。
反響[編集]
批評では、地図を“語尾”として扱う発想が高く評価された。とりわけ[[鴻臚館映画賞]]では、音楽と字幕の同期設計が審査対象になったとされ、結果として大賞を受賞した[2]。
一方で、沈黙の章が政治的意図を含むのではないかという論調も生まれた。映画評論家の[[綾小路凪]]は「沈黙は抽象ではなく誘導である」と述べたとされるが[14]、制作側は「誘導ではなく観客の呼吸を計測しただけ」と反論したと記録されている。
売上記録の面では、興収が7億3,400万円に達したとされるが、別資料では“配給収入”を興収と混同している箇所がある。いずれにせよ、当時としては大規模な成功作であり、渡辺の後年の作家論の中心となった。
なお余談として、上映直後に客席で緯度帳のページを模した紙片が配布され、回収された紙片のうち1.2%が“反り返っていない”ことがスタッフに驚かれたという逸話がある。技術上のトラブルではなく、反りの少なさが幸運と結びつけられたため、観客が回収紙片を持ち帰ってしまったとされる。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 渡辺精一郎『地図の余白は鳴る』満洲虹映像社、1946年。
- ^ 綾小路凪『沈黙の字幕学:ユーラシア大陸にて読解』鴻臚館出版、1952年。
- ^ 三條守衛『緯度差の作曲論』音響書房、1941年。
- ^ 西村録之助『編集の拍:0.7拍の倫理』虹映像編集局、1950年。
- ^ 鶴田文吉『間(ま)の設計図』文吉企画、1943年。
- ^ 欧亜測量院『回覧報告 第13号:声の通り道』欧亜測量院、1939年。
- ^ Lenz Merkin『The Felt Index of Latitudes』Eurasia Carto Review, Vol. 4, No. 2, pp. 11-29, 1940.
- ^ Haruo Seto『Maps That Breathe: An Illustrated Theory』Journal of Screen Cartography, Vol. 2, No. 1, pp. 77-102, 1947.
- ^ 鳩山啓太『製作委員会の裏方術』帝都編纂局、1956年。
- ^ 『鴻臚館映画賞受賞記録集(誤植訂正版)』鴻臚館出版, 第1巻第3号, pp. 203-211, 1960.
外部リンク
- 虹映像アーカイブ
- 帝都配映データベース
- 鴻臚館映画賞公式記録室
- 地図映画研究会サイト
- 緯度の約束 楽譜保管庫