大空の下
| 作品名 | 大空の下 |
|---|---|
| 原題 | Under the Great Sky |
| 画像 | (架空)ポスター画像 |
| 画像サイズ | 240px |
| 画像解説 | 飛行船の影が校庭に落ちる構図のポスターである |
| 監督 | 鴎坂コウジ |
| 脚本 | 鴎坂コウジ |
| 原作 | 鴎坂コウジ(オリジナル) |
| 製作 | 雲端スタジオ(製作委員会方式) |
| 配給 | 暁映配給 |
『大空の下』(おおぞらのもと)は、[[1997年の映画|1997年]]に公開された[[スタジオ名:雲端スタジオ]]制作の[[日本]]の[[アニメーション映画]]。原作・脚本・監督は[[鴎坂(おうさか)コウジ]]で、興行収入は14億3,400万円円で[1]、[[銀凪(ぎんなぎ)大賞]]を受賞した[2]。
概要[編集]
『大空の下』(おおぞらのもと)は、[[1997年の映画|1997年]]に公開された[[雲端スタジオ]]制作の[[日本]]の[[アニメーション映画]]である。原作・脚本・監督は[[鴎坂コウジ]]で、飛行船の残骸と少年の記憶を接続する叙事詩として宣伝された[3]。
本作は[[白黒映画|白黒]]を模した彩度設計を採用し、劇中の空を「雨粒の層(レイヤー)」として描くという作画上の工夫が評価された。また、公開前に都内で実施された試写会では、観客が封入された「空の温度計カード」を持ち帰ったことが話題となり、上映後の議論が街単位で広がったとされる[4]。
一方で、物語の中核となる飛行船製造組合の設定が過度に詳細である点から、歴史考証の是非が早くから指摘された[5]。のちにこの設定は、[[農林水産省]]や[[郵政省]]の統計書式を連想させる書類風デザインとして、アニメファンのみならず当時の文具市場にも波及したと記録されている[6]。
あらすじ[編集]
第一次「雲止め」運動の余波で、町の上空には薄い霧幕が常駐するようになった。主人公の少年[[小野寺ハル]]は、祖父の工房で見つけた錆びたバルブから、空にだけ残る“逆風の音”を聞くようになる[7]。
[[鶴見港]]の倉庫街には、失われた飛行船を部品に分解して売る業者が集まり、少年はそこで出会った整備士[[ミナト・レン]]から「空は下からも支えられる」と教えられる。二人は、霧幕を突破するために必要な“下向きの推進”の設計図を探すが、その設計図の原本は、実は町の学校帳簿に紛れ込んでいたと判明する[8]。
終盤、設計図に記された数値は、飛行船の推進計算ではなく、当時の家庭用の洗濯糊の配合比を転記したものだった。少年は、自分の町が「空の維持」を生活の技術として外注していたという事実に触れ、霧幕の正体が“放置された約束”の集合であると理解する[9]。
最後に少年はバルブを分解し、祖父が密かに鳴らしていた「沈黙の和音」を空へ返す。霧幕は一瞬だけ裂け、観客の動揺を狙った演出として、フィルム粒子のような粒が一斉に舞う描写が挿入されて終幕する[10]。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
小野寺ハル(おのでら はる): 霧幕の常駐で音が歪むことを恐れる少年である。祖父の工房で見つけたバルブを分解し、町の帳簿に書かれた“比率”を読み取ることで成長する。
ミナト・レン: [[鶴見港]]の倉庫街で部品の目利きをしていた整備士である。口数が少ないが、作中では「下向きの推進」を比喩として語る場面が多い。
小野寺(祖父): “空の維持”を生活技術に落とし込む人物として描かれる。終盤では沈黙の和音の作り方を示すが、台詞は一行だけであるとされる[11]。
その他[編集]
[[風守(かざもり)協会]]の記録係: 学校帳簿を“霧幕管理台帳”として改変していたと疑われる人物である。
倉庫街の帳付屋(ちょうづけや): 設計図の写しを売買しており、細かい価格表(1枚あたり3.2銭など)が劇中に登場する。
灯台夫婦: 船の往来がないのに毎夜点灯し続ける夫婦で、空が下から裂ける兆候として利用される。
声の出演またはキャスト[編集]
声の出演としては、[[小野寺ハル]]役を[[柊(ひいらぎ)サキ]]、[[ミナト・レン]]役を[[國守(くにもり)タケル]]が務めたとされる。祖父役は[[小川真白(おがわ ましろ)]]、風守協会の記録係は[[田鶴(たづる)ミツキ]]が担当したと報じられた[12]。
キャスティングは、空気の「重さ」を声で再現することを狙って決められたという。実際、制作スタッフは録音スタジオでマイク位置を0.7センチメートル単位で調整したと記録している[13]。
スタッフ[編集]
映像制作[編集]
映像制作は[[雲端スタジオ]]が担当し、作画監督には[[早瀬(はやせ)ミツ]]が名を連ねた。特殊技術としては、セル画の上に微細な粉粒を再現するための“擬似粒子層”を重ね、飛行船の影が床に落ちる瞬間だけ粒度を変える手法が採用されたとされる[14]。
美術は[[鵜久井(うぐい)ヨウヘイ]]が統括し、霧幕の色相は「雨樹脂の青(Hue 206)」で管理されたという内部資料が残っているとされる。なお、ここでのHue値は当時の業界誌で“園芸由来のメモ”として取り上げられた[15]。
製作委員会[編集]
製作委員会は[[暁映配給]]、[[雲端スタジオ]]、[[東雲文具]]、[[銀凪文化財団]]の四団体で構成されたとされる。特に[[東雲文具]]は劇中帳簿の紙質を忠実に再現したという触れ込みで参画し、公開後に「霧幕ノート」が文具売上ランキングの上位に食い込んだと報告された[16]。
主題歌制作は[[作曲家]]の[[篠塚(しのづか)ルイ]]が担当し、歌詞の最後の行だけが母音を一つ多くして“空が裂ける音”を想起させる設計だったと説明された[17]。
製作[編集]
企画は、鴎坂コウジが[[鶴見港]]周辺を歩いて収集した“港の書類匂い”の印象から始まったとされる。本人はインタビューで「空は雲よりも帳簿の方が重い」と述べ、帳簿が物語の速度を決めると語った[18]。
制作過程では、飛行船の外皮を作るために、実在の素材名に似せた架空の配合を多数設計した。例えば、外皮塗料は“第4層 乾燥時間 11分”“第7層 再塗布間隔 38秒”といった細かい工程が設定され、スタッフ間で「製造書のようだ」と笑われたという[19]。
一方、音楽の着想には、[[国立天文台]]で当時運用されていた“低周波観測の空間補正”が参照されたとする説がある[20]。ただし当該観測方式は本作の公開年に一般向け報告が存在しなかったと指摘されており、記録の真偽には揺れがある[21]。このような「一部だけもっともらしい出典」が、後の伝説化を後押ししたと評されている。
また、映像の最終調整では、DVD色調問題を見越した中間マスターの色温度が“固定値のままではなく、平均で−180K補正”されたとされる。制作現場では、この数値がなぜ選ばれたのかを誰も明確に答えられなかったという記録が残る[22]。
興行[編集]
本作は[[1997年の映画|1997年]]8月に封切りされ、初週末の動員が延べ12万4,901人を記録したと報じられた[23]。宣伝ではキャッチコピーとして「空は上ではなく、下で決まる」を掲げ、劇場ロビーでは“下向きの推進模型”のミニ展示が行われた。
公開後、[[全国中継]]による舞台挨拶が3回実施され、上映本数は第2週で通常比115%に増加したとされる[24]。のちにリバイバル上映として、飛行船の影が大画面で再現される“粒子層強調版”が限定上映された。
テレビ放送では、[[NHK]]系で視聴率が6.3%を記録したとされるが、同週の別番組の影響もあり評価は割れたとする指摘がある[25]。ホームメディアはソフト化され、特典として「霧幕管理台帳の書き込み用PDF」が配布されたと報告された[26]。海外では[[英国放送協会]]傘下の配給網を通じて翻訳版が公開され、字幕は“比率”という語の訳し方が議論になった[27]。
反響[編集]
批評家からは、霧幕の描写が“静けさの数学”として評価された。一方で、帳簿の記号が多すぎるとして「物語より書式が勝つ」との批判も出た[28]。
受賞歴としては[[銀凪(ぎんなぎ)大賞]]のほか、[[全国アニメーション作画監査委員会]]が選定する「粒子層表現賞」を受賞したとされる[29]。売上記録としては、興行収入14億3,400万円が確定値として扱われたが、資料によっては14億2,900万円とされる場合もある[30]。
また、細部へのこだわりがファンダムの研究対象となり、劇中帳簿の“余白の大きさ”を計測するオフ会が発足したと報告された[31]。ただし測定方法が統一されていないため、結果には幅があるとされる[32]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ 鴎坂コウジ『大空の下 製作記録(下)』雲端出版社, 1998.
- ^ 篠塚ルイ『叙情の比率:主題歌設計ノート』東雲音楽文庫, 1997.
- ^ 早瀬ミツ『作画管理は空から始まる:粒子層の実務』アニメ工房叢書, 2001.
- ^ 國守タケル『声の重さを測る(Vol.2)』暁映出版, 1999.
- ^ 鶴見港史編集委員会『鶴見港と書類の匂い(第4巻第1号)』鶴見港史叢書, 2003.
- ^ 渡辺精一郎『明治期の帳簿文化と空気の記憶』航測学会誌, 第12巻第3号, 1974, pp. 55-72.
- ^ M. A. Thornton『Archival Atmospheres in Postwar Animation』Journal of Imagined Media, Vol. 18 No. 4, 2005, pp. 201-219.
- ^ 山名さくら『銀凪大賞の系譜:1990年代受賞作品の編集史』銀凪文化財団紀要, 第7巻第2号, 2000, pp. 11-33.
- ^ 『1997年映画興行統計 戻り値編』興行データ研究所, 1997, pp. 88-92.
- ^ K. Abernathy『Hue, Rain, and Memory』Colorist Review, Vol. 3, 1996, pp. 9-17.
外部リンク
- 雲端スタジオ 公式アーカイブ
- 暁映配給 劇場記録室
- 銀凪大賞 データポータル
- 霧幕管理台帳 検索館
- 下向きの推進 模型博物館