放屁女達
| 作品名 | 放屁女達 |
|---|---|
| 原題 | The Farting Women |
| 画像 | Hohi_onna_tachi_poster.jpg |
| 画像サイズ | 250px |
| 画像解説 | 劇場公開時ポスター |
| 監督 | 久遠寺 朔也 |
| 脚本 | 三枝 みどり |
| 原作 | 北白川 玲子『放屁女達草子』 |
| 原案 | 北白川 玲子 |
| 製作 | 東洋虹映社 |
| 製作総指揮 | 成瀬 俊一 |
| ナレーター | 霧島 冬子 |
| 出演者 | 青柳 澄、真柴 伽奈、月岡 いずみ、日下部 眞理 |
| 音楽 | 白澤 祐介 |
| 主題歌 | 「風の礼法」 |
| 撮影 | 高瀬 恒一 |
| 編集 | 宮内 ともえ |
| 制作会社 | スタジオ・ミラージュ |
| 製作会社 | 放屁女達製作委員会 |
| 配給 | 東映虹画 |
| 公開 | 1987年9月19日 |
| 製作国 | 日本 |
| 言語 | 日本語 |
| 製作費 | 3億8,000万円 |
| 興行収入 | 12億円 |
| 配給収入 | 6億4,000万円 |
| 上映時間 | 107分 |
| 前作 | なし |
| 次作 | 放屁女達II 霧笛の夜 |
『』(ほうひおんなたち)は、に公開されたのである。監督は、脚本は、原案は。深夜のを舞台に、排気管のような礼儀作法を身につけた四人の女たちが、都市の地下に眠る「共鳴槽」をめぐって奔走する物語で、公開当時は奇抜な題材ながらも12億円を記録した[1]。
概要[編集]
『』は、とが共同製作したのである。都市の礼法と身体技法を同時に扱った珍しい作品として知られ、当時の若年層の間では「作法映画」として語られた[2]。
本作は、周辺で頻発した謎の振動音を題材にした連作企画から発展したもので、もともとは教育映画として構想されたとされる。しかしの原案が過剰に叙情的であったため、最終的には地下都市を舞台とする寓話的な娯楽映画へと変化した。なお、企画初期の資料には「礼節と放散」という不可解な語が多く見られる[3]。
上映時には内の一部劇場で深夜帯の立ち見が続出し、翌年の再上映では、、でも限定公開された。また、主題歌「」が独立したシングルとして売れたことから、作品本編以上に楽曲の方が記憶されているとの指摘もある。
あらすじ[編集]
物語は、末期のにある架空の共同住宅「海鳴り荘」から始まる。そこでは、住人が一定の規則に従って「音を出さずに自己主張する」訓練を受けており、主人公のは、祖母から受け継いだ銀の笛を用いて建物の地下に潜む気圧の歪みを調査する役目を担う。
やがて澄は、同じ訓練を受けた、、と合流する。四人は、港湾倉庫の下に存在する「」が都市の歴史的建造物の床鳴りを増幅していることを知り、庁舎下の旧防災通路を通って現場へ向かう。途中、彼女たちは礼法評論家のに追われるが、彼が実は共鳴槽保全委員会の顧問であることが判明し、事態はさらにややこしくなる。
終盤では、四人が「沈黙のための最小音」を合唱のように放つことで共鳴槽を停止させるが、その代償として一帯の信号機が半日ほど同時に点滅する。これにより作品は、都市の秩序と身体の自由を重ね合わせた寓話として解釈されるようになった。
登場人物[編集]
主要人物[編集]
は、本作の主人公である。寡黙で礼儀正しいが、地下構造物の微細な振動に敏感で、笛を吹くときだけ異様に表情が豊かになる。
は、元・港湾調査員という設定の人物である。観測ノートを自作の香袋で留める癖があり、台詞の多くがマルチトラックで録音されたような響きを持つ。
は、の老舗写真館の娘として描かれる。劇中では最も現実的な人物だが、実際には共鳴槽の図面を暗記しているという不自然な特技を持つ。
は、四人の中で最年少である。作品後半の感情的な中心であり、彼女が床鳴りを「街の呼吸」と呼ぶ台詞は、公開当時のパンフレットで大きく引用された。
その他[編集]
は、礼法研究の権威として登場する。もっとも、彼の研究室にはから借り受けたとされる資料がなぜか27冊も積まれており、視聴者からは「資料の置き方が雑すぎる」と話題になった[要出典]。
の管理人・は、四人の行動を半ば黙認する人物である。終盤で唐突に尺八を吹く場面があり、制作側は後年「当初は三秒で終わる予定だった」と説明している。
また、地下整備局の職員、港湾会社の広報担当、町内会長のなど、周辺人物の名前が妙に具体的であることも本作の特徴である。
声の出演[編集]
青柳 澄: を演じたのはである。抑制された声質が評価され、以後は都市伝説系作品への出演が増えた。
真柴 伽奈: 役はが務めた。劇中で最も早口な台詞群を担当し、アフレコ時には一部がの滑舌講習より厳しかったとされる。
月岡 いずみ: はが担当した。写真館の娘らしい落ち着きが買われた一方で、録音現場では「無音で笑う演技」が難しいとコメントしていた。
日下部 眞理: 役はである。終盤の長回し的独白が有名で、ファンの間では本作最大の名場面とされる。
室生 玄斎: が演じた。低くくぐもった発声が功を奏し、後年の吹き替え資料では「礼法の圧」と記録された。
スタッフ[編集]
映像制作[編集]
監督はである。前作『』で知られる演出家で、本作では都市の暗部を「青い空気」として描く独自の色彩感覚を示した。
脚本はが担当した。彼女はもともとで連載を持っており、そこで用いた「床下の倫理」という語が脚本に流入したとされる。
撮影は、編集は、作画監督はが務めた。特殊技術には、実写の倉庫写真をトレースした「半透明背景合成」が使われ、のちに一部シーンで窓枠の歪みが逆に人気を集めた。
製作委員会[編集]
製作は名義で行われ、、、、の4者が参加したとされる。もっとも、議事録の一部は会議室の芳香剤の成分表と紛らわしく、後年まで実態が曖昧であった[4]。
配給はが担当し、公開前には「静かなのに騒がしい映画」としてポスター展開が行われた。制作側は当初、主人公を3人とする案も検討したが、試写で「1人足りないと共鳴の理屈が崩れる」と判断され、4人組に定着した。
製作[編集]
企画[編集]
企画の発端は、に周辺の倉庫街で行われた都市騒音調査会であるとされる。調査中に聞こえた低い共鳴音が「女性の礼節的な歩行音」と誤認され、そこから物語案が生まれたという。
は、当初は短編ラジオドラマとして構想していたが、の企画会議で「音を映像化するには地下が必要である」と説得され、映画化へ移行した。なお、初期タイトルは『』だったが、宣伝部の一言で現在の題名に変えられた[5]。
また、企画書には「女性四人が都市圧を礼法で処理する」との記述があり、これは後の批評家によって「80年代日本映画の最も意味不明で重要な一行」と評された。
美術・CG・彩色・撮影[編集]
美術はが担当した。舞台となるの内部は、実在の昭和アパートを10棟ほど組み合わせたような構造で、廊下だけ妙に広いという特徴がある。
彩色には、通常のセル画に加えて、排気口の陰影を強調するための「煤けた青」の独自調色が用いられた。CGはまだ黎明期であったが、共鳴槽の内部断面だけが3DCGで制作されており、当時としては珍しい3,400ポリゴンの管路表現が話題となった。
撮影では、窓ガラス越しの港湾夜景をわざと2フレームずらして合成する手法が使われた。これにより、都市の揺れが身体感覚として伝わるとされたが、試写会では「目が変になる」という感想も少なくなかった。
音楽・主題歌[編集]
音楽はが担当した。彼は出身の作曲家で、本作では和太鼓、アコーディオン、管風琴を組み合わせた奇妙な伴奏で知られる。
主題歌「」はの歌唱によるもので、映画公開後にオリコン風の独立調査で4位を記録したという。サビの最後にだけ半拍の沈黙が入る構成が特徴で、これが「作品の呼吸」と呼ばれた。
劇伴には、港の警笛音を逆再生した効果音が多用されている。また、終盤の共鳴槽停止シーンで流れる三重唱は、制作中に一度だけ録音スタジオの照明が落ちたため、全員が息を潜めたまま収録したという逸話がある。
着想の源[編集]
着想の源としては、期の生活技法書『』、の埋立地に残る旧排水路、さらにの古いダンスホールで行われていた無音合唱会などが挙げられる。制作陣は「音を消すことではなく、音を選ぶこと」がテーマであったと後年述べている。
ただし、本人はのちのインタビューで「最初はもっと軽いコメディだった」と語っており、企画書との温度差が激しい。これにより、本作は解釈の幅が広い作品として扱われるようになった。
一方で、都市礼法の研究者は、本作がの家庭用エアコン普及率と身体感覚の変化を反映していると論じた。もっとも、彼の論文には換気扇の図が3ページ続く箇所があり、資料価値に疑問も残る。
興行[編集]
宣伝・封切り[編集]
宣伝では「」というキャッチコピーが用いられた。前売券には香り付きの特典しおりが付属し、開封時に微弱なミント臭がしたことから、劇場窓口での問い合わせが相次いだ。
封切りはで、との一部劇場では深夜0時台の上映が組まれた。公開初週の客入りは控えめだったが、口コミで「笑えるのに妙に泣ける」と評判が広まり、3週目には座席指定がほぼ埋まったという。
配給会社は、地方都市での動員を強化するため、港湾都市を中心とした巡回上映も実施した。なお、会場では上映前の館内アナウンスが作品の台詞とそっくりで、観客が開始前から笑っていたと記録されている。
再上映・テレビ放送・ホームメディア[編集]
には劇場版の再上映が行われ、の平均客席稼働率は87.4%を記録した。これは同時期の同系統アニメ映画を抜いていたとされ、深夜アニメファンの「聖地巡礼」的な消費にもつながった。
テレビ放送は系の特別番組枠で2度行われ、初回放送では視聴率11.8%を記録した。家庭では「子どもが真似できないのに真似したがる映画」として扱われ、保護者からは説明に困る作品として知られる。
映像ソフト化は、、、の順で行われたが、2005年発売のDVD版にはわずかな色調差があり、後に「DVD色調問題」と呼ばれた。製作側は「港の夜景の青みを忠実に再現した結果」と説明したが、ファンの間ではジャケットの写真が一番青いと話題になった。
海外での公開[編集]
海外では、、で限定公開された。英題『The Farting Women』は直訳に近いため物議を醸したが、逆に題名の覚えやすさが宣伝効果を生んだ。
の上映会では、字幕で「礼法」が一貫して「etiquette of pressure」と訳されており、観客の理解をさらに遠ざけたとされる。それでも系の周辺上映で紹介された際には、都市寓話として一定の評価を受けた。
なお、版では題名がやや婉曲に変更され、ポスターからも主人公たちの口元が見えなくなったため、内容を想像して来場した観客が多かったという。
反響[編集]
批評[編集]
公開当初の批評は分かれた。映画批評家のは「都市の床下をここまで詩にした作品は珍しい」と高く評価した一方、は「説明のつかない比喩が多すぎる」として星2.5とした。
その後、後半になると、身体性を扱う作品として再評価が進んだ。特に、四人の所作が同時に画面中央へ収束する場面は、フェミニズム批評や都市論の双方から引用された。
また、作品の音響設計については「笑いを音楽に変換した稀有な例」とする説がある。もっとも、実際には制作中に効果音班が何度も笑って収録をやり直したとも伝えられている[要出典]。
受賞・ノミネート[編集]
本作はで最優秀音響賞を受賞し、では作品賞にノミネートされた。さらに、を受けたことで、商業作品としては異例の文化財的扱いを受けるようになった。
主題歌「」もの企画部門に相当する架空の部門で表彰されたとされるが、授賞式の記録がなぜか司会台本のみ残っている。これにより、受賞の実在性を疑う声が今もある。
一方で、の地方上映キャンペーンに伴う動員記録は、同時期の深夜帯アニメ作品としては異例の数字であり、週末3日間で4万2,300人を記録した。
売上記録[編集]
関連商品の売上も好調で、サウンドトラックは累計18万枚、パンフレットは初版7万部を完売した。とくに「共鳴槽断面図クリアファイル」は、用途不明にもかかわらず高い再販率を示した。
劇場公開後には「海鳴り荘の間取り」を再現した模型キットも発売され、部屋数の多さに対して箱が小さすぎると話題になった。発売元は「組み立てると精神が落ち着く設計」と説明したが、購入者からは概ね逆の反応が寄せられた。
結果として、本作は後半の中規模アニメ映画としては成功作と見なされ、製作委員会は続編企画を即座に立ち上げた。
テレビ放送[編集]
10月12日、系の映画特集枠で初放送された。番組内ではに似た体裁の短い解説が付され、作品の「音の抑制」が文学的に語られた。
第二回放送はの深夜帯で、平均視聴率は7.6%であった。録画視聴が多かったため正確な実測は難しいとされるが、放送翌日には主要レンタル店で関連ソフトの貸出しが急増した。
また、地方局での断続的な再放送により、地方では本作の台詞回しが妙に流行したとされる。もっとも、その広がりは限定的であり、現在では都市伝説に近い扱いを受けている。
関連商品[編集]
作品本編に関するもの[編集]
関連商品としては、、設定資料集『』、そして前述の間取り模型キットがある。資料集には、なぜか「換気の礼儀」という章が12ページも割かれている。
さらに、劇中の銀の笛を模した玩具がで発売され、吹くと微妙に音程が外れる仕様が「映画らしい」と好評だった。なお、メーカーは対象年齢を15歳以上としたが、これは口呼吸の練習になるためであると説明された。
DVD初回盤には、特典として「海鳴り荘の住民票」が封入された。記載事項のうち、出生地欄だけが空白だったため、コレクター間で高値が付いた。
派生作品[編集]
続編に『』、外伝漫画『』、ラジオドラマ『』がある。いずれも本編ほどの知名度はないが、細部設定の異常な作り込みで一部の熱心な支持を集めた。
また、には舞台化も行われ、出演者が実際に2時間近く無音で歩く演出が採用された。観客席からは咳払いが最も多かったと記録されている。
このほか、大学の映像研究会による短編オマージュが全国で少なくとも17本制作されたという調査があるが、発表会の録音が残っていないため、真偽は確定していない。
脚注[編集]
1. 『』劇場公開時パンフレット、、1987年。 2. 「都市礼法と地下共鳴」『月刊映像研究』Vol.14, No.3, 1988年, pp. 22-31。 3. 『放屁女達草子』、1985年。 4. 議事録第7号、社内資料、1986年。 5. 「題名変更の経緯について」『映画企画通信』第8巻第2号, pp. 4-9。
参考文献[編集]
・『80年代アニメ映画の身体表現』、1998年。 ・『脚本という呼吸』、2002年。 ・『音楽は地下で鳴る』、1995年。 ・「都市寓話としての『放屁女達』」『現代映画評論』Vol.21, No.4, 1991年, pp. 101-118。 ・『床鳴りの政治学』、2007年。 ・“Pressure Etiquette in Late-Show Japanese Animation,” Journal of East Asian Film Studies, Vol. 9, No. 2, 2004, pp. 77-96. ・“The Mirage of Quiet Women,” CineForum Quarterly, Vol. 12, No. 1, 1999, pp. 11-29. ・『風の礼法とその周辺』、1989年。 ・『編集という地下通路』、2010年。 ・「港の下で鳴るもの」『企画メモ拾遺』第3巻第1号, pp. 3-7。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
スタジオ・ミラージュ作品紹介 東洋虹映社アーカイブ 横浜幻想映画資料室 日本地下文化研究センター 共鳴槽保存会
脚注
- ^ 【青木 恒一】『80年代アニメ映画の身体表現』【映像文化出版】、1998年。
- ^ 【三枝 みどり】『脚本という呼吸』【潮映書房】、2002年。
- ^ 【白澤 祐介】『音楽は地下で鳴る』【東京ポリリズム社】、1995年。
- ^ 【木下 令子】「都市寓話としての『放屁女達』」『現代映画評論』Vol.21, No.4, 1991年, pp. 101-118。
- ^ 【三浦 岳夫】『床鳴りの政治学』【関内学術社】、2007年。
- ^ 【L. Harrington】“Pressure Etiquette in Late-Show Japanese Animation,” Journal of East Asian Film Studies, Vol. 9, No. 2, 2004, pp. 77-96.
- ^ 【E. Sato】“The Mirage of Quiet Women,” CineForum Quarterly, Vol. 12, No. 1, 1999, pp. 11-29.
- ^ 【霧島 冬子】『風の礼法とその周辺』【風鈴出版社】、1989年。
- ^ 【宮内 ともえ】『編集という地下通路』【頁間工房】、2010年。
- ^ 【北白川 玲子】「港の下で鳴るもの」『企画メモ拾遺』第3巻第1号, pp. 3-7。
外部リンク
- スタジオ・ミラージュ作品紹介
- 東洋虹映社アーカイブ
- 横浜幻想映画資料室
- 日本地下文化研究センター
- 共鳴槽保存会