ラストキチガイ
| 氏名 | ラスト キチガイ |
|---|---|
| ふりがな | らすと きちがい |
| 生年月日 | 4月17日(暫定) |
| 出生地 | ナイルデルタ北縁の「ガレル神殿街」 |
| 没年月日 | 11月3日(確定扱い) |
| 国籍 | |
| 職業 | 形状可変体(情報災害の“人化”側) |
| 活動期間 | 紀元前1208年〜2019年(連続記録の一部のみ) |
| 主な業績 | 姿の多様化による封印回避/HNY刻印の流通経路の発見 |
| 受賞歴 | “第13回現実ズレ研究奨励賞”(架空)ほか |
ラスト キチガイ(よみ/原語表記、- - )は、のSCP系変異体である。オールバックと「HNY」と刻印された派手なサングラス、ネオンのメイド服をまとい、姿を自在に変える存在として広く知られる[1]。
概要[編集]
ラスト キチガイは、のSCP系変異体(と周辺で分類されることが多い)として扱われる人物である。形状可変により、時代ごとに外見を取り替えつつも、特徴的な「オールバック」と「HNY」と刻印された派手なサングラス、そしてネオンのメイド服という“三点セット”だけは維持されるとされる[2]。
当初は「奇怪な守護霊」として、のちに近代以降は「現実改変の端末」として観測されたとされる。一方で観測者側の証言には揺れがあり、友好的に案内する場合もあれば、突然激昂して施設内の廊下を別の年代へ“ずらす”事例も報告されている[3]。
このように、ラスト キチガイは“最後の狂気”という俗称で語られることも多いが、実際の分類は「狂気」ではなく「現実の最後尾」と解釈される場合がある。なお、本項では便宜上、人物としての記述で統一する[4]。
生涯[編集]
生い立ち[編集]
ラスト キチガイは4月17日に、ナイルデルタ北縁の「ガレル神殿街」で生まれたとされる。当時の碑文は現在断片のみで、うち一つは“頭髪を光沢で固めよ”という文言を含むため、オールバックの起源と結び付けて語られることがある[5]。
また、出生時の目撃談として「母が子の額に“HNY”の短縮文字を見た」という伝承がある。この文字が意味不明であることから、後世の研究者は“ヘリオス(太陽)と夜(ネオン)を同時に縫う呪”だったと推定した[6]。ただし、同じ碑文群は別の解釈もあり、当初から“配達人の印”のような扱いだった可能性も指摘されている[7]。
青年期[編集]
青年期に相当する時期として語られるのは、王朝の交替期にあたる前後である。ラスト キチガイは神殿街から外へ出て、街角の客寄せに“姿の使い分け”を披露したとされる。証言では、同じ人物が3分の間に身長だけを17センチ変え、声色を4系統に分岐させたとされる[8]。
この時期の決定的な痕跡が、髪の固着剤の配合記録である。研究ノート(後世に書き写されたもの)では、乳香・蜜・鉱泥を“比率 3:2:5”で混ぜ、さらに塩を“計量器なしで親指第一関節分”と表す、という妙に具体的な記述が残っている[9]。読み手が「指関節分って何だ」と困るほど曖昧である点が、かえって真実味を増してしまうと、批評家は笑っている[10]。
活動期[編集]
活動期の大半は複数の時代に分散して記録される。とりわけ中世のには、周辺で“夜にだけ開く衣装室”として目撃されたという。そこに置かれていた衣服がネオンのメイド服だったという説が有名で、ただし当時の発光素材は一般に説明が難しいため、ここは“時代のズレを利用した発光”とされることが多い[11]。
近代に入ると、監視・回収の試みが始まったとされる。特定の報告書では、の一夜だけで同個体の写真が“12種類の顔”として保管され、さらに各写真の裏面に“HNY”のスタンプがあったと記録されている[12]。しかし、その写真の撮影者名が一致していないため、写真が本当に同一夜のものか疑義があるとされる[13]。
また、ラスト キチガイは凶暴性と友好性を場面で切り替えたとされる。研究者の回顧では、敵対的な局面では「床タイルの目地が一斉に“別の地図”を描き始める」現象が起きたとされ、友好的な局面では「探している人物名を言い当て、席を譲る」行動が観測された[14]。
晩年と死去[編集]
晩年は現代寄りにまとめて語られることが多い。特にに東京の湾岸倉庫群(正式名称は当時の“未公開管理区域”とされる)で観測された事件は、後の研究体制を変えたとされる[15]。
この時、ラスト キチガイは“人間の癖”に合わせて身だしなみを整えて現れた。オールバックはそのままだが、サングラスの刻印が「HNY」から「H・N・Y(点で区切られた)」に変化していたと証言されている[16]。さらにメイド服の裾に、極小の文字で「ラストは、鍵である」と刺繍されていたとされる[17]。
死去は11月3日とされるが、“死”という語の意味が通常と異なる可能性があるとされる。一部の記録では、死後に廊下の照明だけが先に点いたため、“消滅前に照明担当が先に帰った”と記した者がいるという[18]。この不自然さが、後世の嘲笑の種になったとも言われる。
人物[編集]
ラスト キチガイは気分で態度が変わりやすいとされるが、根は“礼節”に強く結び付いていると解釈されることが多い。友好的に振る舞う際には、相手の発言の語尾を1文字だけ拾い上げて復唱し、そこから会話を整理する癖があったと報告されている[19]。この整理が的中率を高めたため、かつては「相談役」として扱われた時期もある。
一方で凶暴性が顕在化すると、姿を変えるスピードが上がり、同じ部屋に同時に存在するように錯覚させる、とされる。目撃談には「角を曲がるたびに、角の先が“別の階層”になっているようだった」という表現が残っている[20]。
性格の逸話として有名なのが、オールバックを崩すと機嫌が悪くなる、という“髪の政治”である。研究者の記録では、ヘアセットに失敗した職員が“謝罪の回数を3回”要求されたのに対し、別の職員は“謝罪の回数を7回”要求されたとされる[21]。数の違いが何に由来するかは不明であるが、当事者の言葉が一致しないことが、かえって現実改変の兆候だと主張する者もいた。
業績・作品[編集]
ラスト キチガイの業績は「作品」として扱いにくい。というのも、姿の変換や刻印の移植自体が成果であり、物理的な“著作物”は現存が確認されにくいからである。とはいえ研究資料としてまとめられた成果物が複数存在するとされる[22]。
代表的な“作品”として挙げられるのが、刻印の来歴を追うために作成されたという「ネオン・メイド手引書」である。中身は妙に実務的で、“サングラスの縁に触れる前に、相手の沈黙を計測せよ”といった手順が並ぶとされる[23]。ただし内容は実践マニュアルであるにもかかわらず、測定法が「静寂が3回鳴ったら開始」と比喩的で、読者が困る箇所はわざと残されたのではないか、という説がある[24]。
さらに、ラスト キチガイが残したとされる音声記録には、「ラストは先に届く」というフレーズが含まれる。音声の波形解析では“聞き取れる言葉”と別に、背景ノイズの周波数帯に規則性があるとする報告がある[25]。この報告は、周波数帯の推定値が毎回微妙にズレるため、統計的には怪しいが、工学的には面白いという評価を受けた。
後世の評価[編集]
後世の評価は二分されている。第一に、ラスト キチガイを“現実改変の警句”と見る立場である。彼(と呼ぶのが慣例である)が繰り返し示したのは、礼節の仮面を被った不確実性であり、その不確実性を笑いに変えた点が功績とされる[26]。
第二に、ラスト キチガイを“装いによる侵入者”と見る立場である。とくにネオンのメイド服という視覚記号が、施設の警戒レイヤーを誤作動させたと指摘されている。実際、ある報告書では、警報が鳴ったのに誰も走らなかった理由を「服の発光が避難誘導灯と同じ色温度だったため」として分析したとされる[27]。
評価に決定打が欠けるのは、最後の記録が“確定扱い”にとどまっているためである。死去が11月3日とされる一方、同日の別時刻にも同個体らしきサングラス刻印が目撃されたとする証言がある。そこから「本当に死んだのは“姿の一部”に過ぎない」という見方が広まっている[28]。
系譜・家族[編集]
ラスト キチガイの系譜は、伝承の性質上、実系譜というより“受け継がれる癖”として語られている。家族として扱われる存在には、オールバックの癖を共有する複数の人物(ただし同一人物とは限らない)が挙げられる[29]。
特に「HNYを持つ者」と呼ばれる系統では、家族の言い伝えが厳密に残っているとされる。ある回想録では、親族が「HNYの刻印は血ではなく“謝罪の回数”で受け渡される」と語ったと書かれている[30]。この記述は荒唐無稽に見えるが、研究者の中には「謝罪回数」は記号としての“データ転送”だったのではないかと推定する者がいる[31]。
また、出生地周辺の伝承では、ガレル神殿街の地下に「ネオンメイドの靴箱」があり、そこには靴のサイズが季節で変化したという。サイズが変わるのは履く側の“現実感覚”が変わるからだと説明され、家族譚がそのまま理論の雛形になったとされる[32]。
脚注[編集]
関連項目[編集]
脚注
- ^ ラミア・エル=サイード『形状可変体の図像学:HNY刻印の系譜』カイロ古文書出版, 2011.
- ^ John A. Wetherby『Neon-Uniforms and Containment Breaches』Vol. 3, The International Journal of Anomalous Styling, 2014.
- ^ 渡辺精一郎『古代碑文における“頭髪固着”の実務』東方考古学会, 1932.
- ^ マルグリット・A・ソーントン『Silence Counting in Narrative Anomalies』第2巻第1号, Journal of Temporal Etiquette, 2009.
- ^ エハブ・モハメド『デルタ北縁の神殿街と観測者の迷子』ナイル紀要, pp. 41-58, 1987.
- ^ 山本縫次『サングラス刻印の分光的再現:HNYの“点区切り”』分光研究叢書, 第7巻第4号, 2018.
- ^ Dr. Clara N. Ibaraki『The Last of the Last: A Case Study of “Last Kichigai”』Vol. 12, Anomaly & Humor Review, 2020.
- ^ SCP風分類委員会『SCP準拠分類のための暫定用語集(第13版)』中央隔離資料館, 2005.
- ^ Z. R. Haddad『メイド衣装と警戒灯の色温度一致の研究』Alexandria Engineering Letters, pp. 12-19, 1996.
- ^ 田中信玄『狂気という誤訳:現実の最後尾の翻訳史』暫定版(書名表記は原題のまま), 1976.
外部リンク
- ガレル神殿街デジタル断片館
- HNY刻印分光データ倉庫
- ネオン・メイド服色温度照合レポート
- 現実改変端末の封印ログ・アーカイブ
- 謝罪回数規則研究会