レイショーとエグーイの大冒険
| 題名 | レイショーとエグーイの大冒険 |
|---|---|
| 成立年代 | 1897年頃 |
| 成立地 | フランス・ブリュターニュ沿岸説が有力 |
| ジャンル | 航海譚、地図劇、教育寓話 |
| 主題 | 迂回、測量、対称性の破綻 |
| 代表的関連機関 | 国立測地院、パリ地理協会 |
| 初刊形態 | 活版印刷の連載冊子 |
| 主要登場物 | レイショー、エグーイ、灯台守ルヴェック |
レイショーとエグーイの大冒険は、ので成立したとされる、二人組の反復航路探査譚である。航海記、児童文学、初期の地図学が混淆した独特の形式を持ち、しばしば期の民間測量事業と結びつけて語られる[1]。
概要[編集]
『レイショーとエグーイの大冒険』は、二人の若い案内人がから麓まで、地図上の「未記入空白」を埋めながら旅をするという体裁をとる物語である。物語の読解は、単なる冒険譚ではなく、当時のが用いた等高線記法と、巡回教師向けの読本を接続する試みとして理解されている。
一方で、作品の中心概念である「大冒険」は、旅程そのものよりも、各地で遭遇する“角度が合わない”現象を修正するための社会実験を指すともされる。たとえば、の改訂版では、主人公らが村の井戸の位置を3回描き直した末に、住民の半数が井戸の方角で結婚相手を選ぶようになったと記されており、これが後年の民俗学者を悩ませたという[2]。
なお、作中で言及される「エグーイ式折返し」は、の書記官だったジョルジュ・エグーイーに由来するという説が有力である。ただし、同時代の会報にはそのような人物の記録が見当たらず、むしろ編集部の誤植が独り歩きした可能性があるとも指摘されている。
成立と背景[編集]
測量熱と物語形式の接合[編集]
本作が成立した背景には、末ので高まった地籍調査熱があるとされる。ではから「児童向け地形説明文」の試作が行われ、地図を読む技能を遊戯化するための冊子が少なくとも17種作られた。その中で最も読まれたのが、二人の案内人が毎回別の縮尺で同じ村に戻るという異様な構造をもつ本作であった。
初期草稿では主人公は四人組であったが、印刷費の都合により二人に削られたとされる。削除された二人は「右岸担当」と「標高担当」で、後の版においては地名の誤記として残った。これはとされがちだが、実際に版の欄外には、左右の区別だけが異様に丁寧な注が付されている。
作者問題[編集]
作者については、パリの教員説、ブレストの航海士説、さらにの文具商が匿名で書いたとする説が併存する。もっとも、現存する初刷の奥付には「編集兼図版整序:L. EGOUÏ」とだけあり、これを人名とみるか符号とみるかで研究が分かれている。
また、に教育局が回収した校閲刷では、レイショーの姓が3回にわたり「Rayshaux」「Reicho」「Layshot」と揺れており、後世の研究者はこの揺れ自体を作品の主題とみなした。すなわち、名前が安定しないことこそが、未踏地を地図化する際の倫理的困難を示すという解釈である。
物語の構造[編集]
三重の旅程[編集]
物語は、海路・陸路・思考路の三層で進行する。第一層ではからへ向かう現実の航路が描かれ、第二層では各港の灯台が奇妙に反復して登場し、第三層では主人公たちが同じ地名を毎回別の発音で読む。これにより読者は、地理が移動するのではなく、移動する側の記憶が地理を押し曲げているのだと感じさせられる。
特に有名なのが「第七停泊地の逆転」である。ここではレイショーが北を指し続けたため、村人の家屋が一斉に回転したという記述があり、後年の版ではこの回転角がで統一されている。なぜ37度なのかは明示されないが、当時の活字鉛の欠損率と関係があるとする珍説がある。
エグーイ式折返し[編集]
エグーイは、物語の中で“最短経路を疑う者”として造形されている。彼は橋を見つけるたびに渡らず、橋の下をくぐることで地図上の近道を回避する習性を持つ。これが後に「エグーイ式折返し」と呼ばれ、にはの地理学演習で、測定誤差を説明するための比喩として採用された。
もっとも、作中のエグーイは終盤で自分の影を先に歩かせる技を習得し、以後のルートがすべて影の進行方向に従うようになる。このくだりはあまりに唐突であるため、当時の児童は笑い、教師は黒板を拭いたと伝えられる。
出版と受容[編集]
教育現場への流入[編集]
頃から本作は、およびの初等教育現場で副読本として広まった。教師たちは、地図の読解、方位、河川の分岐を教える際に本作を利用し、特に「誤って正しい場所に着く」という章が人気であった。ある記録によれば、のある小学校では、児童が全員で校庭の東端を“西”と呼び始め、校長が3週間かけて是正したという[3]。
しかし、教育行政側は物語の影響を過大評価したわけではない。むしろ、読本としては有用だが、登場人物がやたらと測量器具に感情移入するため、国語より理科の時間に向いているとされた。この評価は、現代でも一部の地理教育研究者によって支持されている。
大衆文化への波及[編集]
には、作品の題名だけを借りた巡業劇「レイショーとエグーイの大回転」が各地で上演され、舞台装置の転倒事故が4件発生したとされる。なお、事故後のパンフレットでは「転倒は演出の一部」と記され、結果として観客動員が17%増えた。これは、危険と教育と娯楽が分離不能な形で結びついた典型例としてしばしば引かれる。
さらににはでも一部の翻訳雑誌で紹介され、レイショーを“礼正”、エグーイを“江愚韋”と漢字化した版が流通した。この版は字面の強さだけで受けたともいわれるが、校正記号まで物語化したため、研究者の間では現在も資料価値が高い。
批判と論争[編集]
批判の第一は、物語が地理学の装いを借りながら、実際には場所より手順を重視している点にある。とくにのによる論評では、「旅そのものより、旅の途中で靴ひもを結び直す回数が多すぎる」として、構成の冗長さが指摘された[4]。
第二の論争は、エグーイの人物像が差別的な地方呼称を再生産しているのではないかという点である。これに対し擁護派は、作中の地名がそもそも毎版変化しており、固定的な地方観念を前提に読めないと反論した。ただし、版に追加された脚注「村はしばしば自分の位置を忘れる」は、要出典のまま現在も残っている。
第三に、真偽不明の付録「海図における涙滴記号」の存在が挙げられる。この付録はの再版にのみ現れ、以後は忽然と消えるが、図版番号だけが全版で連続しているため、編集史研究ではしばしば“見えない章”として扱われる。
後世への影響[編集]
本作の最も大きな影響は、冒険譚を「移動の記録」から「誤差の管理」に変えた点にある。これにより、だけでなく、鉄道時刻表の説明書、郵便区分の手引き、さらにはの新人研修資料にも、その形式が流用された。
また、後半には、レイショーとエグーイを模した二人組のキャラクターがやに繰り返し登場し、いわば「迷っているうちに正解へ近づく」倫理観を広めたとされる。もっとも、作品に触発された旅行者のうち、実際に目的地へ到着した割合は明らかでない。
現在では、本作は地方の民間伝承としてだけでなく、印刷文化が生んだ教育的幻視の代表例として扱われている。研究者の間では、もしの校閲係が当時もう少し厳格であれば、この作品は単なる誤植集で終わっていたのではないか、という見方も根強い。
脚注[編集]
[1] ただし初出資料の多くは散逸しており、成立年は推定である。 [2] 井戸と婚姻の相関については代初頭の地方紙に断片的記載がある。 [3] 児童の発話記録は教師の日誌にのみ残る。 [4] この批評は後に、靴ひも論文として半ば伝説化した。
関連項目[編集]
脚注
- ^ Louis Marceau『L’itinéraire des deux marchands d’ombre』Presses de la Sorbonne, 1903.
- ^ Élise Vautrin「Sur la figure de Leyshō dans les manuels ruraux」Revue d’Histoire Pédagogique, Vol. 12, No. 3, 1911, pp. 201-224.
- ^ 中村 恒一『地図と寓話のあいだ――仏蘭西教育挿話史』青河書房, 1987.
- ^ Pierre d’Angers『Le retour des lignes: cartographie enfantine et errance』Éditions du Minuit, 1929.
- ^ Jacques Levasseur「L’erreur de 37 degrés dans les éditions de 1902」Bulletin de la Société Géographique de Paris, Vol. 44, No. 2, 1938, pp. 55-71.
- ^ 田所 みどり『翻訳された航海譚の受容史』港湾出版会, 1994.
- ^ Margaret H. Cole『The Map That Forgot Its North』Cambridge Maritime Studies, Vol. 7, No. 1, 1968, pp. 14-39.
- ^ Henri Belloc『Annales du pliage éguïen』Institut des Cartes Mobiles, 1908.
- ^ 岡本 史朗『校閲と地形――初等教育における誤差の美学』東都社, 2006.
- ^ Gérard Fumel『Les larmes de la carte: appendices invisibles et légendes scolaires』Éditions de l’Arpent, 1975.
外部リンク
- パリ地図史資料館アーカイブ
- ブリュターニュ民間伝承研究会
- 国立測地院デジタル年報
- 校閲文化保存ネットワーク
- 地図劇・教育寓話オンライン索引